第42話 決闘法 ―Rule of The Duel―
「クレッセント・アクア・ヒール――うん、治ったわ。自傷でよくこんな傷が負えるわね……」
サンダージョーを殴った直後、精神力で誤魔化せないほどの激痛が体中に走り、その場に倒れ伏した玄咲は、クララ・サファリアのカード魔法によって治療された。自傷する前より調子がいい。使い手が限られるとされる回復魔法の凄まじさを玄咲はその身で体感した。
その間にサンダージョーは事態の説明を受けていた。シャルナを浄滅できないと知って文句を言っていたが、マギサが視線と魔力圧で圧をかけると黙った。格の違いを一瞬で察したようだった。その後サンダージョーはマギサとクロウに挟まれる位置に座ることになった。大分居心地が悪そうだった。
玄咲の治療を終えたクララはその流れでマギサの手首も治療した。マギサは手をグーパーして機嫌よく鼻を鳴らした。
「クララ、相変わらずあんたの回復魔法は一級品だね。毎日マッサージ代わりにかけてもらいたいよ」
「恐縮です」
「しかし決闘か――くく、うちの生徒同士で行われるのは2年ぶりか。面白くなってきたねぇ」
何も面白くはない。無責任に面白がるマギサを白い眼で見ながら、玄咲は決闘に関する知識を頭の中でおさらいする。
決闘――魔符士が誇りとプライドと命を懸けて戦う、CMAの世界において殆ど盲目的に神聖とされる特殊な形式のカードバトルだ。細かいルールは当事者同士で決めることになる。だが、必ず守らなければならない5つの原則がある。
1つ。逃亡は死罪と見なす。
2つ。勝敗条件は合意の上で決めること。ただし決闘開始15分以内の降参は無効とする。
3つ。決闘による死傷は無罪とする。死んでも恨まない。
4つ。魔符士にとっての魂であるカードを1枚、勝者に献上するアンティカ―ドとして賭けなければならない。そのカードは両者の合意を得たカードでなければならない。
5つ。必ず立会人監視の下で執り行う。立会人は両者の合意で選ばれ、勝敗決定後の異議などのトラブル解決、そしてアンティカ―ドの受け渡しを強制する役目を担う。そのため相応の実力者を選ばなければならない。
この5つの原則さえ守っていればどこまででも自由にルールは決められる。
逃亡は不可能。無抵抗降参も不可能。命の保証もない。殆どデスマッチみたいなものだ。それを承知の上で玄咲はサンダージョーの決闘を即断で受けた。勝てる確信があったし、玄咲の思い描くハッピーエンドのためにはサンダージョーをどうしても決闘で倒す必要があった。
雷丈家を潰すためにどうしても必要な工程だった。
「私が立会人を務めるよ。学園内での決闘はそういう決まりになっている。いいね」
マギサが場を仕切る。経験からくる慣れがその台詞には感じられた。進行を任せて問題なさそうだった。
「はい」
「構いませんよ。誰でもね」
「よし、じゃあルールを決めようか。双方の合意が得られるまで練り合おうじゃないか」
「
「それでいい」
サンダージョーが提案してきたのはゲームと同じルールだ。主人公が考えなしに承諾して罠に嵌められた穴だらけのルールで、それゆえに玄咲にとって最も都合のいいルールだ。だから即答で了承した。
マギサが怪訝な目で見てくる。
「いいのかい? あとから変更はできないよ」
「ああ、構わない」
「じゃ、いいや。書き書きっと」
デュエルカードにペンでルールを書き込むマギサ。デュエルカードが真っ白なのは決闘のルールを書き込むためだ。サンダージョーがへっと笑う。
「デュエルカードにルールは書き込まれた。もう変更はできない。残念でしたね。あなたがいくらステゴロが強かろうと同年代にカードバトルで僕に勝てる人間はいない。あなたの寿命は今、尽きた。傲慢は身を滅ぼす。今のあなたはまさにその典型です」
「じゃ、次はアンティカードの取り決めだね。とりあえず双方提示してみな」
マギサはサンダージョーの台詞を適当に流してルール決めを進める。サンダージョーが一瞬見せた苛立ちの気配はマギサの一睨みで霧散した。舌打ち一つ挟んで、サンダージョーはカードケースから取り出した1枚のカードを自慢げに指で挟んだ。
