183 第二陣転移者対策会議、そして新しい武器

 第2陣がこちらの世界へ転移してくるまで、あと1日。


 屋敷のリビングに集まり、俺達は対策会議を行うことにした。


「さて、いよいよ新しい連中が来るわけだが、方針としては二つ。関与するかしないかだ」


 ジャンヌが切り出す。

 最初にそもそも新人と関わるのかどうかを決めるらしい。


「私達はいちおうは先輩だからな。新人を導いてやる……そういう方針もないわけじゃない」

「いや、新しい転移者は命を狙ってくる可能性があるから危険って言ってなかったか?」

「言った。実際、危険はあると思う。だから、こうして一応訊いている」


 ジャンヌは、第2陣転移者が俺達へアタックしてくる可能性があると言っていたし、正直、俺もその可能性はあると思う。

 単純に、俺達はすでに多くの物を持っているのは明白なわけだし、地球とは法も違う。この街の警察能力なんてお察しレベルだろうし、第2陣は銃でも毒でも何でも持ち込めるのだ。特に俺などはシャドウストレージに全員分のアイテムを詰め込んでいる。


 普通に買えるものや、お金なんかもあるが、やはりポイントでしか交換できない物は、他には変えられない貴重品だ。

 たとえば結界石なら、俺達は常時3つ、俺、ジャンヌ、リフレイアが一つずつ持つようにしている。

 俺が装備している闇夜の籠手なんかも、売るとなればかなり高額になるだろう。


 ジャンヌが言うには、リフレイアがいることも良くないものを呼び込む要因になりえるとのこと。

 少し前、第1回視聴率レースの時、俺は、彼女の魅力を使って瞬間的とはいえ一位にまで上り詰めた。その時の視聴者は何億人もいたのだ。

 つまり、リフレイアは地球の人たち……もちろん第二陣の人たちを含めて、大スターみたいなもの。

 警戒して損になることはない。

 積極的に関わるのは、抑止力になる部分もあるかもだが、懐に入れるというリスクもはらむ。難しい選択だったが、俺は――


「俺は……できれば関わりたくない」

「クロはそう言うだろうと思っていたよ。そして当然、私も関わりたくない。人付き合いが得意なタイプではないからな。レーヤはどうだ?」

「え、ええ? 私はその……転移者のこと何にもわかりませんもん。二人が関わりたくないなら無視でいいんじゃないですか?」


 全員の意見が一致した。まあ、社交性のあるメンバーではないからな……。


 そうでなくても、俺達が新しい転移者と絡むことでメリットが発生する可能性は低い。

 もちろん、転移者を新しいパーティーメンバーとして迎え入れるつもりならば、メリットがあるだろうが、それは相手が信用のおける相手とわかった場合のみだ。


 そうでなくても、俺は未だにナナミとナナミの家族を殺した犯人だと思われている可能性があるのだ。

 ナナミが生き返ったことで、釈明してくれて身の潔白を証明されたのかどうかは確実にはわからない。死という強烈な体験をすることで、前後の記憶が飛ぶ可能性もあるし、犯人は顔を見せずにナナミを殺した可能性もある。

 俺だって犯人の顔を見れたのはほとんど偶然だ。顔は知っているが名前はわからない同級生が真犯人。せめて、俺が名前を覚えていれば違ったのだろうが、それを今更言っても仕方がない。

 そういう意味でも、第2陣に対する警戒は解かないほうが良いと思う。


「あの、ヒカルの幼馴染みの人が生き返ったかどうかって、その第2陣の人たちが知っているんじゃないですか? そういうの聞いたりすればどうです?」


 リフレイアの提案にドキリとする。

 彼女には俺の事情をすべて話してあるのだ。

 ナナミがちゃんと生き返ったのか。

 そして、俺の無罪を釈明してくれたのか。

 第2陣転移者に聞けば確かにわかるのかもしれない。だが、接触するのは高いリスクだ。

 そもそも、俺達は彼らがどういう条件で転移してくるのかすら知らない。

 転移場所だって選べる可能性があるし、ポイントで得られる能力等も第1回と同じということはないだろう。


「レーヤ。私はそれは一種の賭けだと思う。もっと言うと、私はこいつの妹からのメッセージである程度は状況を把握しているが……クロにはそれを言っていない。なぜかわかるか?」

「え、なんでです? 教えてあげればいいじゃないですか。ヒカル、平気そうに振る舞ってますけど、ちょっと前まですごい塞ぎ込んでたんですよ?」

「じゃあ、クロ。教えてやろう。お前の無実はもうとっくに証明されて、ナナミを殺した犯人も逮捕されているよ。視聴者がお前を見ているのは、単純にお前に対する興味だけだ」

「え……え?」


 ジャンヌはなにを言っているんだ?

