第8話 天之神社

 3人は長い階段を上っていた。


 プレイアズ王国城下町を20分程歩いた所にある天麓山。その中腹に天之神社はある。山の麓から伸びる終点に巨大な鳥居を構える長い石造りの階段を歩いた先にある。その階段を玄咲たちは明麗を先頭に昇っていた。山の青々とした景色が背後へと流れていく。


「――天之神社は私の実家なのです。この通り距離があるので寮から学校に通っています。帰るのは久しぶりですね。父さま母さまは元気でしょうか」


「親、いるんですね」


「血は繋がってませんけどね。ほら、私はこんな種族なので」


 バサリ。


 明麗は翼をはためかせて苦笑した。


「あはは。白くて綺麗なんですけどね……とにかく目立つので正直あまり好きではないです。人目に慣れるのは結構苦労したな……」


「そうなん、ですか?」


「当たり前です。ジロジロ見られていい気はしませんよ。」


「……そうか。そうなんだ」


 シャルナは顎に手を当てて少し考え込んだ。明麗は微笑んでシャルナに告げる。


「人目を気にせずあくまで自分は自分らしく振舞う。そうすればいいだけと気づいてからは随分楽になりましたね。だから私はいつも自然体でいるように心がけています。私はいつも私らしいでしょう?」


「はい。いつ会っても天之明麗って感じです。全く揺るぐことなく」


「う、うん。それは凄いなって、思う」


「ふふ。ありがとうございます。……あなたたちは暖かいですね。一緒にいてとても落ち着きます」


 ――白い雲間から差し込む大空の光を見上げながら淡く優しく明麗は微笑む。それはとてもとても綺麗な笑みだった。


 まるで天使の翼のように鮮やかな白く美しい笑みだった。


「だから私はあなたたちが好きなのかもしれませんね」


 玄咲も、シャルナも、魂格の違いを感じさせるその天使の笑みにただただ見惚れた……。







「見えてきましたね」


 長い長い登り階段の終わり。ようやく天之神社の白く尖った先端が見えてきた。


「……んん?」


 シャルが白く尖った先端を見て唸る。玄咲は先端を指さしてシャルに説明する。


「シャル。あれが天之神社だ」


「えっ。神社って、こう、茶色で、地味で、つまらなくて」


「シャル。そういう発言はやめようか」


「うん」


「ふふ。一般的な神社の外観とは大きく違うのでみんな最初は驚きますね――ようやく、最終段です」


 トッ。


 石段の最終段を明麗が踏み越える。玄咲たちも踏み越える。そして同時に、神社の入り口のような巨大な石造の白い鳥居をくぐることになる。その鳥居の先に。



 幾重にも連なる巨大な石造の白い鳥居が織りなすまるでアーチのようなトンネル。そしてその先に――。



「わわっ、凄い――」


「ああ。何て大きさだ。想像以上だ。これが――」


「――はい。これが天之神社です――」


 ――それは西洋建築然とした小さなお城のような白き建造物だった。玄咲の知識に照らし合わせれば神道を教拝する神社というよりはキリスト教を教拝する白き礼拝堂チャペル。しかし賽銭箱があったり、ガラガラと鳴らすための長い鈴緒を賽銭箱の前に垂らした本坪鈴が賽銭箱の上にあったり、白い石造りの手水舎があったりと、チグハグな感じだ。鳥居が白色でまるでアーチのような外観となっているのもそのチグハグな印象に拍車をかける。それもそのはずだった。何せ天之神社のコンセプトは和洋折衷。やや洋が多めだが、神社とチャペル、両方の要素を取り合わせ、さらに城や寺など他の要素も都合が合えばぶっ込んだ、とてもカオスな、しかし美しい、和洋折衷の白き宗教建築。それが天之神社なのだ。


(まぁゲーム開発者の裏話によるとだが。ゲームの現実化ではなく元ネタたるこの世界ではどういう理屈でこの建物が成立したんだろう。分からない……まぁ、どうでもいいか。しかし、圧巻だ。白くて、とにかく美しい)


「圧巻、だねー……」


「ああ。圧巻だ。この世のものとは思えない。か、感動だ。これが本物の天之神社――!」


「ふふ。気に入ってもらえたようですね。それでは鳥居をくぐって神社の中に――っと。いけないいけない。ちゃんと正装でおもてなししないと。2人には特別ですよ」


 明麗がポケットから1枚のカードケース型のリードデバイスを取り出す。その中には既にカードが収まっている。機能特化型リードデバイス。既に魔法が発動できる状態。玄咲の心臓が跳ねた。


(ま、まさかあの姿が見えるのか――!?)


「すぅ――ドレスアップ」


 明麗のリードデバイスが光に包まれる。その光は明麗の体に纏わりつき、全身を覆い、瞬間輪郭を露にし、そして弾けて消え去り。


 その後には特異な巫女装束に身を包んだ天之明麗が誕生していた。


(――可愛い)


 ――明麗の巫女装束はやはりというべきか通常の巫女装束とは異なっていた。一言で言えば巫女カラーリングのシスター服。多めの意匠で構成され、しっかりと身を包み、頭には衣装一体型の白いベールをいただき、それが明麗の白髪とよく似合っている。背中には天使の翼がしっかりと生え、前面はゆったりと明麗の体を覆っている。でも胸はしっかりと盛り上がっている。完璧だった。完璧な衣装だった。完璧に明麗の魅力を飾り立てていた。明麗がベールを脱ぐ。


「これはちょっと鬱陶しいので背中に垂らしてしまいましょう」


 ベールが背中に垂れてフードのようになる。明禮の純白の髪が露になる。凛としたたたずまいと、首元でわだかまったベールのだらしなさがいい意味で噛み合い、程よい脱力感を醸し出し、親しみやすさを演出していた。完璧だった。玄咲は心の中で感涙を流した。


(可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い――可愛い)


「この衣装は魔法で生み出した疑似衣装なのです。私の魔力が持つ限り持続します。燃費の良い魔法ですし多分自然回復の速度を考えたら永遠に持ちますね。魔法であしらえた簡素なものを制服の上から羽織っているだけなので形式から外れていますがまぁいいでしょう。私は堅苦しいのは苦手なのです。――外観だけですがこれが私の正装姿です。似合っていますか?」


「可愛い……」


「……うん。可愛い、から反論できない……」


「ふふ。ありがとうございます。ではこの姿でおもてなしさせていただきますね。2人とも――」


 明麗が両手を広げる。その背に幾重もの鳥居の連なりを背負い、歴史ある天之神社を背負い、さらに想いや責務や約束や有形無形様々なものを鮮やかな真白の天使の翼の向こう側に背負い、天から差し込む白い光を浴びて、巫女装束に身を包んだ明麗が両手を一杯広げて玄咲とシャルナに満面の笑みで告げた。


 純度100%の天使の笑顔で。


「ようこそっ! 天之神社へっ!」

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