第18話 カードバトル
(なるほど――こいつが俺の対戦相手か)
バトルルーム23番室。高い天井。広い壁。広い床。白一色で塗り尽くされたルーム内に異色が一つ。目の前の対戦相手だ。5メートル程前方に立ち、玄咲をやや見上げるように伺っている。
雪のように淡い水色の髪に、愛らしい目鼻立ち。小動物を思わせる身長と所作。の割に巨大な胸。女性徒だ。それもモブらしからぬ美少女。つまり玄咲の知っている
(水野ユキ。神楽坂アカネの好物を教えてくれるサブヒロイン的キャラ。神楽坂アカネの中学からの友人で魔法の才能は神楽坂アカネと同程度にある。つまり天才。だが気が弱く、その才能を発揮できずにいるというありがちなキャラだ。糞どうでもいい。今思い出すべきはそんな情報ではない)
玄咲は水野ユキを無遠慮に眺める。水野ユキが体を縮こまらせる。ゲーム通りシャイな性格をしているなと、玄咲はそれだけ思った。
(レベルは10。使用ADは杖。使用カードはアクア・ボール。ネームドキャラの常として同レベルのモブキャラよりも強力なステータスをしている、強敵だ。本来なら1日目、2日目をレベル上げに当てて3日目に挑むべき相手。だが、今なんだ。今倒さなければいけない。シャルの不安を払拭するために。もっと見ろ。水野ユキを。データを取れ。何もかも曝け出せ。そして現実とゲームとのギャップに存在するはずの突破口を見出せ――!)
ゲームのデフォルトグラフィック通りの常に何かに怯えているようなビクビクとした表情を浮かべている水野ユキ。その全身を上から下まで舐め回すようにじっくりと玄咲は見分した。
(鍛えているようには見えないな。そんな設定はないし当たり前か。肉弾戦に持ち込めば行けるか? いや、油断は禁物。この世界ではレベルによって身体能力に補正がかかる。見た目通りの性能をしていると考えたら痛い目を見る。だが――)
視線は水野ユキに固定したまま、玄咲はサンダージョーのことを思い出す。不快感が胸の内から湧き上がり自然と視線が険しくなった。水野ユキの体がぶるぶると震える。リアルな怯え方だと、心の端っこで玄咲はそれだけ思った。
(水野ユキより遥かに高レベルかつ戦い慣れしているサンダージョーでも肉弾戦ならあの程度。油断は禁物。だが過剰な警戒も禁物。水野ユキは100%肉弾戦なら俺より弱い。これは断言していい、事実として扱っていい仮定だ)
希望が見えてくる。さらに玄咲は思考を勧める。クロウ・ニートの授業を思い出す。
(クロウ教官は確かこう言っていた。魔符士同士の戦いは発声器官の何らかの手段での破壊が重要になると。つまり発声さえ封じれば魔符士はただの人間になる。それこそが勝機。ゲームではありえない、現実だからこそありえる俺の勝機だ。接近して、発声を封じ、通常攻撃でタコ殴り。これだな。あとはいかにして近づくかだが――)
今度はカードバスで受けたクララ・サファリアのカード魔法を思い出す。
(対戦相手が水野ユキで良かった。アクア・ボールは俺がこの世界で目にした数少ない魔法の一つ。弾道軌道も、速度も、発動タイミングも覚えている。要するにでかいが遅く殺傷能力も低い銃弾だ。油断さえしなければ簡単に躱せる。接近できる。制圧できる。ふむ――よくよく、現実的に考えたら楽観的要素の多い状況だな)
水野ユキ――カード魔法というファクターを視界のフィルターから取り除けば見れば見る程草食動物のようにか弱く容易い相手に見えてくる。震えている様などまさにだ。
玄咲は水野ユキをじっと見分しながら思う。
(意外と、何とかなりそうじゃないか?)
