184 武器を試して、そしてその時を待ち

 次の日。

 いよいよ転移者が来るということで、俺達は食料を持ち込み迷宮へと潜った。

 今日の探索はオマケみたいなものなので、グレープフルーは雇わず3人で朝一から3層へ。


「ご丁寧に何時間後に転移してくるか表示してくれてるのは助かるな。あと3時間か」

「ノートはクリスタルで出しておこう」


 1クリスタルで交換できるノートは、サービスで鉛筆が付いてくるので助かる。

 俺はこっちに来て初めて鉛筆をナイフで削ったよ。


「時間まで新武器を試しておこう。待っているのも退屈だ」


 俺たちは、第三層『霧惑い大庭園』で一番の広場、通称カエル広場で少しだけ魔物と戦うことにした。このあたりは探索者が一番多く、魔物も取り合いとまではいわないが、それに近い状況になりがちである。

 それゆえに、挟撃なんかの心配もほとんどなくゆっくりと戦闘することができる。

 おそらく、1層を除けばメルティアで最も安全に狩りができる場所だろう。危ない時は、近くの探索者に助けを求めることも可能だ。


 新しい刀を鞘から抜く。

 さすがベテランのドワーフ親父が打った品だ。初めて持ったとは思えないほど良く手に馴染み、全く問題はない。

 ずっしりと重い総獄炎鋼の刀身。炎のように揺らめく赤褐色の刃文が美しい。

 これは獄炎鋼の特徴で、鍛冶工程で鍛える際に火の精霊と反応して現れるものだという。


(でも実戦で使えるのか少し不安な重さだな。背伸びした武器というやつか)


 前回の短刀同様、反りはほとんどない。刀というよりは、巨大な剣鉈といったほうが正確かもしれない。身は厚く身幅も広い。ジャンヌの剣やリフレイアの大剣ほどではないが、迷宮で使うぶんには、これくらい無骨なほうがいい。

 人間を斬る為じゃない。魔物を倒すための武器なのだから。


 刃渡りは60センチ。黒隕鉄の短刀は刃渡り35センチだったから、2倍弱の長さがある。

 切っ先までの距離が伸びたことで、自分の攻撃が届く距離が伸びたのだと感覚でわかる。今までは魔物と密着するような距離での戦闘だったから、距離の分、安心感のようなものが湧いてくる。


(……いや、これをリーチが増したと考えるのは危険か。あくまで、巨大な魔物の命脈にまで武器を届かせる為のものだ)


 武器が大きくなったからといって、戦い方まで変えるべきじゃない。

 俺の戦いは、肉薄し精霊力の命脈を断つ。それだけだ。

 武器が大きくなった分、より強く抉ることができる。そういう風に考えるべきだろう。


 おあつらえ向きに、近くにトロールとグレムリンが湧いた。

 リフレイアはバックアップについてもらい、ジャンヌがトロールを、俺はグレムリンを狩る。


「ダークネスフォグ」


 俺の移動速度では、トロールの横を抜けるのも安全ではない。なんらかの手段で気を逸らすか、ダークネスフォグは必須だ。もちろん、ジャンヌがちゃんと気を引いてくれている限り99%は安全だろうが、今その1%のリスクを負う意味はない。

 相手が、常に想定通りの動きをする保証などないのだ。


 俺はそのままグレムリンに接敵し、横を通り抜けざまに剣を横薙ぎにした。

 闇に包まれ俺の位置を把握できない以上、当然どこから攻撃されるかもわからない。まして、防具を持たない魔物であるグレムリンには、そもそも攻撃を防ぐ手段がない。腕に当たれば腕が飛ぶ、首に当たれば首が飛ぶだけだ。避ける以外に無傷で済む手段はないのだが、この魔物にそれだけの判断力はない。

 俺が振るった刀は、ほとんど何の感慨も湧かないほどアッサリと魔物の首を刈り取った。


(まるで違うな)


 カッターナイフから短刀に持ち替えたとしても、おそらく同じ感想を抱くだろう。

 それくらい違う。

 短刀ではこういう運用はできない。少なくとも俺の腕力では。

 新しい刀はともすれば、振るだけで体勢を崩すほど重いが、破壊力はそのぶん大きく、グレムリンの首はほとんど千切れ飛ぶという表現がピッタリなほどあっけなく飛んだ。

 重さとは力なのだ。当然、今まで通り刺突で使っても効果は高いだろう。 

 

