214 フルーの保護、および闇の拡散 ※リフレイア視点

 ヒカルと別れた私は、フルーちゃんを保護するためにギルドの横にあるリンクス互助会へと向かった。


 まさか、斥候として雇っていたあの子がヒカルの行動を縛る結果になってしまうとは。ヒカルらしい……といえばそのとおりだが、もし私だったなら――躊躇しなかっただろう。

 フルーちゃんのことは嫌いではないし、仲間だとも思っているが、それでも優先すべき順序というものがある。

 一番は自分自身であるべきなのだ。


(まあ……ああいう優しさが、ヒカルの魅力でもあるわけだけど……)


 私だって、そんな彼の優しさに助けられた。

 あの日、あの時、彼がマンティスを倒してくれなかったなら、今の私はなかった。

 でも……本当はかなり無謀な行為でもあったのだ。


(あの時は、術も凄いし「マンティスを単独で倒せる人」だって思ってたけど、本当のヒカルは決してマンティスを簡単に1人で倒せるほど強いってわけじゃなかった) 


 だから、無謀だ。

 運良く一撃で倒せたから良かったが、失敗すれば逆に彼が死ぬ可能性だって十分にあっただろう。

 少なくとも、見ず知らずの探索者を助けるためなんかに打つ博打ではない。


 とにかく、ヒカルにはもっと自分を優先してほしい。

 あれだけ強いのだし、もっとワガママに振る舞ったっていいのに。


(それにしても……フルーちゃんを保護した後はどうしようかな……)


 神官様を説得するのは……たぶん可能だ。


 ヒカルは事情が特殊だけど、闇都ミリエスタスの大精霊様と契約した術師なのだと説明すれば、「愛され者」かつ「精霊術師」であっても問題はない。

 ミリエスタスには行ったことがないが、かの地にいる闇の大精霊さまは1000年以上前におあらわれになってから、ずっと闇都と共にあり、噂ではとても慈愛に溢れた方らしい。ならば、愛され者を食べずに契約することも可能だろう。


 問題は水の大精霊さまのほうだ。

 大精霊さまが神殿から出るのは珍しい。


 ないことではない。お祭りの時なんかには、練り歩きもあるし、基本的に大精霊さまはみんな人間が好きだ。

 大精霊さまたちからすると、人間は自分に懐いているカワイイ小動物みたいな認識らしい。

 そんな中でも「愛され者」は文字通り「食べちゃいたいくらい」可愛く、かつ、実際に舐めてみたら痺れるほど美味しくて自制心を失うとかなんとか……。

 母が言っていたことなので嘘かもしれないが。


 それでも、自然神殿にいる大精霊さまなら、本当に食べちゃうほど自制心を失うということはないらしく、そういう意味では水の大精霊さまは、ヒカルを食べちゃうことはない……と思いたい。


(でも、あの変な人のことも食べちゃったしなぁ……)


 正直、あまり期待できそうにない。

 この街の大神殿はほとんどが人工神殿で、元々は自然神殿だった水の大神殿だって、かなり改造してほぼ人工神殿と化してるというし、実際、私の地元の大精霊さまと比べても、いつもピリピリしてるのも事実だ。


 それに、愛され者かつ、あれだけの力を持っているヒカルのような人間は大精霊さまをしても、初めて見るのだろうというのもある。


 大精霊さまを止める手がなにかあればいいんだけど……。

 他の「愛され者」を身代わりにするとか?

