輝く女性達

しおとれもん

第1話 さらば バリーガール




 


  


令和2年クリスマスイブ。

ガンメタリックのアルファロメオがスムーズに後方駐車をする。粉雪がチラついていた。

 あれは43年前、あのときと同じ鈴蘭の丘パーキングで。

 鈴蘭の丘にも粉雪がちらついていたかもな? 忘れた・・・。

ドゥルン! スピードスターのエンジンを切りグローブを脱いだ。

 赤いマッキントッシュの中からスタンウェルの青パッケージを取り、肺が飽和になる程の煙を吸い一秒だけ息を止めた。 

 フゥーッ!と肺胞の白い煙を吐いたらラジオから女性大臣誕生のニュース速報が・・・、  令和初総理指名の無党派女性大臣のプロフィールが元暴走族レディースの総長だった事が問題で、ましてや彼女の佇まいが県立鈴蘭医科大北医療センターの看護師出身という経歴の持ち主だった事から勅使下向(ちょくしげこう)政権の衆議院議会は俄かに沸き立ち全国を駆け巡るトップニュースとして、何度も何度もニュース速報が流れていた。

「もう、インフルエンサーか・・・。」と、呟きラジオに耳を傾ける。

「半グレの政治家国交相誕生!」それを聴き何故かニヤリと口角を拡げて微笑み続け、二回頷くとともに二拍手をした。

 腰までの黒髪をスパッと切ったショートボブの裾を掻き揚げる。

「女性総活躍時代じゃないか、やるねえサキ。」ハッ、としてスマホを取り出す。

 「アイルビーバック、フロームナウ。」

ギュルルンドッド、ドドッ! 

 駐日イギリス大使の夫の元へすぐ帰ると言い、「今年の走り納めだ、ロッコウ!」 バォンボォー! フィリップ・イケナガナオミ所有のスピードスターが滑る様に闇に消えて行った。


 1978年12月クリスマスイヴの夜。

「ケン、ケンの妻になりたかった・・・。」疼く腹を押さえ嗚咽の口を開けるまいとして抗うが、それでもユルユルとリップが歪み歪んだ口をただただ、憚らず泣いていた。

 迸る嗚咽に溺れていた。

 子供のように、叫ぶように・・・。嗚咽が零れる。

 止め処なく溢れ来る涙にキッパリと過去を断ち切る孤独の少女が寒空の下、冷気に抱かれていた。冷徹なアスファルトが痩せた背中を凍らせる。

 上空のギャラクシーが凍って、消し忘れたダウンライトのような満月が、ハッきりと三咲を見詰めていた。

その2時間前・・・。


 等間隔に並ぶ墓石には過去の生き様を反映させた威厳がある。

チラチラと粉雪がちらつく真夜中の鵯越墓園のパーキングの隣地に鈴蘭の丘パーキングがあった。

 白地に赤の旭日旗を背負った赤いライダースーツの一人を中心に丸く円を描いた戦闘服十七名が跨った中型バイク十七台が威嚇する。

 バォン!ブォンブォンブォンブォン! 素早いハーフスロットルで指を離して元に戻しアクセルをムダに回した中型バイク十七台の空吹かしの下品なエンジン音と、鈴蘭の丘パーキングに停めた青いナナハン一台に跨り静観している者は、腕組みをしていた。

 誰も居ない右隣の同じナナハンのアイドリング音をベースにリズムを取りスポットライトの様な十七個のヘッドライトで賑わっていた。ロンドを形成していた。

 

 鈴蘭の丘は一里山の北斜面を開発した切り土、盛り土の成果で出来た墓地と丘陵を利用した草原の台地を若者受けする高台が、初日の出暴走を敢行する格好の暴走族の聖地となっていた。

 全員フルフェイスを脱いでいた。

17名の中には、角刈りの長い前髪をジェルで角の様に固めて、ササクレ立った心模様を表しているような者や、全てを諦めたかのように丸坊主の後、カミソリでツルツルに剃ったスキンヘッドがその中に居た。

 眼がギラギラと光り耀いていた。コヨーテのように・・・。

 まるで死闘を果たして負けた方の喉元にとどめを刺し血肉を貪る獣の様だった・・・。


 ほとんどが、マフラーをカットしたKABAYAKI FX400CCだった。

立ち枯れたどんぐりの木に瀕死の枯れ葉がしがみつき、それを落とさんばかりにカラカラと渇いた風が吹いていた。

「今からレディース紅生姜(べにしょうが)を解散する!」総長の宣言で中型バイクに股がった総勢が愕然として174㎝あるショートボーイッシュの庄屋三咲(しょうやみさき)総長を見詰める360度の輪の中心に向かった円形の視線に刺された直美はグルリと部下を見回し、「そう言う事で皆に集まってもらった。じゃ、気いつけて帰れよ?」

「待ってくれサキ総長!」

三咲が背中を向けた時、一台の大型バイクから降りた池永奈緒美(いけながなおみ)が問い質し、威嚇する中型バイクを縫うように三咲に近付きロンドを描いて見守る少女達の方へ大声で内部告発をした。

 左胸のユニオンジャックが膨らみ煌めいていた。

 三咲よりも長身の奈緒美が三咲を見下ろして華奢に見える三咲を睨みながら、「おいみんな、重大な報告だ!」全員に聴こえるように視線を外さず大声で拡声していた。

 左胸のユニオンジャックが踊る!

「こいつ男が出来たらしいぜ?」

「ナニー? やんのかコラ!」間髪入れずメンバーが反応した!

 ヒュー!ヒュー!ブォン! パラリラパラリラ! クラクションと指笛やヤジが二人を挑発していた。

 奇声やカラ吹かしが斜めに横に跳んで行く!

 バイクのアイドリング音より大きい怒号が鈴蘭の丘と鵯越墓園に鳴り響いていた。

「なんだ、マジかよ!」冷静に思考を凝らし、ガッカリした声が多かった。

「オトコに焼き入れろよ!」憎しみを込めた睨みの視線が三咲に刺さる。 愛するケンを守る! ソウルが燃えていた!

「タイマンだぞサキ!」ケンカの女帝、庄屋(しょうやみさき)が構えた! 両耳のタブが露出して右に左に蝶の様に暗闇に踊っていた。

「来いやサキ!」バン!

三咲が防御する前に池永奈緒美の右回し蹴りの痛烈なトゥーキックが三咲の左腰上の横腹にめり込んで腰まである黒いストレートが翻っていた。

「グアッ!」ガクリと左膝を突いた!

 400CCの中型バイクから降りたコヨーテ十七人が一斉に庄屋三咲に飛び掛かった!

「止めとけ!お前らが敵う相手じゃない!」即座にピタリと停まった。シューー、鈴蘭の丘の車道から往来する騒音が上がってきた。

「今からアタシが紅生姜の総長だ!」白い息が立っては消え真逆のラニーニャ現象に一発で沈められた三咲が仰向けにダウンしていた。

「六甲回って帰るぞ!」星降る墓石が立ち並ぶ。静かだった。

「ヤーッ!」ソプラノが吠えた!従順な兵士達が新総長に従う。

 バゥン!

バンバンバンバン!ドドー! 弾道ミサイルが一列になり巡行している様だった。

 一撃で庄屋三咲を沈めた池永奈緒美に屈服し、追随していた。

鵯越墓園の闇に抱かれた三咲の涙は止めどなく・・・、溢れ流れていた。

 北風に吹かれた三咲の耳は冷え固まり指で触っても分からないくらいに冷え、痺れていた。

「ケン、思い切り好きだ!ライクじゃあ無い、妻になりたいよ・・・。でも、ダメなのよ、バイバイ・・・。」意識が遠のく庄屋三咲、十七歳の年の瀬だった・・・。

粉雪から灰雪になり、やがては粒の大きい綿雪となり、音も無くしんしんと降り積もる。時々、ふわっと北風に浮き上がったかと思うとストンと堕ちる。直美の身体に寄り添った・・・。

 ビュルルー、からっ風が三咲の涙と呟きを拐って行った。

 仰向けに倒れた赤い革のライダースーツにはクッキリふっくらと、胸の膨らみの丘が外灯に晒され光と陰のコントラストを形成していた。

 北風が三咲の腹を舐めた刹那、いきなり下腹を押さえ「いってエー!ウグッ!」悶絶する三咲は溜まらず尻ポケットからポケベルを取り出し、0848451(オヤジハヨコイ)と助人を呼んだ。


 パン、パパパパン! 「メリークリスマス!」

イブの夜にケンの自宅リビングで一人浮かぬ面持ちを浮かべて、タータンチェックのような刺繍らしい毛糸のマフラーを手に持ち、見詰める様にぼやけた視線を向ける北条ケンは、「サキ・・・。」

 ハアー、とリビングのフロアーにへたり込んでおにぎりの様に膝を曲げ抱えて座り、正三角形を形成していた。

 ラジカセから流れる(チャンピォン)のBGMに漂うケンの青春時代は過渡期を迎えていた。

「カラアゲ好きぃー!・・・。」同級生の女子がはしゃぐ・・・。

 何も知らない同級生がケンの家族と共にはしゃいでいたが、ケンはこれまでの時系列を振り返れずには居られなかった。

 出会いは軽音楽部の朝練が終わった夢の町商業高校(ゆめのまちしょうぎょうこうこう)2年5組の学級編成のあった翌朝の教室だった。

 長身の庄屋三咲は登校が早く、至近距離でマジマジと正面から拝ませて貰った・・・。

 実は勉強が出来るが、悪ぶったスケ番がタイプ!