 ジャンヌのほうを見ると、トロールの繰り出す巨大棍棒を盾で受けたあと、一歩踏み込み相手の腕を一刀で切り飛ばすところだった。

 続けざまに、相手の胸を斜め上方向へと突き上げる。

 正面から命脈を断たれたトロールが精霊石へと姿を変え、ゴトンと地面に落ちた。


 無駄のない戦い方だ。

 ここ10日ほど戦闘訓練兼魔物を倒してのお金稼ぎを続けたが、ジャンヌの強さはリフレイアが褒めるほどである。

 彼女は1年間もこの迷宮で探索者をやっていたわけで、当然これまで多くの探索者を見てきたはず。その彼女が褒めるくらいだから本物だろう。


「どうだった?」

「いいな。力が乗る。クロは?」

「こっちも良好。だけど、もっと腕力が上がらないと振り回して使うのは危ないだろうな。前のと上手く使い分けたほうがいいかもしれない」

「ああ。私もそれは少し感じる。まだ重さに少し負けているな」


 長く使わせるために少し重めに作るものなのか、それとも上手く調整するのが難しいのか、ジャンヌのも若干重く感じるようだ。

 その重さは、ギリギリの戦いでは危険を誘発する可能性もあるが、その分攻撃力が高いというメリットもある。いずれにせよ軽いよりはいいだろう。迷宮を踏破するつもりなら、『真紅の小瓶』のガーネットさんの巨大斧くらいのものを扱えるくらい位階を上げなければならないのだから。

 その意味では、今回のこの武器でさえ最後の武器というわけではない。

 さらに次へ移行するつもりで、使い潰していくくらいの気概でいくべきだろう。


 しばらく、新武器を試しながら狩りを続け、第2陣タイマーが30分を切ったころ、俺たちはカエル広場で休憩しながら、その時に備えた。


「軽く腹に入れておこう。つまめるもの持って来たから」


 俺はシャドウストレージから敷物を出し、用意してきた昼食を出した。

 水筒もある。中身は市場で買った謎のお茶だ。


「あ、作ってくれたんですか? すみません、いつもヒカルに作ってもらっちゃって……」

「クロは料理上手だからな。いい嫁になるぞ」

「大袈裟だな。ただのサンドイッチだよ」


 うちは家庭環境が特殊だったから、俺も気付いたら料理ができるようになっていただけだ。中学くらいからは上の妹のセリカが手伝ってくれるようになったから、それほど苦ではなかったし、セリカが凝り性でいろんな料理にチャレンジしたがったおかげで、バリエーションも増えた。

 それ以外の家事も、あの家ではほぼ俺の仕事だったから、今の屋敷でもそれは役に立っている。ジャンヌは完全に戦力外だし、リフレイアもまあ……お嬢様育ちだから。


「うん。美味しい。ただのサンドイッチなのにな」

「そのベーコン自家製だから。庭で燻製してみた」

「そういえば、なんか庭でやっていたな……。男はみんな燻製が好きという噂は本当だったのか……」

「別に男がみんな燻製が好きってことはないんじゃないか……?」


 小さい頃、二人の妹とナナミとで家で燻製をやったことを思い出したから、なんとなく用意してみただけだ。生肉は保存できないし、燻製にすれば少しは持つし。

 ちなみに、家を借りてから精霊具の店で冷蔵庫を購入したので、食材も地球ほどではないにせよ少しは保存できるようになった。基本が毎日購入なのは同じだが。


「うわぁ、本当に美味しいです! ヒカルってほんとに何でも出来ますよね」

「何でもはできないけど、口に合ったなら良かったよ」


 この世界は中世ファンタジーみたいな世界のくせに、食べ物だけは妙に美味しいから、サンドイッチを作っても簡単に美味しくできる。

 これが、本当に中世レベルの世界であったなら、こうはいかないだろう。

 柔らかいパンも、バターも、肉も、野菜も、どれも簡単には手に入らないのだろうから。


 この世界がなんなのかはよくわからない。神が作ったのか。それとも元々あったのか。

 いずれにせよ、食べ物は量が豊富で美味しい。

 そのことだけは、神に感謝してもいいかもしれない。

 食に貪欲な日本人だから、余計にそう思うのかもしれないが。


「それにしても、ここって、よく人が集まってるし、ベンチでも置けばいいのにな」


 食べながら、周囲にまあまあ探索者がいるのを見て俺が呟くと、リフレイアが答えた。


「あれ? ヒカル知らなかったんでしたっけ? 迷宮に物を置いても10日くらいでなくなっちゃうんですよ?」

「なくなっちゃう? なんで?」

「バラバラになって精霊に戻っちゃうらしいです。私も詳しくは知りませんけど」


 なるほど。だからみんなゴミをその辺に捨てていたのか。そのうち無くなるなら問題ないというわけだ。とはいえ、それでケガをするリンクスが存在するわけだし、ポイ捨ては良くない。


