第55話 決闘当日

 目を覚ますとシャルナの寝顔が目の前にあった。


 無防備に曝け出された純粋無垢。白い肌に同居するミステリアスな美貌と小動物の愛らしさ。そのギャップを成り立たせているのは悲劇。シャルナへの愛おしさを一晩で何乗にも倍増させた打ち明けられた信頼の証。より多くの秘密を知り、より多くの気持ちを通わせあった分だけシャルナの全てが玄咲の眼には昨日よりも段違いに愛おしく映る。玄咲は呆けた頭でさらにシャルナの寝顔に魅入る。


 色の抜け落ちたような白い髪。初対面で感じた印象は間違いではなかった。どこか不吉な印象を纏った、それゆえに目を離せないただ純白なだけでは醸し出せない奥深い美を秘めたシャルナだけの白。それが純白の顔にさらさらと降り積もっている。天使の羽のように。シャルナの美しくもあり可愛くもある不可思議な魅力に満ちた純白の美貌に淡さ儚さの彩りを加えている。より天使的にしている。


「くー、くー……」


 そんな神秘的な美貌で、口を小さく開けて、童女のような寝息を立てるシャルナは反則だと玄咲は思う。容姿と性格のギャップが巨大すぎて芸術的な形の建築のようになっていた。奇怪なバランスによって成り立つシャルナの可愛さはもはや難解巧緻な芸術品の趣を呈していた。玄咲の贔屓目かもしれないが、これだけの美少女はこの平均容姿レベルの高いCMAの世界中を探し回ってもそうそういないのではないかと思われた。


 そんなシャルナ美少女と玄咲はどうやら寝てる間に抱き合ってしまっていたらしい。


「…………」


 互いにベッドに横たわって、正面から抱き合っていた。安らぎのあまり二人ともあのまま眠りに落ちたのだろう。2人揃って壁際でコテっと横になって、固く固く抱きしめ合っていた。心臓の鼓動が重なり合うほどに密着し合っていた。



 その事実を認識した瞬間玄咲の頭は完全に覚醒した。



 かつてない密着感。暖房いらずの肉圧感。心胆が瞬間沸騰する。男として興奮不可避のとろけるような柔らかさに体が強張る。怒張する。シャルナの体に当たる。


 つん。


 むにぃ。


「んっ」


「っ! ――――ッ!」


 包み込むような官能にあわや漏れかけた吐悦の呻きをなんとか噛み殺し、玄咲はそっとシャルナの腕を外してベッドに横たえる。そして自分はベッドを降りて窓際へと移動する。


 そして窓を開け放ち、玄咲が目を覚ました原因であるカラスへと言い放った。


「またお前か――なんか昨日より雄々しいような。でも、この白い痣、間違いないか。しかし、なんのつもりだ。また俺の安眠を邪魔しやがって。オステリーを起こした爺みたいに鳴くんじゃない」


「グォガァアアアアアアア! グゥウルルルルルグォオガァアアアアアアアアア!」


「……さらにうるさくなった。殺人的なうるささだな。殺意すら感じるぞ。全く、シャルが起きたらどうする。迷惑千万な鳥だな」


「ッ! グォラアァッッッ!」


「いたっ!」


 カラスは玄咲の頭を踏みつけて大空へと飛び去っていった。


「……妙に人間味のある変なカラスだなぁ」


 玄咲は頭をさすりながら雲の狭間に消えていく白い痣のある背中を見送った。そしてふと思う。


「昨日はあのカラスがギリギリで目覚まし時計になってくれたんだよな。……いや、まさかな。決闘の時刻までまる24時間以上はあったんだ。まさか、その間ずっと寝てたなんて、はは、まさかそんなことあるわけが――」


 ゆっくりと、壁掛け時計を振り向いた玄咲の表情が凍る。4時44分。決闘までもう一刻の猶予もなかった。慌ててシャルナを肩を揺すぶり起こす。


「シャ、シャル! 起きろ! このままじゃ不戦敗になってしまう!」


「んあっ! 玄咲、ダメだよ、そっち、は……!」


「!? 何言ってるんだよ! シャル! 早く起きるんだ!」


「ん……ふぇ? あ、玄咲、おはよ……」


「時計を見るんだ!」


「時計?」


 シャルナは時計を見た。一瞬で青褪めた。


「い、急がないと死んじゃう……!」


「手を引くから走れ! そっちの方が早い!」


「うん!」


 2人は手を繋いで部屋を飛び出した。

 

 外は曇天の空が広がっていた。

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