第64話 サンダージョー、死す
【サンダージョー、死す】
本日未明、プレイアズ王城前の断頭台でサンダージョーの公開処刑が執行された。断頭台前の広場には国中から国民が集った。サンダージョーは公開処刑の間、浴びせかけられる罵声に一言も言い返さず沈黙を守り、プライア女王がギロチンを下ろす直前に一筋の涙を流した。死刑執行の瞬間には地を震わすほどの大歓声が上がった。
雷丈正人はゴルド・ジョンソンと共に魔符警察署内で今尚取り調べを受けている。亜人貿易、天使売買、府警買収以外にも紙面に列挙し切れないほどの余罪を両名及び雷丈家の重鎮は犯していた。加えて精霊王のカードを失った雷丈家の取り壊しは既に決定しており、その悪名と魔工技術力をプレイアズ王国のみならず世界中に轟かせた雷丈家もついに終わりの時を迎えた。その下手人はやはりマギサ・オロロージオだった。
また、エルロード聖国の重鎮のブートン大公はプレイアズ領地内で捕らえたためプレイアズ王国で処断することとなった。プレイアズ王国はブートン大公の国際法違反の咎をエルロード聖国に厳しく追及していく構えであり、国際的立場の好転は間違いないと――。
「うむ。ハッピーエンドだ」
ガラス窓にもたれかかり足を組んだ行儀の悪い体勢で手首にビニール袋をぶら下げてラグマで購入した新聞を祈るような気持ちで読んでいた玄咲は、記事の内容が求めていた内容だった事実に思わず相好を崩した。天使売買だの精霊王のカードを失っただのゲームでは存在しなかった情報が並んでいるが、この世界はゲームではないのでそのくらいの差異はあってしかるべきだろう。ゲームと同じように雷丈家が壊滅してくれたのだからそれだけでいい。シャルナにも知らせてやろうと玄咲がラグマを発とうとしたその時、
「おはよ、玄咲」
「む」
丁度新聞から顔を上げたタイミングでシャルナが話しかけてきた。新聞に夢中で接近に気づかなかったらしい。
「おはよう。シャル。というかもう夜だからこんばんはか」
「そだね。……私、ついさっき起きた。ほとんど丸二日、寝てた。起こしてくれれば、良かったのに……」
「そんなことはできないよ。よほどベッドで寝たかったんだろう。シャルの言う通りベッドに案内するなり倒れ込んで寝てしまったじゃないか。休みたいときは休むべきだ。だから布団を被せて部屋を去ったんだ」
「うん……ベッドで寝たかったの。勢いのまま、ベッドで寝たかったの……」
「ああ。寝れて良かったな」
「…………うん」
あまりよく思っていなさそうな顔で頷くシャルナ。丸2日は流石に寝すぎたと思っているのだろう。玄咲も寝すぎて後悔したことはある。CMAをしながら寝たらポケットボーイの電池が切れて未セーブのデータが吹っ飛んだのだ。何となくだが、シャルも寝る前にやっておきたかったことがあるのだろうなと玄咲は直感した。
「――ん?」
ふと、違和感を覚える。そしてその正体に玄咲はすぐに思い至った。
「シャル、以前より台詞がスムーズに喋れてないか?」
気づいてみれば瞭然の違いをシャルナに指摘してみる。シャルナがやっと気づいたか、みたいな少し得意げな笑みで頷く。
「うん」
「どうして、なんだ」
「吹っ切れたみたい。あいつのこと」
言い切るシャルナの笑みに陰はない。いつも付き纏っていたどこか陰鬱な白い闇の気配が奇麗さっぱり消え去っている。すっきりしている。天使のように白い笑みだった。
「この喋り方、半分は精神病、みたいなものだったの。で、その病巣が消えたから、少し改善したみたい。話しやすいっ」
シャルナは可愛らしく語尾を弾ませる。よほど嬉しいらしい。玄咲もまた、声を弾ませて返答した。
「そ、そうか! 良かった、良かったな! シャル!」
「うん! 良かった! 玄咲の、お陰だよ。ありがと、ね」
「……ん? なんか、以前みたいに、短く区切るな。改善したのでは」
「んー……もう、この喋り方に、慣れ過ぎてて、ね。正直、こっちの方が、しっくり、くるの。テンポ、とかさ……でも、使い分けれるように、なったのは嬉しいよ。長い台詞を、ある程度一気に、喋れるからね。幅が広がった、って思ってもらえたら、いいのかな? 玄咲は、どっちが好き?」
「前の方」
