第33話 召喚――

「――やっと来たか」


――流麗なのに狂気で底濁りした下水道を思わせる声。建物の陰から上級生をぞろぞろと引き連れて現れたカミナが二人を睨んで告げる。


「背教者共が」


 カミナの声に呼応して、上級生がぞろぞろと現れる。四方を囲まれる。屋根の上にまで姿がある。相当な人数。カミナは余程のモノを差し出したらしい。カミナの家柄を考慮すれば、女装姿を見れば、何を差し出したかなど容易に想像がつく。


 カミナは女装していた。協力を仰ぎやすくするためだろう。白いワンピース姿だ。白一色のその衣装は、姿形と、カミナが内から発し纏う濃厚な死者の気配により死に装束のようにも見える。スカートの丈が、短い。太ももが、白い。どこからどう見ても美少女。女装効果は覿面。後ろには上級生の群れ。玄咲たちとは比べ物にならないほど、レベルも、カードも、ADも、強化されている。


「ひひひ……」

「へへへ……」


 そして玄咲たちの背後からも上級生たちが現れる。一人のADが魔力光を発している。何らかの魔法で潜伏していたらしい。玄咲は舌打ちした。


「オメガ・サイレンス・フィールド」


 さらに上級生が魔法を発動する。一帯が防音結界で包まれる。もう、助けを求める声は届かない。そしてランク8――オメガ級ともなれば、魔法を遮断する効果さえある。


 玄咲たちは閉じ込められた。シャルナが無言で玄咲の袖を握る。その手は震えている。当然だろう、と玄咲は思った。


 情欲に濁った眼をしている生徒が――玄咲が一番嫌いなタイプの人間が一定数紛れ込んでいたから。カミナが鼻で笑う。


「お前らはいつも人と少し違う通学路を通るらしいな? 罪人の自覚ががあるからこそこそ人目を避ける。だからこうなる。全て自業自得だ。処刑に丁度いい場所だなぁ。ここは」

「調べたのか」

「ああ。すぐ分かった。罪の気配は隠せない。罪人には焼き印を。罪の証が誰の目にも明らかになるように――だが、お前らに焼き印は必要なさそうだ。濃厚な罪の気配を常時全身から発しているようだからな。だから、人の目から逃れられなかった。そして、死からもな」


 玄咲はざっと周りを見渡す。

 全員、ADの展開を終えている。おそらくカードのインサートも。そして、全員が間違いなく玄咲たちより高レベルだろう。ラグナロク学園の上級生になるとは、そういうことだ。


 カミナの言葉は、全くはったりではない。


「殺してやる。さぁ、処刑の時間だ。今日がお前らの命日だ。安らかな来世に旅立て」

「なぁ、この学校の死者って婆が」

「しーっ。黙っとけ。狂わせといた方が都合がいい」


 カミナの背後で上級生たちがひっそりとそんな話を交わす。そして上級生の中でも一際目立つ、見るからに悪人顔の、負のカリスマを放つ男――3年G組の男子生徒、馬場英治ばばえいじが、馴れ馴れしくカミナの肩を抱いて話しかける。


「おいカミナちゃんよぉ。俺の舎弟を貸してやったんだ。謝礼は本当にくれんだよなぁ? 謝礼をくれなきゃよぉ、あいつらの代わりにお前を殺っちゃうぜ」

「はい、射弦義家に残された財産、カード、デバイス。全部分配して差し上げます。退学しても一生暮らしていける程度の蓄えはありますよ。借金を考慮しなければね」


 上級生たちが喝采を上げる。さらに馬場英治がにちゃぁ……とウシガエルの顔におかっぱ頭を乗せたような顔を醜悪に歪め、


「それだけじゃねぇだろ」


 カミナのスカートに後ろからガバっと手を突っ込む。そして、玄咲たちの視線の先、スカートの前部が揺れる程に激しくその中身を揉みしだく。


「ぅん。あぁっ!」


 カミナが、凄まじく色っぽい喘ぎ声を上げる。意図して上げている。何となくそう察せられつつも、欲情せずにはいられない声。馬場英治はにやつきながら言う。


「へへっ、男でもこれだけ可愛ければむしろこれも嬉しいおまけだぜ。なぁ、自分から言えよ」

「はい。僕の全てを、差し上げます。一生、あなた達の玩具になります」

「ヒュー――――――――――――――! いいねぇ!」


 下品な喝采の中、さらに、馬場英治はカミナを撫で回す。首元から突っ込んだ腕で胸を撫で回す。手も、前部まで伸びる。喘ぎ、もだえるカミナ。ワンピースが、幾度も凹凸し、乱れていく。あまりにも穢らわしい光景。


「へへっ、女よりよっぽど女らしい体してるぜ。やるのが楽しみだ。そして」


 馬場英治――レベル80超えの男子生徒が、シャルナに視線をやって、酷く単純な意味の光をその瞳に灯した。ジュルリと、舌なめずりする。


「あっちの方もたまんねぇな。特上だぁ……」

「ひっ!」


 シャルナの表情が、今日初めての、純粋な恐怖に歪んだ。

 玄咲は、歯を、破片が砕け散るくらいに強く噛み締めた。


(こいつは地獄に堕ちてもいい男だ。穢した。穢した。穢した。穢した。大切な日常を平和な幸せを素敵な楽園をシャルナの笑顔をシャルナを穢した穢した。もういい。もういい。こいつらの明日はもういらない。殺す。殺す。殺す。全員殺す――殺し、たいのに)


「ふぅ、続きはこいつらを拉致監禁してからにするか。行くぜ! オメガ・ディフェンス・オーラ!」


 上級生たちが魔法を連続展開。全て、防御魔法。それも行動を阻害しないオーラ系の魔法。カミナが玄咲を鼻で笑う。


「いくら体術が使えようと防御魔法には無力。攻撃魔法は校則で禁じられてるが身を守る分には問題ない。そもそも今のお前の攻撃魔法では火力不足。つまりお前に勝ち目はない。驕ったな。ゴミが」


 全く、その通りだった。流石に、この数の高レベル魔符士相手に徒手空拳は今の玄咲には荷が重い。一人では、勝てない。それが、一番悔しい。普段あれだけ自分は強いと大言壮語を叩いといて、いざとなれば大好きな女の子をこの手で守ることすらできない。玄咲は、この世界に来て、初めて心底から思った。


(もっと、強くなりたい。いや、強くなる)


 心の内側が熱く燃える。レベルアップの感覚。どうでもいい。それよりも激しい悔しさが身を焦がしている。カミナが号令をかける。


「かかれ! 苦しめて、殺せ! くれぐれも、精霊神のカードは抜かせるな!」


 上級生たちが一斉に玄咲たちに襲い掛かる。玄咲は、自嘲した。


(弱い。弱い。弱い。弱い。俺は弱い。だけど、強くなる。こいつらなんて一人で蹴散らせるくらいに、強く! だけど、今はまだ、君に頼らせてくれ。俺の、相棒――)


「ひゃっはー! 男の方は四肢切断して拷問刑だァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! あぶっ!」


 玄咲は一番近い男を相手を死へと導く死線デッドラインに従って足を走らせ、もっともオーラと体の脆い場所を魔法のように突き通って足の骨と引き換えに一撃で蹴り殺しながら、SDをつけた腕をカミナに向けて


「はっ! SDで何が出来る!」


 詠唱した。


「召喚――悪魔神バエル」


 戦闘は終了した。虐殺が始まった。

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