没第4~7話 アナザールート

解説 


4話というか、4~7話。サブタイトルに4~7話と書くと字並びが一人浮いて醜くなるのです。

当初はクラス分け能力測定試験を最初に挟む予定でした。進行が悠長になり過ぎた他、段々と構想から逸れていったので、全没にしました。この頃は家で一人で書いてたので、そういう悠長な手を取る余裕がありました。

用語センスは壊滅。仮名Aくらいのノリで天人(セレクター)、堕人(フォーリナー)とかつけてます。

キャラクターも、設定も、原型を残しつつもまるで別物です。

特にヒロイン。黒髪黒眼で性格もかけ離れている。全く別キャラ。当初はH2Oの小日向はやみちゃんみたいなキャラになる予定だったのです。信じられない。後先考えないアドリブの連続で今のキャラになりました。






 第4話 知力の間


 疾駆。四方を白で塗り固められた長い廊下を玄咲は駆ける。ブツブツと何事かを呟きながら。


「ステータス。カード。デバイス。アイテム。セーブ。……メタ的なシステムは機能しないタイプのゲーム世界転生か? メニュー画面の操作は全滅。まだ断言はできないが頼りにはしない方が良さそうだな」


 走ってる途中、青と赤の人型マークが視界の端に見える。トイレだ。玄咲は男性用トイレに駆け込んだ。


「そういえば自分の顔をまだ見てなかった。確認しておこう」


 入り口付近の水道上に張りつけられた鏡の前に立ち自分の顔を写す。


 ゲームの主人公の顔が写る。ただし、玄咲の知る主人公の顔とはだいぶ雰囲気が違った。


「……人殺しの目だ。闇落ち主人公みたいになってる」


 黒髪、黒目、平凡な容姿という名のイケメン顔。よくあるジャパニーズ創作の主人公の顔だ。それが、目つきは勿論のこと全体的に悪っぽく歪んでいる。


 髪はピンピンしてるし、顔の輪郭はエッジが効いていて、体も筋肉質だ。白を基調に黒の少し混じるラグナロク学園の制服が内側から張っている。アイアンクロー決めながら暴言吐くのが似合いそうな容姿だと玄咲は思った。


「……色々言われる訳だ。人間の容姿は魂の形を反映するとコナン・ドイルの霊界通信で読んだことがある。俺の汚い魂が主人公に入ってしまったからきれいな水が汚れてしまったんだろう」


 顎に手を当てて玄咲は的確な自己分析を行った。


「まぁいい。前の俺ほど醜い顔ではない。充分だ」


 容姿の確認を終えた玄咲はトイレを出て試験会場へと向かった。






 ラグナロク学園では入学者のクラス分けのために入学初日に3つの能力測定試験を行う。


 その内の一つ、筆記試験が行われる試験会場【知力の間】。玄咲は席について試験の開始までの待ち時間の暇つぶしに【知力の間】と名付けられた会場を眺めていた。


(人が多い。圧倒されるな)


 1000以上の席。そのほぼ全てが埋まった会場。壮観だった。巨大な試験会場も、その会場を埋め着くす人の群れも、桁外れのスケール。現実感のない光景が今まさに玄咲の目の前でファンタジーな輝きを放っていた。


(ゲームだと精々30席くらいしかグラフィックが用意されてなかったのになぁ。会場には1000人を超える人が渦巻いているとかテキストに表示されるのにどう見ても数十人しかいないもんだからシュールだった。まぁそういうレトロなところも味があってよかったんだけど。しかし……)


 玄咲は両隣の席に座る生徒――どちらも男子――の顔を見る。両者とも目を逸らしてきたが玄咲は特に気にしない。両者の顔を交互に数十秒眺めまわしてみるが、該当するゲームキャラクターの顔が思い浮かばない。どうやらこの世界オリジナルのモブキャラクターらしかった。玄咲の口から舌打ちの音が漏れる。モブキャラクターの口からも「ひっ!」と短い悲鳴が漏れるがやはり玄咲は気にしなかった。


(……ゲームではメインヒロインの神楽坂アカネとバスに続いて隣の席になり「あら、偶然ね」と親し気に話しかけられるんだがな。生徒は試験会場の前に立つ受付の教職員に渡されたカードに書かれたランダムな番号の席に座ることになる。ちっ。理事長に説教を受けている間に順番が狂って本来俺が引くはずだった神楽坂アカネの隣の席のカードを誰かに引かれてしまったらしい)


 己の席の5列前の席に座る神楽坂アカネ。その隣の席を引き当てたラッキーボーイを忌々し気に見る玄咲がふと気づく。


(あれ? あいつ、主人公のライバルの光牙埼リュウトじゃないか? そうだ! あの黄金の髪にモブとは一線を画すイケメン顔、間違いない! どうしてあいつが俺の席に……!)


