202 乗馬練習、そして単身訪ねてきた男
乗馬の練習は先生が良かったからか、まあまあ捗った。
先生はリフレイアだ。
彼女はさすが名家の出身。乗馬はかなり厳しく叩き込まれたらしい。
実際、普通に走らせるだけでなくジャンプまででき、かなりの腕前だ。
ジャンヌは案外というか動物が好きで乗馬そのものには前向きだったが、馬との相性……というか、ジャンヌを乗せるのを非常に嫌がる馬がいて苦労した。
おそらく――いや、間違いなく「嫌われ者」だからなのだろう。
嫌われ者は精霊から嫌われ、精霊術が使えず、さらに精霊術も効かないという特殊な体質だ。ジャンヌはこれを転移時にわざわざ選択したのだ。
リフレイアによると、嫌われ者は「混沌度が低い生物ほど嫌われる」らしい。
借りてきた中で、ジャンヌを乗せても平気な馬は、黒のたてがみ、体色は白と茶の斑のやつで、こういう馬は「闇と光と土の精霊素が強く混じっている性質」だとかで、なるほど「混沌度」が高いほど嫌われ者に対して耐性があるということのようだ。
逆に純白の馬はジャンヌに近付くことすら嫌がった。
俺は全部の馬から好かれた。
……まあ、魔王にも悪い意味で好かれてしまう性質だというから、そういうものなのだろう。伊達に「愛され者」なんて恥ずかしいネーミングがされていない。
ちなみに、人間はそもそもが「混沌的存在」だとかで、ジャンヌのデバフが影響することはほとんどないらしい。
猫人間であるリンクスなどはその最たるもので、グレープフルーなどもジャンヌのことは平気だし、最近は撫でられるのを喜んでいる節すらある。
「馬はかわいい」
白茶の斑柄の首を撫で、郊外の広場を少し早い速度で馬を歩かせるジャンヌ。
旅といっても正直急ぐ旅ではないが、技術的に怪しいままというのも危険かもしれない。いざという時に全力疾走ができる程度には慣れておく必要があった。
「明日から駆け足の練習をしていきましょうか。ヒカルは駆け足はまだできないんですよね?」
「ああ、向こうで習った時は速歩って言ってたけど、そこまでだな。ちゃんと走らせる練習はしてない」
「わかりました。できれば疾走までできるようにしておきたいですから、頑張りましょう」
俺はセリカに付き合って乗馬教室で少しだけ習っただけだが、速歩……早歩きくらいの速度で行きたい方向に行けるようになったくらいで、疾走――多分これは乗馬でいうところの
旅に出れば、厄介な魔物や賊に追いかけられたりする局面もあるのかもしれない。
そういう時に全力疾走で逃げられるかどうかは重要だろう。
相手が魔物ならともかく、盗賊とか山賊だった時、殺すという判断が俺にできるとは思えない。だったら、逃げたほうがいい。
「でも、リフレイア。どれくらいかかるんだ? その疾走ができるようになるまで」
「ヒカルとジャンヌさんなら、10日もかからないんじゃないですか? もちろん、みっちり毎日練習すればですが」
「毎日か。馬が先にヘバりそうだな……」
「そんなこともあろうかと、午前と午後で数頭借りてますから、バッチリです。なにせ、お金がありますからね、お金が!」
リフレイアが金にものを言わせるようになってしまったが、まあ実際、金はある。
精霊石をダンジョンから掘る仕事は危険である代わりに実入りが良いのだ。
その昔、日本でも炭鉱に潜るともの凄く儲かったというが、それに近い仕事かもしれない。位階が上がることで食費がかかるようになるというデメリットはあるが。
「そういえば旅に出るのに馬も買うのか?」
「もちろん買いますよ? 馬車のほうが良ければそっちでもいいですけど」
「いや、せっかく馬に乗る練習してるのに馬車ってのもな。それに、馬車って遅いだろ?」
「遅いってほどでもありませんけど、退屈かもですね。それに、海も越える必要がありますし、馬のほうがいいです。ただ、馬を船に乗せるとなると、少しお金もかかりますし、港までは徒歩で行って向こうで馬を調達したほうがいいかも……お金はあるからそこは節約しなくてもいいですかね」
「いろいろ考えてくれてるんだな」
「ヒカルもジャンヌさんもこっちには不慣れでしょうから、私がやらなきゃって」
「助かる」
実際、俺もジャンヌも完全無欠の異邦人だ。
この世界のルールもよくわかっていないところがある。
リフレイアによると迷宮都市の外でも「金等級の階級章」はなかなか威力があるとかで、これがあるだけでかなり旅もスムーズに進むはずだとのこと。
「レーヤ、練習は少なくともあと7日程度で切り上げるぞ。メッセージの復活も来るし、ヤバそうな奴がこの街に近付いてきているからな。逆算すると8日後くらいには出発できるように準備したい」
広場を歩き回っていたジャンヌが戻ってきて言う。
やけに耳が良い。聴力アップの恩恵を得ているのだろうか。
「問題ありません。それほど準備もいりませんしね。荷物はヒカルが持ってくれますし」
「いちおう武器のスペアも用意しておこう。適当なものでも、無いよりはマシだろう」
「ええ。あとは水が出る精霊具も欲しいですね」
あれこれ旅の準備の話をしているリフレイアとジャンヌ。
旅にシャドウストレージの便利さは別格だ。
食料も寝袋も食器も鍋も、テントだって収納しておける。
貴重品を持ち歩く必要もないから、山賊から狙われる可能性も低そうだ。宿場町に泊まったりするときにも泥棒に気を付ける必要がない。
お金だって持ち運ぶとなると重いものだが、影の中に入れておけば無重量だ。あるいは闇の精霊術の中では最も実用的で便利な術なのかもしれない。
◇◆◆◆◇
迷宮には潜らず、毎日馬の練習をして6日目。
