第56話 観客席
「……遅いわね。あいつ」
「ああ、もうすぐ決闘の開始時刻だ。いったい、何をしている。僕のライバル、天之玄咲……!」
決闘場。
360度の観客席に囲われた長方形のバトルフィールド――カードバトルが始まると魔法結界に覆われる――が中央に陣取るドーム型の建物。
その観客席に神楽坂アカネと光ヶ崎リュートはいた。
2人はすでに他の生徒と比べても格段のポイントを稼いでおり合格を確信している。そのため、試験終了間際の1時間を試験ではなく、同級生の決闘の見学に費やすことにしたのだ。
「私たちと同じ考えの生徒、結構いるわね」
「ああ。なにせ今や
決闘場には2人の他にも新入生が何人かいた。いずれも試験で優秀な成績を収めた名のある生徒だ。時間的に、そういう生徒しかこの決闘は見に来れない
光ヶ崎家、雷丈家も列する
そしているのは新入生だけではなかった。
「上級生もいるみたい。ていうかそっちの方が多いわね。教師もいるわ」
「サンダージョーだからな。当然だろう。注目度は高いぞ」
学内どころか国内最強(学園長を除く)の呼び声高いかの高名な天使族の生徒会長。ミス・ラグナロクの座をリュートも見学に行ったミスコンに出場せずして射止めた、学園長の再来と言われる膨大な魔力を秘めた去年の1年生筆頭。とくに有名なその2人の他にも学園の上級生がちらほらと観客席には見えた。学園長が決闘の布告をSDに通知したからだろう。
「あ、クララ先生だわ」
「……手を祈り合わせているな。今朝のHR、上の空だったのはやっぱり昨日の騒動を気にしてのことだったんだろう。……まるで、天使みたいだ。僕の、クララ先……あ、いや、なんでもない」
観客席の最前列では2人が所属するC組の担任のクララ・サファリアが天使のように手を祈り合わせている。おそらく天之玄咲に対してだろう。サンダージョーには例え聖人だろうと、あるいはエルロード聖教の聖人くらいしかそんな所作はできないからだ。クララの可憐さに見とれている生徒はリュートの他にも観客席にはちらほらいた。同年代の生徒にしか見えないクララの美貌は既に新入生の間でも語り草になっていた。
「それにしても、本当に遅いわね。あいつ。もうこのまま来ないんじゃないかしら」
「決闘から逃げるなど魔符士としてありえない。ありえない、が……正直、この状況、逃げたくなる気持ちもわかるよ。死にに行くようなものだからな」
「……そうね。あいつの憎たらしい眼も見納めか」
「いや、まだ死ぬと決まったわけではないが……ない、が……死ぬだろうな。サンダージョーの性格を考えたら」
「あいつ、どうしてろくにルール決めもせず決闘を受けたのかしら。だからこんなことになるのよ」
「さぁな。天之玄咲の考えは分からない。分かるのは――もう取り返しがつかないほどこの状況は絶望的ということだけだ」
バトルフィールドを見る。その片側には既に先着したサンダージョーのにやけ面がある。
にやにやと本当に楽しそうに笑っている。殴りたい笑顔。
そしてその笑顔の後ろには、白地に赤い十字が縦横するシンプルながら不気味な制服を身に纏った総勢20人以上の組織だった集団が並んでいた。サンダージョーも赤十字の制服を着ている。しかも特注仕様。今日は学園の生徒としてではなくその集団を率いる長として戦うという意思表示だろう。
岩下若芽といった学園の生徒を含むその集団の名は――。
「懲罰十字聖隊――雷丈家直属の60~70レベルの高レベル魔符士を中心とした戦闘部隊。そしてそれを若年ながら率いるのがサンダージョー……ねぇ、リュート。これって勝つの無理じゃない?」
「そうだね。禁止カードを持ちだしても覆らない苦境だろう。余程特異な効果を持った精霊ならワンチャン――いや、それも厳しいか」
「なんで?」
アカネの問いにリュートは人差し指を立てて答える。
「サンダージョーは十中八九、ランク9の精霊の中でも5指に入る強精霊の爆雷王ナックルのカードを持ってきているだろう。ナックルに勝てる精霊なんて、精霊神を除けばステラさまと、あと数えるほどしかいないよ」
「あ、そうか」
「それに、例えナックル以上のエレメンタルカードを持っていたとしても、精霊の力は魔符士のレベルによって力が増減する。そして天之玄咲の相手はあの規格外の化け物サンダージョーだ。召喚者に力の差があり過ぎる。実際に対戦して確信した。奴は高レベルだ。それも超がつくほどの、生涯でも何人かしか出会ったことのない、90オーバー級の化け物だ」