 驚愕に目を見開く玄咲の視界の中で、光牙埼リュウトが神楽坂アカネと親し気に会話を交わしている。言葉を交わしている。談笑している。笑いあっている。まるで、恋人のように。


 光牙埼リュウトはパーフェクトヒューマンだ。名門貴族龍牙埼家の長男で、金もあるし、学もあるし、武もあるし、品もある。だからといって金持ちやエリート特有の高慢さもなく、誰にでも分け隔てなく優しい。完璧な人間だ。


 そして、何より100万人に1人しか発現しない光属性の魔力の持ち主――光人だ。


 CMAには7属性の魔力がある。炎水土風雷の主要5属性と、光闇の特殊2属性だ。殆どの人間は主要5属性の中から一つ、または複数の属性を授かる。だが、龍ケ崎剣のようにごく稀に、100万人に1人の確率で特殊2属性に適性を持つ人間が現れる。光属性に適性を持つ人間は天人(セレクター)と呼ばれ、闇属性に適性を持つ人は堕人(フォーリーナー)と呼ばれる。前者は尊ばれ、後者は忌み嫌われる。歴史的確執のせいであり、宗教的定義付けのせいでもあり、外見のせいでもある。とにかく、光人はいい意味で特別で、闇人は悪い意味で特別だった。


 そして光牙埼リュウトはそのいい意味で特別な光人だった。生まれながらの選ばれしもの(セレクター)。主人公がいなければこの世界の主人公になっていてもおかしくないほどに何もかもが最上級(スペリオール)。本来なら玄咲が一番嫌いなタイプの人間だった。


 だが、光牙埼リュウトはありあまる美点を補ってあまりあるほどにいい奴だった。玄咲は光牙埼リュウトをじっと見つめる。慈しみの目で。


(光牙埼リュウト。男性キャラ唯一の攻略対象。お前は俺に弱さも醜さも曝け出してくれたよな。俺は知っている。お前が常に他者が理想とする自分を演じていることを。努力して、無理して、自分を殺し続けていること。俺は全部知ってる。だって見てきたんだからな。お前の全てを。お前なら、いいかな。神楽坂アカネの隣に座っても……)


 玄咲は慈しみの目を光牙に向け続ける。神楽坂アカネの後ろの席にいた女子生徒が玄咲の視線に気づき神楽坂アカネの肩を叩く。凄い勢いで振り返った神楽坂アカネとたまたま視線が合う。神楽坂アカネが震えながら前を向く。


 その動作と入れ替わるように、光牙埼リュウトが後ろを振り返り、玄咲の知らない見たことのない冷たい目で玄咲を睨み蔑んだ。


 玄咲は好意を抱いている人物にそんな目を向けられたことに耐えがたいショックを受けて、俯いた。


(嘘だろ。おい。お前俺にそんな目を向けるのかよ)


 ぞっとするほどの冷たさ。その温かい人柄を知ってるだけに堪えた。俯いたまま、チラリと視線を上向ける。光牙埼リュートが人好きのする笑顔で神楽坂アカネになにか語り掛けている。神楽坂アカネが頬を染めてコクリと頷く。なんかいい雰囲気。まるで、恋人のよう。


 玄咲の額から冷汗がぶわっと出た。


(……まさか、この世界の主人公は俺じゃないのか? 油断してると平気でヒロインをNTRされるのか? や、ヤバイ。クララ先生ももしかしたらあんな風に他の男の毒牙にかかるかもしれない。例えば今この瞬間にもヒロユキにおっぱいを揉みしだかれていたり……)


 童貞脳がフル回転しエロゲで培った知識を駆使して精一杯のリアリティを持たせた生々しい濡れ場を脳裏に抽出する。玄咲の頭の中でクララが悲鳴をあげてヒロユキが下卑た笑みを浮かべる。義憤の炎を瞳に宿して玄咲は歯ぎしりをした。


(クソッ! ヒロユキの野郎。許せねぇ! もしクララ先生に手を出したらただじゃおかねぇ。必ず地獄を味わわせてやる。そして殺す。絶対殺す。クララ先生の処女膜の仇討ちだ。絶対に殺してやる……)


「絶対に殺してやる……」


 両隣のモブ男子がまるで予期せず指名手配犯を発見したかのような勢いで玄咲を振り向く。そんなモブ男子のリアクションをやはり玄咲はまるで気にしない。どうせいつか死ぬ肉袋。いくら視神経から脳に情報を送られようとも結局最後は死んで無に帰する。ならば気にするだけ無駄。戦場で5年間地獄を見てきた玄咲の心底にははそんな乾いた価値観がすっかりと沁み込んでしまっていた。平和ボケならぬ戦争ボケ状態だ。



「みなさんおはようございまぁす」


 ガラリ、と試験会場の出入り口の扉が開く。そこから、ピンク色の髪とうさ耳を頭から生やした兎人の女性が入ってきた。甘ったるい声と語調で告げる。


「それでは早速筆記試験を始めまぁす」


(古谷ウサミ先生か。攻略対象ではないが可愛い系の美人だ。まぁ攻略対象じゃないからどうでもいいか)


