カード学園サヴァイヴ ~カードで全てが決まるゲーム世界の学園で狂人で軍人のゲーム廃人は天使のために最強になる~

哀原正十

第1章 入学編

プロローグ

第0話 転生 ―Burned Out―

「この世界は地獄だ」


 赤い空を戦闘機や爆撃機が飛び交っている。それらを見上げながら、焼け焦げた瓦礫へと解体された高層ビルやらアミューズメント施設やらが埋め尽くす地上を軍服を着た一人の男が歩いていた。


 今から7年前の2023年、突如として第三次世界大戦が始まった。平和な日本で毎夜ファイティングポーズを決める凄惨すごいみじめな引きニート生活を送っていた男は、7年前に国に強制徴兵された。パソコンでCMAについての情報を調べている最中の、ポケットボーイ片手のチン事だった。


 7年間、男は色々な戦場で戦った。ヨハネスブルグ、ベネズエラ、ウクライナ、メキシコ、アフガニスタン、ノースコリア。危険な戦場ばかりだ。いつ死んでもおかしくなかった。核の爆発すら見たことあるが、どういう訳か男は生き残った。ただひたすらに運が良かった。そうとしかいいようがなかった。


 そして今日。


 男はついに日本に戻ってきた。敵軍の最新鋭戦闘機を単身強奪して一か八かの太平洋横断フライトを決め込んで燃料が切れるギリギリで日本に着いたのだ。しかも着いたのは幸運なことに男の地元の福岡。海岸に着陸させた戦闘機を乗り捨てて男は歓喜の表情で家へ駆けた。


 瓦礫の山が男を出迎えた。


 新鮮な死体もあった。大人二人。子供一人。父と母。妹。男の家族だった。


 男が起こした事件のせいで糾弾され若くして総白髪となった父。半分精神の崩壊した母。完全に絶縁状態で顔すら合わせようとしなかった、男のせいで学校を退学し夜遊びを繰り返すようになった妹。みんな男を恨んでいた。でも男はみんなを愛していた。子供時代の暖かい思い出はいつまでも男の心の支えだったから。家族との思い出の詰まったCMAは、天使たちは、いつも男を正気に帰還させてくれたから。そんな男をなんだかんだで家族も愛していたのだろう。徴兵されるまでの短い期間だが家に住まわせてくれたし、徴兵される際にはせめて心配させるまいと男を涙混じりの笑顔で手まで振りながら見送ってくれた。男にとって最後の愛の繋がり。子供時代に死んだ、あるいは殺された2匹の友人と同じくらいに愛していた、大事な大事な家族たち。


 みんな死んだ。


 男にとって平和の象徴だった暖かな家庭の本当の意味での崩壊。地獄を幾度見ても折れなかった男の心が瓦礫の山に埋もれた家族の新鮮な死体を見た瞬間、もう少しで助けられたかもしれない可能性に気づいた瞬間、ポキリと折れた。


 それから先のことを男はよく覚えていなかった。ガラクタ市と化した炎上する街をただただ彷徨い歩いた。

 

「この世界は地獄だ」


 日本に戻れば平和の兆しが見えるのではないか。男が現実逃避気味に抱いていたそんな淡い希望は、赤い空を我が物顔で飛び回る他国の戦闘機や爆撃機によって粉々に破壊された。


 破壊された街並みを死んだ目で歩く。ふと、そんな男の耳に悲鳴が届いた。


「……死ぬまでの暇つぶしに丁度いいか」


 野次馬根性で男は悲鳴の聞こえた方角へと足を延ばした。




 形を残した廃墟。二階建ての何らかの施設の一階部分。その中で、軍服に身を包み防毒マスクをつけた4人の男が一人の少女を取り囲み何やら言い争っていた。入口の陰に姿を隠し拳銃片手に様子を伺う男が耳をすます。が、多国語が絡み合い何を言っているのか正確に識別するのは困難だった。


「~~アル! ~~アルネ!」


「HAHAHA! Nice Joke! This hole is mine!」


「~~コフ! ~~コフフ!」


「オ、オーイエー。マワルターンテーブルスタイルイズディスファック。オーケー?」


 男は辛うじて英語だけ、意味は分からないが聞き取る。他の言語は中国語とロシア語であることしか分からなかった。だが、意味など分からなくても男たちの意図は分かる。一人の女を複数の男が囲む。このような醜悪な光景を男は戦場で腐るほど見てきた。見逃してきた。己が生き残るために。


