幕間

2日目 キララのキラキラケミカル

 2日目。朝。8時15分。


 シャルナといつものように傍目からはイチャついているようにしか見えない会話を繰り広げる玄咲の席に、1人の女生徒が近づく。玄咲とシャルナはすぐにその存在に気が付く。少女はあまりにも特徴的な――華のある容姿をしていた。キラキラした謎の粉やアクセサリーを塗した水色の髪を巨大なツインテールで両サイドに分けた、星が煌めくようなつぶらな大きな瞳の可愛らしい女の子だ。眼の下には大きな逆三角形の隈がある。もちろん玄咲の知っている生徒だった。玄咲はいつものようにCMAの知識を頭の中に展開する。反射だった。


(死水綺羅々。漢字が鬱陶しいので、あと当人がキララの方が可愛いと思っているという理由で文章中ではキララと表記される。見た目に反して色んな意味で危ない奴。遅かれ早かれだと思ってたが、やはり、話しかけてきたか。目的は、まぁ、多分、だよな……)


 玄咲の机の前に死水綺羅々――キララが立つ。そして大粒の星の入った瞳をニコリと線にして顔、そして体までもをやや横に傾けながら後ろ手を組んで、そこそこボリューミーな白い制服に包まれた胸を強調しながらキラキラした甘ったるい声で玄咲に話しかける。


「ねぇねぇ。天之くん。あ、天之くんって呼んでいい?」


「……いいよ」


 気乗りしない声で玄咲は応じる。本性を知ってるだけにどうしても言葉の裏を想像してしまう。それが声に出る。


(見た目だけならヒロイン級なんだが。うむ。可愛い。可愛いな……)


 キララが一瞬「あれっ?」って顔をしてから、すぐににこっと目を弧線にして語りかけてくる。


「よかったぁ。天之玄咲ってさ、まるでこの世ならざるセンスの持ち主が神の閃きによって辿り着いた唯一無二至高の名前って感じだよねー。考えた人尊敬しちゃうなー。世界一の天才だと思う」


「すまない。痛さを通り越して憐れみを覚えるような賛辞はやめてくれないか。逆に馬鹿にされてるような気分になる」


「そ、そう? 本音なんだけどなー。まぁそれはそれとして、天之くん。友達になろっ!」


 玄咲は反射で答えた。


「いいよ」


「玄咲?」


「よかったぁ。じゃ、これお近づきの印の」


 キララがポケットに手を突っ込み、試験管を取り出した。蒼色のなにやらキラキラした液体が入ったそれを玄咲に渡してくる。


「ケミカルだよ」


「……」


「私が調合したの」


「……」


 玄咲は無言で渡された試験管の中でコポコポと泡立つキラキラの液体を見る。


(……ケミカル。死水キララがクラスメイトを支配するために使う不思議な液体。危険。ダメ、絶対。それは分かってる。分かってるんだが――)


 美味しそう。不覚にもそう思ってしまう。ゲームで初めて見たときから一口飲んでみたいと思っていたケミカル。それが今手の中にある。玄咲の喉がゴクリとなる。キララが玄咲の耳に口を近づけて、囁く。


「説明はいる?」


「いらない。ケミカルだろ」


「――へぇ。やっぱり愛好家かぁ。その目付き、そうだろうと思ってたんだよねぇ。これから私たち、仲良くできそうだねぇ。ちょっと、それ、振ってみてよ」


「こうか」


 振る。


「全然色が濁らないでしょ。どういう意味か分かるよね?」


「上物の証だろ。さらに上物になると振れば降る程綺麗になる。キラキラする。これは上の下ってところかな」


「――流石。私の目に狂いはなかった。これくらいのブツなら安定して定期提供できるよ。私たち、本当の意味で仲良くなれそうだねぇ。あ、もちろんそれはタダで上げるよ。だって、友達からお金なんて取れないもんね!」


