第5話 フュージョン・マジック
「シンクロマジックは時々魔法反応を起こして、魔法同士が融合し合い強力な単一魔法へと変化する。いわゆる、フュージョンマジックだな」
(お、フュージョンマジックの説明か)
魔法反応――化学反応の魔法版。生徒たちの顔色が変わる。期待に満ちる。不良といえど、魔符士。カード魔法の花型の話題にはワクワクするらしい。
「少し長い説明になる。心して聞いて欲しい。
複数の魔法が融合し、全く別の魔法へと進化を遂げる。偶発的な事故から生まれ、その有用性から研究しつくされ、今では立派な技術体系として確立された、カード魔法にその発見以前と誇張でなく次元の違う有用性を持たせた超重要技術。それがフュージョンマジックだ。
フュージョンマジックとは、要するに特定のカードの組み合わせで発動したシンクロマジックだ。だが、概してシンクロマジックより強力で、そしてその分魔力消費も重い。使用したカードの合計の約3倍の魔力を持ってかれる。本当に切り札として使用するべき奥の手だ。
フュージョンマジックの発動時には膨大な魔力が発生する。そしてその魔力が言霊――フュージョンマジックの名前を発動者の脳に伝え、その名前を詠唱するとフュージョンマジックが発動する。こうした過程を経てフュージョンマジックは発見され、シンクロマジックから派生進化していったんだ。
フュージョンマジックの発動方法は2つ。1つは特定カードでシンクロマジックを発動すること。けど、今では殆ど使われない。もっぱら新たなフュージョンマジックの発見実験のために使われる研究手法の1つだな。だが、
今メインで使われるフュージョンマジックの発動方法はADの呪文を利用した方法だな。最近のADには必ずフュージョンマジックの
フュージョンマジックの組み合わせは様々だ。例えば
【ファイア・キャノン】【ファイア・ハイキャノン】【ファイア・メガキャノン】で【
【オメガ・サンダー】【エビル・サンダー】【ゾディアック・サンダー】で【
【グラビティ・アタック】【フェイズ・トランジション】【レール・カノン】で【
【アイズ・カウンター】【アラウンド・コーラス】【マッド・ハント】で【
フュージョンマジックの種類・組み合わせは多岐に渡る。カード図鑑で一度は全ての組み合わせに目を通しておくことをお勧めする。フュージョンマジックはエレメンタル・カードに縁のない普通の魔符士の切り札となる呪文だからよく吟味して自分にあったフュージョンマジックを見つけるように。
1つ、フュージョンマジックを選ぶときのコツを語ると、元となるカードの優秀さにも目をつけた方がいい。フュージョンマジックの素材としては優秀だが単品としてはゴミ、みたいなカードは当然評価も下がる。その点でもゾディアック・サンダーは優秀だったな。単体でも最強クラスのスペル・カードで、それを使用したフュージョンマジックの威力は天変地異だ。まさに理想の強カードと言えるだろう。雷属性を代表するカードなだけはある。
ま、一先ずはこれくらいかな。フュージョンマジックは絶大な破壊力を持つ魔符士にとって絶対必須の切り札だ。絶対使いこなせるようになれ。そうでなければ未来はない」
強い口調でフュージョンマジックの必要性を説きクロウは話を締めくくり、続けざまに言った。
「じゃ、早速実演と行くか。そうだな。いつも通り生徒にやらせるとするか」
また悪癖が出た……そんな生徒たちの視線にクロウが道理で言い返す。
「違う。怠けている訳ではない。これは正当な理由があってのことだ。俺が使うと威力が強くなりすぎるんだ。だから生徒に任せるくらいで丁度いい。さて、誰にしようかな……」
クロウはさらっと言ってのける。当然のごとく言い放たれた格の違いを示唆する発言に静まり変える生徒たちの中、玄咲はCMAの世界に想いを馳せる。
(まぁ、レベル差がありすぎるからな。ゲームでは教師との実力差が埋まり始めるのは早くても3学期中盤。今まで相手にならなかった教師と普通にカードバトルが成り立つようになるのが成長を感じられて楽しかったんだよなぁ……いずれは生徒のトップ層が教師を超える。ラグナロク学園はそういう使命を帯びた学園だ。教師が上で生徒が下。そういう関係が成り立つのは一時の間だけ。それを思えば、この時間も特別な時間に思えてくるな)
玄咲が物思いにふけっている間にクロウが結論を固める。
「無難に一番強い奴にやらせるか。という訳で天之玄咲。こい」
「! はい!」
憧れのフュージョンマジックが使える。うきうきと進み出ようとした玄咲を一歩目でクロウが静止する。
「あ、駄目だ。よく考えたらお前はレベルが高すぎる。下がってろ」
「……はい」
玄咲はしょんぼりとシャルナの隣に戻る。シャルナは背中を叩いて励ましてくれた。玄咲は幸せになった。
