第?話 2人の未来
「よし、今日はこれくらいでいいかな。加筆修正終了」
シャルナは机の上のノートに今日最後の一行を書き終えてノートを畳んだ。ノートの表表紙にはイラストとタイトル。タイトルにはこう書かれていた。
【カード学園備忘録10】
シャルナはノートの表表紙を撫でる。その厚みをしっかりと手で確かめながら呟いた。
「うん。今日はこのくらいでいいかな。もう、本当、色々なことがあり過ぎて、書ききれないよね。……久しぶりに、原点、読み直そ」
シャルナは机の上の書棚から一冊のノートを取り出した。そのノートの表紙にはこう書かれていた。
【カード学園備忘録】
「……ふふ、懐かしい」
シャルナは自室でノートを広げる。そこに刻まれているのは懐かしい、そしてそれ以上に輝かしい日々。
「何見てるんだ、シャル」
「あ、玄咲、これ」
シャルナは玄咲にノートを見せた。玄咲はノートをパラパラと捲り、感慨深げに目を細めた。
「懐かしいな。何もかも。そして……眩しいな」
「うん。本当、いつ見ても思い出すよ。当時のことを。ラグナロク学園の日々は、本当、楽しかったなぁ……」
「ああ、本当に、楽しくて、懐かしくて……うぅ!」
玄咲はぽろぽろ涙を流した。ちゃんとノートに涙がこぼれないようにしながら。シャルナはあはは、と笑った。
「本当、最近涙もろくなったね。玄咲。穏やかになった、証拠だよ」
「ああ。何せ、君と一緒にいられて毎日が幸せだからな。穏やかで平和な日々ってのいいものだな。ただ」
玄咲は再びノートを開く。そして再び太陽でも眺めるように目を細めながらページを捲る。
「やっぱり一番楽しかったのはこの頃だ。ああ。楽しかった。楽しいことばかりじゃなかったはずだけど振り返ってそう思えるのは、みんながいたからだろうな……」
「うん。みんながいるから、あんなにいい思い出になった。私と玄咲だけじゃ、物足りなかったよ」
「そうだな……。にしても本当、激動だった。でも、得るものはたくさんあった。学園長はやっぱり凄かったよ」
「そうだね。凄かった」
「……」
「……」
「……ちょっと湿っぽくなってしまったな。学園長の話はもうやめよう」
「うん。そうだね」
「本当、このノートを読んでいると当時のことを色々思い出してしまう。おっ」
ノートを捲る玄咲の手が止まる。そしてページを熟読し始める。2人の自宅、シャルナの書斎での穏やかなひと時。シャルナは微笑まし気にその様子を見守る。
「ここはクラス対抗ストラテジーウォーの部分か。当時から思ってたがシャルナは文章が上手いな。この小説形式の手記を読んでいると、当時の思い出がありありと蘇ってくるよ。ああ、あのイベントは在学期間通してもトップ5に入るくらい激烈なイベントだった」
「そだねー……ばんばん人が死ぬしねー……」
「ラグナロク学園の流儀を骨の髄まで叩き込まれるまさに1年生への洗礼とも呼ぶべきイベントだったな。……狂ってた頃のカミナとも、色々あったしな。……本当、シャルナがいなかったらヤバかったよ」
「いいよいいよ。今となっては全部いい思い出だよ。でもさ、得るものもたくさんあったよね。玄咲とも」
シャルナが玄咲に後ろから抱き着く。そして頬ずりしながら目を潤ませた。
「絆、深まったしね……」
「ああ」
「結婚、誓い合ったしね」
「そ、そうだったっけ?」
「そうだよ。ほら、ここ」
「あ、本当だ。俺の記憶も当てにならないなぁ」
「もう、困るなぁ。二人の大事な記念日を、忘れちゃ」
「ごめんごめん。シャルナ」
「……本当に結婚、しちゃったしね」
「……まぁ、時間の問題って感じだったよな。当時から」
「うん。後、名前呼びにも変わったね」
「ああ、そうだな。でも――シャル」
「――」
シャルナが恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頬を掻く。
「……そう呼ばれると、一瞬で、昔に、戻っちゃうなぁ。なぁに、玄咲。今日はそういう気分?」
「うん。シャルって呼びたいんだ。俺にとってはいつまでも、シャルナは出会った頃の面影を残した、シャルのまんまだから」
「……うん。嬉しい。あのね、玄咲」
「なんだ、シャル」
「今日はもう、寝よ」
シャルナはノートを机に置いた。
2つの寝息が響くシャルナの部屋。置き去りにされたノートの表紙には当時の玄咲のイラスト。ラグナロク学園とその校舎前に玄咲とシャルナ。その周りにバエル、シーマ、クララ、アルル、キララ、クゥ、コスモ、リュート、アカネ、司、グルグル、狂夜、明麗、クロウ、他にもたくさんの友人や恩師が描かれている。人生で最も輝かしい日々の思い出が、玄咲史上最高の出来栄えで描かれている。誰から見てもその絵にはラグナロク学園と友達への胸を締められるほどの愛が描かれていた。
それはかつて、玄咲がシャルナにせがまれて書いたイラスト。最初で最後の奇跡。輝かしい日々を余すところなく描き出した、当時の狂熱がそのまま息吹き噴き上げる、生涯最高傑作。
青春を共に築き上げたみんなとのイラストだった。
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