最終話
最終話 玄咲とシャルナと
半分IF。勢いで書いてしまったおまけ話。2章本編は前話で完結してます。次話との2本立てです。
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イベント終了後。シャルナの自室を訪れた日のこと。
「これさ、私が書いたの」
シャルナが机の上のノートに手を置いてそう言った。ノートのタイトルを玄咲は読み上げる。
「カード学園備忘録?」
「うん。この学園の出来事を小説の形で纏めてるの。……2人で一緒に過ごした、このラグナロク学園での。幸せな時間が、世界が、瞬間が、永遠に続けばいいなって、私はそう思ってる。でも、それは不可能なこと。だからね、この奇跡のような今を刻み付けておきたいなって思って、書き始めたの」
「……確かに、今は奇跡だな。何兆分の1という確率をどれだけ掛け合わせて今という瞬間にたどり着いたのか、もはや想像もできない。転生したのも、君と出会ったのも、助けられたのも、こうやって仲良くなれたのも……全て何もかもが奇跡だ。確かに、この奇跡を何らかの形で残しておきたいよな」
「うん。そのために、私に何ができるかなって、考えたら、やっぱりお母さんから受け継いだ、この文章しかないなって。最初は日記形式、だったんだけど、私のベッタベタな主観に塗れちゃってね、これはダメだって思って、客観的な、小説にしたの」
「……読んでいいか」
「いいよ。そのために、書いたんだもん。でも、未完成の状態は恥ずかしくてさ、あはは、この前部屋に行くの止めたのは、机の上に書きかけのまま、ノートを開いてて――」
「え? この前?」
「――」
シャルナが顔を赤らめ咳払いした。
「……夢と、ごっちゃになってたみたい。忘れて」
「あ、うん。夢にまで見てるんだな」
「うん。夜も、朝も、昼も、夕方も、毎日が、夢の中で、玄咲と一緒だよ。時々、変な夢も、見ちゃうけどね?」
「そりゃ、夢だからな。どんな夢だ?」
「い、言えない……」
「そうか。まぁ、恥ずかしいよな。俺も時々人に言えないような夢を……話が脱線してしまったな。よし、よ、読むぞ……!」
「う、うん……読んで。アルルちゃんと、ラップバトルした日の、前までの記録だよ」
緊張の面持ちのシャルナの前で、玄咲もまた緊張しながら、シャルナの書いた小説の1ページ目を捲った。
「……」
読了。ノートを机に置き瞑目する玄咲にシャルナが尋ねる。
「ど、どうかな?」
「……面白かった。シャルナにはやっぱりさ、文才があるよ。才能と言ったら失礼かな。ずっと、毎日、書いてきたんだもんな」
「うん。毎日、1日も欠かさず。お母さんとの繋がりを、守るためにね」
「それにさ。凄く克明だ。そして分かりやすい。ありありと、シャルナと過ごした日々が蘇ってくるよ。いや、当事者だからっていうのもあるだろうけどさ、それ抜きにしてもだ。本当、凄い再現度だ」
「そ、そう? ふ、ふふ。それなら、良かった。一先ず、試みは、成功だね」
「ああ。ばっちり成功してる。サンダージョーの決闘と、その後日譚までか。続きはまだか」
「うん。その後の展開はまだ手付かず。だって、時間がないんだもん。むしろ隙間時間で、これだけ書いた私を、褒めて欲しいよ」
「うん。すごい。すごい。すごい。すごい。本当にすごい。冗談抜きで、凄いとしか言いようがないペースだ」
「えへへぇ……」
シャルナがでれーっと顔を溶けさせる。そのシャルナの姿に玄咲も心と脳を溶けさせた。
「続きはね、もちろん書くよ! 死んでもね、完成させるよ! 書く暇がなかったら……玄咲と一緒に、天国で完成させるっ!」
「そうか。楽しみにしてる」
「うん。楽しみにしてて。ばっちり、完璧に、仕上げて見せるよ!」
シャルナがガッツポーズして職人の迫力で口元を引き結ぶ。玄咲は楽しみにしてる、と微笑んで頷いた。
「それでねそれでね。小説ってやっぱり、表紙絵が必要じゃない?」
「ん? まぁ、あった方が嬉しいな。表紙絵は小説のタイトルと並ぶ顔だからな」
玄咲の素直な感想を受けてシャルナは顔をほころばせる。そして胸ポケットに手を突っ込んで、
「だよねだよね! だからさだからさ!」