「一つ聞きたい」


「なに?」


「天使が見えるケミカルはあるか」


「玄咲?」


「っ!?」


 キララの顔色が変わる。口元をなぜか手で拭って、真剣な面持ちで確認してくる。


「エンジェル・ハイローのこと? それを知ってるなんて、まだ私、あんたのこと舐めてた。あんた、相当な通だね。面白いよ……!」


(エンジェル・ハイロ―ってなんなんだろう……)


 思いながら玄咲は指摘する。


「キャラ、崩れてるが」


「あっ! え、えへへ。ケミカル好きのキララちゃんはいつでもプリティー・キッチー・キララッチーだよ。ま、とにかく今後ともよろしくね! ケミカル通の天之くん!」


 会話当初より随分親し気なキララ。美少女に友好的に接せられれば当然ながら玄咲も悪い気はしない。キララが手を振りながら去っていく。なんとなく浮かれて手の中の試験管を見る玄咲にシャルナが訝し気な顔で、


「それ、何?」


 尋ねる。玄咲は快刀乱麻。


「ケミカルだよ」


 再度シャルナが尋ねる。


「ケミカルって?」


 玄咲は謎に力強く頷くも正直に答えない。


「ああ! ケミカルはケミカルだよ」


「だから、ケミカルって、何?」


「ケミカルはねー、ケミカルだよっ!」


「あなたには聞いてない」


「あ?」


 いつの間にか玄咲の席に再接近していたキララの額に青筋。これ以上誤魔化すのは不可能だしなんか問題が起こりそうだと悟った玄咲はシャルナに正直に答える。


「え、えっと、飲んだり注入したりすると気持ちよくなったり幻覚を見れたりする魔法が関与しない純粋薬学によって生み出された化学の結晶体、というか結晶水だよ。えと、その、全くやましいものじゃない」


「……くすり?」


「違う。ケミカルはくすりのような副作用がない。だから全く安全なんだ。ちょっと中毒性はあるがそれは我慢すればいいだけの話。つまり全くのノーデメリット。ケミカルは、くすりじゃない。ケミカルなんだ。販路でも全くの別口で取引されている。違法の素材は使わず合法の素材だけで作成できるのがケミカルの何よりのメリットだ。表立って取引されていないのは世間に認められていないというだけの話だ。違法じゃない。合法だ。だから使用しても全く問題ない。シャル、分かったか。これは合法で安全なくす――ケミカルなんだよ」


 玄咲は地球時代からケミカルに多大な興味があった。コカイン、マリファナ、LSD、アンフェタミン、ヘロイン、そんな身近で出回ってた薬を、脳に後遺症が残って天使の幻覚が見れなくなると困るという理由で興味がありつつも決して手を出さなかった玄咲にとって、後遺症の残らないケミカルは理想の薬だった。キメたからといって法に触れる訳でもなく後遺症も副作用も発生しない。それがケミカル。なぁに、タダで1回だけ試してあとはやらなければいい。そんな軽い気持ちで玄咲はケミカルに手を出そうとしていた。玄咲は作中で普通に高校生が吸引しているケミカルの魔力をどこか甘く見ていた。


「キャー! やっぱりケミカル詳しー! そんな格好と目つきしてるだけはあるー! キャーーーー!」


「ま、まぁな。ケミカルには少し詳しいんだ。入手経路だっていくつか知っている。俺は詳しいんだ」


 ゲームでもケミカルはデメリット付きのドーピングアイテムとして使用できる。街で売人から購入できる。キララが拳をぶんぶんしながら喝采を上げる。中身はともかく外見はヒロイン級の美少女に持ち上げられて玄咲が嬉しそうな顔をする。