 ただでさえ暗澹へと沈んだ気持ちをさらに暗く淀ませながらも、男は男たちから目を離さない。


(アメ公一人。露助一人。シナ一人か。第三次世界大戦の発端共が仲良く幼子をレイプとはくだらない。世も末だな。世紀末だ。神や救世主の不在をよくものがたっている。この世界はもう未来永劫救われないんだろうな)


 そんなことを思いながら気配を殺してじっと機を伺う男。その視線の先で状況に動きがあった。


 立って言い争う4人の男の真ん中で地面に蹲る、頬を赤く腫らした少女が大声で泣き始めたのだ。


「パパあああああああ! 怖いよぉおおおおおおお! 助けてよぉおおおおおおお!」


 4人の視線が少女に集まる。男は動いた。


「Shut up! Bich! Ahhhn?」


「ひっ!?」


 流暢な英語を喋る方のアメ公が右手を大きく振り上げる。少女は反射的に赤くはれた頬を両手で庇った。


(なるほど、アメ公に打たれて頬が赤く腫れていたわけか)


 思いながら拳銃の引き金を弾く。流暢な英語を喋るアメ公が首から血の華を咲かせながらもんどりを打って倒れた。


「ヒィイイイイイイイイ! アッ!」


 なんだかナヨナヨして気持ち悪い動きをする二匹目のアメ公の首元にも、襟とマスクの隙間を縫うようにして男は銃弾を撃ち込んだ。それと同時、男は廃墟へと突撃。ロシア人と中国人が2匹目のアメ公が地に倒れるよりも早く拳銃を抜き放ち男へと向けた。


「アルッ!」


 男がそれよりも早く放った銃撃によって中国人が首から血を噴いて死ぬ。男がロシア人に銃口を向ける。


 銃撃音が廃墟に木霊した。


「……くくっ、まぁいい。もう何もかも、どうでも、いい……」


 男が倒れる。残弾が0の拳銃が床に転がった。


 ロシア人がガスマスク越しに額を拭う。そして、2人のアメ公と中国人の死体に近づく。脈を測り、心音を聞いて、2人のアメ公と中国人の死を確認する。


 ロシア人は笑った。


「コフッ、コフフッ!」


 笑って少女に近づく。少女はいやいやと首を振り、尻を引きずって後ずさった。ロシア人は鼻息を荒くして、少女のスカートの中へと手を侵入させる。


 その背に、猛然と足音が迫る。ロシア人が驚き振り返る。死んだはずの男が猛ダッシュで男に迫っていた。ロシア人は慌てて銃口を男に向けた。その時。


 男の赤らんだ瞳と、目が合った。


「Red Eyes――!? ナンダソノメハ!」


 ロシア人が眼を見開き英語と日本語を駆使して叫びながら銃弾を放つ。その直前、男は地を蹴った。銃口から男に向かって伸びる男にだけ見える赤い線――医師から死線デッドラインと名付けられた命の危機を知らせる超感覚――を避けるために。果たして、銃弾は死線の軌跡をなぞる様に飛んで行き、廃墟の壁にぶつかって甲高い音を立てた。その間に、男はロシア人に近距離戦の間合いまで接近した。


「コ、コフゥウウウウウウウウウウ! ゴフッ!」


 ロシア人が血を吐いた。手刀が喉に突き刺さっていた。男は手刀を抜く。そして睾丸を膝で潰した。痛みでロシア人はショック死した。


「……天使に、守られてしまったな。まだその時ではないということか?」


 当人にしか通じない謎の理由で僅かばかり生への執着を取り戻した男がロシア人の手から拳銃を奪い見分する。


「多分ロシア製だろう。ロシア人が持っていたからそうに違いない。俺、頭が悪いから知識の方はさっぱりなんだよな。それでも日本製だけは見れば分かるんだが。残弾は……あるな」


 残弾数を確認し拳銃をポケットへIN。流暢な英語を喋るアメ公、中国人の死体にも近寄り、同じ作業を繰り返す。


 男が残る一人のナヨナヨした気持ち悪い動きをするアメ公に近づき銃を奪う。男の顔色が変わる。男はアメ公のガスマスクを剥いた。


 そこには眼鏡をかけたしょうゆ顔の不精で弱々しい死に顔があった。


 日本人の顔だった。


「……日本式拳銃を持っているからもしかしてと思ったらやはり、か。く、くく……人種や国籍なんて関係なく屑は屑だな。まぁ俺もだが、同族嫌悪か? なんか見てていらつく。唾を吐きかけてやろう」