玄咲は正直に答えた。シャルナの途切れ途切れのたどたどしい特徴的な喋り方に玄咲はすっかりと愛着を抱いていた。シャルナは玄咲の返答の躊躇いのなさに一瞬言葉を詰まらせた。
「そ、そうなんだ……じゃあ、そっちに、合わせよっかな……なるべく」
「そういえば、シャル」
「なに?」
「これを読んでくれ」
玄咲はシャルナにプレイアズ新聞を渡した。【サンダージョー、死す】の見出しで始まる一面記事を読み終えて、玄咲に新聞を返してから、シャルナはポツリと言った。
「そっか、あいつ、本当に、死んだんだ」
シャルナは感慨深げに溜息を吐く。強く玄咲は頷いた。
「ああ、バエルに殺され、法に裁かれ、2回死んだ。そしてその破滅のトリガーを引いたのは俺たちだ……でだ、その、シャル」
玄咲は少し躊躇いながら――恐れながら、聞いた。
「……サンダージョーを殺して、今どんな気分だ?」
「すっきりしてるよ」
シャルナはあっけらかんと答える。その躊躇いのなさに玄咲は呆気にとられる。
「……それだけ?」
「うん。バエル――あの恐ろしい精霊が、ほとんど、やってくれたけどね、それでも引き金を、引いた感触が、まだ指に、重々しく残ってるの。そしてその重みが、殺したって感触、なんだと思う。だって、凄く、重いんだもん。でも、だからこそね、気持ちが切り替わった。その重みに、黒い感情、引っこ抜かれちゃった。だから心の中、軽い。すっきりして、いい気分」
シャルナは「んーっ……!」と腕を天に向けて伸びをする。
シャルナの白い輪郭が夜空の中で際立つ。
黒い世界の中でどこまでも白く。
シャルナは両手を広げて笑う。
「また、背中に、翼、生えたみたい!」
「――そうか」
玄咲もまた、笑った。
「よかったな。シャル」
「――――」
シャルナが手を広げたまま目を見開いて玄咲を見る。玄咲は少したじろんだ。
「ど、どうした」
「――そんな風にも、笑えるんだね」
「え?」
「凄く、自然で、穏やか」
「……そうかな。俺は、普通に笑ったつもりなんだけど」
「そうだよ。……それにね、凄く、可愛い」
「か、可愛い?」
「うん。可愛い。……玄咲は、いつも、私に、とっては、可愛い、けどね。今のは、とびきり」
「シャルには俺がそんな風に見えていたのか?」
「うん」
「……どこが、可愛いんだ?」
真剣に疑問に思って玄咲は問いかけてみる。シャルナは手を下げ玄咲に向き直って新聞を返してから答える。
「いつも、必死なところ」
「……まぁ、必死だよ。必死でないと生きてこれなかった」
「凄く、ドジなところ」
「……ドジ、というか、頭が悪くてな。いつも何かを見落としてしまうんだ」
「本当は、凄く優しくて平和主義者なところ」
「……楽園ってのは争いがなくて愛に満ちた世界なんだ。俺はただ楽園に憧れているだけなんだ。憧れに近づこうとしてるだけなんだ……」
「全部、全部ね――大好き」
「――――」
可愛い、という言葉を予期していた玄咲は不意を打たれて硬直する。シャルナが真っすぐ玄咲を見つめる。
「あのね、玄咲。決闘前日、言ったよね。決闘が終わったら、私の本当の気持ち、ちゃんと言うって」
「――ああ」
「今、言うね」
玄咲の心臓が跳ねる。ついにこの時がきたかと。
決闘前日のシャルナの言葉が脳裏に蘇る。
『――決闘が、終わって、落ち着いたら、ちゃんと、言うから』
――きっとシャルナは、玄咲のことが好きだ。キスは好きな相手にしかしない行為だ。だから、好きなのだ。シャルナと玄咲は両想いのはずなのだ。だから、これからシャルナが告げる言葉はきっと――玄咲は心臓をバクつかせて、汗を握り込んで、息を呑んでシャルナの言葉を待った。
「私ね、玄咲の、こと」
「……うん」
そこで一旦シャルナの言葉が止まる。10秒、20秒、30秒――長い長い躊躇いのあと、シャルナはようやく口を開いた。
「――お友達、だと、思ってる」
申し訳なさそうな表情。玄咲はその表情に明確な拒絶の感情を見て取った。
「そう、か……」
玄咲は放心のあまり魂を吐きかけた。本気で死のうかとさえ思った。自分がどれだけシャルナが好きなのか、今更、改めて、痛恨のショックを以て玄咲は思い知った。
(ああ、所詮は吊り橋効果だったか……そりゃそうだ。だって、出会ってまだ1週間もたってないし、相手はこの俺だもんな……冷静になったら恋人はないなって思うよなそりゃ……)