「貸して」


「あっ」


 シャルナが玄咲の手から試験管を奪う。そして流れるような動作で窓を開き、振りかぶって――、


「えい」


 ポイっ。


 ヒュー。


「ダメ、絶対」


「……うん」


 ヒュー――――……、


 パリン。


「きゃっ!? なにこのキラキラした液体!? ……あっ、ケミカル!?」


「「「!?」」」


 聞き覚えのある声。かつての最愛。玄咲は真っ先に窓に駆け寄り、そして階下を見た。クララ・サファリアが割れた試験管の前で教員鞄を抱えて驚いていた。それから、試験管の落ちてきた方向――頭上を見上げる。


 玄咲とばっちり目が合った。クララは怒った。


「こらーーーー! 玄咲くんッ! あなたねっ! こんなもの学校に持ち込んで、すぐにそっちに行くから正座して待ってなさい!」


「っ!!? ち、違っ――!」


「言い訳しない!」


 クララは玄咲の言い訳に聞く耳持たなかった。肩を怒らせて校舎の入口へと姿を消す。放心する玄咲にシャルナが慌てて謝る。


「ご、ごめん。私のせいで、クララ先生に、勘違いされちゃった。大丈夫。私が自首するから、安心して」


「そうよ! あんたが自首しなさいよ! 全部、あんたが悪いんだから!」


「いや、シャルは悪くない。全部俺が悪い。シャルを責めるのはやめてくれ」


「いや、私が」


「いや、俺が」


「あんたたちイラつくからこんなときにまでイチャつかないでくれる!?」


「い、イチャついて、ないもん!」


「ああ、中毒性高めるために○○とか××とか混ぜてるのがバレたらどうしよう……!」


「!?」


 キララの口から飛び出した違法素材の名に玄咲が慄き軽い気持ちで手を出さなくて良かったと心底安堵している間にも時は進む。カウントダウンが刻まれる。


 そして数分後、ついにG組の教室に教師が到着した。


「あの試験管を持ってきたのは誰だ」


 クロウ・ニートだった。


「キララちゃんです」


「!?」


 シャルナがすまし顔で躊躇いなくキララを指さす。キララが口を開きかけるもその前にクロウが、


「そうか。他にも持ってるな。今の内に出せ」


「はい……」


 キララは大人しく制服の内から試験管をさらに5本、玄咲の机の上に置いた。


「跳ねろ」


「!?」


「いいから早く」


「うぅ……この、不良教師ぃ!」


 キララが跳ねる。


 カチャカチャ!


「うむ。全部で10本か。中々の量だ」


「うぅ……」


 ケミカルを全部没収されうな垂れるキララの前で、クロウがケミカルの入った試験管を一本取って軽く振る。


 色が、濁らない。クロウは頷いた。


「上物だな。良い腕だ。お前が調合したのか」


「うっ!? ……はい」


「そうか。これは没収する。以上だ」


「それだけですか」


「ああ。クララならもっと大騒ぎにするんだろうが、そうなると面倒だからすれ違った時に話を聞いて俺が指導しておくと言っといた」


「あ、ありがとうございます……!」


「気にするな。生徒のためだ」


 クロウは試験管を全て己のバッグの中に没収した。3人の目がバッグに注がれる。


「なんだ」


「「「いえ、なんでも」」」


 どう考えても着服。そう思うも場が収まるならなんでもいいかと3人とも気にしないことにした。


「今日はカードのランクとレベルの関係性についての座学を教室で行う。できれば予習しておくように。別にしなくてもいいけど」


 クロウがカチャカチャとバッグの中から音を立てながら教壇へと去っていく。キララがその背を見てしみじみと呟く。


「……流石G組の教師」


 3人の総意を代弁する言葉に玄咲とシャルナもまた頷いて同意を示した。



 その日はそれ以上のトラブルが起こることはなく、2,3件玄咲絡みの小さなトラブルが起こって、シャルナが少し暴走して、それだけだった。シャルナと一日中訓練をして、帰ってバエルと今後についての話を雑談多めにして、シーマと会話しながら自然に眠って玄咲の2日目は終了した。


 平和な一日だった。

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