 ウサミが最前列の生徒に配ったプリントが回ってくる。玄咲はそれを一枚とって後ろに回す。学生時代の懐かしい気持ちを思い出した。





 机の上に裏返したプリントを玄咲は腕を組んでじっと見つめる。


(さて、どんな問題が出るかな。ま、ゲームで主人公が平均点は取れたと思うと言ってたから主人公の脳を受け継いだ俺でも平均点は取れるはず。道理だ)


「3,2,1――スタート! 始めてください。制限時間は1時間です!」


 1000人以上の人間が同時にプリントをひっくり返す音が試験会場にバサバサと響いた。玄咲もプリントをひっくり返す。そして筆記用具を手に取ろうとして、机の上にその類がないことに気付く。


(バッグに入ってるかな。えっと――俺バッグもリュックも何も持ってねぇじゃん。ちょっと待て。俺の所持品ってまさかこの制服だけ? な、なにか入ってないか!?)


 玄咲は冷汗を書きながら制服のポケットに手を突っ込む。左ポケット、そして右ポケットに――。


 固くて薄い長方形の物体が、指に触れた。


(!!!!!? カード! カードだ! やった!! 転生特典だ!!! そうに違いない!!!!)


 狂喜して玄咲はポケットからカードを取り出して表面を見た。


 カードには表面と裏面がある。裏面にはカードの本質たる魔法陣が、表面には絵と言葉で翻訳された魔法陣の効果が表示される。例えばウォーターヴォールの魔法陣が裏面に刻まれたカードならば表面には、最上部に魔法の等級を表す☆マーク、上部にカードの名前、中央にカードのイラスト、下部にカードの説明が表示される。表面を見ればそのカードがどういったものか分かるように作られているのだ。


(これは――デバイスカードか!)


 デバイスカード。バスの中でクララが使っていたカードを挿入して魔法を発動する機器【リード・デバイス】。そのカード形態。3次元の物体を2次元の情報と化してカードに封じ込めたものだ。次元圧縮という超技術が使われているらしいがその詳細がゲームで説明されることはない。超技術過ぎてゲーム開発者にもニュアンスでしか説明しようがないからだ。


(? なんか、黒ずんでるような。気のせいか?)


 プリントの上に手首を置いて眺めるカード。それが黒ずんでいる、というか黒いオーラ纏っているように見えた。詳しく見分しようとした玄咲に教壇からウサミの叱責が飛んだ。


「こら! そこ、筆記用具以外のものを机に出さなぁい!」


「え? あ! すいません」


 興奮のあまり玄咲は試験中であることを忘れていた。この場での見分を諦めてそそくさとカードをポケットに戻す。


「次出したら教室を出て行ってもらいまぁす。その場合は得点はれえてんでぇす」


「すいません。先生」


 玄咲は挙手をした。


「すいませんは一回で十分でぇす。早く試験に戻ってくださぁい」


「いえ、そうではなくて」


 ちゃんと聞こえるようにと玄咲はよく通る大声でウサミに頼み込んだ。


「筆記用具を忘れたので貸してはいただけませんか」


 一瞬、教室中の注目が玄咲に集まる。が、すぐに生徒たちは解答作業に戻った。


「……はぁ。毎年必ずいるんですよねぇ。忘れてくる人。はいはい。分かりましたよぉ。ちょっと待っててくださぁい」


 ウサミが玄咲の先までピョンピョンと駆け寄ってきてシャープペンシルと消しゴムを渡し、また教壇に戻った。玄咲はシャープペンシルを神妙な顔つきで見た。


(……あるんだ。最初に乗ってたスクールバスもそうだけどこの世界の文明レベルがよく分からない。きっと世界観考える開発者の頭が足りてないんだろう)


 シャーペンのケツを押す。芯が先端から出てきた。


(さて、第1問は……)



 問1 この魔法陣が裏面に描かれたカードの名称を答えなさい。


(……)


 ゲームでは魔法陣の裏面のデザインが統一されていて区別がない。適当にファイアーボールと答えて問2に向かう。


 問2 ドロミテ王国の第三代王の名前を答えなさい。


(……)


 そんなものはゲームで語られなかった。適当に徳川家光と答えて問3に向かう。


 問3 第4回天下一符闘会の決勝戦で優勝候補のヘラクレイトスを打ち破る大判狂わせを起こして優勝したステルヴィニー小国代表の符闘士の名前を答えなさい。


(……)


 そんなものはゲームで語られなかった。適当にジャック・ザ・リッパーと答えて問4に向かう。



 問4 かの有名なアルノアグノの戦いにおいて東軍を勝利に導いたフュージョンマジックの名前を答えなさい。


(……)


 アルノアグノの戦いという単語はゲーム内に出てきたがその詳細は語られていない。適当にデス・メテオと答えて問5に向かう。


 問5 現在のカード法の元となった八ヶ条の禁符文を発布した人物の名前を答えなさい。


(あっ、これゲームでやったところだ!)


