第45話 転移
「……私の、勝ち」
シャルナは唇の血を拭い、地面に倒れ伏す神楽坂アカネを見下ろしながら、堂々宣言した。
「……」
リュートは呆然として身動きもせず勝者たるシャルナに目を奪われていた。玄咲は隣で憮然と呟いた。
「強いだろ。シャルは」
「うん。僕でも負けるかも」
「……」
「否定してくれよ……」
「俺にはもう否定できない……む」
シャルナが玄咲に手を振る。玄咲がリュートとの会話を切り上げて即座に手を振り返すと、シャルナは手をメガホンのように口に当てがって、無邪気そのものな笑顔で、大声を出した。
「次―! 玄咲ねー! 私より強い、玄咲が戦うんだから、勝ったも、同然だね!」
「――そういう訳だ」
玄咲は苦笑して、膝に手を突き立ち上がった。そして、玄咲に続いて立ち上がる隣のリュートに言う。
「負けられないんだ。だから俺が勝たせてもらうよ。そろそろやろうか。リュート」
「気持ちは分かるが負けてやる訳にはいかないな。勝利は勝ち取るものだぜ。……にしても、信頼されているんだな」
「ああ。シャルは俺を信頼してる。そして俺はその信頼に100%答えるんだ。だから俺はもっと強くならなければならない。いつも、いつまでも、シャルを守れる自分でいたいんだ。そのためにもまずは1年生で最強になる。炎条司に勝ったお前に勝てば、まぁ一応は最強だと名乗ってもいいんじゃないか? だから、勝たせてもらうよ」
「……守るために強くなる、か。いい理由だな。人を守るために戦う。それが魔符士の本分だ。今なら迷いなく断言できるよ。君は立派な魔符士だ。いつまでも守ってやれよ。彼女を」
「ああ。それじゃそろそろ始めようか」
「うん。始めようか。僕の君と初めてのカードバトルでこのイベントの大取を飾――」
リュートが戦闘フィールドに目を向ける。玄咲も目を向ける。そして今更ながらに気づいた。戦闘フィールドが気絶者と死体に溢れていて、とてもじゃないがカードバトルなどできる状態ではないことを。
「……どうしよう」
「片づけるしかないだろう。別に俺は死体を踏みつけながら戦ってもいいが」
「な、なんかそれは凄く嫌だ。仕方ない。まずは死体を片付けて――」
「それくらいは私たちがやってあげるわ」
クララの声。玄咲は一瞬で振り向き、顔を輝かせた。
「クララ先生!」
「俺もいるぞ」
「あ、クロウ教官……」
「テンションを露骨に下げないでくれ……」
森の中からクララと、さらにクロウが現れる。2人のサポート職員も。玄咲は尋ねた。
「なぜ、二人がここに」
「担当クラスの生き残りが全員ここに集まっているんだ。そりゃ見守るさ」
「あ、なるほど……」
「死体の回収も気絶者の保護も仕事の内だからね。パパッと終わらせちゃいます」
「! はい!」
「天之……いや、何も言うまい。イベント中は最低限の接触に留めるべし。さっさと仕事を終わらせて消えるとしよう」
クララとクロウとサポート教員が手作業で必死に生徒たちを1箇所に集め始めた。魔法は使わなかった。中々シュールだった。全員を戦闘フィールドの端に集めた後クロウはサポート職員に指示を出した。
「よし。転移しろ」
(!?)
「はい! ワンダー・テレポート! V to Z!」
サポート職員全員が魔法を発動する。光る魔法陣が生まれる。次の瞬間、生徒たちは魔法陣から立ち上る光に飲まれ、消えた。一瞬の出来事だった。
「転移、魔法? クロウ教官。これは」
「雷丈家から発掘されたテレポーターの設計図を基に魔工学科の校舎で開発したカード魔法だ。まだ限定的にだが理論の実用化に成功した。っと、喋り過ぎか。じゃな」
クロウが手を振って足早に立ち去っていく。クララも手を振って立ち去る。玄咲はクララにだけ手を振り返した。
(れ、歴史が変わってしまった。そうか。雷丈家の超技術を1年倒しでプレイアズ王国と学園が手に入れたんだ。メインストーリークリア後に初めて開発されるカード魔法が現時点で開発されていてもおかしくないのか……)
「転移、魔法? 学園はまた物凄いものを開発したな。学園は、というか雷丈家か。本当、雷丈正人は規格外の天才だった。100年先の技術を持つ男の異名は伊達じゃないな」
「ああ。そうだな。天才だな。屑だが」
「それなんだよなぁ……屑でさえなければ人々の尊敬を一身に集めていただろうに……」
「しかし屑でない雷丈正人は雷丈正人では――」
「ねーーー! まだ、カードバトル、始めないのーーーーー?」
シャルナの言葉で二人とも我に返った。教員の協力で場は整った。ならば後はもうカードバトルを始めるだけ。もう、言葉はいらない。
50メートルの距離を開けて、2人は再び向かい合う。
「……行くぞ。天之玄咲」
「来い。リュート」
そして、最後に一言だけ交わし、互いに互いへと駆け出した。
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