第9話 接敵、警戒

 カフェテラス。屋外飲食所前。


「ちっ、あのアマ。なんて足の速さだ」


 カミナは舌打ちして悪態をついた。カミナは放課後シャルナ・エルフィンを探していた。そしたら女子トイレに物凄い顔色をして駆け込むところをみたので自分も入ろうとしたら他の女子生徒のスクラムにより追い出され、それ以降女子トイレに近寄ることもできず、目立たない遠くで動向を見守っていたら、シャルナ・エルフィンが唐突に女子トイレから出てきてそれから真っすぐ校舎裏へと走りだし、慌てて追ったところ妙に足が速くて追いつけず、あっという間に天之玄咲と合流してしまった。そして後者の陰から顔を出したら天之玄咲にばっちり顔を見られてしまった。間違いなく警戒された。今後色々と動きづらくなるに違いない。カミナは思わず舌打ちをした。


「クソッ! 黙って殺されればいいのになんで無抵抗を差し出さないんだよ! これだから背教者は……! ジョーさんなら黙って教義に殉じて殺されてるところだぞ! うっ! ……ジョーさん。ジョーさぁん……!」


 言葉の弾みでサンダージョーを思い出したカミナの涙腺がまた緩む。今日何回目か分からない。在りし日のサンダージョーの言葉が思い出される。



 ――いいですか。カミナ君。涙は弱者の証です。だから泣いたらいけませんよ。泣きたくなってもぐっと我慢です。ふふ、それにしても……このアマルティアンはよく泣きますねぇ。



「そうだ。もう泣かない」


 カミナは涙を拭う。もう涙が溢れないように殺意で瞳をコーティングする。決意を新たに固める。そして――。


「僕が、あいつらを、特にシャルナ・エルフィンだけは絶対殺す」


 そのドロドロに濁った血生臭い苔色の瞳をギン! と見開いた。偶々傍を通りかかったカフェテラスで買ったと思しきソフトクリームをにこにこ舐めながら歩く、目にパワーのあるお腹がたぷんたぷんのほっぺにクリームをつけたかっぺがビクッと震えた。





「できる限り一緒にいよう。無理して離れる必要もない」


「――うん」


 シャルナが天使のように笑う。心底からの嬉しそうな笑み。可愛いと思う。愛しいと思う。守りたいと思う。幸せでいて欲しいと思う。楽園の住人でいて欲しいと。


「――シャル、えっと」


 だから、迷う。


「? なに?」


 射弦義カミナがつけていたと、告げるかどうか。時間はない。あまり迷っていると怪しがられる。刹那、逡巡、そして、本能エゴに任せて、結局は誤魔化した。


「大丈夫だ。何もかも」


 シャルナの頭を撫でる。優しく、優しく。壊れないように。


「俺が君を守る。この世の全てからだ」


 何と化して、何をしてでも。


「――うん。ありがとう」


 シャルナは白い笑みを浮かべた。何も気づいていないかのような笑み。それを見て、誤魔化せたと玄咲は安堵した。バトルルームへの道を隣り合って歩きながら、先ほど見た男のことを思い出す。


 射弦義カミナのことを思い出す。


(――射弦義カミナ。やっぱり動いたか。サンダージョーが死んだ影響をこの学園でもっとも受けたであろう人物。旧約創界聖書原理主義者。通称過激派と呼ばれる、浄滅法成立以前に最大勢力を誇った宗派の狂信者で、それ以上にサンダージョーの狂信者。サンダージョーの死後、どう動くか全くわからない。とにかく、警戒してシャルナの傍にいるしかないな。殺す。間違いなくそう考えているだろうから)


 サンダージョーの死後、カミナはゲームでは自殺した。だが、まだ生きている。そして明らかに目的をもって動いている。


 復讐を動機にシャルナを尾け狙っている。おそらくは、玄咲をも。


(……何をしてくるか。もうこの先は完全に未知。ゲームとはストーリーが逸れてしまっている。行動の予測はできない。でも、危険だってことだけは嫌というほど分かっている。まぁ、何にせよ)


 玄咲は闇を煮詰めたような漆黒のその瞳を、シャルナに見えない角度で暗く研ぎ澄ます。


(要警戒、だな)


 偶々傍を通りかかったラグマで買ったと思しき水饅頭を頬張っていた水野ユキが突然胸の水饅頭を叩き始めた。玄咲はビクッと震えた。シャルナにジト目の白い眼を向けられた。

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