 ゲームの進行には影響しないプレイヤーが選択肢を選んで回答する3つのお遊び問題の内の一つが出題されていた。迷いなく【ポンポニールⅧ世】と回答欄に書き込んで玄咲は問6に向かった。


 問6 アトラス・ペルソナントが彼独自のデジタル魔法陣理論を使って召喚しようとした悪魔の名前を答えなさい。


(……駄目だこりゃ)


 玄咲は全てを諦めて回答欄にバエルと書き殴ろうとした。


(――ザガン)


(ん?)


 美少女っぽい女性の声が頭の中に響く。幻聴症状。玄咲は即座にそう判断した。戦場に疲れて精神病を患っていた時期に幾度も経験した症状なので迷いはなかった。幾度もCMAのヒロインたちと会話した。癒し度の高いキャラクター程頻出した。


(……バエルでもザガンでも一緒か)


 なんとなく、玄咲は回答欄にザガンと書き殴った。





「はい、そこまででぇす! 答案用紙を回収してくださぁい!」


 答案用紙が後ろから回ってくる。玄咲は死んだ目でその答案用紙を受け取り自分の分も束ねて前の席の生徒に渡した。


「次は魔力属性判別の検査でぇす。B棟の属性の間に移動してくださぁい」


 生徒たちが席を立ち移動を始める。だが、玄咲は立ち上がらず口を半開きにしてしばらく呆然としていた。


(5問しか解けなかった……馬鹿な……主人公はそこそこ解けたって言ってたんだ。そこそこ解けたって――主人公、お前のそこそこってハードル低すぎないか? 阿呆なのか?)


 玄咲は首を振り、己の愚かな思考を振り払った。


(違う。主人公が阿保なんじゃない。俺が阿保なんだ。なにせ子供の頃受けたIQテストのスコア84点だったもんな……。まぁ、いい。まだ挽回のチャンスはある。次のテストで取り返せるさ)


 玄咲は席を立ち、次の試験会場へと向かうべく出口へと向かう。その途中、教室の隅の方で顔を青くしている一人の女性徒が見覚えのある顔をしていることに気が付いた。照明を反射し光艶を纏う黒い長髪と、ブラックダイアモンドのような黒い両の瞳が人目を引く、綺麗な顔立ちの美少女だ。


(彼女は――そうか。まだこの時点では学園の生徒なのか。話しかけようかな)


 迷う。だが、結局はやめた。彼女は攻略対象でない。会話サンプルが少ないためどう話したらいいか分からない。ボロを出して嫌われるくらいならいっそ接点を持たない方がマシ。そう考えたのだ。


(退学するまでどんな学園生活を過ごしていたんだろう。気になるな)


 玄咲は黒髪の少女に興味を持った。







 第5話 属性の間


 属性の間。


 会場の大きさは試験の間と変わらない。変化点はその内部構成。1000を超える机と教壇が取っ払われ、代わりにあるのは巨大な正方形型のカードが置かれた5つの台座。台座の向かい側には教職員が着座している。


 5つの台座の前には生徒たちが列をなして犇めいていた。玄咲もその犇めきの一部だった。だが、前後の間隔が前後の生徒の配慮で1メートルずつ開いている。お陰で他の生徒の感じるような窮屈を玄咲は無視できた。ラッキーだと思った。


「フレイ・ドーザ。魔力属性、火、水」


「やった! 二属性だ! しかも火だ!」


 玄咲の並ぶ列の10人程前の生徒が声を上げて喜ぶ。2属性持ちは100人に1人の割合。そこそこのレア。しかも火属性は主要5属性の中ではもっとも扱いやすく強力とされる。もしも自分がモブならばやはり喜んでいただろうなと玄咲は思った。


(だが、俺はもっとレアだぜ。なにせ虹色の魔力持ちだからな。7属性を網羅した伝説上の魔力。な、なんだってー!! ばりに驚かれるはず。楽しみだ)

 

 玄咲が妄想を膨らませている間にも列は進む。5人分前進した時、隣の列の検査台で黄金に赤と茶が混じった光が灯った。それと同時、歓声が爆発した。


「ひ、光属性の魔力だぁあああああ! 100万人に1人の激レア魔力だぁあああああ!」


「しかも火、土との混合! マジかよ! 月乃イリア生徒会長と同じ3属性持ちの天醒者! すげぇ! どんな確率だよ! 俺は伝説の誕生の瞬間に立ち会っているのかよお!?」 


「リュートさま素敵ぃいいいい! 流石名門貴族ぅうううう! 惚れちゃぅうううう!」


 歓声を上げる生徒たちの中心にいるのは光牙埼リュート。主人公(玄咲)がいなければこの世の主人公になっていたであろう男だ。浮き立つ生徒(モブ)の中に合っても常と変わらぬ微笑みを携えた冷静な佇まい。それが様になっていた。


(流石)