「ランク9。ゾディアック・サンダ―。僕の最強のスペルカードですよ。これに釣り合うカードをあなたは持ってますかねぇ? おっと、持ってるわけないか。低レベルの雑魚には扱いきれるわけありませんもんねぇ。すみません見せびらかすような真似をしてしまって。このあなたには勿体ないカードは決闘の時まで仕舞っておくことに」
「俺はこれだ」
玄咲はカードケースから取り出したカードを見せる。サンダージョーの表情が変わった。
「ランク8のエレメンタルカード、魔公爵ザガン、だと」
スペルカードとエレメンタルカードはそもそもの価値が違う。例えランクが1だろうがエレメンタルカードはエレメンタルカードであるというだけでレアなのだ。しかも概してスペルカードよりずっと強力だ。ランク8ほどの高ランクのエレメンタルカードとなれば、高額とはいえ人工的に生産が可能なスペルカードよりも遥かにレアといえる。サンダージョーだけでなく、他の者も驚いていた。
「な、なるほど。それがあなたの自信の源ですか……ちっ、流石に、レートが釣り合いませんか。ゾディアックサンダーは取り下げ――」
「いや、それでいい」
「え?」
玄咲の所持カードは全てエレメンタルカード。全てゾディアック・サンダ―より遥かに格上のカード。どうせ釣り合いは取れず、しかし玄咲にはこれら以外に出せるカードがない。ならばもうザガンとゾディアックサンダーでアンティを成立させて、ゾディアック・サンダーを頂くのが一番マシな選択肢だった。
「どうせ俺が勝つ。だからそれでいいと言っている」
「――ふ、ふふ。あはははははっ! ――教師の前だからって図に乗るなよ。尋常なカードバトルなら僕の方が格上なんだ……!」
「また金玉を蹴り割ってやろうか。俺は回復魔法だって使える。何度だって割ってやるよ。今からでも教師のいないところに行こうか?」
「……」
サンダージョーの顔が青褪めた。
「……いや、僕はあなたとは決闘でケリをつけると決めてるんですよ。魔符士としての誇りがあるんでね。やれやれ、喧嘩っ早い馬鹿はこれだからいけない。流石ゴイム。育ちがしれますね」
「そうか」
玄咲はサンダージョーの言葉を耳から耳に素通りさせた。聞く価値もない心の生糞。
「じゃああとは開始時刻だね。ああ、その前にあんたらに言っておくことがあった」
デュエル・カードにアンティカードの記載をしていたマギサが顔も上げずに言う。
「なんだ」
「なんです」
「この決闘には退学も賭けてもらう。どうせあんたたち同じクラスで共存なんてできないだろ? そもそもどちらかに退学してもらおうと思ってたんだ。丁度いい。決闘で負けて尚学園に通うなんて恥辱、あんたたちも受けたくないだろ?」
「構わない」
「構いません」
どうでもいい提案だった。負ければどうせ死ぬ。ノーリスクハイリターン。受ける理由しかなかった。
「天之玄咲、あんたが負けた場合はその堕天使の子も退学だから。そのつもりで気張りな」
「ちょっと待て!」
途端にどうでもよくなくなった。なぜ、シャルナが巻き添えになるのか。あまりにも理不尽だった。
「なぜ、シャルまで。シャルは関係ないだろ」
「あるさ。あんたがいなくなったらその子は駄目になるに決まってるじゃないか。そんな子を残しておくメリットなんてないよ」
「ふざけるな! シャルは一人でも強くなる! 例え俺が死んでもシャルは生きるべきなんだ! そんな条件は無効――」
「玄咲」
シャルが、手を包んでくる。キュッと祈るように重ね合わせて。
「大丈夫。信じてるから。負けないって。それしか、できない、けどね」
「だが、シャル。万が一、もし万が一俺が負けたら」
「その時は」
シャルナがニコッと、微笑み見上げてくる。
「多分、玄咲、死んでる、よね? だから、一緒に、死んで、あげる。何の、心配も、いらない、ね?」
「――」
何が、そんな悲しい台詞をシャルナに言わしめるのだろう。あまりに容易に命を投げ出そうとするシャルナは、見てて痛々しさを覚えた。
だからこそ冷静になれた。どうせ負けたら終わり。ならば勝てばいい。勝てる確信があるから受けたのに、シャルナの退学を持ち出された瞬間、怖気づいた。それじゃ駄目だ。シャルナの退学がかかるからこそ、その分気を強く持つ。それが道理だろうと。玄咲は自分を叱咤した。