見栄のポーカーフェイスすら保てず落胆の情を全面に出して玄咲はうな垂れる。期待した分だけ、心が通じ合ったと信じた分だけ、落差でショックが凄いことになっていた。
「そ、そうか。お友達、か……」
「うん。お友達。でもね――」
シャルナが何のためらいもなく顔を近づけて。
玄咲の右頬に唇で触れる。
「――シャ、ル?」
「これくらいの、ことは――」
呆然と右頬を押さえる玄咲にシャルナが頬を紅潮させてはにかむ。
「いつでも、して、あげる。して欲しく、なったら、言って?」
「――シャル」
「なに?」
「それって、友達なのかな?」
反射的に口をついて出た玄咲の本音に、シャルナは笑顔を崩して眼を逸らした。
「――う、うん。お友達、だよ。私が、そう言ってるん、だから、間違い、ないよ?」
「!」
玄咲は納得した。
「そうだな。シャルがそう言ってるんだから間違いない。生まれて初めて経験するこれが、男女間の友達関係か……」
「うん。そうなの」
「……」
今以上の、友達以上の関係。
恋人。
今の玄咲に耐えられるかいや耐えられないやはり今はまだ友達でいるべき。0コンマレスポンスで玄咲はそう結論付けた。
(……やっぱり、シャルと付き合うのは単純にまだ時期尚早だったよな。なにせまだ出会って一週間。友達くらいの関係が今の俺たちには相応しいのかもしれない。互いに互いのことを知らなすぎる。それでは恋人になんてなれるはずがない。CMAでも、恋人という関係性は信頼度を深めるイベントの積み重ねの果てにのみ辿り着ける至高の結末だからな。プレゼントとかも買いはしたが、ちょっと浮かれすぎてたな……あ)
「そ、そうだ。シャル、これ、プレゼントだ」
玄咲はすっかり存在を忘れていたビニール袋をシャルナに手渡す。シャルナがごそごそと中身を取り出す。
「プレゼント? 何かな――わ!」
シャルナが取り出した黒と赤の縞々模様の縦型のカップ容器――月清のカップラーメン【ヘル・シーフード味】を見て快哉を上げた。
「すごい! これ、激レアなんだよ! どこで、見つけたの!?」
「学園外の一見カップラーメンを売っていなさそうなマイナーな店を狙い撃ちで訪れて手に入れてきたんだ。半分博打だったけど売っててよかったよ」
「すごい! すごい! 夢にまで、見た、ヘル・シーフード、味だ!」
シャルナは本当に嬉しそうにカップラーメンを抱きしめている。プロフィールにある好きな食べ物カップラーメンという情報は確かなようで物凄い喜びようだ。シャルナの無邪気な笑顔を見ているだけで玄咲は心がポワポワしてきた。
「ありがとう! 玄咲! 一生、大事に、するね!」
「!? 食べてくれ! そのために買ってきたんだ!」
「あ、ご、ごめん。じゃあ、今度、一緒に食べよ? この前、みたいにさ。カップラーメンは、一緒に食べた方が、美味しいん、だよ」
「……そうだな。じゃあ、今度一緒に食べようか」
「うん!」
シャルナが大きく頷く。シャルナが生きて、笑顔を自分に向けてくれている。当分はそれだけでいい。それだけでも十分幸せだ。玄咲はごく自然にそう思えた。無論、恋人にはなりたい。でも、シャルナが隣にいるのなら友達だろうと恋人だろうと世界は楽園だ。いつかは必ずシャルナと――心の奥底にそんな気持ちは絶えずある。だけど、急ぐ必要はない。
学園生活はまだまだこれからも続くのだから。
「じゃあ、俺はもう帰るよ。今日は帰ってバエルとカード図鑑を読む約束があるんだ。0からこの世界について学び直そうと思ってる。特にカードについてはゲームと現実の効果のギャップが大きいからな」
「え?」
「それじゃ、さようなら」
「あ、ああ。うん。さようなら」
手を振って見送ってくれるシャルナ。しばらく帰路を歩いた後、ふと、言い忘れていたことがあったなと思い出し、玄咲はシャルナ振り返った。遠くラグマの前に未だ佇むシャルに向けて、大声で、
「言い忘れてた、シャル――また、学校で!」
「――うん! また、学校で!」
シャルナもまた、口に手を当てて大声でそう言い返してくる。
玄咲は笑顔で頷き、バエルとの約束が待つ家への帰路を1人、暖かな気持ちで辿っていく。
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