 玄咲は周囲の生徒に混じって手を叩きリュートを祝った。魔力属性検査を終えたリュートが列から離れる。玄咲は拍手をやめて自分の番を楽しみに待った。


 さらに列が5人分進む。玄咲の番が訪れた。歩み出る。わざわざ5列の中から選んで並んだ一番人が多い列。その理由は目の前の人物にある。


「よろしくお願いします。クララ先生」


「はい。では魔法陣に手をかざして魔力を込めてください」


 ニコリ、と笑みを浮かべてクララが言う。その笑みが玄咲には他の生徒に向けられるものとちょっと違って見えた。向こうも意識しているのかもしれない。玄咲はそう思った。


 ちょっとドキドキしながら魔法陣に手をかざす。そこで玄咲はふと気づいた。


「あの、魔力を込めるのってどうやるんですか?」


「え? そ、それは、その……こうグッ! と腹の底から念じてください!」


 グッ! と裏拳を見せてクララは両拳を握った。斜線を描く眉毛が勇まし可愛かった。


「!? 分かりました!」


 漠然とし過ぎててよく分からなかったが玄咲はとりあえず勢いよく頷いた。クララをあまり困らせたくなかったからだ。


(腹の底から、グッと念じる……!)


 すぐに、体の内、丹田の辺りに感じるものがあった。冷たく鋭く蠢く球形の何か。玄咲は魔法陣に手をかざす。その何かからくみ上げるようにして玄咲は魔法陣に魔力を込めた。


 魔法陣が、光り出した。


「やっ……!」


 闇一色に。


「!!? !!!!?」


「闇、属性……!? あ、ええっと、闇属性ね! 記録、記録……」


 動揺しながらそれでも職務を果たそうとクララが手首のマルチプル・リード・デバイス――スマホのように多機能な金属板をピコピコと操作する。玄咲は慌ててクララに釈明する。


(なぜ、堕烙者の証とされる闇属性になってる? い、いかん。このままでは迫害される……! ことが広まる前に対処しないと……!)


「違い、ます。これは何かの間違いで、俺は本当は全属性適応の虹色の」


「こ、こいつ、堕烙者(フォーリナー)だぁーーーーーっ!」


「ぶち殺すぞクソカスが!」


 玄咲を指さし叫んだ後ろの生徒を殺意の眼光で振り返る。「ヒィイイイッ!」と尻餅をつく生徒。


 その光景と、魔法陣の闇色の光を見て、生徒たちが一斉に玄咲を中傷し出す。


「うわ、あの顔見てよ。もろに闇属性。内面の醜さが滲み出てるわね」


「なんて凶悪な面だ。人殺しの目だ」


「堕烙者ってあれだろ? かつて世界を滅ぼしかけたS級魔人ゾフィ・ゾディアックがそうだったんだろ? 今の内に殺しといたほうがいいんじゃねぇか? 地獄に戻した方がいいんじゃねぇか?」


 生徒たちが玄咲を罵る。玄咲は混乱の極みの中、必死に現状の打開策を考える。だが、玄咲はあまり頭が良くない。妙案を考え付く前に事態は悪化の一途を辿った。


「私朝あいつにバスの中で胸揉まれた……」


「それマジ? ただの変態じゃん!?」


「俺も見た! ぐわしっとモロだった!」


「私も見たネ。祖国に誓って真実ヨ」


「てか……それってフツーに犯罪じゃね?」


「うん」


「やっぱりあいつ、死刑だ」


 朝のスクールバスでの客観的事実を持ちだされいよいよ玄咲の立場が悪くなる。「あのっ」「そのっ」「俺は虹色のっ」と溺れた人間の息継ぎのような言葉しか吐けない玄咲に、ある女性徒がとうとう致命的な言葉を吐く。


「闇属性の魔力は魔族との混血にしか宿らない。てことはあいつ穢血(ブラッディ―)なのね。魔族の血が混じってるんだわ。穢血は死んで欲しいわ」


「っ!」


 玄咲はキレた。醜い心を吐露した女性徒を探し血眼で首を振る。いた。


(こいつ、このゲームの殆どのヒロインを侮辱しやがった。許さん)


 玄咲はその女性徒の顎を殴ろうと一歩を踏み出した。


 だが、その時――。


「やめなさい!」


 鋭い一声が喧噪を切り裂いた。クララの声だった。玄咲は振り返る。クララの目は玄咲が殴ろうとした女性徒を見据えていた。


「今、穢血と言いましたね。その言葉は差別用語です。そんな言葉を使ってはいけません」


「でも、そいつは堕烙者です! 血どころか魔力まで穢れているんです! 悪いものを悪いと言って、穢血と言って何が悪いんですか!」


「ならば私にも同じ言葉を言ってごらんなさい。魔族に孕まされた人間から生まれた、綺麗に言えば亜人、あなた風に言えば穢血ですよ」


 クララは己の尖った耳を指さしながら言う。玄咲はクララの過去エピソードを思い出す。


(……クララ先生は幼少期に親子ともども純血主義者(ピュアリアン)――純粋な人間以外の全ての種族を悪魔の種子と定義する過激派思想集団に迫害を受けた過去がある。表現こそ濁されていたが恐らくまず間違いなく母親をレイプされて殺されている。そのクララ先生に種族差別の話題はマズイ。キレるんだ。その話題になると――!)