「シャルナ・エルフィンもレベルが高すぎるしな――3番目に強い奴でいいか」
「……? あっ」
シャルナのレベルを確認していない。クロウの発言でその事実に思い至った玄咲にシャルナが耳打ちする
「今、私、レベル42。忘れてたでしょ」
「あ、ああ」
「私も今、思い出した。お互い様だね」
「……42か」
しっくりこない。シャルナのレベルに、失礼ながらそんな感想を抱いてしまう。パワーレベリング――そんな言葉が玄咲の脳裏に浮かぶ。だが、それ以上の思考も感情を抱く暇は今はなかった。クロウが口を開く。玄咲は一先ず思考を後回しにして授業に集中することにした。
「3番目に強い奴でいいか。この前の試験で1位を取った奴に任せ」
「俺の出番だな! へっ、任せてくださいよセンセー。ばっちり決めてやりますよ。この髪型と同じようにな。横山中の鉄腕ドリルと呼ばれた俺の実力を見せつけてやるぜ」
一人の生徒が進み出る。黄土色のドリル・リーゼントをばっちり固めたいかつい容姿の大男だ。玄咲はその顔を見て驚く。
(
「おいお前、なぜ進み出てきた」
「え?」
「お前は6位だ。お呼びじゃない。下がってろ」
「……はい」
さとしは大人しく下がった。ゲーム通りの馬鹿で玄咲は安心した。
「火撥狂夜。出ろ」
「ああ」
赤い髪の端正なルックスの男が進み出る。リーゼント、という程ではないが前に大きく垂らした、男にしてはかなり長めの長髪。瞳は鋭く、立ち振る舞いに隙はない。ちょっと陰を背負った、悪で、クールで、イケメン。進み出ると同時、女子生徒が小さな歓声を挙げた。その男は玄咲が1位と聞いて真っ先に思い浮かべた男だった。
(――火撥狂夜。G組信号機トリオのリーダー担当。強さを標榜とする孤高の男で、弱者には冷たい。その一方で強者と認めた相手には認めた度合いに応じて態度が柔らかくなる。プライドは高く、自分より弱い相手と気に入らない相手の下には絶対つかない。後者のサンダージョーが復学した際には真っ先に対立する。フルコンディションで戦える状況というハンデをもらって、部分的にはサンダージョーを上回る力を見せ圧倒しながらも、戦闘技術で翻弄され、最終的にはサンダージョーに圧倒されて敗北し、サンダージョーが力・技ともにそれまでの敵とは次元の違う強敵であることを印象付けるためのやられ役を演じることになる男。だが、サンダージョーと戦った相手の中では主人公以外ではもっともサンダージョーを追い詰めた存在であり、その株が下がることはなかった。サンダージョーが不在の1、2学期間、学園での敵として死水綺羅々、土竜さとしと共に主人公たちの前に立ち塞がる、いわゆるライバルキャラで。最後は仲間になるところまでがお約束。
人気投票の順位は9位。男性キャラの中では1位。そのビジュアルから圧倒的女性人気を誇るキャラで、よく見た目だけはイケメンなクロウとカップリングを組まされていたことをよく覚えている。子供の頃にネットでチラ見したカップリング本の中身が一時トラウマになったからよく覚えている。なんで真ん中に穴がついてたんだろ――っと、思考の弾みでどうでもいいことまで思い出してしまった。いかんいかん)
蛇足的思考を頭を振って脳内から追い出してから、玄咲は思考を続ける。
(……だが、やはりこいつがストーリー通り試験1位か。俺が上級生から毟り取ったポイントは種類が違うから計上されなかったらしい。まぁメリットもないしどうでもいいが。こいつが1位で良かった。あまりゲームと違うことが起こり過ぎると、俺の立ち回りの生命線であるゲーム知識が役に立たなくなるからな)
ゲーム通りの展開に玄咲は安堵する。クロウからレクチャーを受けていた狂夜がふと玄咲に視線をやり、
「……2位ですらなく、3位、か」
そう呟く。その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。
「では、火撥狂夜。フュージョンマジックの実演を頼む。ADは使い慣れた自前のでいいがカードはこちらで用意したのを使ってくれ。授業用の見栄えを考えて選んであるからな」
「ああ――武装解放」
狂夜が右手に鷲掴みにしたデバイス・カードを目の前に構えて己のADの名を
「
カードが光になり、形を変え、実体化する。
狂夜の手に禍々しいデザインの赤黒のギターが握られた。流線より直線重視のギザギザギター。世にも珍しい楽器型のADだ。
「凄いな。本当に楽器だ。どうやって戦うんだろう」
「分からないの?」
「ああ、楽器で戦う意味が分からない」
狂夜はラビー・ロックの膨らんだヘッドのカードスロットにクロウから受け取った3枚のカードをインサートする。そして、ラビー・ロックを己の異様に尖った爪で掻き鳴らし始めた。頑丈なADならではの、普通のギターならとっくに弦が千切れているほどの激しさで。
