幕間

5日目 1日の始まり

 チュン、チュン。


「……」

「くー、くー……」


 なぜか目が覚めるとまたシャルナと真正面からがっつり抱き合っていた。子供のような――いや、動物のような寝顔。あまりにも、無垢が過ぎる。元居た世界の人間には、たとえ赤子だろうと絶対に真似出来ない寝顔。クロマルを思い出す。胸を締め付けられながら、以前と同じように密着状態を外そうとして――。


 その前に、一度、強く抱き締めた。


「……玄咲、好き」

「ッ!?」

「くー、くー……」


 寝言、されど、いや、だからこその説得力が産む凄まじい破壊力。震える腕を必死で離して、ベッドに横たえ、シャルナに布団をかけて、玄咲は窓の前に立った。いつものルーティーン。カーテンを開け、窓を開き、身を乗り出す。


 白い太陽に照らされた大好きな世界が出迎える。大きな校舎がある。その右隣にはカードショップとデバイスショップ。左隣には10棟のバトルセンター。少し離れにラグマ。各施設従業員が居住する住宅街。遠くに魔工学科の校舎。魔工学科の生徒が暮らす巨大アパート。超巨大な裏山。他にもまだ訪れていない学園の色々な施設が一望し切れないくらいに、視界いっぱいに広がる。学園外のプレイアズ王国の街並みさえもちょっと見える。夢にまで見た大好きな世界。夢にまで見た大好きな景色。そして――。


「――夢が、あって、いいよね。この景色。ワクワクする」


 それら全てよりも大好きな、夢にさえ描けなかった存在、シャルナ・エルフィン。いつの間にか起きて隣に立っていたシャルナに答える。


「ああ。ワクワクする」

「ずっと、この学園に、いたいね」

「仮初の巣だよ。いつかは出ていく。このラグナロク・ネストから巣立つ時が誰にでも訪れるんだ。遅かれ、早かれな」 

「そだね。一緒に、卒業、しようね」

「ああ。いつの間に、起きたんだ?」

「離れて、すぐ。腕の中から、いなくなったんだもん。布団をかけてる時には、起きてたよ。玄咲がいつも、どうしてるのかなって、見てた」

「そうか――シャル、あのさ」

「なに、玄咲」

「俺は君を何があっても守るよ。この学園で誰にも負けないくらい強くなって」


 白い朝日を浴びながら、白い堕天使に宣誓する。シャルナは白く笑った。


「うん。強くなろうね。一緒に」


 自分も守られるばかりじゃいられない。そんな決意を裏に秘めた言葉。そのひたむきさが、向上心が、眩しくて、白く輝いていて、まるでもう一つの太陽のようで、玄咲はもうどうしようもないくらい胸を揺らされて、思わず涙を零した。


「あはは、玄咲、また泣いてる。感極まると、最近よく泣くよね」

「う、うん。年のせい、でもないな。何でだろ」

「変わっていってるからだよ。玄咲、短期間で、随分変わったもん」

「そ、そうか?」

「うん。変わった。前よりもね、ずっと、明るくなったよ」


 シャルナが微笑む。その白い輝きに、もう一つの太陽の顕現に息を吞んで、もう直視することもできず、何となく窓の外に視線を戻す。シャルナもくすりと笑って、隣り合って窓縁に手をかけて外の世界を眺める。無限に広がる、広大な世界を、共に。


(……いつかは、学園外にも、シャルと一緒に出かけたいな。今はまだ、学園の中にしかいられないけど、1年後には、きっと――)


「いつか、一緒に、旅したいね」

「……ああ。絶対にしよう」

「うん」


 白日に照らされながら、シャルナを横目で見る。


(……いつか。その時に至るまで、俺はシャルを守り続ける。そのためなら、なんだってする。シャルナの笑顔を穢す。そんな奴は楽園にいらない。地獄に堕とすべきだ。俺が、堕とす。シャルを守る。そのために、強さを、)


 もう一度、絶対の意思を込めて、宣誓する。


「シャル。俺が君を守るよ。永遠に」


 シャルナがきょとんと、玄咲に視線を合わせる。そして、「言わせたいのかな?」そんな声が聞こえてきそうな表情で、優しく笑った。


「うん。守って」


 玄咲は頷いた。


「ああ。守る」


 地獄に堕ちて何をしてでも。

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