226 この暗がりに愛の花束を届けて ①

 俺はメッセージを開いた。


<嘘ついて異世界をエンジョイするのやめてもらっていいですか?>

<ナナミちゃんにもクリエイトアンデッドかけてやれよ>

<人殺しのくせに異世界なんていう手出しのできない場所に逃げるの、卑怯すぎてガチ胸糞案件。なんで死ななかったの? これから死ぬの? 早く死ねって>

<お前の家族を殺せば、多少はスカッとできそう。やるかァ~?>

<人畜無害そうな顔してんのが余計にムカつく>

<たとえお前がメッセージを読んだ結果自殺したとしても、誰も心を痛めたりしない。なぜなら、それが世界の望みだからだ>

<異世界転移したいなんて下らない理由で幼馴染一家を皆殺しにした黒瀬ヒカル少年のメッセージボックスはここですか?>


「クロ……大丈夫か?」

「あ、ああ……」


 案の定、酷いメッセージばかりが続く。

 思い出したくなくても、あの時のことを、あの時の気持ちを思い出してしまう。

 足が震える。二人が支えてくれていなかったら、とっくに膝から崩れ落ちていただろう。

 まだまだ、メッセージはある。

 続けよう。向き合うと決めたんだから。


<セリカです。お兄ちゃんが無事に森を抜けるために、一時的に犯人だと世間を誤認させる必要があり策を講じました。メッセージを送るの遅れちゃって、ごめんなさい。酷いメッセージが届いているよね。どれだけ謝っても償いきれません。お兄ちゃん、生きて>


「……は……? え……?」

「どうした?」

「大丈夫ですか? 顔、真っ白ですよ?」


<セリカです。ナナミ姉さん殺しの犯人はすぐに誰かわかったけど、お兄ちゃんが森を抜けるには視聴者数によるクリスタルが絶対に必要と判断しました。お兄ちゃんなら、わかるよね? 本当は、メッセージ機能が実装されたら、アンチよりも先にこのメッセージを送るつもりでしたが、タイミングが悪く遅れてしまいました。ごめんなさい>

<カレンです。お兄ィ、ごめん。私がメッセージ打つの遅れた。あんな風に苦しませるつもりなかったのに。ごめん。償いは体で返す。生きて帰ってきてね>

<セリカです。だからメッセージを開いて、お兄ちゃん……って、ここで書いても仕方がないか。私も混乱してるな……。とにかく、何も心配はいらないから、生きて。生きてください>


「わぁ、ヒカル!」

「大丈夫か!?」


 いよいよ全身から力が抜け落ちて、立っていられない。

 笑うしかない。

 こんなの、笑うしかないじゃないか。


 セリカからのメッセージはすぐに腑に落ちた。

 あいつなら、そういうことをやる。

 実際、あの森の中で俺は全転移者の中で一番視聴者を抱えていた。

 隣にいるジャンヌよりもだ。

 1000人の中で一番。その理由を「ナナミ殺しの犯人だと思われているから」だと、俺は信じていたし、実際にその通りだったのだが、まさかセリカが画策したものとは。

 あいつ……やることが極端なんだよ……。


「どうする? やめるか? クロ、私にはお前にどういうメッセージが届いていたかは見えない。お前が自分で判断しろ。私は止めないから」

「本当に大丈夫ですか? ヒカル、なんか今までに見たことない顔してますよ?」

「ふ、ふふ……ありがとうジャンヌ、リフレイア。もう大丈夫だ」


 そして、俺は続きのメッセージを開いた。

 その後に続いていたのは、最初のころに来ていたのとは、全然違った毛色のものが大半だった。


<ヒカル、がんばれ! お前が幼馴染を殺したりなんかできないって、みんな信じているぞ!>

<凶器のナイフがどこにもない以上、お前が犯人じゃないってまともな人間は全員わかってるから>

<妹たち可愛いね。愛されててうらやましいぞ!>

<いきなり準備もなしに飛ばされて死線をさまよって、ヒカル本当にかわいそう。がんばれがんばれ、超がんばれ! 生きろ!>

<好き好き愛してる>

<闇の精霊術めちゃくちゃかっこよくて惚れた! 推しです!>

<視聴者が多いのは単純にみんながお前を応援しているからだよ!>

<真犯人そのうち捕まるだろうから、ヒカル君は気にしないで異世界での暮らしを満喫してくれ。それが俺たちの願いだ!>

<命がけで森を抜けたんだ。せっかく命を繋いだのに、こんなのってないよ。ヒカル、頼むからメッセージを開いてくれ。俺たちと楽しく交流しながら異世界を楽しもうよ>

<普通に視聴者人気投票でトップ層だよヒカル。みんなお前が好きなんだよ!>


 自然と、涙がこぼれていた。

 言葉で傷つけられた。

 同じように、言葉でこれだけ温かい気持ちになれるんだ。


 時々、酷いメッセージもあったけど、最近のものに近づくに連れて、ほとんどが応援のメッセージばかりになった。


「全部……独りよがりだったんだな」


 俺はバカだ。

 誰も……妹たちのことすら信じられず、ずっと引きずって。

 愛されていることを疑って。

 応援してくれているなんて考えもしないで。

 俺は、本当のバカで。

 幸せ者だ。


「ずりぃぞ……、黒瀬ヒカル」


 真犯人――いや、オザワユウイチが俺を睨む。

 事件の詳細は、メッセージを紐解いていく中で、明らかになった。

 名前を知っても、やはりピンと来ない。学校が同じでも、知らないやつなのだから当然といえば当然だが。


「ずりぃぞ。なんで……なんでお前なんだよ……。どうしてそこにいるのが俺じゃない? どうして俺が選ばれなかった……?」

「いや、お前だって選ばれただろ。ここにいるんだし。なんで、俺を殺すことなんかに執着した?」


 こいつは、異世界転移に選ばれたくてナナミを殺したのだ。

 普通に考えたら、それが目的なのだし、どういう経緯か知らないがこうして異世界転移に選ばれたのならば、それを楽しめばいい。

 こいつが仮面を付けていた理由も、真犯人として他の転移者にバレているから、顔を隠す必要があったのだろう。だが、それだけでこの世界で生きていけるなら、なおさら、こんなリスクを犯す必要はないのではないのか。


「名前だよ」

「は?」

「俺の名前……。お前、知らなかっただろ」

「そりゃ、話したこともなかったし」

「……俺はお前を知っていた。お前のクラスにダチだっていたし、顔も覚えてたんだよ。それを、お前は俺を知らないだと? ……陰キャの癖に……ナメやがって」

「なんか、ギャアギャアうるさい奴がたまに来るな……とは思ってた」

「くそっ、バカにしやがって。どいつもこいつも……」


 それが俺を殺したかった本当の理由……なのだろうか。

 名前を覚えられてなかったのが癪に障った……とか? 

 いや、そんなバカな理由があるか。どうせ嘘かなにかだろう。


「……フェルの野郎もそうだ。あいつの考えた作戦なんて、全部ダメだったじゃねぇか。デケェ態度してたくせに、くそっ」


 いずれにせよ、こいつのこともケリをつけなければならない。

 メッセージはあまりに数が多く、さすがにまだ全部は開けていないが、あとは事が済んでからでいいだろう。

 もう、こいつの嘘に惑わされることはない。


「クロ……やるのか? 私がかわりにやってやろうか?」

「もちろん、私でもいいですよ?」

「……ありがとう。でも、ナナミの仇だから。俺がやるよ」


 剣を手に、俺は立ち上がった。

 迷宮で死んだ人間は、その躯を残すこともなく、小さな精霊石になる。

 あるいは、それならば罪悪感も少ないかもしれない。


「こっ、殺すのかよ。同じ転移者の俺を! 殺すってのか!」

「ああ。お前はナナミを……ナナミの両親を殺した。許すことはできない。この世界の法じゃ裁けない以上、俺がやるしかないんだ。俺はさ、けっこうナナミの両親とは仲が良かったんだよ。特に小学生のころとかは、あの優しい二人にどれほど救ってもらったかわからない。うちは両親があまり子どもに構うタイプじゃなかったからな」

「だ、だからって……。お、おい! こいつを止めろ! 殺しなんて、できるタイプじゃないぞ。ずっとトラウマになるぞ! メッセージなんかよりも、強い後悔が!」

「見苦しいぞ。お前が先に殺そうとしたんだろう? おとなしく死んでおけ」

「ヒカルが傷ついたら、私が癒してあげるから問題ありませーん」


 人殺しを俺ができるのか……か。

 旅をするなら、どこかでそういう経験をすることもあるだろう、そんな風に思っていた。

 そういう意味では、これはその経験を積むチャンスなのかもしれない。

 あとは、この剣を振り下ろすだけ――だったのだが――


「な、なんだ――」


 唐突に、それは現れた。

 巨大な精霊力の塊。

 それが迷宮の中にいきなり出現したのだ。

 距離は――近い!

 一層の入口のあたり――


「ジャンヌ! リフレイア! 巨大な精霊力の塊が! ここに向かってきている!」

「なに!? 大精霊か? 迷宮には入れないんじゃなかったのか?」

「大精霊さまは入れないはずです! というか、入ってきちゃったら、とっくにこの迷宮が崩壊始めてるはずですよ!?」

「じゃあ、魔王だ! ヤバいぞ! ジャンヌ、結界石は持ってるか? 俺はもう持ってない。速い! もう、すぐそこまで来てる!」

「ひ、ひゃはははは! なんだかわからんが、チャンス!」


 いきなり現れたそれに気を取られている間に、ダークナイトの召喚時間が切れてしまっていた。

 自由になったオザワが、ステータスボードを開く。

 おそらく、ランダム転移で逃げるつもりなのだろう。


「させるかっ!」


 こいつに逃げられるわけにはいかない。

 剣を振り上げた、その時。


「アイちゃん。やって」


 どこか懐かしい声が聞こえた気がした。

 同時に、入口から一条の光線が発射され、ステータスボードを操作しようとしていたオザワの右腕を斬り落とす。

 ポトリと腕が落ち、鮮血が吹き出した。


「は? ぎやぁああああああ!」


 地面をのたうちまわるオザワ。

 その姿を横目に、俺もジャンヌもリフレイアも、入口に現れた者に釘付けとなっていた。


 一口で言えば、巨大な目玉。

 大きな瞳が、宇宙を思わせる深い輝きをもって、俺を見つめている。

 強大な精霊力を有し、全身を紫色のもじゃもじゃした毛で覆われた一つ目の化け物。

 ダラリと垂れ下がった何本かの触手。


 正真正銘の化け物だ。

 どうして、一層にこんな魔物がいるのか?

 普通なら、そう考えるだろう。

 さすがのリフレイアもジャンヌも、武器を構えて臨戦態勢をとっている。


 それだけ強烈な魔物。

 そんなものが現れてさえ――

 俺は魔物ではなく横に立つ人物に釘付けとなっていた。


「よ~しよし。アイちゃんいい子だね。じゃ、終わるまでここで待っててね」


 その声は、記憶の中にあるものと同じで。

 その優しい眼差しも、記憶の中にあるものと同じで。


 そんな馬鹿なことがあるかという思いと、ただ単純な喜びがない交ぜになって、俺はなんとか一言だけふり絞るように発した。


「ナナミ……なのか……?」


 俺が彼女のことを見間違えるわけがない。

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