 しょうゆ顔に唾を吐きかける。唇に唾があたる。口内に侵入し、唾を咥えたような見た目になった。しょうゆ顔と間接キスをしたかのような錯覚を覚え、気色悪さのあまり男はしょうゆ顔の顎を蹴飛ばした。


「見境のない変態め」


「あ、あの」


 男が振り向く。少女が揺れる瞳で男を見ていた。


「ヒッ!」


 目が合った瞬間、少女が悲鳴を上げた。慣れたリアクション。おどけるように嘲って男は自分の眼を指さした。


「赤くなるんだ。死にかけたり、キレたりするとな。特に後者の場合、白目が潰れて真っ赤になる。こんなものじゃない。まるで漫画みたいで面白いだろう」


「え? ううん……」


「……」


 男は沈黙した。心が傷ついたからだ。


「あ、あの、助けて、くれたんですか?」


 面白くはなかったらしいが、恐怖を緩和する役割は果たしてくれたらしい。少女はおずおずと男に話しかける。だが、まだ男に襲われる危険性を危惧しているのか、少女の表情は強張っている。その危惧を振り払うために男は端的に断じた。


「そうだ。俺は君の味方だ」


「よ、よかった!」


 少女の顔に笑顔が咲く。その笑顔を見て男は気付く。少女がかなり可愛い容姿をしていることに。女――というより美少女への耐性が0を通り越してマイナスの域に達している男の心臓が途端に8ビートを刻み始める。


「あの、銃で撃たれた場所は大丈夫なんですか?」


「ああ大丈夫だ心配ないこいつのお陰だラッキーだった」


 男は胸ポケットから取り出したものを少女に見せながら、意図せず早口になってしまったことに動揺した。年齢=歴で熟成させてきた筋金入りの童貞が今まさに男に牙を向いていた。


「なんで早口になってるの?」


「……」


 理由など言えるはずがない。硬直する男がその手に握る胸ポケットから取り出したものを指さして少女が尋ねる、


「これ、なに」


「これは、ポケットボーイ。1989年の、4月21日に、ナンテンドーから発売された、名ゲーム機だ。この世界と、天使の世界を、繋ぐ、マジックゲートだよ。戦場で、兵士の孤独を、慰安してくれる。俺も、大分救われた」


「なんでそんなゆっくりしゃべってるの?」


「……」


 男は今度も少女の質問には答えず、十字キーとABボタンの丁度間で銃弾を受け止めている己の相棒たるポケットボーイの電源を入れた。どうせ壊れて動かないだろう。そう思うも、なんとなくそうせずにはいられなかった。ゲーマーのサガだった。


「まだ、生きてるかな」


「あ、うごいた」


「!!!?」


 男は驚いて画面を見る。確かにそこには薄白い液晶画面にPOCKET BOYの文字が浮かんでいた。ゲームの起動画面。男は狂喜した。


「やった! CMAができるぞ! ほら、やってみろ!」


「う、うん」


 男は少女にポケットボーイを手渡す。テンションが一所に定まらない男を少し気味悪く思いながら、おずおずと少女はCMAのプレイを開始する。


 ピコピコ。ピコピコ。


(いくらCMAが名作と言っても、流石に事前知識なしの状態でクリア済みのセーブデータをプレイしても魅力が伝わりづらいだろう。どれ、少しだけ補足をしてやるか)


 男はゲームをプレイしている少女に男基準で少しだけCMAについての補足を行う。


「今君がプレイしているゲームの名前はCARD&MAGIC ACADEMIA。通称CMA。天使やエルフやドラゴニュートなどの亜人と人が共存する中世ヨーロッパ風のカード文明が発展した架空の異世界を舞台にしたカードマジック学園アドベンチャーRPGだ。1999年4月1日発売。ノストラダムスの大予言と結びつけると覚えやすい。果計出荷本数は10万本。当時としては小ヒット。誕生日に新品で買ってもらったが、その翌日に中古ゲーム屋で480円で売られてるのを見た苦い思い出がある。


 ああ、全クリ状態のセーブデータからプレイしてもストーリーが分からないよな。よし。説明しよう。カード&マジック・アカデミア――通称CMAはラグナロク学園というカード魔法を教える特殊な学園に通って、退学試験を生き残り、カードとそれを発動するための武器であるアームド・リード・デバイス――通称ADを用いて戦う魔符士カーディアンとして成長し天下壱符闘会への出場&優勝を目指す物語だ。主人公の名前は大空ライト。主人公だけが所有する全属性の魔力【虹色の魔力】にちなんだ名前だ。糞ダサい名前なので変更するのがお勧めだ。ちなみに俺は実名でプレイしている。そうすることでヒロインとの恋愛により没入することが――。