「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
弾く。弾く。弾く。魔法の詠唱などそっちのけで弾く。今巷で話題のエルヴィスのロック・ミュージックに酷似したメロディーを弾きまくる。
「あの人、何、やってるの」
「演奏によって次の魔法の威力を高めてるんだ。楽器型のADは上手に歌う程、演奏するほど、魔法の威力が高まる。限度はあるけどな。チャージという楽器型ADの特性の一つだ」
「分からないって、言ってたのに、詳しいね」
「特性を知ってるだけだ。実際にどう戦うのかは分からない」
「なる、ほど。あの人、急にキャラ、変わったね」
「狂夜くんは楽器を握るとキャラが変わるんだ。バイブスの塊になる」
会話の間も演奏は続く。だが、それも唐突に終わる。狂夜が演奏を中断し、仄かに光り始めたラビー・ロックのヘッドを持って振り上げる。狂気的な光を目に灯し、
「フュージョンマジック!」
そして、振り下ろす。
「【
ラビー・ロックのボディから一直線に放たれた赤い光線が人型の的にぶつかって大爆発を起こした。舞い上がる爆炎の高さは優に10メートルを超える。ランク1のカード魔法とは桁外れの威力だった。
「やっぱり、フュージョンマジックって、凄い威力だね」
「ああ、学園長のは特異すぎて伝わりづらかったが、これは視覚的にも分かりやすく威力が伝わるな。教官が選んだだけのことはある」
まるでミサイルをぶっ放したみたいだ、とシャルナには伝わらない感想を心の中で玄咲は付け足す。視界の中、息を切らす狂夜にクロウが近づく。
「流石だな。歴代の新入生の中でもトップクラスの資質だ。歴代最多の才能たちが集まったと言われるこの学年でもお前より上の奴はそうそういないだろうな」
「……誉め言葉と受け取っておいてやろう」
「ああ、受け取っておけ。それと、実演で使ったカードは返してくれ」
「
狂夜はクロウにカードを渡し生徒の群れに戻る。クロウは生徒たちに向きなおり言った。
「今見てもらった通りフュージョンマジックの威力は絶大だ。そして元となったカードの特徴を継承しつつも、全く別物の新たな魔法となる。リスクは高いがリターンも絶大。絶対に使いこなせるように――む」
リーンゴーン、リーンゴーン。
正午のチャイムだ。クロウが授業を切り上げる。
「今日の授業はこれで終わりだ。総括するとシンクロマジックは重要。フュージョンマジックは超重要。以上だ。午後は授業はない。というかラグナロク学園は基本殆ど座学をしない。今は入学直後だからちょくちょくやってるがその内殆どしなくなる。代わりに実習の時間が増える。結局、実際に体を動かして戦わないと強くはなれないからな。午後は各々学園の施設を利用して修練してくれ。それと――」
クロウがSDを操作する。全員のSDに一斉に通知があった。
「なんだ……? えっ、30万ポイント!?」
「や、やった! ポイントだ! 金だ! たくさんカードが買えるぞ!」
「ADの改造や購入、制作だって出来るぞ! ラグナロクポイントは外の通貨のマネーの10倍の価値があるんだ!」
唐突な給付に沸く生徒たち。クロウは淡々と解説する。
「この学園では毎月初めにラグナロク・ポイントが給付される。ギャンブルで言えば種銭だな。カードやADを揃えなければバトルも出来ないし、奪うポイントがなければ賭けバトルもできないからな。給付額は学期が進むごとに上がる。他にもポイントが景品となる試験やイベントなど、ポイントの獲得契機は頻繁に用意している。そういう機会にしっかりポイントを獲得できるように、今日の授業もしっかりと成長の糧としてくれ。以上、解散。午後は自由行動。バトルセンター、カードショップ、デバイスショップなどの学内の施設を有意義に活用してくれ。魔工学科の校舎を訪れるのも面白いかもな。じゃ、俺は職員室で給付の昼飯を食ってくる」
クロウが足早に去っていく。ポイントの使い道を笑顔で談笑し合う生徒たち。シャルナもまた、玄咲に問う。
「このポイント、どうする?」
「予定は変わらないよ。AD制作とカード購入に使おう」
「にしても、結構多いね。500万ポイントが、少なく見えちゃう」
「……実際、少ないと思うよ。上級生から巻き上げたにしては。浪費してたんだろうな。ま、今の時期では法外のポイント量には違いない。素直に喜んでおこう」
「そだね。じゃ、このあとは、一緒にお昼ご飯だね」
「う、うん」
当然ながら一緒に食べるらしい。ドキドキして答える玄咲に、シャルナが笑顔で告げる。
「期待しててね。お礼も兼ねて、頑張って作ったから!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます