たいよう

rouF Love(らふらぶ)

たいよう

 無機質な部屋の中、ベッドが一つとテレビが一つ、周りはカーテンで仕切られている、それだけの殺風景さっぷうけいな部屋。だけど、こんな部屋の中でも好きなものがある。右手側にある大きな窓だ。この窓から下を見下ろすと、君がやってくるのが見える。君がくる日は欠かさずここから眺めるのが好きだ。それに帰るときも、君は僕がここから見てるとわかっているため、下から手を振ってくれる。その様子が見えるこの窓が、好きだ。

 この話を隣に座ってニコニコとしながら聴いてくれる君が愛おしい。コロコロ変わる豊かな表情と大きなリアクションで僕の話を聴いてくれる君は、僕にとって幸せそのものだ。たまらなくなって君の頬に手を伸ばす。君はその手に優しく頬擦ほおずりするようにして「なーに?」と微笑む。君から太陽の温かい匂いがして、幸せってこんなに近いんだと思った。


 僕はどうやら助からないらしい。先日担当医は僕と家族と、家族同然の君に告げた。それから数日、君は来なかった。寂しさもあったが、それよりも君が心配だった。今すぐにでもこの部屋を飛び出して君を探しに行きたいと何度も思った。が、それを誰もが許さなかった。

 歯痒はがゆい思いをしながら窓の外を眺める。すると、君がやってくるのが見えた。今日は来ると言ってなかったから、僕は心の底から飛び跳ねるような気分になった。しかし、君の様子がおかしい。いつもの天真爛漫を絵に描いたような明るい君じゃなかった。不安で仕方なかった。

 部屋に入ってきた君になんて声をかけよう、そう思っていたが、いざ仕切りのカーテンをくぐってきたのはいつも通りの太陽のような君だった。だが僕はさっき辛い顔をしている君をこの窓から見た。今の君は、きっと辛いのを隠して笑顔を取り繕っているのだ。そう思うと、どうにも楽しい気持ちでいられなかった。折角の君との時間なのに、笑って過ごせない自分が、そしてそんな君を映し出したこの窓が、嫌いだ。


「先生!患者さん起きました!」

 目覚めと同時に看護師が叫ぶ。どうやら数時間気を失うように眠っていたらしい。

 君が今にも泣きそうな顔で僕を覗き込んでくる。こんなときでさえかわいいと思う僕は、末期だろう。

「よかった…もう起きないかと思った。」

 僕の胸に突っ伏してつぶやく。太陽のいい匂いがする。

 起きたばかりの足りない頭で、僕は今回の一件で自分がもう長くはないことを悟った。次に寝たらまた起きられる確信がない。その前に、君に、君だけでも幸せになってほしい。そう思い、

「僕が死んでさ、君が一人になっても、毎日を笑顔で過ごしてほしいんだ。」

 と伝えた。いつもの太陽のような明るい表情で生きてほしい。僕なんかのためにその笑顔を曇らせないでほしい。そう言うと、ただでさえ泣きそうな顔をしていた君が、その気持ちが決壊けっかいするように、涙があふれて出てきた。顔をクシャクシャにして、声を震わせて泣いていた。

「なんで、そんなこと言うの!」

 大粒の涙を溢しながらクシャクシャの顔で僕を睨んでくる。僕はそんな君が愛おしいと思う。僕はその泣き顔に手を伸ばし、頬に触れる。幸せはこんなにもろくてしょうがないのだと、君の頬から熱と一緒に涙が伝ってくる。

 こんなに優しい君のこの先ずっと続いてく日々が幸せであることを祈って。さよなら。

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