 すまん。話が逸れたな。天下壱符闘会は4年に1度開催されるカード魔法の世界大会で代理戦争の役割を果たしている。作中世界は一度カード魔法を使った戦争で滅びかけていて、それを反省して天下壱符闘会が考案されたんだ。天下壱符闘会の優勝国は以後4年間【覇国】となり、各国の過半数の承認を得るという条件のもと国際法を1つ削除、もしくは1つ追加できる改法権を得る他、次回開催までの4年間世界の主導権を握ることができる。そして優勝選手は国から何でも一つ夢を叶えてもらえる。ガ〇ダムファイトみたいなものだな。その性質上、大会には自然と各国最強の魔符士カーディアンが集う。主人公の夢はその天下壱符闘会で優勝して世界最強のカード魔法使い――魔符士カーディアンになることだ。主人公らしい爽やかで明るい夢だな。どうでもよすぎて共感できないのが欠点だ。


 そのために主人公は国一の魔符士養成機関であるラグナロク学園に入学するんだが、これがとんでもない学園でな。なんと退学試験というこの学園独自の試験に落ちた人間は容赦なく退学させられるんだ。俺も幾度試験に落ちて退学――つまりゲームオーバーになったか分からない。その学園で退学を賭けた生徒同士のサヴァイバルを生き残り、学校からの推薦を得て天下壱符闘会へ出場する。これがゲームの大まかな流れだ。そして――」


 男の補足は止まらない。延々と止まることなくCMAについての知識を口からゲロのように垂れ流し続ける。少女が辟易とした表情をしていることなど気づきもしない。


「CMAの本質はサブストーリーたるヒロインとの恋愛なんだよ。2週目以降スキップ推奨のメインストーリーなんておまけさ。しかもCMAの世界でプレイヤーは主人公となってそんな種族性格容姿髪色多種多様で個性的なヒロインたちとリアルな恋愛が楽しめるんだ。凄くリアルだぞ。リアルで恋愛経験のない俺でもリアルだと感じるくらいだ。きっとリアルで恋愛経験のある人間がプレイしたらこのリアルさに驚くだろうな。


 ヒロインたちは天使だ。何人たりとも穢してはならない触れられざる光輝だ。夢幻世界という神聖領域において無限にアガペーを産み出しただただプレイヤーに分け与える。そんな存在を天使と言わずして何という。他に例えようがないだろ。俺は無神論者だが天使の実在だけは信じられる。何故だか分かるな。天使がこの中にいるからだ。この、ポケットボーイの中にな。彼女たちがいるから俺は心病まずにいられた。俺の夢は天使と結婚することだ。いつか叶うと信じてる。


 ちなみに俺が一番好きなヒロインはクララ・サファリア――」


「ねぇ」


 男の長台詞をぶった切り無表情に少女が言う。


「このげーむちーぷでつまんない」


 男の心を曰く言い難い波が走り抜けた。徴兵の際唯一家から持ち出せた男の宝物、CMA。すがりつくように7年間プレイし続けた、全てが男の琴線に触れる、男にとってもはやゲームの域を超えた至高のゲーム。それがCMA。


 そのCMAが、ちーぷでつまらない。


「……」


 男は少女の年を考える。おそらくローティーン。最新のゲームに触れたことの1度や2度はあるだろう。その少女からしてみれば90年代のゲームがチープに見えるのは道理。むしろチープ以外の感想を抱く方が異常だった。


 男は少女のプレイ時間を考える。僅か数分。奥深いシステムや可愛いヒロインとの会話劇を楽しむにはあまりにも少ないプレイ時間。面白いと思えという方が無理があった。


 男は反論を諦めた。ただ一言、頷いた。


「そうだな」


 男は少女から少し乱暴にゲーム機を取り上げて、地面に胡坐をかき自分でプレイし始めた。少女にとってはちーぷでつまらないげーむ。されど男にとって至高のゲームであることに変わりはない。やってみれば、やはり楽しかった。かなり贔屓目が入ってることは自覚している。それでも男にとってCMAはやはり神ゲーだった。楽しい、美しい思い出がうんとたくさん詰まった、史上最高のゲームだった。


 男は無言でゲームをし続ける。少女はしばらくその男を見ていた。だが、男が一向にゲームを辞める気配が無いので、少女は男の太腿の上に尻を下し、自分もゲーム画面を眺めることにした。