その中から広げたものを玄咲の前で広げた。
「こんな感じの、ばっちりなイラスト、玄咲が描いてよ!」
それは玄咲が以前プレゼントしたシャルナの似顔絵だった。
「――なるほどな。そんな事情があった訳か」
シャルナのノートに表紙絵を描きながら玄咲はシャルナの母の絵についての話を聞いた。シャルナは喜び頷いた。
「うん。だから、宝物なの。瓜二つだよ! 本当に!」
「そ、そうか……! つまり俺の絵は下手なんじゃなくてシャルナのために最適化されたイラストだったってことか! 俺とシャルナはどこまでも運命で結ばれた相手なんだなぁ……!」
「うん! そうだよ! 私たちはいつだって2人で一人の玄咲とシャルナ、だもんね! もう私はいつ天之シャルナになってもいいよ!」
「そ、そうか……! なんか物凄いやる気が出てきた! 今なら傑作が書ける気がするぞ――!」
「……できちゃったね、傑作」
「うん……これは素直にいい出来だって言える。多分、だれが見てもいいと思うはずだ」
「うん――玄咲」
「なんだ、シャルナ――わっと」
シャルナが玄咲に抱き着く。そして天使そのものの笑みをその顔に咲かせた。
「ありがとう! 最高のプレゼントだよ! 凄い! 執筆意欲、出た!」
「そうか……いつか、シャルナの書いた小説の続きが読みたいな」
「うん! ……玄咲、本当にありがとう。大好きだよ……これ、プレゼントのお礼ね――」
「えっ? シャル――」
シャルナが玄咲を抱き締めたまま顔を近づける。そして――。
――ちゅ。
「もう、玄咲って、本当に初心だよね……」
「す、すまない。でも、いきなりだったから……」
「いいよいいよ。私はそんな、からかい甲斐のある玄咲が、大好きなの。ずっとそのままでいてね」
「うん、とは言えないな……シャルナ」
「なに? 玄――」
――唇を離す。不意打ちのキス。玄咲だって、心の準備を決めればこれくらい自分からできる。微笑みを携えたポーカーフェイス。しかし心臓はかつてない早鐘を打っている。痛いくらいだ。気づかないでくれと祈りながら、シャルナにちょっとだけ悪戯心を発揮して微笑みかける。
「どうだシャルナ。俺だって覚悟を決めればこれぐらいできるんだ。たまにはやられる方に――? シャルナ?」
「……玄咲」
玄咲の胸板に頬ずりし、その恐ろしい程に早鐘を撃っている心音を愛おしく聞きながら、シャルナは玄咲を抱き締めた。玄咲もシャルナを抱き締め返す。シャルナの瞳から歓喜が溢れた。
「ああ、幸せ……」
「ああ。俺も幸せだよ。シャルナ」
「いつかは絶対、恋人になるんだからね」
「ああ」
「それで、結婚、するんだからね」
「ああ」
「約束、だよ――」
「――」
シャルナが玄咲の言葉を遮る。
「……それにしても」
玄咲はシャルナといつものようにベッドの上で隣り合い、身を寄せ合って小説を読んでいた。2人ともに穏やかな表情でノートをパラパラと捲る。玄咲がしみじみと呟く。
「それにしても本当、懐かしいなぁ……。今はまだ当時から精々2週間くらいしか経ってないから冷静でいられるけど、年を取って読み返したら、きっとボロボロ泣くんだろうなぁ……」
「……うん。そだね。きっと私も、思い出したら、ボロボロ泣く。だって、今でも、思い出したら泣きそうなんだもん。玄咲と過ごした日々の全てが私の宝物だよ。それでね、もちろん――」
シャルナが玄咲を抱き締める。少し戸惑ってから、玄咲も微笑んでシャルナを抱き締め返した。
「世界で一番の宝物は玄咲だよ」
「……シャルナ。俺にとっても世界で一番の宝物はシャルナだよ。永遠に愛してる」
「うん! 私も! あのねあのね! 玄咲! 大好き! それでね――」
シャルナが笑う。大空の光のような真白の笑み。やがてその笑みは顔一杯に広がって、真っ白な大輪の花が世界に咲いて――。
シャルナが、玄咲の隣で、天使になる。
「あなたと過ごしたこの時間を、世界を、皆を、今この瞬間を、ありのままのあなたを、何もかもを永遠に愛してる! いつも、いつまでも、永遠に一緒にいようね。ずっとずっとね、一生、死んでも、大好きだよ――!」
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