第30話 アルルと仲直り
「や、やぁ。アルル……」
早朝。廊下で見かけたアルルに玄咲はおずおずと声をかけた。
「……なに? 天之玄咲」
不機嫌そうに応じるアルル。玄咲はひるんだ。視線を激しく右往左往させる。それから、アルルの背後の一点に目を留めて、気を取り直してアルルに話しかける。
「きょ、今日はいい天気だな」
「曇天、だったけど」
「うっ! その、俺にとっては、いい天気で……」
玄咲はさりげないと自分では思いながら再びアルルの背後――廊下の角に視線をやる。それと連動してアルルの首もグルリと後ろを向いた。誰もいない。カチンコチンに固まる玄咲に再び顔を向ける。
「……挨拶は済んだ? もう行っていい?」
「待ってくれ! その、大事な話が!」
ピク。
「……な、なに? 興味ないけど、聞くだけ聞いてあげる。早く言いなよ」
「じ、実はその……CMA……」
「CMA?」
「えっと、いや、その、まだ心の準備が、できてなくて……ごめん。ちゃんと、やるから……」
「……」
アルルの背後を激しくチラ見しながら謎に謝る玄咲。アルルはため息をついて、もう一人に向けて大声で言った。
「隠れてないで出てきなよシャルナちゃん。二人してなんなわけ?」
ビクゥッ!
「あっ!」
トサ……。
アルルの背後で厚紙の束が落ちる音と共にハスキーボイスの小さな悲鳴が上がった。アルルはため息をついて、背後を振り返る。シャルナが廊下の角から取り落した厚紙の束に手を伸ばした状態で固まっていた。アルルはため息をついた。
「それ、何?」
「カンペ……」
「見せて」
「……うん」
シャルナが近寄ってきてアルルに紙を渡す。アルルはそれを捲る。
ガンガンいこう!
いいよいいよ!
恥は投げ捨てるもの!
引いて! 引かれる!
もっと自信もって!
そこで勇気100%!
「何これ」
「カンペ……」
「……」
玄咲は当然としてシャルナの知能にも少し疑問符を覚えながら、アルルは次のページを捲った。
そして、眼を見開いた。
今、CDカード!
「――え?」
「う、うん。君にCDカードをプレゼントしに来たんだ。ほら、これだ」
玄咲はポケットからCDカードを取り出し、アルルに渡した。
シン・ピーター じゃがいもソング ~熱い闘魂~
「こ、これ……!」
アルルの瞳がキラキラ輝く。頭上にかざして快哉を上げた。
「シン・ピーターが売れない頃に出してださすぎるからって理由で廃符にした今じゃ絶対手に入らない激レアカード! 流通量が少なすぎてどの中古CDショップにも売ってないシン・ピーターの黒歴史だよ! こんなの、どこで手に入れたの!?」
「金星で。そ、その、アルル。それを上げるから俺と仲直りしてほしい。悪かった。この通りだ!」
玄咲はバッと頭を下げる。シャルナも玄咲に続けて頭を下げる。うちの息子がすいません。アルルの脳裏に反射でそんな言葉が思い浮かぶ。雰囲気がそっくりだったのだ。つい、吹き出してしまう。そして次に、屈託のない明るい笑い声が生まれた。アルルは、涙目を拭って、二人に笑いかけた。
「本当、君たち、二人でいると、牧歌的というか、のほほんとしてるっていうか、何というかな、とにかく平和で幸せそうで、見てて微笑ましくなるね。喧嘩してへそ曲げてたのが馬鹿らしくなってきた」
「! じゃ、じゃあ……!」
「でも、それは受け取れないかな」
「――え?」
玄咲の手からカードがすり落ちる。アルルはそれを素早く拾って玄咲の手に戻した。そして――。
ギュ。
「!? な、ななな、アルル、何を――!?」
すべすべなのに暖かい、光に包まれているような温もりにテンパる玄咲にアルルが笑いかける。
「これは君が持ってて」
「な、なんで。やっぱり、俺のことが嫌いだから」
「あはは。違うよ。僕、君は好きな方だよ」
「!?」
「あっ」
「!」
ぐわし。
「あっ」
シャルナが強引にアルルの手を玄咲から引っぺがす。アルルはぽかんとその手を見つめたあと、恥ずかしそうに頬を赤らめて、言った。
「あ、あくまで、友達として、ね」
「友、達……?」
「うん。友達。だからさ、HIPHOP精神に乗っ取って対等な取引をしないと、ラップの神様に罰が当たるよ」
アルルは苦笑して、続けた。
「そのカードはさ、後日しかるべきお金を持って、正当な対価を払って購入させてもらうよ。無料で貰うにしては価値があり過ぎるからね」
「いいよ。俺にとってはゴミだから無料で」
「は?」
アルルは一瞬本気の怒気を纏った。
「ごめん。冗談だ」
「……まぁ、いいよ。プレミアがついてなければ安値で叩き売りされる程度の作品だとは伝え聞いているからね。やっぱりさ」
スっ。
アルルはポケットから取り出したカードを玄咲に渡した。
「聞くなら名曲とされている曲から、だよね。どんなアーティストでも」
「……これは【Arise】のCD。シン・ピーターの代表曲とされる、ラップバトルで使った曲か」
「うん。それ、あげる。約束してたもんね。あげるって。僕からのプレゼント。そしてね」
帽子を脱いで、光のような髪を揺らして、アルルが普段とは少し雰囲気を異にする笑顔を浮かべる。
「僕たちの、仲直りの印だよ」
柔らかで暖かな、女の子の笑顔を。
「……うん」
見惚れて首を傾ける。コクリと誰の眼にも明らかなリズムで。シャルナは難しい顔をしたが、結局は何も言わなかった。アルルはにこりと笑って、2人に手を伸ばし――。
ガシッ!
「わっ!」
「な、なにをっ!」
「あはは、仲直りの印!」
2人の肩を抱き寄せる。そして――。
「――今日から、僕たちは友達だっ!」
いつもの少年のように明るい笑顔を2人に見せる。裏なんてない、言葉通りの感情が籠った表情。玄咲は心底の安堵と喜びから顔をほころばせる。シャルナは少し難しい顔をしたが、でも、結局は笑んで、頷いた。
「――ああ!」
「うん! 友達っ!」
2人の返答を受けたアルルは、出会ってから一番の、輝くような笑顔を浮かべた。
「あはは! 何気に、この学校で初めての友達だ!」
「え? あ、そうか。遠慮されてるのか」
「うん。みんなちょっと距離置くの。でも、2人とも変な遠慮しないよね。だからさ――」
アルルは二人の肩を、まるで宝物を抱く子供のように、強く、強く、抱きしめた。
「――僕と、これから仲良くしてね!」
――2人はアルルと友達になった。互いにとって互い以外の、初めての魔符士の友達だった。
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