 男のゲームをプレイする手が止まる。少女が不思議そうな上目遣いで男を見上げた。


「どうしたの」


「なんでもない。前だけ見てろ」


「うん」


 少女はゲーム画面に視線を戻す。男は太腿付近に当たる尻の感触から努めて意識を逸らしながらゲームに集中した。


「このADは闇属性のエレメンタルカード特化型ADなんだ。たくさん周回してバグ技まで使って強化したんだよ。凄いだろ」


「よく分かんない」


「そうか」


 少女はCMAに大して興味がないようだと、ワクワク感の欠片もないトーンの声を聞いて男はようやく察する。何を話したらいいか分からなくなった男はとりあえず無言でゲームをプレイし続けることにした。そうでもしないと意識してはいけないものを意識してしまいそうだった。


 ふと、視界の端、廃墟の入り口から見える空の中で、爆撃機が爆弾を投下する姿が見えた。男は視線を上げる。巨大な爆弾だった。それは男が100KM以上の遠くからしか見たことがない大量殺戮兵器。1000KM先にまで爆風を伝えるそれが、1KMかそこらの地点に投下された。男はそれだけ確認して、ゲーム画面に視線を戻す。自業自得。そして今更できることなど何もない。ならば最後の瞬間までCMAをしていたい。そう思ったからだ。


「お兄ちゃんって、強いね」


 少女がそう言う。外の様子に気付いた様子はない。ならばわざわざ死の恐怖を煽る必要もないだろう。そう判断した男はごく自然な口調で返答する。


「俺は戦闘の天才なんだよ。他に何の才能もなかったけど、戦闘の才能だけはあったんだよ……それだけが理由じゃないけど、やっぱそれが一番だろう。そのせいで今日まで生き延びてしまった。はは、自殺する勇気もなかったんだ。地獄に落ちるのが怖くてな」


「お兄ちゃんって、目付き悪いよね」


「よく言われる。殺人的な目付きだと。昔はもう少しマシだったが、いつの間にかこうなってた。人を殺し過ぎたせいだろう。殺した人間の怨念が目に憑りついているのかもしれない。まぁ、今更どうでもいいがな。もう人を殺してもほとんど何も感じない。もう駄目だよ俺は」


「でも、お兄ちゃん、優しいよ」


「そうか」


「だから」


「?」


「好き」


「……」


 男のゲームをプレイする手が一瞬止まる。だが、すぐにまた動き出す。男に見えない角度で少女が頬を膨らます。


「私」


「なんだ」


「私の名前、符桜美遊ふざくらみゆ。お兄ちゃんは?」


天之玄咲あまのげんさく。それがどうかしたか」


「げんさく、私のお兄ちゃんになってくれる?」


「いいぞ」


 男――玄咲は適当にそう答えた。


「やったー!」


 少女が身じろぎをして喜ぶ。恐ろしい程の官能が玄咲の敏感なポイントを包みうねる。玄咲はCMAに全神経を集中することでなんとか呻きを噛み殺した。今更そんな辛抱をして何になるのかとも思うが、玄咲は見栄やプライドを大事にするタイプの男だった。それらを失ったら男として終わりだと思っていた。


「ねえ」


「なんだ」


「じゃあ、私のパパになってくれる」


「っ!」


 玄咲は泣きそうになった。家族を失って、それらの代わりを求める少女の痛ましさにくらった。今思えば、お兄ちゃんになってというのも、本当に兄の代わりを求めての発言だったのだろう。声を震わして玄咲は肯定した。


「ああ、いいぞ」


「じゃ、じゃあ、私が大きくなったら結婚してくれる?」


「……」


(いや、待て、それはちょっとおかしくないか? なぜ、お兄ちゃん、パパときて結婚……まぁ、いいか)

 

 少し腑に落ちないものを感じながらも、どうせ死ぬからと玄咲は適当に少女が喜ぶであろう答えを返す。


「いいぞ」


「わーい!」


 少女が喜ぶ。密な場所をぐにゅぐにゅと動かす。男は血眼になってCMAに全集中する。獣の呼吸でゲーム画面を操作し、ゲーム中最強のエレメンタルカード――玄咲のマイフェイバリットカードを使用するコマンドにカーソルを合わせた。

 

 そして、ボタンを押す。主人公の台詞と被らせる。


【「召喚コール――悪魔神バエル」】


 廃墟の入り口を吹き飛ばしながら台風のように爆炎が侵入してくる。爆炎が全てを攫う。銃弾をも受け止めたポケットボーイが紙切れのように溶け消える。


 そして男と少女もまたこの世界から消失した。

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