 いや……セリカとメッセージでやりとりをしていると言っていたから、セリカがそうジャンヌに送ったのだろう。

 だけど――


「どうした? これで全部解決だ。もっと喜んだらどうだ?」

「で、でもさ」

「実感が湧かないか? それとも……信用できないか?」

「そういう……わけじゃないけど……」


 そう答えながら、俺は真逆のことを考えていた。

 彼女が言う通り、それが本当なら全部解決だ。胸が苦しい。信じたい。信じたいはずなのに、俺は――それを信じることができなかった。


 ジャンヌは嘘を言ったりしないだろうが……セリカならどうだろう。

 あいつは、常に最善を目指す奴だ。

 セリカなら……目的のために、嘘も平気でつく。


「クロ。お前が病んで……人間不信になっていることは、最初からわかっていたことだ。そんな人間に、どんな言葉を掛ければ響くんだ? 誰の言葉なら信用できる? しょせん、私たちが知りうる地球の情報なんて、メッセージとか、人に訊いたりとか、そんな不確かなものでしかないんだよ。だから私は向こうのことは忘れろと言った。……もう関係ないんだよ。地球も、視聴者も。あるとしたら、第2陣に気をつけることだけだ。大事なのは、今ここからの未来なんだから。私だって……忘れたよ。過去のことは。全部な」


 ジャンヌはジャンヌなりに励ましてくれているのだろう。

 そのことが痛いほどわかって、俺は顔を伏せた。


 彼女の言う通りなのだ。

 誰がなにかを言ったとしても、それが本当かどうかなんて証明する手段はない。


 セリカとカレンなら。あいつらなら俺のために最善を尽くしてくれるだろう。

 だが、それは「手段を選ばない」ことを意味している。第2陣転移者全員に嘘の情報を俺に伝えるように言うくらいのことは、普通にやるだろう。

 そういう意味で、セリカは信用に足る妹だ。

 だからこそ、皮肉にもすべての「人づての情報」が脚色されたもののように感じてしまう。


 ジャンヌの言う通りだ。

 もう地球のことは忘れたほうがいい。

 リフレイアとジャンヌと未来だけを見て生きていければ――


「よくわかりませんけど、犯人も捕まったんならいいじゃないですか。ヒカル、よかったですね!」


 あまりよく事情がわかっていないリフレイアが朗らかに笑う。

 そう。これがすべてだ。

 結局のところ、どんな情報を入れたとて、この心に空いてしまった穴が埋まるわけじゃない。

 今の俺が、信じられるとしたらナナミ本人くらいのものなのかもしれない。

 ……あいつだけはセリカに懐柔されることがないからな。

 だが、それが実現することはない。

 俺は俺のまま、ここで生きていくしかないのだ。


「ありがとう、ジャンヌ、リフレイア。俺も……向こうのことは忘れるようにするよ。すぐには……難しいと思うけど。今は、第2陣をどうするかだもんな」

 

 ジャンヌがニヤリと笑い、リフレイアが微笑む。

 男のくせに励ましてもらってばかりはいられない。

 俺ももっと強くならなきゃならない。


 自分のことばっかで、パーティー全体を危険に巻き込むわけにもいかないしな。


 ◇◆◆◆◇


 会議は結局、第2陣には接触しないようにしながら、なるべく迷宮に潜り続けてさっさと強くなるという方向で話がまとまった。

 ある意味では、これまで通りの方針とも言えるが、接触しないというのが重要だ。

 よほど、グイグイ来るタイプでない限り、そうそう向こうから接触してくるということはないだろう。


 ダメなら、ダークネスフォグを使って逃げたり、ボディガードを雇って追い返してもらうという手もある。幸い金銭的には余裕があるから、金で解決できるのなら、その手段も検討しておくべきだ。

 まあ、本当に悪気無く来る転移者には申し訳ないような気もするが、どっちにしろ俺達にはその見分けが付かないのだ。

 拒絶すると決めたのなら、やり通したほうが安全なはず。


 唯一の問題は、相手が長射程のライフルを持っていて、俺やジャンヌを狙ってくる場合だが……これに関しては考えるだけ無駄という結論に達した。

 そんなことをする奴がいるかどうかわからないし、それを想定して生きるなんてのは、逃亡中の指名手配犯以下の暮らしになるわけで、事実上対応不可能だからだ。

 そもそも、そんな可能性まで言い出したら、食べ物1つにまで神経を尖らせ続ける必要が出てくる。第2陣転移者を信用するわけじゃないが、そこまでのことをする奴はいないと信じたい。