 一目惚れだった。口を半分開けフォークギターを抱えて見惚れていた。

 この翌朝からケンは、朝イチで登校し、5組の教室で三咲を待ち伏せすると、偶然を装って「あ、オハヨウ、庄屋さん。」

 殆どストーカー紛いのケンだった。

「チイース、…はよ・・・。」ドン!と、ピーナッツバッグを机に放り投げ椅子にドカッと腰を降ろす。

「で、誰?」見た事のないオ・マ・エと言っているようだった。

「ケンだよ、北条ケン(ほうじょうけん)!」椅子の背凭れを持ち乗馬の様な座り方で直美の気を引く。抜けるような青空、放射冷却現象の寒い朝だった。

「へぇー、ほうじょうマサコ?・・・センコーのところに朝刊あるから取ってこいや!?」明け透けな直美の欠点は胡麻すりが出来なかった事だ。

「ハイッ!イキマス。」こんなやり取りが早朝の始業前に行われていたが、ケンはケンで十分幸せだった。

 思い出と忘却の狭間を去来していた。

ケンは何故フラれてしまったのか分からなかったからだ。

「普通のケンが好きだよ?」東山と湊川の間にある大きな公園で自転車の二人乗りをしていたケンは、「エッ?なんか言った?」バコン!「二回も言わせるなボケ。」素の三咲は手強かった・・・。

「イッテエ?。」と言いながら荷台の三咲の胸の膨らみと熱い鼓動のノーブラのトキメキを背中で感じ取り、三咲の体温と果てしない感触だけが、ケンの今生きている刹那の証だった。

 ケンと三咲のパルピテーションの中の熱いシンパシーが育ち始めていた。

 それは永く続く筈だったが、公園での自転車二人乗りを境に池永奈緒美からの二人の支持率は急落・・・。

「なんで、サキがブサオと遊んでいる訳だ?」

「サキのチーム愛とブサオへの愛が拮抗しているかもだよ。」

「示しが着かん!別れろ。断交だ!」とでも言われたのか、三咲の考えは卑屈になって行った。

「アタシと付き合えばケンに迷惑が掛かる。レディースを脱退若しくは解散させよう・・・。」窮地に追い込まれていた。

 池永奈緒美(いけながなおみ)はUSAのジェニファーロペス張りの高身長に切れ長の両脚、離れた眉根とキリッと締まった長い眉毛が広い富士額の演出をしていた。

 そして、鋭利な下顎の顔立ちが輪郭が鮮明に存在感を際立たせていて、腰までの黒光りするロングストレートは遠目に見ても判然と佇まいが視認出来るからバリカーの上に腰を降ろし、背中を丸めて存在を消してはしゃぎ回る二人を観察していた。

「ケンと別れて総長を引退して、紅生姜を解散させろよ?」座っても池永奈緒美はと三咲体格差があった。

 座高を伸ばし、足を広げ両手を膝上に置き三咲を見下ろす格好になっていたが、三咲は核心を突かれるのをおそれているかの様に縮こまって俯き両手の指を組んで膝上に置いていた。

 時々指を絡めたり、モジモジしたりして頬を赤らめ、口を動かし何かを言おうとして奈緒美を見たがその迫力に圧倒され少女の様に肩を竦めすぐさま俯いた。

 こんな不祥事にはキッチリとケジメを着けさせる。

 例え配下チームの総長であっても! これが池永奈緒美流の政策だった。

 テコンドー2段は、三咲を遥かに凌ぐイージスアショアの様な戦闘力の持ち主で、庄屋三咲が弾道ミサイルならば、迎撃100%のトマホークの対決は大人と子供の戯れに過ぎず三咲は池永奈緒美の足下に及ばない実力だったが、三咲の流した血と涙は、何故別れなきゃならん?愛していたのにラブだよラブ!・・・、それに何故歯が立たない?

 チームからのリンチを抑制の為の一芝居だったが、今度だけは痛み分けに持ち込みたかったダケに、大勢の部下の前に一撃で倒されては、紅生姜の総長としての威厳がなくなるじゃないか!?いや、もはや総長は引退したが・・・。

 ケンと別れたくはなかったし卒業まで続いて欲しかった。

 手編みの白いセーターをアタシだと思って着てくれているかな?

 例えレディースの総長であっても乙女心を持ち合わせていた。

 フッ! 笑いが独りで出た。

「あー、もうッ! やめヤメ!」

布団を頭から被る。

 しかし、ケンの笑顔や間抜けな表情が浮かんでは消え消えては浮かび、諦めたか頭を出して東すずらん総合病院の個室ベッドに仰向けに寝た。

 テンカセから暖かい空気が流れ出ている。

スルスルと、音もなく病室の片引きドアが開いた。

 全ての病室のドアは片引き戸だ。

「ドラマチックだね、イブの夜に盲腸炎だなんて。」

「お父さんに連絡付いたからお正月にはメデタく退院できますよ、庄屋三咲さん?」

ニコニコとした面持ちの丸い銀縁の眼鏡をかけた丸顔な頭ツルツルの小太りが白衣を着た主治医が低身長の男で後ろ手を組んで立っていた。腹は出ていたが、愛嬌があった。

 そして主治医の背後からベテラン風の看護師がバイタル測定の器具を乗せたカートを押して佇んでいた。

「テレビつけてくれセンコー?」ティーンエイジャーなのに偉そうだった。

「は?」ニコニコ顔が消え言われている意味さえ判りかねる。

 そういった表情でを三咲見ていた。

「あ、ハイハイ、テレビね庄屋さん?」そう言った看護師の彼女は、三咲の顔を見ないでテレビリモコンのスイッチを手際よくオンにしていた。

「ニュース速報をお伝えします。日本のGDP(国内総生産)が中国に抜かれ世界第3位になりました。一位のアメリカGDPは19兆4854億ドル、二位の中国GDPは12兆146億ドル、そして三位に甘んじた日本のGDPは4兆9732億ドル。」うーんと、皆が皆、微妙な感心の仕方をしていた。

「これと連動したかにみえる政府与党では入管移民難民法改正法案を提出し、野党が牛歩で抵抗する中、強行採決を実行し可決されました。これに反発した全野党は・・・。」ミッドナイトニュース11という深夜の報道番組が、日本の行く末をリアルタイムで報道していた。

「何だ国内総生産って?」主治医に聞く。

「グロス・ドメスティック・プロダクトと言って日本国家内で生産された財やサービスのことですよ庄屋さん?」看護師が直ぐ様答えた。

「そうか政府の公共工事発注が減少したから支出が数%低下した訳だネ!?それに中国経済は日中国交正常化の後だったから素晴らしく原価と売り上げが顕著に乖離した訳だろうよ?しかも中国で採掘されるレアアースが、継続的にアメリカが輸入しているから経済は安定しているんだなあ。」フムフムと頷く主治医を見た。

「でも単純に人口を増やしたところで人種ミックスの日本は犯罪の巣窟になってしまわないかなあセンコー?」

「センコーじゃない天野医師だ、GDPには輸出は関係ない!」と言いつつも、良く勉強しているネ?と、三咲の博学に舌を巻いていた。

「だけど、中共のやることには皆そればかりを視て、ナーバスだけどな!?」

「秘かに外国々籍の人がやっている闇の事、分かっているのかセン?イヤ、天野先生。」うんうんと首を振ってから「いーや、知らん。」相変わらず後ろ手を組んでいて、天井を向き吸音ボードの孔を見ながら吐露していた。