「あ、あ、あ、あ、あの……」
水野ユキが話しかけてくる。時間にしてみれば僅か10数秒の思考。だが、顔を突き合わせての10数秒は十分長い。自分が少々失礼な態度を取っていたことを自覚した玄咲は謝罪から入った。
「すまない。考えごとをしていた。話しかけづらかっただろう」
「い、い、いえ。いえ? いや、はい? そう、はいです。はい」
水野ユキは相当緊張しているようだった。入学したてなだけあってストーリーの進行とともに成長していくはずのメンタルが全く育っていない。強制マッチングを行う理由からして他人にカードバトルを申し込むのが怖いからというどうしようもないネガティブさ。玄咲は水野ユキの緊張をほぐすべく言葉をかけようとした。
その直前。
玄咲は水野ユキの声に聞き覚えがあることに気付いた。CMAはボイス機能が存在しないゲーム。それはありえないことだった。
だから疑問が口から出た。
「聞き覚えのある声だな?」
「っ!!!!!? ご、ごめんなさい!!!」
なんとなく発した言葉に激烈な反応が返ってきて玄咲は驚く。謝罪の理由を水野ユキはどもりながら口にする。
「にゅ、にゅにゅにゅ入学式の時一人独唱状態になってたのは私です。わ、わわわわざとじゃなかったんですごめんなさいごめんなさいごめんなさ――」
「ああ、あれか――気にしなくていい。別に怒ってはいないよ」
「え――?」
虚を突かれたのかドモるのも忘れて水野ユキは玄咲を見返す。玄咲はなるべく優しい言葉を選んで水野ユキに告げる。
「あれはただの不幸な事故さ。誰も悪くない。強いて言えば俺の運が悪かっただけだよ。君を恨むのはお門違いだ。気に病まなくていい。そんなことよりも早くカードバトルを始めよう」
「……もしかして、あなたって見た目よりいい人なんですか?」
「好きで
「ふふ……なんだか緊張が解けてきました。ありがとうございます。今なら十全に実力を発揮できそうです……!」
「……そうか」
敵に塩を送ってしまった。そう思うも、水野ユキの笑顔を見ていると、まぁそれでもいいかと思ってしまう。そんな気の緩みを玄咲は自分の心の中で叱咤した。
(いかんな。気を引き締めないと。戦闘前だぞ。殺すぞ
「じゃあ、半円の上に」
「ああ」
水野ユキが20メートル程の感覚を空けて描かれた魔法陣の上に立ち、ADを武装解放する。己もまた魔法陣の上に立――とうとして、玄咲は魔法陣に着地しようとした足を外に戻した。
(そう言えば――)
『また、バトルルーム内では純粋な魔法戦闘技能の向上と戦闘中の不慮の事故の防止という2つの観点から、物理的衝撃によるダメージの魔法障壁による自動的な無効化処理が常時発動しています。お忘れなきようお願いいたします』
(ゲームでも存在していた魔法障壁とやらの特性の確認をまだしていなかったな)
己の肩を叩く。首を絞める。腹を殴る。痛みはない。皮膚の1枚上に目に見えない不定形の何かがありそれが痛みを吸収しているようだった。だが物理的衝撃はある。肩を叩けばのけぞりかけ、首を絞めれば息はできるものの圧迫感はあり、腹を殴れば一瞬息が詰まった。痛み、というかダメージに類するものを取り除くだけで、物理的慣性は正常に働くようだった。3動作を持って玄咲は魔法障壁の特性を大まかにだが理解した。
(なるほど。敵の制圧に問題はなさそうだ――対戦を始めるか)
魔法陣の中に入る。そしてSDを見る。
【対戦が申請されています。受諾しますか】
YES NO
「YES」
カウントダウンが始まる。SDに巨大な数字が表示される。その数字が5、4と進んでいく。
(勝てる自信はある。だが、本物のカードバトルなど初めてだ。何が起こるか分からない)
3、
(気を緩ませている余裕などないと知れ)
2、
(全力だ。全力で行く。なにせ――)
1、
(シャルのために俺は勝たないといけないんだッ――!)
――0。
ビーッ、とSDから音が鳴ると同時、玄咲は地を蹴った。
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