 それとも、私がやめてって言えば――さすがにそんなの聞いてくれないか。


 う~ん。私、こういうこと考えるの苦手なのよね……。


 考え事をしている間に、リンクス互助会に着いた。

 今日は、外でゴロゴロしているリンクスがいない。ちょうど迷宮に入る探索者が多い時間帯だからだろう。

 いろんな探索者が中に入っては、斥候を借りて出て行く。


「あれ? そこにいるのはリフレイアな? 1人でどうしたのナ?」


 私も中に入ろうとしたところで、高そうなミスリル装備に身を包んだリンクスに声をかけられた。

 前のパーティー時代に仲良くさせてもらっていた、真紅の小瓶クリムゾン・バイアルの正メンバーであるモアップルさんだ。


「ちょっと、知り合いのリンクスを呼びに来たんですよ。モアさんも珍しいですね、互助会にいるなんて」

「んなぁ。ちょっと呼ばれちゃって」


 モアさんは、真紅の小瓶のギルドハウスに住んでおり、もう互助会員ではない。

 精霊契約も済ませており、等級も魔導銀級オンディーヌだ。

 休みの日は家でゴロゴロしてることが多いらしく、迷宮とギルド以外で彼女を見るのは珍しい。


「呼ばれたって?」

「なんか変な奴がしつこいっていうから、追い払ってたなん。青銅級スピリトゥスのくせに4層潜れる子を貸せってうるさかったみたいだナ」

「ん? それって、変な仮面を付けたヒトですか? グレープフルーちゃんを貸せって言ってたとかですか?」

「そーそー。リフレイアの知り合いかなん?」

「いえ、全く。でもそれなら良かったです。それで、フルーちゃんいます?」

「呼んでこよか?」

「お願いします。あ、それで仮面のヒトは?」

「全身に穴を開けて魚のエサにするぞって脅かしたらどっか逃げてったナ」


 ふぅむ。仮面の男がいたら、そいつをとっちめてしまえば話が早かったのだが、いないのなら仕方がない。

 それよりヒカルが心配だ。フルーちゃんを連れて早く戻らないと。


 その後、モアップルさんはすぐにグレープフルーちゃんを連れてきてくれた。

 しかし、彼女が狙われたのは事実。

 あの食べられた人や仮面の人は、ヒカルやジャンヌさんと同郷の出身らしいが、ずいぶんと卑怯な手を使うものだ。


「リフレイアしゃん! 最近はずいぶんご無沙汰だったにゃん。今日は4層に潜るのかにゃん?」


 フルーちゃんが笑顔をほころばせながら言う。

 最近は馬の練習ばかりして迷宮に潜っていなかったから、寂しかったのだろうか。

 ……そういえば、彼女には街を出るということを言っていなかったかもしれない。


 まあ……、一時雇用の関係だし言う必要はないのかもしれないけれど……。この笑顔を見た後だと、何か悪いことをしているような気分になる。

 ヒカルの感覚がうつったのかな。


「リフレイアしゃん……?」

「あ、ううん。ごめんね、今日は迷宮じゃなくて、ちょっとヒカルが困ったことになってるから付いてきて欲しいの」

「迷宮じゃにゃいのにゃん? 付いていくのはかまわにゃいですけど」


 正直、ここにはモアップルさんもいるし連れて行く必要はないような気もするが、今のヒカルは、ちゃんとフルーちゃんの姿を見せたほうが安心できるだろう。


「……それにしても、にゃんの騒ぎにゃ? にゃんか、あっちのほうが騒がしいみたいだにゃん?」

「事情を話すと長くなるから、現地でね」


 確かに人だかりは先ほどより増えて、道を埋め尽くすほどだ。

 大精霊さまは人気が高い。神殿から出てくることもほとんどないから、みんな珍しがっているのだろうか?


 人混みをかき分けてヒカルの下に向かう途中、どうも、そればかりではないことを知った。


「なんでも迷惑な奴が大精霊様を無理矢理に神殿から連れ出したらしいぞ」

「俺は愛され者が逃げ出したと聞いた」

「いや、愛され者はすでに捧げ物になったとか」

「ちょっと見てきたが真っ黒い玉があったぞ。ありゃなんだ?」

「大精霊様が出てこられたってこたぁ、魔王じゃねぇのか?」

「魔王がいきなり迷宮から出てきたってことか? ギルドはなにやってんだ」

「わからねぇ。とにかく黒い玉だ。聖堂騎士が叩いても壊れねぇらしい」

「迷宮崩壊が起こるんじゃねぇのか?」

「なにが起きているんだ!」


 それぞれに好き勝手な噂話をしている。


(これ……ヒカルが魔王かなにかだと思われているってこと?)


 あの結界は外の声はそのまま聞こえるのだ。

 とうぜん、こんな噂話もすべて筒抜けだろう。

 彼は繊細だし、心配だ。

 早くしないと。

 黒い玉というのも、闇の精霊術を中で使ったということに違いない。


 グレープフルーちゃんの手を引いて人混みをかき分け、なんとかヒカルの下へと辿り着く。

 そこにあったのは、野次馬たちが噂しあっていた通りの漆黒の球体だった。

 まるでそこにすべてを吸い込んでしまう闇が存在しているかのような、見事なまでの黒球。


 周囲の人たちはさすがに近付くのははばかられるからか、少し遠巻きに結界へと剣を振り下ろす聖堂騎士を見守っている。

 っていうか、なにやってるんですか、この人!?


「ちょっと、やめてください! 中に人がいるんですよ!?」

「そうなのか? だが、危険なものかもしれない。魔王の可能性もある」

「魔王でも危険でもないですよ!」

「しかしな……君は関係者なのか? 見たところ探索者のようだが」

「リフレイア・アッシュバード。金等級です」

「金!? そうか……ならば本当に危険なものではないのか……?」


 金等級のタグすごいな。

 聖堂騎士ってけっこう融通が利かない人が多いイメージだけど(うちの母とか!)、金等級にはそれを納得させてしまえるパワーがあるということだ。


 まあ、いい。早くフルーちゃんの姿をヒカルに見せて安心させて――


 その時だった。

 結界が唐突に力を失った。

 太陽の光で満ちた街全体が闇に侵食されるかのように、私も、聖堂騎士も、ヒカルを取り囲んでいた人々も、すべてを闇が包み込んでいく。


「にゃにゃにゃ!? 真っ暗にゃ!」

「ヒカルッ!? 結界を解いたんですか? どうして――」


 返事はなかった。

 ヒカルの闇の中に入るのは久しぶりだが、自分が真っ直ぐ立てているのかすら曖昧になるほどの闇。

 水の大精霊さまの領域で、これだけの闇の術を使えるのはヒカルだけだろう。


 人々の悲鳴。

 みんな前後不覚に陥り逃げ惑っているのか、私にぶつかってくる人も多い。

 聖堂騎士が「落ち着けェ!」と叫んでいるが、効果はなさそうだ。

 

 大精霊さまの気配はまだ近付いていない……と思う。いずれにせよ見えない。この世界で自由なのはヒカルだけだろう。大精霊さまとて、どうだろう。

 だが、これは良くない。

 魔王の可能性すら疑われているのに、その疑惑を自ら補強するようなものだ。


「ああ、どうしよう。ライトで一掃しちゃう? でもな……」


 ヒカルも理由があってやってることなのかもだし。

 そんな一瞬の躊躇。


 深い深い、深すぎる闇の中。

 怒号にも似た喧噪が響き渡る中で、ポツリと呟いたヒカルの声がなぜかはっきりと私の耳に届いた。


「――サモン・エレメンタル」

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