「日本の国土を次々と買収して行くんだ!全部で500ヘクタールにも及ぶという訳だ!」

「しかも対馬は東アジア諸国の資本によってリゾート開発されているんだぞ!?」

「このまま行くと日本は外国資本に蝕まれてアンチガバナンス状態の国になっちまうんだ、よね天野センセー?」ええッ!両手を万歳した!  お手上げ状態だった。

 病院敷地内にある「林檎と蜂蜜」のカリー公園も人手に渡ろうとしていたからだった。

 外国人が日本の水源地に当たる山奥の山林や宅地を買い漁っていることをニュースで理解していた三咲はそれを憂いレディース紅生姜の部下と共に市役所の市長室へ訪れて「外国人の日本国土買収を阻止してくれ!」と、直談判したが、「それは国土交通省の仕事だよ?貴女の決意が強いなら衆議院に立候補して国交相にでもなるんだな!」と、けんもほろろに追い返されていた。

 この経緯を三咲から全て聴き、三咲の主治医は「そうなのかー、まあ政治家は利用できる物は何でも食らい付き用が無くなれば容赦なくポイッ!だからねえ。」半笑いで三咲をマジマジと観た。

「義理人情に熱い極道とエライ違いだよ?」

「庄屋さんも強者に媚びへつらう極道の政治家になっちゃいかんよ?」両手を白衣のポケットに突っ込み出て行く前に

「極道の政治家たち。」二歩歩いて止まった。

「ごくせい・・・。」

「なんつってねー。」一人でプププッ!と口に指を当てて両肩を揺らしながら地味な笑いを繰り返した後、病室を出て行った。

 ベテラン看護師も無表情で主治医に従い病室を出て行った・・・。

 政治家と言えば国交相か、「そうだ!痛ッ!」ガバッ!と跳ね起きたが、盲腸を切除した箇所から劇痛が走り、下腹を押さえてベッドに横たわってしまった。

「まだ激しい運動をしちゃいかん痛いぞ?」天野がドアから顔だけ覗かせ言い忘れていたがお大事にと言い、行ってしまった。

「先に言えや!センコー先生!」仰向けで静かに文句を言った。

「センコーじゃないドクターだ、また来る。」強い総理大臣になりなはれ? 意味深な言葉を投げ捨て、主治医と看護師が病室を出ていったと同時に取り出したスマホで三咲は電話をかけていた。

「ナオッチか?」池長奈緒美とは、親友だった・・・。

「辺野古を埋め立てるよりもいい考えがある!尖閣諸島の米軍基地化だ。中国とイランが近くなるからUSAは願ったり叶ったりだ!?」

「外国資本の青田買いを阻止する為に新たに規制を設けなきゃあ!」矢継ぎ早に早口でまくし立てた。

「イテテテ、蹴り過ぎだぞ。少しは手加減してよねオ・マ・エ?」左腰を押さえて歪めた顔で苦情を告げた。

「・・・、力が入っちまったとか言うケド、本気だったろ?」

「オイ切るな待て待てまてまて!」

「外国資本だ!」

「青田買いだ! 基地だよ?」

 スー、と音もなくスライドドアが開く! お父さん?「ウガッ!い、息デキねえ…。」

 三咲の白く細い首を羽交い締めにしていた!

「テメエふざけんな!」

池永奈緒美見参!声を圧し殺して低音で凄む、両目はギラギラと耀いていた。

 力を緩めると奈緒美の胸へグターっと、力なく凭れ「お父さんが、朝月新聞を反日だ! と嫌ってさ? ハアー、フワフワだな、オマエのオッパイ・・・。」三咲の額を指で弾き「ルせえ!」ビアンかよと言いながら三咲の頭を優しく両手を添えて寝かせた拍子にチュッと唇にフレンチキスをした。

 黒く長いストレートを指で解かし、毛先を伸ばして「ユックリ寝ていろ、政治家みたいな話しは明日聴くよ?」微笑みを残してツカツカと廊下へ出ていった。ニーハイブーツがコツコツと音を立てていた。

 奈緒美が来てくれた事が安心したかのようにスースーと軽い寝息を立て微笑みながら熟睡していく庄屋三咲だった。

 窓の外には粉雪から大粒のボタン雪へと変わり、ホワイトクリスマスとなった朝・・・。

 赤い帽子を被りサンタの白髭を付けて現れた池永奈緒美だったが、悲しいかな黒髪のストレートにはお似合いではなかった。

「サキが総理大臣かよ!?」眼球が飛び出さんばかりに驚いた池永奈緒美が三咲のベッドの傍らに佇んでいた。

「んで、アタシが暴走大臣か?」

「そんなもんあるかよ。防衛大臣だよ。アタシが総理になったらまず推薦はしないわな?」プッと吹き出しながら三咲の電話相手にリアクションしていた。

「ジョークさジョーク。」尻に両手を当てて弁解した。

「いやいや、主治医に薦められたんだナオッチ?」いつになく饒舌な直美を見詰めていた奈緒美に話し続ける。

「アタシは女だから誰にも何処からにも、マークされてない。」

「ツマリ、ササッと裏から手を回してササッと立候補してしまう訳だ!」

「女性総活躍時代だからな。」ベッドのフェンスに手を掛け、屈伸をしながらモノを言う・・・。

「緑のおばさんの都知事みたいに新党を作るんだろうが止めとけ、ロスチャイルド家がサキの敵になってサキの眼前に立ちはだかっても助けてやんないぞ?」屈伸を止めてベッドサイドに立ち腕組みしながら腰をベッドフェンスに預けた池永奈緒美が呟いたとき、ガバッ!と跳ね起き「痛て、ててて!」

「よく知っているな、ナオッチ?」三咲が奈緒美の顔を見上げた時、奈緒美の毛髪にキューティクルがツヤツヤと黒光りのストレートロングヘアーがガンメタ色に発光し、緑のオーラを形成していた。

 スーパーなんとか人みたいだと、見詰めている三咲に、「勉強しろよなオマエ、常識ダゼ?」勉強アレルギーの三咲は政治・経済の書物を子守唄がわりにしていた。

「どうやって勉強するんだ?」端的に素朴な万人でも理解できる、よくある質問だったが、「じゃあな、また来る。」左手の肘折れで手を挙げて背中でアバヨと言っていた。

「雪が積もってるだろナオッチ?」病室の窓は北側の壁に採光を設けている。

 気いつけて帰れ! と、いいかけたがもうニーハイブーツのヒール音を残して影も形もなかった・・・。スノータイヤだよー。と、歌う様に行ってしまった。

 思えば一年半前、彼女とは敵対していたが腹心の友になるのも簡単だった。

 天井を観ていたが三咲と奈緒美のレビューが映し出されていた・・・。

  一年半前鈴蘭の丘、夏。

 カーン! カーン!・・・

大型重機のパイルドライバーが鋼管杭を叩き地中深く打ち込んでいた。約20m深くに。

「オマエ、叩きのめしたるッ!」拳を前に構えて威嚇する三咲を物珍しそうに見詰め、「隙だらけだな。」奈緒美の直感だった。

 戦闘モードでにじり寄る二人の背後では無音の中型バイクと、大型バイクが二人を静観していた。

「1分だ!」右人指し指をピン!と立て指を伸ばし風を読む・・・。

「ゴルファーかっ!?」

 時折強烈に鋭利なナイフの様な西風が吹くときにだけ、笑みが溢れる。

「掛かって来いやチンピラ喧嘩屋!」ダッ、と三メートル先の池永奈緒美目掛け突っ込んだ!「オラッ!」三咲得意の右フック&肘打ちが外れた!それは長いリーチの池永奈緒美が三咲の頭をガシッと、鷲掴みに両手で挟み力づくで下に抑え込んで膝げりを何発も何発も三咲の顔面に容赦なく撃ち込んでいたからだ! ようやく手を離した奈緒美によって地面に叩きつけられた。

 炎天下に蒸れた緑の匂いがした。

前歯が二本折れ、裂けた口内から夥しい血液が流れ出ていた。

三咲は微動だにしなかった。

 いや、できなかった。

三咲の後頭部には、池永奈緒美のピンヒールが突き刺さっていたからだ!