 女生徒は途端にバツの悪そうな顔をして目を背けた。


「っ! えっと、その、でも、エルフは亜人だから、穢血じゃなくて」


「定義すら理解せずに言葉を使っているのですか? 穢らわしい魔族の血を受け継いだ人間のことを穢血というのでしょう? 私にも当て嵌まる言葉です。私にも穢血と言ってみなさい」


「いや、でも、堕烙者じゃないし……」


 クララは怒りに顔を歪めて、叫んだ。


「言ってみなさい!」


 場を圧する、気迫。誰もが息をのむ。震え、俯き、女性徒は涙を流して、言った。


「ごめんなさい……」


「……」


 クララは表情から緊張を抜いて、ふっと息をついた。


「……こちらこそ、ごめんなさい。私情を挟んで強い言い方をしてしまいました。けれど、穢血なんてくだらない言葉は二度と使わないでください。それと」


 今度はクララは、生徒たち全員の方を向いて言った。


「あなたたちもです。闇属性だから、堕烙人だから、それがなんだというのですか。くだらない迷信に惑わされない。ラグナロク学園の理念は力と平等。それ以外にありません。くだらないことで騒いでないで検査を続けますよ」


 クララのその言葉で喧騒が止む。検査が再開される。玄咲は瞳を潤ませてクララに頭を下げた。


(ありがとうございます。ありがとうございます。あなたは私の天使です。未来永劫あなただけを信じて、あなただけを感じて、そしてあなただけを守り続けます。我が天使よ。私はあなただけの騎士になります。あなただけのナイトに……!)


「……」


 咄嗟に思い浮かんだ台詞のあまりのキモさに自分で絶句する。こんな台詞を吐いた暁には人生終わり。そう思うが代替の台詞が思いつかない。仕方なく玄咲は無難な台詞を吐いた。


「ありがとうございます」


 クララは玄咲を見上げたあと、少し気まずそうに顔を逸らした。


「……その、勘違いしないでください。私は差別が嫌いなだけです。特別あなたを庇ったわけではありません。それに、少し感情的になり過ぎました。もっといい対応があったはず。反省です……まぁ」


「?」


 言うかどうか迷った。けど結局言うことにした。そんな感じの一瞬の逡巡のあと、クララはサファイア色の瞳を上げて、玄咲にのみ聞こえるボリュームの小声で告げた。


「あなたに少しだけ同情したのも、事実ですが……」


「ッ!」


 キモイ台詞が口から出そうになるのを玄咲はすんでのところで堪えた。魔法陣が闇色に光ったとき、クララが一瞬「あ、やっぱりかー」みたいな顔をしていたことなどもう気にもならなかった。


「……」


 玄咲は黙って一礼して列を離れた。口を開けば余計なことを言ってしまいそう。だからこその、沈黙。それが正しい答え。そう判断した。


(そういえばあの子はどうしてるかな)


 知力の間で見かけた黒髪の美少女を列に探す。見つけた。光牙埼リュートが並んでいた列から、クララ先生の列に並び変えているところだった。


(闇属性の自覚があるからか、種族に引け目を感じているからか、あるいはその両方か。優しいクララ先生に検査して欲しくなったらしい。いい判断だな。しかし……)


 玄咲は黒髪の美少女を見る。面影はある。間違いなく本人。けれど致命的に雰囲気が異なる。まるで、別人。ゲームの彼女がサディストなら今の彼女はマゾヒスト。男の嗜虐心を煽る弱々しさに満ちている。いじめられっこオーラを全身から放っている。KOS-MOSとモッコス並に美醜の差があるが、見ているとどことなく昔の自分を思い出した。小学1年から最終学歴となる高校2年までずっとイジメられて続けてきた、昔の自分を。


(……もし機会があれば、優しくしてやるか。まぁ、そんな機会ないと思うが。ゲーム知識なしで俺が女性と仲良くなれる訳がないからな。くっ、攻略対象なら良かったんだが……! 情報が足りない)


 そう思いながら玄咲は出口へと足を運ぶ。


「C棟。レベル」


 出口横の壁にもたれかかって腕を組む、見るからにやる気のなさそうなボサボサ頭の男性教師が、すれ違いざま、それだけ言や分かるだろ的なニュアンスで、玄咲にそう告げた。


(次はC棟の魂格の間でレベル検査、か。これまでの傾向からして、あまりいい予感はしないな……)






 第6話 魂格の間と魔力の間


「ぷふっ」


「……」


 魂格の間。魂格と書いてレベルと読む。属性の間と会場のサイズ・構成はほとんど同じ。5つの台座に5人の教師。違いは台座の上に乗っているのがレベル検査用の魔法陣であること。


