第13話 ギミック ―クリティカル・インパクト―

 HP 15%。


 SDを覗き込む二人の表情が強張る。


「殆どHP、消し飛んじゃった」


「う、うむ。見た目にも、凄い破壊力だったな」


「……いよいよ、魔法が、兵器って感じがしてきたね」


「そうだな。カード魔法は危ないんだ。普通に人を殺せる。さっきのだって幼子に当てれば即死だろう。だから国際法でADやカードは大きく機能・使用制限を受けているんだ。いや、俺も結構遊び感覚だったから今更実感が湧いてきてるんだが」


「う、うん。私も、ちょっと遊び感覚だった。そうか。兵器、でもあるんだよね……」


 シャルナがエンジェリック・ダガーをギュッと握り締めて、動かない。その先端を見つめている。玄咲にADを向けるのを、躊躇っている。シャルナの内心を珍しく正確に把握し、その優しさに愛おしさを覚えながら、しかし断固たる意志で玄咲は告げる。


「シャル、次は君の番だ」


「その、玄咲、大丈夫? 多分、かなり、痛いよ?」


「俺は拷問の訓練を受けている。この施設で受けたダメージで痛みだと認識したものは今のところ一度もない」


「よ、よかった。そう言ってもらえると、ちょっと罪悪感減る」


「罪悪感なんて感じなくていい。それに、嫌だと言っても俺はやらせる。シャルナのクリティカル・インパクトは取り扱いの難しいギミックだからな」


「そうなの」


「ああ」


 玄咲はゲームでのクリティカルインパクトの扱いを思い出しながら頷く。クリティカル・インパクト――ゲームではクリティカル発生率を下げる代わりに、クリティカル発生時にのみダメージ倍率を5倍にするピーキーなギミックだった。主にセーブ&ロードで初撃確定5倍をする用途で使われる。当たり前のようにクリティカルを連発するゲームでのシャルナ――アムネスの亡霊とは相性が抜群だったギミック。扱いが難しく中々使い手がいないという世界観的な設定があった。


(だが、シャルなら使いこなせるはずだ。知識以上にシャルを信じる俺の直感がそう告げている。さっきも当たり前のようにクリティカルを出してその片鱗を見せてくれた。だが、ゲームと現実は違う。いくら適性があるからといっていきなりは使いこなせないだろう。だからこそ)


「練習は絶対不可欠だ」


 断固たる意志で告げる。


「練習の内に完全に習熟して使いこなせるようになるんだ。前も言った通り、このバトルルーム内に変な遠慮はなしだ。強くなる。その一念だけあればいい。俺も完全に躊躇いを捨てされているわけではないが、少なくともそのつもりでいる」


「うん。そうだね。本当、戦闘に関しては玄咲、頼りになるね。その強さもだけど、何より心構えがさ、平時とは別人。格好いいよ。好――っごく」


「……そ、そうか。格好いいか。すっごく。ふ、ふふふ……」


 玄咲はちょっと嬉しくなった。少し張り切った。


「よし! こい! シャルナの攻撃を顔色一つ変えずに受けきってやろう! 安心して攻撃してこい!」


「うん! いくよ!」


 腕を広げてシャルナに告げる玄咲の前で、シャルナがエンジェリック・ダガーにカードをインサートする。


 そして呪文を詠唱する。


「クリティカル・インパクト」

 

 クリティカル・インパクト――呪文詠唱後、最初の魔法のクリティカル威力を激増させる呪文。ただしさらにクリティカルが出にくくなるというデメリット付きの、ハイリスクハイリターンな呪文。だが、シャルナなら使いこなせる。たまに感じる問答無用の確信の下、玄咲が選んだ呪文。そしてシャルナは玄咲のここぞの判断を疑わない。だから自分なら使いこなせると100%信じて。


「フュージョン・マジック――」


 さらに呪文を、重ね掛けする。






 SDにでかでかと文字が表示されている。


 WIN。


 LOSE。


 シャルナのSDが前者、玄咲のSDが後者。その文字が指し示す事実は一つ。


「――すごい、威力」


 シャルナの攻撃は一撃で玄咲のHPを刈り取ったということ。


(――一発目で、完全に使いこなしてた。あれ? シャルって、俺の想像以上の天才なんじゃ――うっ)


 ズキっと、胸に走った痛みから必死に意識を逸らす。ポーカーフェイス。されど、クリティカル・インパクトの性質上、一瞬に集約された痛みは、減衰されてなお玄咲に痛いと感じさせるだけのダメージを確かに与えていた。けど、ポーカーフェイス。拷問に比べたら生卵並に淡やかな痛み。シャルナの前で、玄咲は努めてポーカーフェイスを維持する。


「凄いな。よく分からないが、とにかく凄いってことだけは分かる。うん、凄い」


「ご、ごめんね。玄咲。痛かったよね?」


(ッ!?)


 ポーカーフェイス。


「全然痛くない。何でそんなことを聞くんだ」


「だって異常に、ポーカーフェイスを、保とうとしているんだもん。逆に不自然だよ……」


「……うん。ちょっと痛かった。ちょっとだけ」


 玄咲はポーカーフェイスを崩して萎れた。シャルナが玄咲の胸を手の平で擦る。甘やかな感触に玄咲のハートが一瞬で潤う。顔が熱くなる。


「な、ななな、なにをっ……!」


「え? だって、胸に当てたから、胸が痛いかなって。男だから、胸擦られても、何も感じないでしょ?」


「あ、当たり前だ。何も感じてなど――」


 バクン、バクン!


 玄咲の心臓はいつも正直だ。


「ご、ごめんなさい……」


 シャルナが顔を赤くしてさっと手を離す。気まずい空気が流れる。二人の間では割とよくあること。


「と、取り合えず訓練再開しようか?」


 シャルナのその言葉で、今日は汗で気まずい空気を洗い流すことにした。

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