頭を殴りつける。
いい具合に怯懦が絡みついた思考がぶっ飛んだ。
集まる視線の中、頭から血を滴らせながら、玄咲はマギサに告げる。
「了承した。どうせ、俺が勝つ。けど、条件がある」
「またかい。あんた条件つけるの好きだね」
「勝った方が負けた方のポイントを総取り。そういうルールにしてくれ。どうせ負けた方は退学になるんだ。別にいいだろう」
「……ふふ。よく調べてきてるね。確かに試験後はポイントを通貨として使用できる。大した量じゃないだろうが確かにないよりはマシだ。いいだろう」
(よし)
玄咲は心の中でガッツポーズした。
「じゃ、試験開始時刻は明日の17・00でいいかい? 試験のポイントを譲渡するなら試験内に決闘しなくちゃいけないからね。試験終了時刻1時間前なら、有望な生徒は決闘を見学する暇くらいあるだろう。できれば見せてやりたい。ま、究極的には私が決めることではないが」
「それでいい」
「それでいいです」
タイミングを被せているのかと思うくらいよくハモった。わざとか。そういう意図を込めた視線が、ぶつかり合う。どうやらサンダージョーも同じことを思っているようだった。不快だった。
決闘のルール決めは全て終わった。
「決闘開始は4月13日、17・00分、と。よし、あとは決闘するだけだね! 時刻前にちゃんと学内の決闘場にくるんだよ。来なかったら殺さないといけなくなるからね。いやー楽しみだね。決闘自体は先月も上質のものを見たけど、学内の決闘は2年ぶりだ。学生同士の決闘は若さならではの味があっていいんだよねぇ……っと」
逸れ始めたからか、内容の不謹慎さに気づいたからか、マギサは話の軌道を修正した。
「あんたら、もう帰っていいよ。1日かけてゆっくり決闘の準備をしな。ああ、試験は免除でいい。そっちの二人はもう合格点稼いでるし、サンダージョーも実力のほどは分かってる。やるだけ無駄さ。決闘の準備に時間を使いな」
「ではお言葉に甘えて失礼します。僕には色々とやらなければいけないことがあるのでね」
サンダージョーがソファを立つ。ドアの前で一度振り返り、
「天之玄咲。生まれてきたことを後悔するくらい折檻してから殺してやるよ。逃げんじゃねぇぞ」
そう言い捨てて退室した。
「よし、俺たちも行こうかシャル」
「うん」
玄咲は立ち上がるシャルナの服装を見て今更気づいた。シャルナの制服は破けており、未だに自分の制服を着たまんまだと。これは良くないと、玄咲は学園長に要望を出す。
「学園長、最後に一つ。制服の新調をお願いできますか?」
「制服?」
「はい。シャルの制服は破けています。背中を切られたからです。新しい制服が必要です。お願いします」
「ああ、それであんたの制服を羽織ってた訳か。ちょっと待ってな」
マギサが学長室のタンスをごそごそ漁り2着の制服セットを取り出した。なぜタンスがあり制服が入っているのか疑問に思うも深くは聞かなかった。どうでもよかったからだ。だが、その理由はすぐにマギサの口から語られた。
「このタンスには歴代デザインの制服が入っている。未使用の新品さ。機能性に問題はないよ。学園の歴史を示すコレクションの一つさ。ほら」
マギサが玄咲とシャルナに制服を投げてくる。キャッチ&クエスチョン。
「俺の分もですか?」
「血塗れの制服なんて縁起が悪いよ。変えちまいな」
「はぁ……もらえるならもらっておきます。しかし――」
隣のシャルナの制服は今までのと同じデザイン。だが、玄咲の制服は、上着のデザインが異なった。広げると裾が長く全体的にゆったりとしており、黒いコートかマントのような見た目。
「なぜデザインが違うのですか」
「一世代前の制服だよ。当時はそれが流行りだったんだ。私は今も気に入ってるんだが男子生徒からの恥ずかしいという声が絶えなくてねぇ。仕方なく現行の無難なデザインにしたんだ」
「ほう」
面白い裏話だった。ゲームでは語られなかった歴史。改めて制服を見る。中々格好いいデザイン。玄咲はすぐに気に入った。今の生徒の眼は節穴だなと思った。
「ありがたく頂戴します。気に入りました」