 その魂格の間でたった今玄咲は鼻で笑われた。2つの金髪ドリルを左右に垂らした奇抜な髪型の30代女性教師に。


(パシアス・ド・レオール。1年B組の教師。レベル50。魔力属性雷。得意カードサンダー・ドリル。デバイスモデルフェンサー。種族人間。身分貴族。職業教師。年齢34。性別女。身長170CM。体重65KG。スリーサイズ90・65・94。血液型O。好きなものゴージャスなもの。嫌いなものノンゴージャスなもの。趣味テニス。特技貴族作法。好きな食べ物金粉ご飯。コンプレックスは貧乏な家に生まれたこと。口癖はゴージャス。……美女は好きじゃない。美少女じゃないから。美がつく女性キャラだから一応プロフは覚えておいたが……有効活用する機会は永遠になさそうだ。そもそも攻略対象ではない。それに性格も悪い)


 数秒間、そんなことを考えながら玄咲はじっとパシアスを見据えていた。正確には視界に入ってるだけで意識の焦点は脳内に合わさった、いわゆる見ているけど見ていない状態だったが、とにかく視線をパシアスに向け続けた。パシアスは不快気に眉を歪めた。


「なにか? ノンゴージャスなお方。検査はもう済みました。後続が控えています。さっさとお退きなさい」


「ん? ああ、すまない。失礼した。カードを返してくれ」


「カード? あら、すみません。あまりに小さすぎて目に入らなかったんですの」


 小さすぎて、の部分をやたらと強調しながら、パーシアスがリードデバイスからカードを抜いて、玄咲に差し出す。


 玄咲がカードを受け取ろうとする。玄咲の手がカードに触れたタイミングで、パシアスが再び噴き出した。


「ぷふっ……失礼。その見た目でレベル1なんてノンゴージャス過ぎてつい笑いが。オホ、オホホホホホ」


 そして、大きな声でそう言った。


「……」


 玄咲は黙ってカードを受け取ってその場を立ち去る。背中に、嘲笑が突き刺さる。玄咲は立ち止まって、ちら、と首だけで振り返る。生徒たちが、玄咲を見たり、指差したりして、笑っていた。「レベル1」という言葉が高頻度で聞こえてくる。パシアスが大きな声で玄咲のレベルを喧伝したせいだ。


 その中にいる神楽坂アカネを見る。神楽坂アカネもまた笑っていた。


 玄咲はなにも見なかったことにして次いでパシアスを見る。パシアスはまだ高笑いしていた。玄咲は再び前を向いて歩き出した。そうしてげんなりとした表情を背に隠す。


(なんて痛いキャラ付けなんだ。ノリが90年代過ぎる。痛くて、古臭い女だ。立体化するとここまできついとは。見た目だけなら許容範囲内だが口を開かれると鼻をつまみたくなる。なるべく近寄らず、言葉も交わさないようにしよう。しかし……)


 手の中のカードを見る。天野玄咲、レベル1と記載されたそのカード。玄咲はため息をついてそのカードを胸ポケットにしまった。


(……レベル1からやり直しか。まぁ、いい。周回特典のカラミティ・ブレイカーがある。それだけでいくらでもやりようはある。





 第7話 魔力の間


(来た! カード魔法を使う検査だ! やっとカード魔法が使えるぞ!)


 魔力の間はD棟の決闘場と呼ばれる施設で行われていた。決闘場はコロシアム型の観客席に囲まれた円形のグラウンドだ。約1000人の生徒が余裕をもって入れるほどの広さがある。


 魔力の間は生徒の魔力を計測する場所だ。計測方法はシンプル。学校側が用意したリードデバイスとカードを使って魔法を丸い的に撃ちこむだけだ。すると、的の横の点数版モニターに威力に応じた数値が表示される。その数値が撃ちこんだものの魔力の数値となる。


 この試験が成り立つカラクリはリードデバイスとカードにある。リードデバイスはプラスにもマイナスにも一切の補正をカードにかけない、実戦では使い物にならない、【テストデバイス】と呼ばれるこの試験専用の特別仕様。さらにカードも【マジックボール】という、この試験専用に開発された特別なカードを使う。マジックボールは無属性の魔力を使用して発動するカード魔法だ。無属性の魔力は属性魔力に比べて微弱で実戦で使われることはまずない。だが、全ての人間が保有する。その性質がこの魔力測定検査を可能とした。マジックボールもリードデバイスと同様一切の補正がかからない、発動者の魔力の数値がそのまま魔法の威力となる特殊な魔法だ。


【テストデバイス】で【マジックボール】を放つと使用者の魔力がそのまま魔法の威力となる。つまり魔法の威力を計測する機器で魔力を測れるようになる。現在、この方法以外で魔力を測る方法は発見されていない。テストデバイスとマジックボールを使用する方法が世界で唯一の魔力計測方法だ。