「リリムーフがどこかに持ち去るなんて噂もありましたけどね」


 リリムーフは宝物をくれるという神獣と言われているやつのことだ。

 実在しているのかどうなのかはよくわからない。人の宝物を奪ったりすると、こいつが報復に来るという話だが、どこまで本当の話なのかは不明だ。


「……そういえば、私って一度も宝珠貰ったことないんです。1年もいるのに」

「1度も?」

「ええ。ヒカルのその籠手って贈り物なんですよね? 精霊だけじゃなく、神獣からも好かれてるのかなぁ」

「どうかな。運が良かっただけだと思うけど」


 神獣の贈り物はどれもかなり性能が高く、探索者なら誰でも手に入れたいと願うものらしい。俺もこの籠手にはかなり助けられたから、初心者探索者ならなおさらだろう。

 それに、贈り物は売っても高価だ。


「さあ、そろそろ時間だぞ。クロも地図を開いておいてくれ。私も確認しておく」


 さっさと食べ終えたジャンヌが、ノートの青点の位置を再チェックしている。

 この世界では、高速で移動する手段はないようで、転移者たちの位置を示す青点の位置も、そう大きく移動することはなかった。

 もちろん、旅をしている者もいるのだろうが、世界地図では長いスパンで見ないと把握できないような距離しか進まない。


 俺達の位置から少し離れた場所に青点が1つ。アレックスのものだろう。

 どうやら護衛の旅は順調なようだ。


 アレックスが離れたことで、現在この街にいる転移者は、俺とジャンヌだけである。

 近くにいる転移者というと、大陸の南側と東側には転移者がいないが、北と西にはそれなりに転移者がいる。

 ジャンヌが調べたところによると、大陸の東側には大きな街がほとんどないのだという。リフレイアの故郷は東側だが、本人曰く『田舎町』とのことなので、とすれば転移者がいないのも当然かもしれない。


 南側は、ジャンヌが最初に転移してきた街がある。

 それなりに発達した港町らしいが、不思議と転移者はいなかったようだ。


 リングピル大陸……厳密には俺達がいるのは北リングピル大陸で、少し大袈裟な表現だが、斜めに置いたクロワッサンのような形をしている。南側がヘコんでいて、右側に少し傾いている。


 メルティアはリングピル大陸では中央近くにあり南の海に面している。海の向こうには別の小さな大陸があり、それが南リングピル大陸だ。船便もあるらしいが、王都ストラノアのそれと比べると便数はかなり少なく、定期便はほとんどないとか。

 南リングピル大陸よりさらに南にあるのが、西ロシェシル大陸。これは、地球のユーラシア大陸みたいなサイズで、青ドットの分布を見るに、ほとんどの転移者はこのロシェシル大陸にいるようだ。

 たぶんだが、第2陣転移者もほとんどはロシェシル大陸に転移することになるだろう。


 それ以外にもいくつか大陸がある。

 はるか西の海原を越えるとアーラウラ大陸というのがあるが、ここは完全に海に隔てられているし、どんなところなのか全く想像もできない。

 転移者はそれなりに住んでいるみたいだから、悪い場所ではないのだろうが……。

 メルティアより東、海を隔てた先にランシモザ大陸。ここも、それなりに転移者がいるようだ。


「とりあえず、この大陸と南リングピル大陸の人数は昨日と変わってないようだな。あとは、ここから何人増えるかだが……」


 地図とにらめっこしていたジャンヌが言う。

 とりあえず、どの場所に何人いるのか、俺たちと関係がありそうなリングピル大陸だけだが、全部チェックして、第2陣転移者が来てから増えた人数を割り出すことにしてあったのだ。

 増える人数は300名。普通に考えれば、30名程度がリングピル大陸に来て、このあたりに来るのはほんの数名……ということになると思うが。


「何度も言うが、転移場所を選べるようになっている可能性があるからな。第一回目はまだ誰も異世界のことを知らなかったから、選ぶことなどそもそも不可能だったが、今回は違う。神がその程度のサービスをしたとしても不思議じゃない」


 ジャンヌの言う通りだ。

 俺とジャンヌは視聴者数も高かったし、ここには迷宮もある。

 あえて、ここを選ぶ転移者が相当数いたとしても不思議ではない。

 

「時間だ」


 ジャンヌが鋭く発する。

 そして、その時は訪れた。

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