「それは良かった。あんたには似合うと思うよ」
「ね、ね。着てみて」
「ん。ああ」
シャルナにせがまれ上着に袖を通す。伸長した面積分の重みがずっしりと心地いい。シャルナが手を会わせて褒めてくれる。
「わ、わ! 格好いい!」
「む、そ、そうか。ちょっと照れるが、嬉しいな――それじゃ、行こうか。シャル」
シャルナに当たり前のように同伴を誘う。無意識の発言。
「うん」
シャルナは当たり前のように承諾した。玄咲はシャルナと退室口であるドアへと向かう。
「ちょっと待ってくれないか。天之玄咲くん」
ドアに手をかけたところでヒロユキが声をかけてくる。まだ退学がどうこう言われるのだろうか。伸し掛かる倦怠と厭感に眉を顰めて重々しい動きで振り返った玄咲の眼に。
頭を下げるヒロユキの姿が映る。
「すまなかった」
「……なぜ?」
目を見開き、問う。理由が分からない。だから驚きしかなかった。
「君をG組に編入したのは私だ。100%私怨丸出しでな。顔と悪行からして純度100%の悪人だと思ったのだ。だが――それは私の勘違いだった。だから、すまなかった」
「……クララ先生ではなかったのですか」
「ちょっと!? 玄咲くん!? 私をそんな目で見てたの!?」
「えっ? あっ! い、いや、そういう訳では……」
「君は、とても純粋で、勇敢なのだな。やり方は少々過激だが、アマルティアンを庇うなんて、マギサに歯向かうなんて、そうそうできることじゃない。格好いいと、一人の男として、素直にそう思ったよ」
ヒロユキが少々強引に話を進める。気まずい話題を断ち切ってやろうという心づかいがその間には感じられた。空気を読んだクララが追及をやめる。玄咲はヒロユキに産まれて初めて感謝した。
「まぁ少々、いや、かなり過激だが、まぁそこは今は目を瞑ろう。おいおい改善しておけばいいことだ。ここは学園なのだからな」
ヒロユキが頬を緩める。優しいおじいちゃん。そんな風貌になる。
「今ならアカネに痴漢したのもわざとではなかったと断言できるよ。もともとかもしれないとは聞いていたのだがな。君がとても初心なことはその子との距離感を見ればよく分かった。そんな度胸は、とてもあるまい」
「……」
シャルナといい、どうしてそういう理解の仕方をするのか。玄咲は少し傷ついた。
「矛盾することを言うようだが、君がG組にいてくれて本当に良かった。お陰で大変な悲劇を未然に防ぐことができた。いや、まだ確定したわけではないが、それでも、言わせてくれ――ありがとう」
「それはこちらの台詞です」
玄咲は姿勢を正し、腰を90度、ヒロユキに真っすぐ頭を下げた。
「ありがとうございます。ヒロユキ理事長。あなたのおかげで、俺はギリギリだが間に合えた。取り返しのつかない絶望を未然に防げた。だから感謝しかない。俺をG組に編入してくれて本当にありがとうございます。シャルナを助けさせてくれて本当にありがとうございます――!」
「――そうか」
ヒロユキは優しく笑った。
「一応君が望むならC組に戻そうと思っているのだが」
「必要ありません」
隣にシャルナがいる。
「俺の居場所はG組の、あの席です。戻れと言われても却下します。あの席に居座り続けます。俺は、その……G組に、愛着があるので」
なぜかその場にいる全員が一斉に玄咲を見た。その視線には気のせいでなければ多分の呆れが含まれているように思えた。わざわざG組などに居座りたいというなど馬鹿な奴だと呆れられているのだろうと玄咲は解釈した。構うものか。そう思い、胸を張る。なぜか呆れが加速したように思えた。理由が分からないので今度は気のせいだろうと玄咲は解釈した。なんとなくだが、あまり深くは考えたくなかった。見たくない結論が見えてしまいそうだから。
「……そうか。謝罪と、一応意思確認をしておきたかったのだが、君がG組がいいと言うなら今後もG組に在籍してもらおう。話はそれだけだ。呼び止めてすまなかったね。さぁ、もう行きなさい。決闘の準備もあるだろう」
「はい。じゃ、改めて、シャル――」
手。
感触。
シャルナが玄咲の手を握ってくる。五指を深く絡めて、根元からキュッと。
「――行こ」
そして、笑った。
太陽のように。
大空の光のように。