 グリグリと何時までも垂直に全体重を乗せられた三咲の後頭部は、皮が捲れ白い頭蓋が姿を現していた。

 ヒールの動く度に後頭部から鮮血が噴出していた。

 「ウーググ・・・。」力なく池永奈緒美の足首を掴んだ!そして両手を添えて上へ持ち上げ地面に食い込んだ顔面を浮かせて「負けました。」そして、堕ちた・・・。

 何処か遠くからキリギリスの鳴く声が西風に乗って聴こえていた。

 マサに一分だった。

「ヨッシャ!根性出したな。」右膝を突き三咲を仰向けに返し三咲の背中を優しく抱き上げ頭を右膝に乗せ、両手で顔を挟んで口許を見た刹那、「うまそうなブラッドじゃないか。」

ニヤリと笑みを浮かべ馬乗りになり、長い舌を伸ばして直美の口回りをしきりにペロペロと舐め回したかと思うと「いや、やめ!」止めろと言い掛けた三咲のリップを塞ぎ舌を入れた。

 ヌメヌメと蛇の様に絡み付く池永奈緒美の舌を感じ、軈て眼を閉じた三咲の両頬が紅潮して行く。

 ダラリと力なく両手は堕ちていた。

 そしてリップを離し、「ごちそうさんアタシは池永奈緒美、アンタの名前は?」

「庄屋三咲・・・、です。」初めての敬語だった。

 池永奈緒美に抱かれた膝上の三咲は「ドラキュラかよオマエ。」言った瞬間ハッ!とした顔で直ぐ様訂正をしたのは「あ、スイマセン奈緒美さん い、池永さ・・・。」敗者は勝者の下に就かなければならないレディース達のコンプライアンスがあったからだ。

「年齢は為だから無理しなくていいナオで、」優しい微笑みを直美にくれてやり、「三咲、今日からオマエが紅生姜の総長だ、アタシが副総長だからな。」

「日本の劣等生を改造する為だ!」こうして新生紅生姜は国内で大きな組織となり県下の小さなグループの隊長17人を従え総勢一万五千人を超える巨大組織に成り上がった。着実に議席を延ばしていた。

 そしてプライベートな会話では度々鈴蘭の丘へ立ち寄る。

クリスマスイヴの日に盲腸炎で緊急入院し、一週間で退院した三咲は19歳になっていた。

 

 晩夏。 

メイン道路から一〇メートル高い鈴蘭の丘に居た池永奈緒美は、隣のバイク上の三咲に、

「暑いな、汗ベットリだよ。」ライダースーツのジッパーを臍上まで下ろし両手でパタパタと扇いだ。

 裸の腰の括れが白くクッキリと見え隠れしていたそれを「ストイックなボディーよね・・・。」と、鑑の様な感想を持ち合わせていた。

 ライダースーツの中の三咲はそうすべきか否か、躊躇していた。

 ある意味池永奈緒美が羨ましかった。

普通に普通の行動をしている事が、見られているのに全く意に介さない。

 破天荒ぶっていたけれど張子の虎・・・。

屏風の中から出られない虎・・・。

「裸の女王様だよ。」涼しげな眼差しを三咲にくれてやる。・・・。

 口角が上がっていた。

「ガバナンス上等!」うんうんと頷き、三咲に言い聞かせる様に・・・。

「なあ、総長?」背筋を伸ばしフルフェイスを小脇に抱えた。

 意識の旅から連れ戻された三咲は、「お・・・、」

「おう・・・。」

「でも、ナオッチがいるから・・・。」

言葉を溜めた三咲がうつろに言う。

「ナオッチが居るから締まっている?」眼がウロウロしてやがて建設中の単管を組んだ6階建ての新ホスピタルに眼が止まった。

「締まってると思うよ・・・。」ナナハンのエンジンを切った、ドルーン・・・。背中が西日に晒されてムンムンした空気が三咲を包んでいた。

 赤い怪物が大人しくなり、代わりに一〇メートル下から車道のノイズが上がって来ていた。

 金属の膨張がミシミシと収縮して行くノイズがそこかしこに発音していた。

 赤と黒の燃料タンクを指で触ると火傷しそうな位に熱い。

 真夏と言うのに秋の虫がそこら中で鳴いていた。

「自信持てや三咲?」宥めるように・・・、諭すように・・・。

「なんか拗ねてるのか?ヤキ入れるぞ、オマエ?」いつになく冗談ぽいし、お姉さんだ・・・テノールが早口だった。

「自信か・・・、自信なんかないよ。」歯が立たない、と言いかけて下を向いた。

 燃料タンクの赤からユラユラと陽炎が立ち上がっていた。

「アタシは・・・、ナオッチに負けたんだょ?」真横を向く、完敗をリフレインしていた。

「な、なんとかの虎じゃないか。」喉がつかえた風に上胸を叩いていた。

「張子の?」奈緒美がフォローすると、「は、ハリハリ?」

赤と黒のタンクが並行して停車していた。

 長々とシートから伸ばした両脚が地面に着地して踵も着地していた。

「アホ、だろナオッチ?」言葉を濁したのが奈緒美への忖度なのか・・・。

 両手は左右のハンドルに突き、上体を預けて、これがバイク上の休息だった。

 西側を向く三咲の顔面に沈みかけの西日が射さる。

防音防塵シートを取り払い足場も撤去、竣工した県立鈴蘭医科大北医療センターを見詰め・・・。

「分からないよ。」意外だなと顔をして三咲を見詰めた・・・。

「なんか三咲、オマエ激しく乱高下しているよな?」パーラメントを1本、火を点けずに三咲へと差し出した。

 いらないと右手を振ったが、「なんだ、いらないのか、パーラメントだぞ国会議員だぞ?」取り出した1本を器用に紙箱に納めるのを見届けた三咲は、「それを言うならメンバーオブパーラメントだ。あそこ、看護師を募集してるんだ。」と、呟き天を仰いで腹式呼吸を二回繰り返した。

 頭上をクルクルと回るアカトンボが見えた。

「お父さんが保守だったからな・・・、女のタバコは。」

 三咲の父親は田中角栄元総理のフォロワーで、バリバリの保守だったから田中角栄が総理に収まっていた頃は、毎朝に朝刊を隅からすみまで一字一句欠かさず読み時々、「うーん。」三面記事を睨み。

「なるほどな。」朝刊を拡げめくって縦に半分に折った。

「マダマダやなあ・・・。」と、感嘆していたから三咲の直ぐ傍に政治は有り、三咲は父親の影響を受け日本の政府や政治に関心を示していた。

「へえ、キャッチャーをやってるのか、プロ野球?」

 ププッ!と吹き出した三咲は、「アーッホ、やろナオッチ?」右横の池永奈緒美を一瞥してからセルを回す。

 ギュルルン! ドッドッドッ!

 お互いサマ・・・と、左耳から抜けていった。

気持ちよかったんだ・・・スベスベして・・いて、力が抜けて・・・、お母さんのような、もう死んじゃったケド・・・。

「何考えてる三咲?」再び旅から連れ戻された三咲はそそくさとフルフェイスを被る。

 「オッと、何でもないよナオちゃん・・・。・」少女の微笑みに為っていた。

 ドルルン!アクセルを空で回して赤い怪物を覚醒させ、「ロッコウ!」右手を振り短く強く叫んだ!滑るように大地を這う三咲のナナハンの背中を見ながら続いて赤の怪物を操り滑り出した。が、両脚を着地し、停車した。

「何やってるんだ、お父さんなんて、あいつ・・・三咲はとてつもなく自己を研鑽して勉強を積んだんだろう、果敢に独学で看護師資格まで取ろうとしている。

 彼女を駆り立てるモノは一体何なんだ? お互いに勉強嫌いだった筈、毎日ケンカに明け暮れ男に勝るパワーを着けたいと願う心がそうさせたに違いない筈だ。

 もしや紅生姜のリーダーを務めたあの頃から三咲が考え込む姿が見受けられた様に思う。

 その頃からガバナンスに興味を持ち始めたんだろう・・・。

 もう大人だし、いつまでも走っていられないわな・・・。」

 一人、大人への旅立ちの準備を始めた庄屋三咲はアゲンストをなぎ倒して行く・・・。

 三咲の道程を寂しげに見詰める池永奈緒美はその場で三咲に決別をした・・・。

「グッバイ三咲、そしてバリーガール!」力一杯決別を叫んだ。

 そして、奈緒美自身のバリーガールにも・・・。


第2章 「カリスマ総理、角さんの時代」


 時代を風靡したバリー達にもそれぞれの人生を神は用意していた。

 昭和という時代も起・承・転・結、新しい指導者が君臨しようとしていた。

 1972年6月、角さんブームがやって来た! 

 トレンドのマッシュルームカットをしていた北条ケンの12歳になる人生にも並行して角さんブームがやって来た。

 日本列島改造論が日本列島を席巻していたし、新潟県出身の角さんが厳しい現状に身をもって感じたからこその草案!


 新潟県は、豪雪地域で退っ引きならない積雪が、頻繁に交通麻痺を引き起こす。


 だから、県内に工場を建設して運営することが困難だ。

 故に工業化が進まず貧困に陥る。

マァその、地方から活性化させよう!

 そう考えた角さんの日本列島改造論は、1972年6月11日に発表された。

 そのお陰で日本中の投資家は、地方の土地を買い漁り地価が高騰した。

 これに連動してインフレーションが進み始めた。

 当時ケンの通っている小学校ではクラスの大半が日本列島改造論を知っていて、作文にまで書かれていた。

 ケンが小学校6年生の頃だった。

「国民に親しまれる国会議員になりたい。」

 小学校の卒業文集の「僕の夢」という欄に寄せ書きをしたケンの夢・夢・夢・・・、マイドリーム。

 国会議員になる術は知らないばかりか国会議員の仕事すら未知だ。

 なのに、カミングアウトしてしまったケンの夢・・・。

 神戸市はシティだから手始めに市議からなのだろうと、踵を返す反射神経は備わっていなかった。

 そんなケンの無垢の夢は付かず離れず、ひたすら日常を織り成し、歳を取ってその夢は、ケンの傍らに居たと言う事になるのだろう・・・。

 昭和47年12月30日。

東京見学の為、初めての新幹線は本当に速かった。新幹線ひかりは時代の最先端を駆け抜けていた。

 新神戸駅を発車してから新大阪駅まで30分足らずで到着し、それからというもの田園が広がる車窓の外を眺めていた。

 それが飽きるとケンの興味は移り車内販売へと、集中していく。


 そして東京駅から上野駅。

超満員の都電では、ギュウギュウ詰めのおしくらまんじゅうの様で車輌内は湿度と温度が高まり、マフラーを巻いている首に汗が滲んできた。

 東京は人口が多いから何時でも何処でも一杯だと、案内役をしていた埼玉県在住の叔父さん(ケンの母の実兄)が言っていたのを小学6年生のケンは聴いていた。

 間もなく上野駅の改札を出たら西郷どんが犬を連れて立っていた。

 上野動物園は物凄い人、人、人、・・・。

東京という所は何時でも何処でも並んでいる。

カンカンとランランは歩きながら見るシステムで、「立ち止まらないで下さい!」と、拡声器を片手のガードマンががなりたてる。

 年間95万ドル(一億800万円)ものレンタル料を中国に支払っていた・・・。

 パンダは中国の起死回生のリーサルウェポンのようだった。

 角さんの中国電撃訪問によって世界から孤立していた中国は、今の北民国(ほくみんこく)とインフラが変わらない国だった。

 しかしパンダ外交は、中国がワシントン条約加盟を契機に終わり現在は、世界中の動物園に共同繁殖等々を目的にレンタルビジネスを展開している中国のレンタル価格は、パンダ2頭で年間一億円だ。

 パンダを見終えたケンたちは埼玉へ脚を向けた。

 埼玉県の広大な田園の傍らに建っていた叔父さんの自宅は静岡県の富士山が丸ごと見える土地にあった。

 埼玉県の叔父さんは何故だか鹿児島弁を繰り出し、いつの間にか母親も鹿児島弁になっていた。当然母も鹿児島県出身だ。

 1972年、田中角栄首相と周恩来首相が日中共同声明を結び中華民国成立以来日本との国交が無いため日中国交正常化と呼ばれた。

 この機を境として1956年(昭和31年)にソ連との国交回復をされ平和条約の締結後、色丹島については日本に引き渡す事を同意した。が、ソ連は日本に駐留する外国軍隊の撤退と北方二島引渡しを条件にすると宣言した。米軍を懸念しての事だろう。

 昭和20年宣戦布告をしたソ連は真珠湾攻撃による日米開戦の五ヶ月前に関東軍特殊演習を開催した事で、日本が戦争準備行動をした事により日ソ中立条約は事実上失効したため北方領土占領は法的に問題ないとの世界的認識があった。

 が、未だにソ連が北方領土を略奪したと誤解をしている日本人も少なくない。

 そしてアメリカでは、ニクソン大統領が北京を訪問し、東アジア秩序構想によって米中関係を深めつつあった。

 このため日本は急速に中国との接近を図り78年には日中平和友好条約が調印されている。

 その上、田中角栄首相は日中国交樹立を遂げた事などから中国では最たる高名な日本の政治家として「古い友人」と呼ばれ現在も称賛されているという。

 しかし現在、中国が領有権を主張する尖閣諸島は、日本政府が国有化をした事等々により日中関係が拗れている。

(ネットサイト参照。)

 昭和が終わり、新元号が平成に代わった三年後、角さんは静かに眠りに就いた。

 カリスマ政治家と一級建築士という日本の国宝を一度に失った損失は大きい。

 66代総理大臣は、三木本武夫氏に決まった。

 そしてアクティブな時代を生き、無心に駆け抜けた北条ケンは一人の企業戦士として、現代の成人病に倒れ企業の敗残兵となった・・・。


第3章「バリーを背負う女・・・」


 2018年春。

県立鈴蘭医科大北医療センター三階ナースセンターにて、新人ナースがバイタル測定時に受けたセクハラに対して戎面を合わせスタッフミーティングを立てるナース達が居た。


「イヤッ!」患者の愚行を否定出来ない入職半年ばかりの麗奈は血相を替えて看護師長に掛け合った。

 上下肢が筋緊張していた。

瞳孔は開き、心肺が激しく生き急いで、もう張り裂けんばかりの鼓動はマックスだった。

 ポニーテールの毛先が乱れていて貧血の症状に似た眼前に砂嵐が襲来していたが、気を取り直して病室から通路へ出たら涙が頬を伝うが、気丈にも私物のミニタオルで涙を拭った。

「血圧測定中に胸を触られたんですう師長?」

「卑怯者! 女性の瞰だわ!」憤りを隠せない師長の松田は、「古市さんは確信犯で傍若無人に行動するから気をつけて、身体を触られたなら窘めて?貴女が騒いだならば、面白がるわ?コンプライアンス違反でも老人は許されると思っているから確信犯なのよ!?」

 納得がいかない! 未成年だから、年配の病人だからと一々コンプライアンス違反に眼を瞑っては居られない! ナースは性欲のはけ口じゃないわ!「重大インシデントに為らないうちに対処しなければ!」松田は握り拳を胸前で翳し、眉根を寄せてギリギリと歯軋りをしていた。

 一方、絶望的な麗奈の心持ちは今にも崩れ落ちそうだった。

 背中にナイチンゲールを背負い、胸にナースのお仕事と言う夢と憧れを抱きながら半年前当院に入職して来た。

「巻き巻きロングでは仕事にならないから後ろで結わえなさい。」

 先輩ナースの言う通りストレートのポニーテールにした。

 患者がリラックス出来ればと、私はスキンシップから常に笑顔を全面に出して尽くして来たのに!

 

 鈴蘭医科大北医療センターの朝は早い。

午前7時、バイタル測定の器具を揃えつつカートを押す内並木麗奈(うちなみきれいな)は313号室へ入室した。

「おはようございます、北条ケンさんお熱を測りますね。」ピッ!電子体温計を耳の裏で測定した。

「36.5度ですねー。」

「凄く可愛いね、マツエクしてるの?」気付いた患者に微笑み返し、「そうなんです、それは誰でもしているんだけど今度のは、新製品なんですよ?」

「じゃあリハビリは9時半からですね、頑張ってくださぁい?」両膝を折り小首を傾げて可愛らしくお辞儀をし、病床を離れた。胸を掌で押さえていた。

「朝イチから理学療法か・・・、今日も暑いな。」

 浮かぬ顔の北条犬(ほうじょうけん)は、49歳で脳出血を患い左半身麻痺の後遺障害を負っていた。

 5月19日の今日で9年目だった。

 

 そしてマツエクサロン。

ホットビューラー、マスカラ、ツケマツ、マスカラ地下など、麗奈は睫毛にかなりの負担を掛けていた。

 弱々しく細く短いボロボロの睫毛・・・元通りになって! お願い! マツエクサロンでは、「もうまつ毛が弱っていてエクステを付けられませんね。」

「早々にマツ育をしましょうね?」

 不思議な事にサロンで提示されたマツ育サプリには違和感がなく、1ヶ月分の代金を支払って帰宅した。

 エクステを外したら心許ない・・・。

レディースマンションの玄関ドアを開けて下駄箱に向かいアプローチに立つ。

 等身大のミラーに写る麗奈はセミロングストレート、白く細い首にサンローランのスカーフを巻いていた。

 紺のデニムに似合う様に、白のデッキシューズ、薄いブルーのストライプの入ったトレーナーにピンクの春コートを羽織っていた。

 真っ直ぐ前を向いて顔面を見た。

「ブサイク。」でも、私はアダルトコンパニオンじゃない。

 身勝手で我侭な患者さんに癒しを与えて上げられたらって・・・、思って接して来たのに・・・。

 ミーティング後のスタッフ休憩室にて・・・。

 庄屋三咲、内並木麗奈が休憩中に会話を持っていた。

 「麗奈がどう思って接してもリンクしないんだよ?」

「淡々と職責を全うしてりゃあトラブルに巻き込まれてもこっちが正等なんだ!」先輩ナースの言葉を思い出していた。

「事を有利に運ぶ為にはキャパを超えた忖度なんてしちゃいけないんだ?」

「そんなに技量がある訳でなし・・・。」

「優しくチクリと刺せばいいだけだけなんだよ?。」

「直に触られてないんだろ?軽犯罪だけどな?」両手を麗奈の顔まで翳して指を曲げて顔に近づけ、「鷲掴みされた訳じゃないんだろ?」

「どんな感じがした?」天然の疑問に違いなかった。

「嫌な気持ちだったか?」興味津々だと分かった。

「そうならそれがホントの気持ちだよ?」矢継ぎ早に畳み掛けるナオミにタジタジと麗奈は答えあぐねていた。

「あ、あの庄屋センパイ!?かなり、エッチな事聞くんですね?」両手をギュッと握り締め赤面していた麗奈に「なに赤くなってんだ?」ぶりっ子してんじゃねえ!と、言いそうになりながら気を取り留めて「声を出せなかったんだな? 女はいつも損な想いだけを強いられる。悔しいんだよ!」と、想いをぶちまけていた。

「ナースなんだからブリッコするんじゃない!」事務チェアの座面に胡座から左膝を立てて右肩をグイッと麗奈の方向へ入れて凄んで見せた。

「キャッ!恐いですう。遠山の金さんみたいですう・・・。」

「ダメだこりゃあ!」額と両目を掌で押さえた。

 先輩の言葉が人工衛星の様に麗奈の周りを回り続けていた・・・。

 フウーッ、と溜息を吐き、右目の睫を引っ張り左も引っ張る。

 ルルルルルー、スマホ画面を見た。

「あ、センパイ。」エントランスで立ったまま電話に出た。

「もしもしお疲れ様です、内並木です。」

「ハイ、今から夕飯です。」

「自炊なんですけどセンパイ食べに来ますか?」

「今日のメニューは酢豚ですよ?」

 ピンポーン! 速攻でインターホンが鳴り直ぐに玄関ドアが開いた。えっ? ぇえっ?

「さ、サキ先輩?」オマエの家の前で電話してたんだ!

 右足のニーハイブーツから玄関アプローチへ脚を踏み入れながら、「酢豚、大好きなんだよ麗奈ちゃん?」どうぞ、片づけてないですけど・・・。

 麗奈の自宅玄関のアプローチは、縦2メートル横×3メートルと縦横に広く、自転車を横にするだけで折り畳まずに収納が出来るスペースがあった。

 三咲くらいの高身長でも楽に立てたから全身スタンドミラーで映ったボディをチェックし始めた三咲に食事を促し、ダイニングに案内した。

 麗奈は心のモヤモヤを誰かに聞いてほしかった。が、適任者が見つからず北医療センター三階ナースセンターでの先輩看護師の言葉を思い出していたところだった。

「ちょうどよかった。」思わず独り言が口を突いた。

 なんか言ったか? 三咲の問いかけにかぶりを振り右手を差し出しどうぞと、三咲を通した。

  スライドドアが開いたところに無垢木のナチュラルな年輪を刻んだ桜の大木を水平に輪切りした天板を設えたダイニングテーブルに見とれていた三咲に、「400年物の桜の木なんですよ?南北の年輪が圧巻だから買ったんですぅ。」

「へえー、オマエ・・・。」次の言葉を楽しみに待っていたが・・・。

「酢豚は?」なんだそっちか?と少々ずっこけたが、気を取り直し酢豚の大皿をセッティングした。

・・・・・。

「先ずは県議会の議員だな。」三咲の政治談議は尽きない。

「行く行くは県知事とかやって三期目で衆議院議員だな、で?オマエ話しがあったんじゃないのか?」

「イエ、センパイのお話しが面白そうなんで先に聴いちゃいますう~。」緑茶を飲みながら三咲の話しを聴く事が好きだと言っていた。

「国会議員なんて凄いですう・・・。」

「でもセンパイ、国会議員は供託金が300万円ぐらい必要ですよ?」

「あ、?ああそうか・・・麗奈、貯金は幾らぐらい貯まっているんだオマエ?」酢豚にタマネギを絡めて食う。

 白飯も食う。ピーマンは食べなかった。

「おかわり!」空になった茶碗を受け取る。

 えっ、ええー、取り合えず派手なリアクションをしてから米飯をよそおった。

「だって基準投票数がなければ没収されちゃうんですよ選挙管理委員会ってとこに!?」   山盛りに盛られた飯の茶碗を片手に酢豚をパクつきながら、「なにーッ!アコギな商売しやがる!」ドン!とテーブルの天板を叩いたつもりだったが拳の親指が当たり麦茶のタンブラーが見事に倒れて天板の年輪に沿って麦茶が、ユックリ流れていた。慌てて布巾で拭き取る麗奈を見ずに正面を向いて酢豚に向かい、「劣等生が多すぎるぜ!」庄屋三咲の正義は年齢と共に変わらず、アクティブに全身全霊で挑み掛かる。

 それが、庄屋三咲の正義だった。

 「ニッポンの劣等生を改造するんだ! 池永のナオに手伝ってもらって、そう言って作ったのがレディース紅生姜(べにしょうが)だ。」ナオミの食欲に圧倒されて箸と茶碗を持ったまま宙に浮かしていた麗奈はそれにしても良く食べるなと思ったがその食欲に三咲の佇まいを納得していた。

 山盛りにしてあったサイコロ型の酢ブタが、ピーマンと人参だけになっていた。

 二杯目が空になった茶碗をテーブルに置き、「ところが最初の目標を見失ってアタシらは、走り屋と化した暴走族に墜ちてしまったんだ!」

「ピーマンと人参もよく噛んで食べなきゃダメですよ?」話しを止めて散乱した大皿の野菜をチラッとみたが、直ぐに会話を戻した。

「本末転倒だよ全く。」野菜を眺めていた・・・。

「麗奈は可愛いよな?」テーブルに前のめりで麗奈の鼻頭を突いた。

 突いた人差し指の腹を見て「心根が可愛いよ。」

「アタシらとは違う可愛さがあるんだよ。」

 自分の事を言われているのか? 三咲の方がピュアで可愛いと言いたいのか?検討も付かない事柄をズラズラと並べられて内並木麗奈は戸惑いを隠せず三咲を見詰めた。ポカンと口が開いていた。

「政治家になればいいのに・・・、センパイ?」

「なろうと思ってんだけどな?」うんうんと頷き麗奈の方向に指を差し改めて問い質した。

 「いじめの定義って何だ麗奈?」は? 不意打ちを喰らったハトの様に首を前後上下に動かしていた。

「どうして現場の背景も見てもいないいじめの現状に於いて認定、非認定と判断が就くんだ?」真顔で麗奈を見た。

 見られた麗奈は三咲と眼が合ってどうして良いか分からず眼をテーブルの上に伏した。センパイ綺麗ですう・・・。

 「何故なんだ?」まだ続いていた。 

「学校からかけ離れた処に居て無責任な教師の報告書ダケでよく調べもしないで認定や非認定の判断がどうして就くんだ?」不思議そうに腕組みしたついでに天井を仰いだ。

「あそこ、染みが出来てる。」シビアなセンパイ・・・。そう思っていた。

 「日本には傷害を負った被害者が被害届を提出して初めて刑事被害者が成立する様にいじめ被害者も被害届を提出しやすい様にだな?」

「それにいじめによって独り寂しく死んで逝った子供の気持ちになって考えてだ!」ピン!と、人差し指を立てた。

「早くいじめ認定の第三者機関を作ってやらないとな・・・。」麗奈を凝視していた。

「日本政府!?」

 ワ、ワタシ、ニッポンセイフチガウネ!? 戸惑った麗奈が可笑しな返事を返したが構わず。

 「いじめられた子供が被害届を出すのは、本人がいじめを認定しているからだろうがよ!?」

「18歳から選挙権が与えられたが、その有権者がいじめに加担していたら国はどうするんだよ!?」睨みを利かせて麗奈を見詰める。麗奈は眼が泳いでいた。

 こ、恐いですぅー、センパイ・・・。

「私に怒られても・・・。」泣きそうな面持ちになっていた。

「教師も己れの立場を考えてないで捨て身で教育の場に足を踏み入れろよ!?」拳を上げる!

 「視て観ぬ振りをするなよ!」ドン! テーブルを拳で叩く!

「み、見てますぅ!」慌てて返した。

「イエ、見てません!」

 「当校では生徒にいじめがあるとは、認識していませんでした。とか、教育委員会に提出用のコメントをしてんなよ校長!?」こ、コーチョ、チガウアルネ!?

「さっきから何言ってんだ麗奈?」

「だってセンパイが一人でロジックするんですもの。」

 両肘を伸ばしてテーブルに両手を突き背筋をピンと伸ばした麗奈に「明日は夜勤だからオールナイトでブッ飛ばす!」

「ええーーッ。」信じられない事実を聴いた麗奈は椅子の背もたれを支えにして仰け反った。

 三咲の気力と体力が信じられなかった。

 

 2019年4月1日には5月1日の天皇陛下譲位の予定により元号は大伴旅人(おおともたびと)が万葉集で詠う「梅花の歌」から平成より改元される新元号が発表された。

 各野党からは、「令は、命令の令。指令の令、一党独裁の右傾化政治だ。」etc等と揶揄されていたが、新元号刷新の日が来るまで時間の問題だった。

 

 コン、コンコン! 午前2時、通路が直線で70mある病棟の最北端に設けられたナース休憩室をノックするが返答がない。

「爆睡中かな?センパイ入りますよ?」スライドドアを半分だけ開けて身体を左横から滑り込ませた。

 スライドドアの奥は仮眠室というより休憩コーナーと言う方がしっくり来ていた。

 下駄箱アプローチから小上がりを跨ぎ畳8枚を敷いた所謂八畳の和室で人が仮眠出来るスペースは、あった。

 木製の座卓と部屋の右奥角には病棟中央の待合室にて、手腕を奮ったものの経年劣化し、更迭されたブラウン管型のテレビが延命処置の末、立ち上がりが鈍いテレビとして採用されていた。

 その座卓の向こう側で、三咲は胡坐をかいてチョコンと鎮座していた。

「起きていたんですか、三咲センパイ?」そう言いながら麗奈は三咲の座っている横幅のあるクッションの左端へチョコンと腰を降ろした。

 尻を着いてベタ座りしていた。正座から胡坐に座り直し、背中を丸めて胡坐の右肘を太ももに突け考え事をしている様だった三咲にどうしたのかと、問いかける麗奈に・・・。

「で、よう?」は?という表情を三咲に向けた麗奈に驚くなよ?と、前置きして麗奈に語りだした。

「立ってたんだ。そこに・・・。」

 指差した位置は麗奈の座るクッションの左端のマットレスだったから「ィヤア!」と小さく叫んで尻を浮かせた。直立していた。

「ゆ幽霊ですかあ、サキセンパイ?」スッカリ直立不動で両手はクロスをして胸を押さえていた。

 「マア、な・・・。」と普段よりもトーンを下げ気味に滔滔と、語り始めた。

「アタシが目覚めて足許を見たらじいさんが立ってたんだ。」と言い、続けた。

「なんだい、じいちゃん? なんか言いたいんか?」

「それがよう?」腰に両手をあてがい、「な・ん・と!」麗奈を三回指差した。

「田中の角栄さんだったんだよオマエ、麗奈、看護婦さん?」スッと立ち上がり麗奈へ両眼を見開き両肩を掴んで力一杯のベクトルで、グイグイと、圧を掛けた。

「い、痛あいセンパイ! たな・カクさんですかぁ?」痛がる麗奈に構わず角さんの物真似をやりだした三咲のダミ声が面白くて口許を指で押さえて声を殺していた。

 肩と胸が揺れていた。

「へえー、センパイ、たな・カクさんと親戚なんですか?」

「違うよ、この前の休みに角さんの生誕100周年の生家と墓が特別公開されて田中角栄記念館に保守だったお父さんに連れられて行ってきたんだ、墓参りもしたよ? お墓の前にはシッカリした門構えがあって、誰でも入れる訳じゃないんだな、広い敷地の真中に角さんのお墓はあるんだ・・・。アタシはついついお墓の掃除とやらをやってしまった、おとうさんと一緒に・・・。」身体が勝手に動いたんだと、しきりに説明する三咲の話しの内容から田中角栄の縁故だという事実を引き出そうとしていた麗奈だったが途中で挫折し、マツエクの事ばかりを考えていた。

「・・・でもセンパイ、どうして主任や師長を断り続けるんですかぁ? 私にはわかりませぇん。」出世出来るのにと言いたげな麗奈に微笑を返して丁寧に続けた。

「だって上に行くと看護師の初心を忘れてしまいそうな気がしてね・・・、まだあの時のまま、看護師になろうと決めた心のまま、おとうさんと居たいからな・・・お父さんの命に寄り添って居たいんだ。」

 優しくて美しい顔だった・・・。

真顔に戻ったは三咲心の襞の思い出を一つ一つ確かめる様に三咲自身に戒めをしているかの様に言葉を繰り出していた。

「世の中を変えようとしたらあかんぞ、三咲?」

「今まで暮らしてきた文化を新しくしたらカッコエエかも知れんが、それは不毛や。」父の言葉を一字一句思い出しながら語っていた。

「血が流れるだけで徳はない。」

「革命や連合、総括やレジスタンスや言うたら若い子は憧れるけど、な・・・。」モノクロームの父が話しているレビューを想いながら麗奈に語っていた。

「伝統の文化を守る事こそ重要でカッコエエんや三咲?」

「お父さんに言われたからそうしてる。」麗奈を見ていたが、今までにない素直な眼差しだな・・・。

 と、思う麗奈の心は何故だか胸の奥の方で母性がキュン!と音を立てたのが分かった。

 言葉に言い表せない懐かしい感情・・・麗奈のいつか抱いた思いにソックリの感情だった・・・。

 暖かい涙がキラリと光っていた。 

なに泣いてるんだ? という顔を覗かせながら三咲は丁寧な言葉を噛み締める様に言う・・・。

「角さんは無償の施しが嬉しかったそうだよ?」

「悲しいです~センパイ、せっかくのマツエクがあ・・・イ、イエ! ロマンスがあ~。でもお父様、キャッチャーやってたんですか?プロ野球の。」またか・・。アホと想っていた。

「キャッチャーじゃないよ、保守だっちゅうの! いいんだ、こっちが先走っても何も動かないからな。」

「だから正々堂々と寿命を全うしていれば真実がやって来る。」

「そう言うもんだ世の中ってのは・・・な麗奈?」

「センパイ、お母さんみたいですぅ~。」

「うんマァその、慇懃無礼な小娘だな、マァ、その・・・、ニッポンは病に犯されとる。うーん・・・。」

「ワシは、日本を発展させるために、カネをばらまいちゃあイカンかった。」

「政治とカネは、マァそのワシがやり残した事ですな・・・。」

「ギチョーッ、田中角栄はーっ、ニッポンのー、マァそのー、国土おー、護れえ、マアその、こくどおー、売るやつあー、売国奴おー。」

「そこで消えた!」麗奈を視た!

 「多分、国土の頻繁な移転登記が一定の外国人だという事を憂いて、スパイ抑制、外交、防衛、それから大量破壊兵器を搭載可能なロケットや無人航空機を開発・製造・使用又はそれの輸出入するための活動で特定有害活動、テロリズム等で当国の安全保障に支障を与える恐れのある活動、特定有害活動の四つを特定秘密に指定して特定秘密保護法が出来たんだ。大反対した野党の真意が不可解だけどな。」

「国交相になる! うん 。」遠い眼をしていた。決意していた。

「何年か前のリーマンショックから日本を救ったのは中国なんだよ!?」へえーと、知ってか知らずか、驚きのリアクションをした麗奈を視て手振り身振りで説明する三咲はスイッチがオンになっている様だったし、ここは大人しく」聴いて居よう。と、思っていた。

「中国がインフラ整備に60兆円もの大金を突っ込んで高速道路建設や上下水道整備や大改革をやったお陰で日本の景気を徐々に引っ張っていったんだ。」うーんと、腕を組み麗奈を見詰めた。

「でもな、心を許しちゃあいけない!」鼻頭を触る。

「日本の国土を買収するレジスタンスがいる!」抑揚を付け、話しの本筋に注意を促していた。


「アタシ・・・。」胸元を押さえてキョトンとしている麗奈を置いて先を急いだ。

「角さんの想いを引き継ぐよ。政治は数であり数は力、力はカネだ。でも金満政治はもう古い。角さんの想いがアタシに響いたところだけ引き継ぐ。」決意を新たに拳を胸に当てがっていた。

 

 県立鈴蘭医科大北医療センターの夕食は慌ただしく午後6時半に配膳し、患者が食事を終えた頃に下膳を終え夕食後の投薬も済ませるのは午後8時前だった。

 食後の投薬を担当するのは介護士ではなく三咲や麗奈らの看護師だけに限定されるからその仕事の一環として、配膳や下膳をルーチンで請け負う三咲や麗奈がこの時間に取っては戦争の様で慌ただしく息つく暇もない有り様だった。

 午後8時過ぎにようやく休憩を取り、ひとときの休憩の時間、二人は・・・。

 ナースの休憩室は三咲と麗奈の休憩室と化し、「若い衆に政治・経済に関心を持ってもらう為に有権者が18歳以上になったんだろうな・・・。」週刊誌を読みながら縦長のクッションに寝そべり三咲は麗奈と政治家への道を勉強をしていた。

「でも立候補をするには、ナースを退職しなければいけないんだろう? 」

「どうするよ麗奈?」イヤイヤと、手を降りながら「私は立候補しませんよセンパイ?」

 なんだそうかよ。と呟いて口先を尖らせ週刊誌記事に眼を戻した三咲は、「秘書になれや麗奈?」独り言を吐いていた。

 もはや庄屋三咲はインフルエンサー。

その傍らに鎮座しろと言う三咲の本意は計り知れなかった。

 この人は本気で当選するつもりだ・・・。

と、気付いた内並木麗奈は「秘書なんてそんな大それた事を私になんて出来ないですぅう~。」頬を膨らませて抵抗していた。

「フフフ、可愛いなオマエ、是非にでもやってくれ!」イヤイヤイヤ!と、千切れんばかりに両手を激しく降りかぶりも序に振って、「ダメですセンパイ!」

「ダメじゃない!」いつの間にか起き上がった三咲に睨まれ嘆いた麗奈は、「イジメないで下さいセンパァイ?」

「だって秘書になるにはここを辞めないといけないんでしょ?」

「私にはそんな勇気ありませんもん!」困っていた。

「半グレ、暴走族、落第生、幼児虐待、イジメっ子、自己中教委、煽り運転手、ニート、ネカフェ依存者、DVオトコ、下着女装、忖度議員、政治とカネ議員、ヤジだけ議員、ネトウヨ(ネット右翼)制裁緩和派、ヤミ専従。」

「こんだけ挙げりゃあ日本民族はどれか引っ掛かるだろう、麗奈?」ニコニコ顔で頷いた内並木麗奈は、「17種有るんですね?、前半はイメージだけで判りましたケド、後半はなかなか難しくって、着いて行けませぇん庄屋センパァイ?」その声を聴き、和室で寝そべっていた畳から跳ね起きた三咲は「甘えた声出してんじゃないヨ、レイ!」言い終わらない内に投げたスマホが麗奈の脚に当たり、「何すんですかあセンパイ!」キッ!と三咲を睨んで「もうセンパイのお夜食は、買ってきませーん・・・。」拗ねた表情に唇を尖らせてナース休憩室を出て行った。

「チッ、生理が始まったんかオイ、麗奈? 313号室の回診行ってこいや!?」・・・。

 しんと静まり返ったナース休憩室兼仮眠室には先ほど麗奈がプイッと膨れて血相を変えたまま出て行った名残に休憩室のドアが半ドアで、病棟廊下の声がはっきりと会話の一字一句が隣で会話をしているかの様に聴こえて来ていた。

「ケンくん理学療法のリハビリかい、頑張ってなー。」

「ハーイ風呂入って来ます。」と、張りのある返事を返した北条ケンの、懐かしい声色を聴かせていた。

「普通のケンが、好きだ。」

「え?なんか言った?」

「照れ隠ししやがって!」全ては幻のレビューだ。

「公務員は己の職責ダケで他に仕事する暇無いだろう?」

「薬剤師が、四年制から六年制に変更されただけあって国家資格だから引く手あまたなんだよ。」

「銭カネの問題を言ってるんじゃないよ。」

「それに日本国中に蔓延った劣等生を何とかしないと益々、ベアは望めないし、看護師の本質から外れる事になる。」

「だから政界に殴り込みだ!」白歯をむき出しガッツポーズで麗奈を視た。

「三咲センパイ、カッコイイ!」五本の指を組み瞳をキラキラ煌めかせた麗奈が立っている。

 それが、普通だった。それも今では過去・・・、幻になるのか、あーーッ! 溜息とも怒りの感嘆とも取れる声を発して部屋を1周視線を回し、それから慌てて出入り口のスライドドアの所まで行き頭だけ出して病棟通路をキョロキョロ視るとエレベーターのある南端の採光FIX窓まで視線を送りひとしきり見詰めると頭を戻し、麗奈の座っていたクッションを見詰め、黙って三咲のポジションまで戻って行った・・・。

「麗奈・・・オマエが居るのが普通だった、当たり前だった。」

「アタシは普通になるためにケンを捨てたんだ。後悔をしそうになるけど、アタシは過去に生きない!明るい未来を想像して前だけを見て生きてる!」

「立ち上がるにはなにかを捨てなきゃダメなのか?」

「他国人は日本国土を買い漁っているが、個人で移転登記が出来ないように日本中の公図の筆界に青線を引けばいいんだよ!それを黙って見過していたら日本国土は、他国になっちまう!だから国土交通省を徹底的に焼きを入れて鍛え上げるんだ! 角さんも出てきてそう言ってたんだよ?」

 でも・・・、アタシの言う事は誰も信じないし・・・、何故なら日本が平和ボケしているんだ。麗奈がいない・・・。ケンが去って、奈緒美が去って、麗奈が去って、麗奈・・・。麗、奈。独りになってしまった・・・。

 目尻の皺、気付かなかった、今まで・・・。

休憩室の鏡をマジマジと見ていた。

 いつの間にかアタシの心を支配していた麗奈・・・。


 5月1日。天皇陛下が退位し皇太子殿下へ天皇位を譲位した日、この国の問題を憂い新元号の令和に思いを託し三咲は強力な右腕を失くした様な心持をしていた。

 そして令和の時代に足を踏み入れた。

「平成の世の中には色々あった・・・。」

「戦争が無くても兵器だけは揃えていなければ・・・。」と、暴走族特有の想いがテレビのテロップの様に過っていた。

「兵器を設備するのには広い土地が必要だな・・・、田中のじいさんが言いたかったのは、これだったか。」想いを巡らせながら銀のアンクレットを外し、このアンクレットは患者さんのアバター。

 両手指をストッキングの鼠径部まで這わせ股間を掴み目を閉じた。

だからアタシはアンクレットが外れない様に大切に扱う!どれだけ忙しくとも大切にする事だけは手を抜かない!三咲の決意だった!

「青線は要るよな・・・。」専守防衛・・・。

 ぶつぶつと念仏みたいに唸りを大きくしていく刹那、溜息を突こうとした時、不意にドアが滑り、荒い息をした麗奈が入って来た!

 ハアッ、ハアッ、ハアッ!

「センパァイ・・・。」

「お、おーオニギリとお茶買って来ました517円です、お味噌汁も要るですか?」

小さな右掌を差し出し、少し汗ばんでいた。

  走って来たのかコイツ、ハアハア言いやがって・・・。

 か、可愛い! ウザイけど可愛い! 繁々と麗奈を見詰め、微笑みが毀れたと同時に麗奈の肩をガシッと抱いた。

 いきなりだったから驚いた麗奈を優しく諭す様に「オマエの何を言う天然記念物的な性格がアタシのササクレ立ったハートを癒してくれるんだ?」抱いた腕を両肩に掛けて、両肩に掛けた腕を伸ばして麗奈をしばらく見詰めたが、「ダメだ! ドラキュラには為れない。」

「友情の証としてだぞ麗奈?」

 麗奈のセミロングポニーテールの眉間を目掛け、優しくフレンチキスをした。

そんな三咲に泣きそうな面持ちで「好きですよセンパぁイ?」

「何処まででも付いて行きますぅ。」両膝に掛かるナース服の裾をギュッと握り締め小さな右手を差し出すと言い難そうに、「けどぉ、オニギリ代くださぁい?」キョトンとする三咲に小首を傾げて微笑を返した。

「あ、そうかそうかハイよ、517円とは細かいな、十%か消費税は?」

「470円の十%ですょサキセンパイ?」

「そうか、でももうじきハンガリーの税率に近付いて世界一高い消費税になるよ、もうすぐ・・・。」予言めいた直美の言葉に指折りしながら青褪めた顔を覗かせた麗奈だった。

「貧血か?それにしてもGDPが前年比で2.1%増加したらしいじゃないか、中央銀行の総裁が踏ん張ったんだ? んで、酢豚は?」しれっと言った三咲に・・・。

「そんなのないですぅー。」と、拗ねて見せた。

「アハッ、うそウソアリガトな、麗奈。」

 潤んだ瞳を見詰めた三咲は、「ウン・・・大切にするよ、オマエの友情・・・。」なんだか嬉しそうだった。

二人の輪郭に白いオーラが浮き上がり空へと舞い上がったが、それは永田町のある東の方角へ導かれたのか、令和元年の空を滑る様に飛び去って行った。 (了)

                      






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