「そんなことって、ありえるの? 道理に外れてるわよ。第1次レベル限界がなくて生まれた時から成魂期なんて」
「……歴史を紐解けば、一応そういう事例はある。眉唾物の伝承だが、それは真実だったって訳だ。なにせ、サンダージョーが生きた事例としてそれを証明してしまっているんだからな……! 神の子とかいう痛い自称も案外間違いじゃないのかもしれない」
「で、でも要するにレベルが高いだけでしょ? じゃあ神の子ってほどじゃ」
「違う!」
「え?」
「サンダージョーはレベルを度外視しても強い。魔符士としての素質も戦闘のセンスもずば抜けている。特異体質がなくたってその内、世界中に名を馳せていたさ――そんな奴が幼い頃から、その特異体質のお陰で、僕たちの年頃じゃ本来なら手も足も出ないような高レベルの強敵と戦ってきたんだ。知ってるだろう。レベルは自分より格上の相手と戦わないと上がりづらい。つまりそれだけ絶え間なく強敵と戦ってきたんだ。血を流してきたんだよ!」
アカネはハッとした表情を浮かべた。
「――そうか。だから、なのね」
「ああ、だからだ。奴の特異体質は天から与えられたギフトでも奴のレベルはそうじゃない。血の裏付けがある。だからサンダージョーは強いんだ。だから恐ろしいんだ。みんな畏怖するんだ。畏怖を籠めて、名を呼ぶことさえ恐れて、サンダージョーと呼ぶんだよ……!」
――アカネは唾を飲み込んだ。口元を手で拭って眼の色を変える。
「……恐ろしい相手ね。サンダージョー」
「ああ、サンダージョーは恐ろしい――それにしても、遅いな。もう決闘開始1分前だ」
リュートはバトルフィールド横の時計を見る。4時59分。もう決闘開始まであと1分もない。もう来ないと判断して帰り始めた生徒や教師もいる。その表情は天之玄咲に対する侮蔑を隠そうともしない。決闘から逃げるとはそういうことだ。死罪になる以上に、魔符士としての誇りを失う。だから誰も、容易に決闘は受けない。
アカネが嘆息した。そして、瞳を揺らして、遠い目をした。
「どうやら逃げたみたいね。これであいつとの縁も終わりか。……ちょっと同情しちゃうわ。サンダージョーなんかとかかわったばかりに。あいつ、アマルティアンの女の子庇ってこうなったのよ。……とんとことん饅頭もくれたしそこまで悪い奴じゃなかったのかも。もう一度くらい、じっくり話してみたかったな」
「本当に、こないのか? ……いや、絶対来る。あいつは僕がライバルだと認めた魔符士だ」
「リュート、あいつ信頼し過ぎじゃない?」
「自分でもそう思う。……だが、サンダージョーもだけど、天之玄咲もどこか底知れない奴だ。僕はあいつのことをよく知らない。けど、あいつのどこか超然とした佇まいを見ていると、あの無数の死線を超えたもの特有の眼に睨まれた時のことを思い出すと、僕はついこんな期待を抱いてしまうんだ」
「どんな期待」
「なんか、当たり前みたいに現れてさ」
「現れて?」
リュートはサンダージョーを見下げながら言った。
「とんでもないものを見せてくれるような――」
「すいません!!! 遅れました!!!」
――決闘者用のトンネル状の出入り口の奥から、裏返った悲鳴のような大声が決闘場に轟いた。
それから少し遅れて、天之玄咲が決闘場に姿を現した。
堕天使の女の子と手を繋いで。
「――は、はは」
リュートは笑う。
「見ろ! やっぱり来た! 彼は本物の魔符士だ! 来ると思ったんだよ! やはり彼は僕のライバルだった!」
「う、うん。驚きだわ。本当に来るなん――って何あの格好」
天之玄咲は見慣れない学生服を纏っていた。黒いコートのようなやたらと裾の長い学生服を。アカネは思わず呻いた。
「格好つけすぎ。いったぁ……」
「格好いい……あれ、欲しいなぁ」
「え?」
「え?」
意見の相違に顔を見合わせる2人。そして互いにセンス悪いなと思いながら会場に視線を戻す。
「でもあいつ、なんで堕天使の女の子を一緒に連れているのかしら。まさか、一緒に戦う気? 決闘ゲートを一緒に潜ったってことはそういうことよね? 心中だわ」
「……そうだね。それしか考えられない。本当になんなんだろう彼女は。天之玄咲はどういうつもりであの少女を決闘の舞台に上がらせたんだ? ずいぶん仲が良さそうだが――」
「すいません!!! シャルと一緒に寝ていたら遅くなりました!!!」
――観客席の空気が一瞬で凍った。
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