旅立ちを明後日に控え、俺もジャンヌもかなり上達できた。
身体能力の向上と、元々の経験。なによりも、馬が協力してくれるからこその結果だろう。直線だけなら疾走――ギャロップが可能だ。
万が一転落しても、よほど打ち所が悪くない限りは(位階アップの影響で)死なないだろうというのも恐怖を和らげてくれていた。
「……ん? 誰か来ますね」
それに最初に気付いたのはリフレイアだった。
俺たちが乗馬の練習をしている場所は、何も無い原っぱでこれまで人が通ったことはほとんど無かった。
通ったとしても遠目に現地の人だとわかる出で立ちだったので、あまり気にしていなかったのだが。
「あれは…………確か仮面の男といた奴だ。フェルディナントとか言ったか」
まだ距離があったが、間違いなくあの日見た第2陣転移者だった。
「あいつがそうなのか?」
「ああ。1人みたいだけど」
今日は仮面の男とはいっしょにいないようだ。
だが、1人で何の用だというのだろう。
「ジャンヌ……、攻撃してくると思うか?」
「どうだろうな……。郊外で人気も無い。デカい音が出る銃を使ったとしても問題はないだろうから、完全犯罪には悪くないが……。こっちは3人いるんだぞ? そして、我々は連中を警戒している。1人殺す間に自分の首が飛ぶくらいの計算はできるだろう」
「なら、攻撃はないか」
「普通に考えればな……。だが、相手が普通かどうかは見た目では判断できん。私もクロも……どういう逆恨みを買っているかわからないしな……。視聴者数10億超えとはそういうものだ。ジョンもダレルもファンに殺されているわけだし」
SNSで目立つだけでもおかしな奴からたくさんレスが来ると聞いたことがある。
俺たちはそれの全世界版だ。99.9%がまともだったとしても、10億人の0.1%……100万人もおかしな奴らがいるということになる。
第2陣転移者にそれが混じっている可能性がないとは言い切れまい。
逃げるという選択肢もあったが、借りている馬もいる。
それに、たった1人でやってくる人間に対しての興味も少しだけあった。
フェルディナントは徒歩で、ゆっくりと歩いてきた。
こちらの警戒を解くためか、それともいつもそうなのか、丸腰に見えた。
銃を隠し持っている可能性はあるから、警戒を解くのはマズい。
俺はダークナイトを召喚した。いざという時の盾にするためだ。
「ねえ、ヒカルもジャンヌさんも、どうしてそこまで警戒しているんです? 私、その……第2陣のこと聞く度に思うんですけど、みんな普通の人間なんですよね?」
「レーヤ。それは大きな誤解だ。やつらは、どういう能力を隠しているかわからないし、何を持っているかもわからない。なにより、何をしてくるのかもわからない。そんな奴らが、一方的にこちらを知っていて、こちらに対してどういう感情を抱いているかもわからない……。そういう状況なんだよ。警戒するに決まっている」
ジャンヌが早口にまくし立てる。俺も概ね同意だ。
加えて俺はナナミの件があるから、殺したいと思われている可能性が高いと思う。
ナナミは生き返ったが、彼女が殺人の真相を記憶していて、ちゃんと証言できたのかどうかなんてわからないのだ。
「う~ん……。じゃあ、私が追っ払いましょうか?」
「いや、それはダメだ。危険だ。リフレイアだって安全じゃないんだぞ? 何度も言っているように、俺が見られているのと同じように、お前だって見られていたわけだし」
「じゃあ、どうするんですか」
「……俺が対応するよ」
フェルディナントと顔を合わせたことがあるのは俺だけだ。
ちなみにジャンヌは相手が近付いてくるごとに、どんどん及び腰に。
知らない人が苦手だというのは、すごくよくわかる。
まして、こんな異世界でグイグイ絡んでくるような男なら尚更。
フェルディナントは迷い無く近付いてきて話しかけてきた。
「誰かと思えば、黒瀬ヒカルさんでしたか。私のこと、覚えておられますか? 前にヲリガミさんに紹介してもらったフェルディナントです。ふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?」
少しだけ距離を取ったところまで来て、フェルディナントはそう言った。
相変わらず貴公子然とした男だ。
こんな探索者の街でも手入れをしているのか、金髪はサラサラで服装も身ぎれいなまま。
「……なんの用ですか? こんなところまで」
「いえ、地図を見ていたら、街から離れた場所に転移者が最近いるみたいでしたので、何をしているのかな? と。好奇心というやつですよ。それで、みなさんはなにをしておられるのです? 見たところ、乗馬ですか?」
「……そうです」
敵意は感じなかった。
いや……そもそも人間の本当の「敵意」なんてものは、体感したことがなかったかもしれない。
だが、日々多くの魔物と戦ってきて、この相手が脅威にならないということは、本能的に理解できていた。
もちろん、銃を持っているなら話は別だが、銃を取り出し構えて撃つ……その動作の間に相手を拘束することも不可能では無いだろう。
そう考えると少しだけ余裕ができた。
相手は1人だ。
地図を見て気になって来たというのも嘘ではなさそうだ。
世界地図では、メルティアに集中している転移者は、すべて重なってしまい1つのドットにしか見えないはず。ここは郊外だがたいして離れているわけではなく、例外ではない。
こいつは、高性能周辺地図を取得しているのだろう。
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