 魔力計測は前二つの試験と同様に5列に分かれて行われていた。玄咲は今回も一番顔が好みな教師の列に並んでいた。玄咲の番まで残り8人。案の定前後の間隔が空いている。特に気にはせず、他人の計測結果を眺めながら自分の番を待つ。


(51。67。42。お、107。誰だ)


 107というハイスコアを出した生徒を見る。神楽坂アカネだった。


「ふん。当然ね」


 赤い長髪をふぁさ……と掻き上げてアカネはその場を歩き去る。玄咲は頭に疑問符を浮かべた。


(おかしい。あいつもゲーム開始時はレベル1のはず。まだ大した魔力はないはずなんだが……)


「次の生徒。こい」


「あ、はい」


 教師が玄咲を呼ぶ。思考を止めて玄咲は教師へと駆け寄った。


(玉屋メビウス。1年A組の担任。眼が鋭くて性格もきついが生徒想いのいい先生だ)


 教師――メビウスがカードが挿入された銃型のデバイスと玄咲に渡す。


「あの的を狙い打て。当たらなかったらいくら近づいても構わない」


「はい」


 玄咲はデバイスを的に構える。玄咲の表情が変わる。超集中状態に一瞬で入る。


「ほう」


 メビウスが感嘆の声を上げる。それほど、玄咲の銃の構えは様になっていた。


(実弾ならど真ん中。魔法ならどうなる。腹の底から、グッと念じて……)

 

 玄咲はデバイスに魔力を込める。灰色の丸い光球が銃口から放たれた。

 

「――ビンゴ」


 的のど真ん中に光球が命中した。ピコーンと音がなり、的の横の得点板に13と数字が表示された。


(うん。初期ステータスぴったり。想定の範囲内だ)


「……13、だと。馬鹿な。あの構えは歴戦の猛者のそれだった。計器の故障か……」


 メビウスが予想外の低数値を見て戸惑う。玄咲はその反応を見てフッと笑った。


(だが、これからだ。純粋な能力で点数は稼げない。ならばせめて教官の心象を良くするまで。それが、後に繋がる)


「な、お前、どこに行く! デバイスを置いていけ!」


 すたすたと的に背を向けて距離を取り始める玄咲をメビウスが追いかける。玄咲は走ってさらに距離を取る。メビウスはそれを追いかける。


 十分な距離を稼いだと判断した玄咲がくるりと振り返る。そして、不敵な笑みを浮かべてマジックボールを撃った。振り返りざま0,1秒の早打ち。狙いを定める時間などない。普通の人間ならば。


 だが、玄咲は普通の人間ではなかった。


 マジックボールがメビウスの真横を通り髪をふわりと掻き上げた。


「この、教官に何を――」


 遠くでピコーンと音がなった。まさか。メビウスが振り向く。別の生徒の着弾音がたまたま重なっただけ――だが、振り返ったメビウスの目に移ったのは、そのまさかの光景。玄咲の放ったマジックボールが的のど真ん中に命中し、再び得点版が13の数字を表示するところだった。


「――素晴らしい。なんという腕前だ。君、名前は」


「天之玄咲」


「銃は好きか」


「生死を共にしてきました」


 好きとは言わない。


「なるほど。筋金入りだ。玄咲。私は個人的に君が気に入ったぞ」


「どうも」


 玄咲は心中で笑う。この魔力測定、実は的当て形式になっているのはただのメビウスの趣味。生徒からの受けがよく、カード魔法の基本が体得できるという理由で教員側からも黙認されているが、あくまでただの趣味。銃型デバイスをこよなく愛すメビウスの、ただの趣味。その趣味の部分に、玄咲は訴えかけた。そして狙い通り、玄咲の曲芸射撃はメビウスの心を見事に撃ち抜いた。気に入ったと、言わせた。


(これで、内申点を稼げるぞ)


「だが」


「ぐっ!?」


 玄咲の頭に拳骨が落ちる。罅が入るかと思う程の衝撃。頭を抑えて地に蹲る玄咲からデバイスとカードを取り上げて、メビウスは頬を膨らませた。


「他の生徒の魔力計測を妨げるんじゃない。気には入ったがそれはそれ。迷惑をかけた分減点はさせてもらうぞ」


 メビウスがすたすたと去っていく。その背を絶望的な目で玄咲は追いかけた。


(ば、馬鹿な。起死回生の一手が不発に終わってしまった。これが最後の試験なんだぞ。もう挽回の目は、ない……)


 玄咲の視界がぐにゃりと歪む。


(G組行きはもはや避けられない。クララ先生が担任のCクラスが遠ざかっていく……! ば、馬鹿な。クララ先生とのイベントは全て主人公がCクラスであることが前提。クララ先生とのイベントがぜん、めつ、めつ……。俺はクララ先生と恋人に、なれ、ない……?)


 バラ色の未来が灰色に脱色されていく。玄咲は本気で泣いた。

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