 ◇◆◆◆◇


 午後になり、約束の期日ということで、俺たちはドワーフ親方の店で頼んであった武器を受け取りに行った。

 ジャンヌの剣が金貨8枚。俺の刀が金貨5枚だ。

 全部で金貨13枚は家が建つような金額だが、それだけ俺達は稼いでいるからこそ買えるわけで、そう考えると適正な金額なのだろう。

 良い武器が高価なのは、どこの世界でも共通の事柄なのだろうし。


 ジャンヌの剣と、俺の刀との金額の差は、工程の難しさとか煩雑さよりも単純に『獄炎鋼サラマンドル』を使った量の違いとのことだ。

 獄炎鋼は特殊な金属で、火の大精霊のところでしか扱っておらず、他の金属と比べても高価。その代わり、異常な重さと堅さを誇り、現時点では対魔物武器の素材としては最高のものなのだとか。


「これほどのモンを打つのは、うちでも滅多に無ぇ。気に入るといいんだが」


 ドワーフ親方が奥から抱えるようにして、ジャンヌの直剣を持って来た。

 見た目はすごくシンプルな直剣だ。

 身幅は分厚い。10センチ程度はあるだろう。

 あくまで通常の片手剣の範疇ではあるが、刃渡りも十分にあり、片手剣としては大きい部類だろう。


「いい重さだ。これとは比べものにならないな」


 前に使っていた剣と持ち比べながらジャンヌが言う。

 見た目には大きな差はないが、比重が段違いなのだ。


「総獄炎鋼の直剣だからな。我ながらいい仕事ができたと思う。ああ、盗難にだけは気をつけてくれよ」

「風呂にもいっしょに入るようにするよ」


 ジャンヌも気に入ったようだ。鞘から抜いて、素振りをして具合を確かめている。


「いいなぁ。私も総獄炎鋼で作りたい……」


 いっしょに来ているリフレイアも、総獄炎鋼の武器には憧れがあるようだ。


「リフレイアのアレを全部重い金属で作ったら、振るの無理じゃないか……? 現時点でも俺なんかじゃ持ち上げるのがやっとってくらい重いんだが……」

「今のも芯にだけ獄炎鋼が使われてるんですよ。でも、私もけっこう位階上がりましたからね。魔王だって倒したし。そろそろ、新しくしたいなぁ~なんて」

「じゃ、注文するか。リフレイアのだと金貨20枚くらいしそうだけど」


 家が数軒建つような金額だが、リフレイアはアタッカーだ。一番良い武器を持つべきなのは間違いない。ただ、さすがに金貨20枚も持ってはいない。リフレイアが持参金といって持って来た分も、さすがにそこまでの金額ではない。


「リフレイアちゃんも作るのか? 俺は今の剣でも十分だと思うが……。位階が十分か試して、必要そうなら打ってもいいが」


 親父さんに話してみるが、あまり乗り気ではないようだ。

 リフレイアの大剣は、ここで打ったものだから、たった1年足らずで新しい剣を作るのは面白くないのかもしれない。


 親父さんに言われた通りに、剣を振るリフレイア。このテストに合格しなければ、親方は武器を打ってはくれない。


 流麗な剣だ。初めて見た時と同じように、舞うように。

 剣の重量を生かした遠心力をたっぷり乗せて相手に叩きつける剣。


「どうですか?」


 自信があるのだろう。期待に満ちた瞳で親方に問いかける。


「う~む。いい線いってると思うが、まだ総獄炎鋼は早ぇな。今やっとその剣が適正といったところだろう。もともと、背伸びした造りだったんだよ。そいつはな」

「がーん」


 さすがに「今ので適正」と言われてしまったら、諦めざるを得ない。

 俺の刀や、ジャンヌの剣はサイズが小さいから、比重が重くてもそこまで超重量にはならないが、リフレイアの剣のサイズでは、それこそ1トン近くなりそうなのだ。

 いくらリフレイアが力持ちでも無理があるというものだ。


 武器を受け取って金を支払い、その日は家に戻って素振りなどして過ごした。

 迷宮で試したいというのはあったが、明日は転移者が来るのだ。

 その時間は迷宮の中……できれば3層で様子を見ようということになっていた。高性能世界地図を見れば、近くに何人転移してくるか見ることができる。世界の広さを考えれば、『転移場所の指定』ができない限り、近くに転移してくる可能性は低いと思う。

 というより、単純にそれを願っていると言っていい。


 近くに第2陣転移者が来ないで欲しい。

 それが俺とジャンヌの共通の願いだった。

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