さよならをする

はる

さよならをする

家族から離れて一人ぼっちの家に帰ると、ぶ厚い何かが届いていた。

部屋に入り、適当に包装を破く。

「……卒アル?」

流石に驚いて呟いた。

もう高校を卒業し、上京してから3ヶ月経つ。春はとうに終わり、最近はずっと雨が続いていた。

そんな時期に、やっと届いた卒アル。

今更だなぁとか、皆で卒業式の日に寄せ書きするの夢だったのになぁとか、ぶつぶつ文句を垂れながら、それでもワクワクが勝って、少しにやけた。

重い表紙をめくる。

最初に出て来たのは、校舎の写真。

「なつかしー……」

感嘆しながらも、生徒のいない間に撮ったのだろう、人の気配がしない学校に違和感を感じた。

少し、寂しさを覚える。

やけに大きな雨音から逃れるようにもう1枚ページをめくった。

次のページからは、生徒一人一人の顔写真が並んでいた。

3年1組、3年2組、そして……3組。

ドクンと心臓が音を立てる。

自分より先に、君の笑顔を見つけた。

「……っ!」

途端に思い出が溢れ出す。

そうだ、君はそんな人だった。みんなが緊張して硬い顔で撮影をするなかで、1人楽しそうに笑っていて。

そういう所に恋をした。

懐かしさは、痛みを伴って胸を締め付けた。

「久しぶり、この感じ……」

どんな顔をするのが正解かわからなくて、とりあえず小さく笑ってみた。



卒業式の後、生徒みんなが体育館に集まって思い思いに別れを惜しんでいた。

ただ、その中でどうしても君は見つけられなかったから、忘れ物をしたと嘘をついて教室に戻った。

君は、1人で泣いていた。

今でも忘れない。すごく驚いて、同時にすごくすごく胸が苦しくなった。

足音に気付いたのであろう、顔を上げた君と目が合って動けなくなって……

君は、動揺を隠せない私を見て逆に落ち着いたのかもしれない。困ったような顔で笑った。

「どうした?忘れ物?」

いつもの調子で問われて、どう返すべきか迷った。

けど、卒業式だったからだろうか、いつもより大胆だった私は真っ直ぐ切り込んだ。

「そうだけど……そんなのどうでもいいよ。そっちこそ、どうしたの?」

ここまで直球で来るとは思っていなかったのだろう、君は息を呑んだ。

みるみるうちに表情が硬くなり、ふっと目を逸らされる。

「……お前には関係ないよ」

素っ気なく返されて挫けそうになったけど、逃げずにもう一歩踏み込んだ。

「そう思うならここで泣かないで。もう関係ないって言い切るのは無理でしょ」

じっと睨んで返事を待つ。

観念したかのように、くしゃりと君の顔が歪んだ。

「……っ」

君は堪えきれなくなったようにこちらに背を向け、口元を押さえた。

泣き顔を見たのは幼い頃ぶりで、どうするのが正解かわからなかったから、ただ、背中を合わせるようにして座った。

しばらく君はそのままでいたが、ぽつぽつと口を開いた。

「ずっと、好きだった人がいて」

「……うん」

「すっぱり、ふられた」

「……っ!そっ、か……」

座っていたのは机の上だったが、構わず膝をぎゅっと畳む。そうでもしないと、胸の痛みに潰されそうだった。

知っていた。小さい頃から一緒にいたのだ。ほんとは知っていた。

気付かないふりをしたかっただけで。

「それは……、しんどい、ね」

顔を歪めて呟くように言うと、君は否定も肯定もしなかった。

泣いている気配だけが背中越しに伝わって、でも私は泣けないくらい辛くて、ただずっと黙っていた―



「あのまま―もう3ヶ月も経つのかぁ」

それ以来、地元の大学に進学した君とはもう会っていない。

思い出として昇華できていると思っていたが、まだ10年近い片思いは消えてくれないらしい。疼くような痛みが胸を刺す。

あの時のように膝を抱え、縮こまって座った。

雨の音は相変わらず止まない。

でも、それでいい。鮮やかな光は君を思わせるから、これくらいの天気のほうが私にはお似合いだろう。

悲しい歌を聞こうと思った。せっかくひとりきりなのだ、たっぷり自分を甘やかしてあげよう。

君のいない、私のこれからを歩んでいくために。

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さよならをする はる @flower_05

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