第42話 シャルナと膝枕
夜12時。
シャルナと一杯遊んで、一杯恋人ごっこをして、一杯分かり合って、心の傷が完全に癒えるくらい、幸せに過ごした。そんな幸せな時間も、もう終わる。
ベッドの隅。体育座りで隣り合うシャルナは玄咲にもたれかかりながら、甘く蕩けた声で漏らした。
「幸せぇ……」
「う、うん。幸せ、過ぎる……」
「でも、今日、何も建設的なこと、しなかったね」
「……うん」
「正直、よくないよね」
「……うん。心が駄目になる感覚は、ずっとあった。幸せ、だけどさ。毒沼に漬かるような感覚も同時にあって、ちょっと怖かったよ」
「うん。私も。だからさ、当分友達でいようね」
「……ああ」
ごっこでこれなら恋人になったらどうなってしまうのか。なんとなくシャルナが友達にこだわる理由が玄咲にも分かってきた。
「ふぁ……」
シャルナが口に手を添えてあくびをする。流石に12時とも眠気を感じているようだった。
「今日はもう、寝ちゃおっか」
「ああ。そうだな。もう遅いし、俺も生命力を回復しないといけない」
「……そう言えば、バエルさんを、召喚したのに、よく、平然と、過ごしてたね」
「1日くらいならな」
「すごい。……あのさ、玄咲。最後に」
「なんだ、シャル」
「私に、何か、して欲しいこと、ない?」
「して欲しいこと?」
「うん。今日一日、全部のお礼、させて。何でも、してあげるよ?」
「――なんでも?」
「うん」
にじり寄って、耳に囁く。
「ちょっと、えっちなことでも、してあげるよ?」
「ッ!?」
ゴクリ、と唾を飲み込む。そして、震える声で、確認する。
「な、なな、なんでも、いいのか?」
「うん。でも、あまり、過激なのは、駄目だよ。ちょっとだけね。ちょっとだけ」
「……ゴクリ」
玄咲は猛スピードで思考した。いざという時は玄咲の頭も回ってくれる。そして即座に最適解を導き出した。
「膝枕をして欲しい」
「いいよ。きて」
シャルナが即座に正座になって、太ももをポンポンと叩く。少し躊躇いつつも、結局は欲望に正直に体を動かし、ベッドに体を横たえてシャルナの太ももに頭を乗せる。
ぽふん。
ぽふん。
ぽふん。
(っ!? あ、ああ――)
頭を柔肌枕に乗せた瞬間、幸福が頭の中でリフレインして反響増幅した。慌てて布団を手繰る。そして顔にかける。
(た、確かにこれは、顔に何かかけずにはいられない……!)
「えい」
「あっ」
シャルナが布団をはぎ取る。玄咲の弛緩した顔を見る。玄咲は恥ずかしさのあまり、布団を手繰って、握り締めて、決してはぎ取られないように顔の上に固定した。シャルナはくすっと笑って、玄咲の頭を撫でた。
「可愛い、可愛いっ」
ビクッ!
「なで、なで、なで、なで」
(あ、ああ……)
「気持ちいい? 玄咲?」
「……」
もぞ(コクリ)。
「良かった。じゃあ、寝るまでずっと、こうしていて、あげるね。いい子、いい子―、なんて、お母さんの真似、えへへ」
(ッ!!!!!!!!!? お、お母、さん? シャルナが、お母、さん? お、お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん……!)
玄咲は母親からの愛情を失ったトラウマから、結構マザコンじみたところがあった。クララ・サファリアが好きだったのも、年上で面倒見がよくて、母という存在を連想させるキャラクターだったという理由もある。そのせいで、玄咲の愛情がちょっと暴走した。より詳しく言えば口から洩れてしまった。
「お、お母、さん――」
気持ち悪い戯言が。時が止まった世界に二人は刹那入域した。シャルナの手が止まる。
「……」
「……」
「……」
「……」
(死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。お、お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい……!)
布団を深く被ってべそをかく玄咲。お母さんと口にした影響からかちょっと幼児退行を起こしている。すん、すん。性被害者のようにすすり泣き続ける。その玄咲の頭が、
ガバッ!
(!!!!!!!!!!!!!!!!!!?)
突如、布団ごとシャルナの腕に抱きかかえられる。何の不興を買ったのか。戸惑う玄咲の頭が横向けられる、そして布団からはみ出した側頭部に備わった上向いた耳に熱い空気が触れて、違和感を覚えた次の瞬間――
「はむぅ」
シャルナに咥えられた。体全部に流れる快楽の電流が落雷のように耳に落とされた。玄咲の体が激しくビクついた。シャルナは丸く蹲り玄咲の頭を抱え込んで、耳舐めを開始する。瞳孔が完全にハートマーク。
「はむ、はむ、もぐ、れろ!」
(あ、あ、あ、あっ!)
「もぐ……じゅる、じゅる、くちゅ、くちゅ」
(ああ、咥えられて、しゃぶられて、もぐもぐくちゅくちゅされて、ああ、ああ……天国……)
「ん……くちゅくちゅ、くちゅくちゅ……これが、いいんだね。なら、もっと、してあげる」
シャルナはさらに執拗に、玄咲が最も好きな舐め方をする。以前より耐性のついた玄咲も、シャルナの犬のように執拗な耳舐めには流石に耐えられず、以前より長時間の耳舐めの末、段々と意識が遠のいていき――。
「――ぷはぁっ。ちゅ……」
(!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!? ――あっ)
解放したと安堵した一瞬への不意打ちの唇に完全に意識を持っていかれた。意識が遠のく寸前、布団が剥がれ、一瞬見えたシャルナの表情は、情欲に燃えた凄まじく色っぽいもので、
「わ、私の、可愛い、玄咲――!」
そのシャルナの口を大きく開けた顔が再び近づいてくるのを最後の視界として、玄咲の意識は途切れた。
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