第45話 赤い時計に宿るモノ

【池田先生】発見の翌日。


 高羽たかば署、岩屋いわや署に勾留され、【岩城中学校および学校周辺公共工事にまつわる収賄事件】の取り調べ中だった日善中学校校長【島内しまうちまこと】と同教頭【吉岡よしおか美桜子みおこ】は、【池田侑一朗殺人幇助ほうじょ及び死体遺棄容疑】で再逮捕された。


 日善中学校教師【浦川うらかわ秀司しゅうじ】は二件の【営利目的等略取りゃくしゅ事件】で、志都和しずわ署に勾留されていたが、島内・吉岡に対する【恐喝・強要容疑】、【池田侑一朗殺人及び死体遺棄容疑】と【久保くぼ知広ちひろ殺人未遂容疑】を追加し、こちらも再逮捕された。


 しかし、知広が夏目に示唆しさし、朱鳥神社で発見されたのは【池田侑一朗】の遺体ではなかった。


 だから、佐倉刑事から、池田侑一朗殺害に絡む容疑で浦川ら三人が緊急再逮捕された朗報がもたらされた時、知広達は皆、喜ぶと同時に狐につままれたような気持ちになった。


「あの時、見つかったのは池田侑一朗先生の【お父さん】だったんですよね?」


「そう。夕さんが中学生の時に担任をされてて、十五年前の土砂災害で行方不明になっていた【池田いけだ慎一朗しんいちろう】先生だよ。何年か前に山が崩れた時に遺体が表に出て来たみたいだ。ずり落ちた神社がその上に移動していた…信じられない奇跡ミラクルだよ」


 知広に言われて、佐倉刑事と一緒に朱鳥神社を調査しに行った夏目は、知広が教えた北西の角で、懐中電灯に反射する光を確認した。佐倉刑事が掘ってみると、そこに白骨化した腕が埋まっていることがわかった。光った物はレインコートの袖口についた反射材であった。近くの地面からは、親指程の大きさのびた鈴が三つ出てきた。


 夏目は「あっ」と叫ぶと、手や服が汚れるのもいとわず、遺体を掘り出そうとしたそうだ。「先生、先生…」と何度も呼び掛けていたという。


 黒いレインコートと鈴を目にした夏目は十五年前の出来事を思い出した、と…


「まさか、このタイミングで池田侑一朗先生のお父さんが発見されるとは思わなかったよ」


 そう言った佐倉刑事は何故なぜかニヤリとした。


「でも、これは使えると思ったんだ」


 佐倉刑事は高羽署に掛け合って、勾留されていた島内校長の取り調べに立ち会わせてもらったそうだ。


「え?でも、遺体は【池田侑一朗】先生じゃないんですよね?」


「うん、違うよ。警察の取り調べではね、嘘や脅しは絶対にいけないんだ」


「そりゃ、そうだろが。勿体もったいぶるなよ、大知だいち


 大輝が早く真相を知りたくて、ウズウズしていた。知広はそんな大輝を見ていて、気がついた。ヒトを食った性格で大胆不敵。そして、肝がわっていて、本番に強い。大輝そっくりのこの伯父上ならばやりかねない。いな、絶対にやる。


 …なんてこった。さすが、佐倉刑事。


「本当のことだけを言ったんですね」


 朋也も思い当たったようで、形のいい唇の端を吊り上げてニヤリとした。


「そう。本当のことだけね」


 佐倉刑事は可笑おかしそうに笑い、おどけて片目をつぶってみせた。


 真相はこうだ。佐倉刑事は島内校長に告げた。


【池田先生の遺体が御釈蛇ミシャクジ山の土の中から見つかった】、と。


 知広の予想は当たっていた。


 佐倉刑事からそのことを聞いた島内校長は【浦川に脅されて、池田侑一朗を呼び出したこと】と【浦川が池田侑一朗を殺したこと】と、【池田侑一朗の遺体を埋めるのを手伝ったこと】を自白した。

 池田侑一朗が埋められていた場所は、翌日に土を盛って平らにする予定になっていた岩城中学校の東側の崖下だった。三人で穴を掘って池田侑一朗を埋めたその上に、翌日の工事で重機による盛り土が追加された。

 島内校長の自白内容を岩屋署の吉岡教頭に確認すると「間違いありません」と言って、項垂うなだれた。


 佐倉刑事は発見された遺体の【池田先生】が【侑一朗】ではなく、【慎一朗父親】であることを言わなかった。島内校長も吉岡教頭も勝手に観念して、勝手に自白したのだ。佐倉刑事の張った罠に落ちた。


 そして、浦川は殺害を否認しているが、池田侑一朗の遺体や岩城中の防空壕に残されていた指紋や毛髪や体液や、他にも何やかんやと、もはや言い逃れ出来ない物的証拠がわんさか出てきたそうだ。


 どうも、浦川は【校長と教頭の収賄事件】と【池田侑一朗が警察に告発しようとしていたこと】を知っていて、島内校長と吉岡教頭から金を脅し取っていたらしい。


 知広達の冒険の発端になったあの【PATRICK PHELPSの赤い時計アイオーン】も、浦川の自宅の金庫から発見された。


 取り調べが進むうちに、不幸中の幸いが二つ見つかった。


 一つは、紗月の父親の【タツミ社長】が、池田侑一朗殺害には関わっていなかったことだ。これを知った紗月は安堵し、母親と手を取り合って泣いた。「お父様は馬鹿よ、大馬鹿者よ。帰って来ても社長の座なんてないわよ。工事現場でこき使ってもらうんだから」と言いながら、母親と二人で号泣したそうだ。


 もう一つ、【神谷かみや絵里奈えりなの母親】と浦川は不倫関係ではなく、あの日どうにかなりそうだった所を未遂で終わっていた。母親は猛反省し、知広が偶然に居合わせて良かった、と泣きながら感謝していたということだ。


 そして、あの【赤い不死鳥の時計アイオーン】はというと、ひょんなことから知広が持ち主になった。「私が持っていても宝の持ち腐れです。あなたに持っていて欲しい」と、本来の所有者から鑑定書と一緒に譲られた。


 夏目の担任の先生の妻で、紗月の担任の侑一朗先生の母親である【池田志津子いけだしずこ(本名)】が、父子の遺体が発見された連絡を受けて、岩出いわで県から、はるばる瑞城町までやって来た。


「お陰様で二人ともやっと弔ってやることが出来ます。生きていなかったことは悲しいですが、夫も息子もこんなにも深く生徒さんに慕われていたことが私にとっての救いです。息子に手をかけた犯人も捕まえていただき、大変感謝しています」


 佐倉刑事から赤い不死鳥の時計アイオーンを受け取った池田志津子は寂しそうに微笑んだ。


「でも、こんなことになってしまって…やっぱり、この時計は呪われていたのでしょうか?」


「えー?でも、時計この子、全然そんな感じしないよ」


 山の主だったり、朱鳥さまだったり、生き神様だったり、線状降水帯をアッサリ霧散させたりもするけど、将来的には管理栄養士を目指している得体の知れない女子大生夏目明が【赤い不死鳥の時計】を見て、ひょいと口を挟んだ。


 本物の【PATRICKパトリック PHELPSフェルプス】の鑑定書を興味深そうに見ていた朋也が首をかしげて、池田志津子に問う。


「最初にこの時計を贈ったのは、どこの国の方ですか?」


 それは不思議な質問だった。


「確か…父の【友人】はスイスの方だったと聞いています」


 戸惑った顔の池田志津子が答える。朋也はスマホを操作し、画面を確かめた後、知広を魅了するあの清々しい微笑みを見せた。


「鑑定書の裏に【Allegraアレグラ!】って書いてあります。これはスイスのロマンシュ語です。フェニックスは【不滅の友情の証】です。この時計が人を呪うはずがありません。この時計の贈り主はただ友人の幸せを願っています」


 Allegra!(あなたの幸せをお祈りします)

 そうさ。


 ――――――この友情は不滅だ。

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