天使のように。
「――うん」
それしか、言えなかった。カクンと、頷く。
やはり、天使の笑顔は最高だった。
「……すごく、分かりやすい子」
玄咲が去った後の学園長室。クララは呆れ交じりの素直な感想を呟いた。
「ああ、単純だね。」
「学園長。決闘に勝手にあの堕天使の子――シャルナちゃんを巻き込むなんて酷いですよ。軽蔑します。もしも、玄咲くんが負けたら」
「勝つよ」
マギサの断定にクララは言葉を詰まらせた。
「決闘を即断で受ける。あの堕天使の子が絡まなければ俺が勝つの一点張り。狂気的な自信さね。あの子は絶対何かとんでもないものを隠し持っている。ランク8のエレメンタルカード如きじゃない。もっと、私さえ驚かせるような切り札を。私はそれが見たい。決闘なんてあの子の勝ちでもう算段を進めてるよ。絶対あの子が勝つ。間違いない」
そしてマギサは、何かつけ決まり文句として言う、マギサの価値観の絶対の柱となる言葉を吐いた。
「私の勘がそう言ってる」
「だとしてもだ」
ヒロユキがマギサに突っかかる。
「あの少女の退学の件、私は反対だ。君の勘だって外れることはあると私は知っている。例え決闘で負けても学園で保護するべきだ。私はそのつもりで動く。例え君が反対しようとな」
「ああ、別に構わないよ」
あっさりと了承するマギサにヒロユキは目を丸くする。
「いいのか」
「ああ。それくらいの義理は通してやらないとね」
「じゃあ、なぜあんたことを言った。無意味に追い込んだだけじゃないか。意味が分からない」
「発破をかけるためさ。どうやらあの天野玄咲という生徒はあの堕天使の子が絡むと全力、というか本気を出すみたいじゃないか。だから、決闘に絡めてやったんだよ。するとどうだい。効果覿面、眼の色が変わったじゃないか。ガツンと、頭まで殴ってさ。ハハハ。惚れ惚れする親切心だろう。決闘前に力を出し切る後押しをしてあげるなんて。これで切り札を切る確率も少しは上がっただろうさ。無用かもしれないが一応ね」
「――ハァ、君はそういう奴だよ。昔から。人の心が欠けている。だからレベルを」
「レベルを?」
ギンッ!
「うっ、いや、なんでもない」
上げ切れなかったんだと、マギサの禁句を踏み抜きかけるヒロユキ。長い付き合いの割によく見かける光景。つまりよほど日頃ストレスが溜まっているのだろう。余計な一言をつい言いたくなるほどに。クララはヒロユキを哀れんだ。
「ま、ここから先は消化試合さね。確かに外れる勘もあるがこれは当たる勘だ。私には分かる」
マギサは強く断言する。そこまで言うのなら多分そうなのだろうなと、なんだかんだで学園長に一定の信頼感を置いているクララは少し安心した。
「それにしても」
クロウが口を開く。
「学園長は天之玄咲のことが気に入っているんだな。あんたは気に入った奴程スパルタになるからな。分かりやすい」
「学生時代扱かれたことをまだ根に持ってるのかい。おかげで符闘会で優勝できただろう。結果的にはWINWINじゃないか」
「一応感謝はしている。反動もでかかったがな」
「その後の堕落はあんたの性根がだらしないせいだろうが。知ったこっちゃないよ」
マギサの言うことはもっともだった。クロウが堕落したのは彼のだらしない性根のせいだった。やる気のない同僚の無数にある欠点をクララは嫌というほど知っていた。強さだけは認めているが。
「フン、放っとけ……ああ、そういえば」
「何だい」
「岩下若芽は死んだぞ。あいつは1年の頃からゴキブリのように丈夫だったからワンチャン息を吹き返すかと思ったが無理だった。今は保健室に安置してある」
「そうかい」
「ご足労をお願いします。糞ば――学園長殿」
クロウのソファの上で足を組みながらの皮肉気な発言を受けて、マギサはクロウの横っ面をはたき飛ばした。
「げふっ!」
教室の端まで吹っ飛ぶクロウを尻目に、マギサは年齢の分だけ重くなった腰を上げた。
「はぁ、校則に則ってちょっとだけ働くとするか。生命力が衰えた最近はキツいんだけどね。エレメンタルカードを使うのは」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます