174 致命的状況、だけど助けを求める声 ※ナナミ視点

「あれは……なんだろ。真ん中にいる生き物を虐めてる?」


 私をさんざん付け狙っていた大型の鷲が3羽。

 サイより大きい、でっぷりとしたトカゲが一匹。

 

 致命的な状況だ。

 グルリと遠回りして、ここはやり過ごしたほうがいいだろう。

 特にトカゲが見るからにヤバい。

 ゾロリと生えそろった歯は鋭く、強烈に肉食性を物語っている。

 というより……あれはトカゲじゃなくて、恐竜なのではないだろうか。ロマンを感じる部分もあるが、あれが襲ってくるとか冗談にもならない。

 迂回だ迂回。


 ――おなかがへった


 見つかる前に遠回りしようとした矢先、声が聞こえた。

 厳密には、意思疎通で聞こえる動物の心の声だ。


 心の声には指向性があり、私に気付いていない鳥やトカゲの声は聞こえてこない。あくまで、少なからず相手に伝えようという気持ちがあるから、聞こえるのだろう。

 つまり、この声は――


 ――もううごけない

 ――おなかがへって


 まただ。

 私は、もう一度前を見た。

 真ん中にいる生き物がこちらを見ていた。

 グッタリと横になっているが、大きな目がこちらをジッと見ている。

 そして、ハッキリとこう言った。


 ――たすけて


 その言葉を聞いて私は走り出した。

 ある程度の距離を詰めてから、膝立ちの射撃姿勢を取る。

 およそ30メートル。この距離なら絶対に外さない。


 バスッという鈍い音と共に、巨鳥が倒れる。

 すぐさま別の鳥へ照準を合わせ、さらに引き金を引く。

 連続射撃は、つい一昨日練習したばかりだ。

 鳥は3発の弾丸ですべて倒した。

 トカゲは、まだ動かない。気付いていないということはないだろうが、状況が理解できていないのかもしれない。

 少なくとも、弾丸は目視ができないはず。トカゲからすれば、音がしたと思った次の瞬間には鳥が死んでいたという感じだろう。


 さらにトカゲへ照準を合わせる。

 狙いは精霊力の命脈。ちょうど私に対して横を向いている。

 静かに引き金を引く――しかし、撃った瞬間、スコープからトカゲの姿が消えた。


「外した!?」


 スコープから目を外し肉眼で確認すると、トカゲは私の姿を認識し、こちらへ向かってきていた。

 いや、そんな生やさしいものではない。鈍重そうな見た目とは裏腹に凄まじいスピードだ。

 すでに、目の前にいる――


 私はすぐに結界石を割った。

 到底、銃で応戦できるような状況ではない。

 なぜ、あのトカゲが弾丸を避けられたのかはわからない。偶然かもしれないし、動物的勘が冴えていただけかもしれない。

 だが、ハンターだって動物を撃つのは難しいと聞いたことがある。生き物を撃つというのは、そう容易いことではないということか。


 私の姿を見失ったトカゲは、目をギョロギョロさせて、あっちこっちへと身体を回転させて私の姿を探している。


(さて、どうするかな……)


 あの子を助けたいが、このトカゲを倒さないことには無理かなと思う。

 かといって弾丸を避けるのでは――


(あ、そうか)


 私はセリカちゃんから聞いた、銃を持ち込んだ転移者が実験をした話を思い出した。

 結界石は不可侵の場だが、中から相手を撃った場合どうなるか。

 結界の壁に当たり跳弾する? それとも、銃自体が撃てない?

 その答えは、すごく単純なものだった。

 攻撃をした瞬間に結界が解除されるのだ。

 その特性を利用して、不可視の状態から相手を撃つという裏技があるのだという。

 通称バニシングシュートと呼ばれているとかなんとか。


 私は新しい結界石を1ポイントで交換してから、銃を構えた。

 トカゲとの距離は10メートルもない。

 外皮は硬そうだが、スラッグ弾の物理エネルギーは鉄板すら突き破るのだ。


 スコープで相手の目を狙う。

 目に当たれば、そのまま脳を破壊し、確実に倒すことができる。ある意味では、精霊力の命脈を狙うよりも確実である。


 トカゲが動きを止めた瞬間。私は引き金を引いた。

 弾丸が発射され、結界に触れた瞬間、結界は消滅する。だが、弾丸は止まらない。


 音速を超える速度で撃ち出された18ミリの弾丸がトカゲの頬に命中し、頭部が爆発したかのような破壊をもたらした。

 脳を失ったサイのように巨大なトカゲは、ズシンとその場に崩れ落ちた。


「……よし」


 正直に言ってしまえば、こんな場所で1ポイントとなけなしの弾丸を何発も使ってしまったのは計算外だ。

 セリカちゃんは今頃、バカトロマヌケのオタンコナスと私を罵っていることだろう。もしバニシングシュートを躱されていたら、私はいきなり詰んでいたのだから。

 

 私だってそういうリスクはもちろん承知していたが、見て見ぬ振りなんてできなかったのだから仕方が無い。それに、「ヒント」のこともあった。この出会いがヒントに関係していることならば、戦うことは必然だったはず。

 もちろん、ヒントとは全くの無関係である可能性もあるが……。


「ああ、もう。考えるのは後!」


 私は周囲に他の動物の姿がないのを確認してから、助けを求めていた生き物のところへと駆け寄った。


 ――ありがとう

 ――おなかがへった

 ――なんでもいいから

 ――おねがい


 断続的に聞こえる心の声。

 それよりも、私はその生き物の姿に心を奪われていた。


(――可愛い!! なにこの子!)


 魔物なのか動物なのかはよくわからないが、とにかく一つ目のまん丸の毛むくじゃらの頭だ。一見、ふさふさとした濃紺の毛に包まれた玉みたいに見える。

 大きさはバランスボールと同じくらい。

 ひらひらと長く黒いまつげ。うるうると輝く大きな目。まるで宇宙を閉じ込めたみたいにキラキラと輝く瞳。

 大きな耳がロップイヤー種のウサギみたいにだらんと垂れ下がっていて、最高にキュートだ。口はどこにあるのかわからない。毛に隠されているみたい。

 身体の下にだらんと垂れる触手みたいなよくわからない器官が数本。腕か脚かあるいは尻尾か、それはよくわからない。

 大きな頭蓋骨がいくつか落ちているのを見たが、この子たちの骨なのだろう。

 ともすれば、気持ち悪い見た目なのかもしれないが、私には妙に可愛く見えた。これは、どうあっても助けてあげなければなるまい。


「なにが食べたいの?」


 ――わかるの? なんで?

 ――たべたい

 ――かむちからがないから

 ――いし

 ――おねがい


「いし? 精霊石のことかな。ちょっと待っててね」


 私は3クリスタルで解体用の小型ナイフを交換し、巨鳥の背中から精霊石を取り出した。なかなか大きい。色つき。風の精霊石だ。


「はい、どうぞ。食べられる?」


 ――ありがとう


 毛むくじゃらの目玉の子は、力なく耳を動かして石を受け取り(耳じゃなくて触手なのかもしれない)、想像していたより数倍は大きな口を開けて、石をパクリと食べた。

 あめ玉みたいに口の中で転がしているのだろうか。

 まるで味わうみたいに目を閉じている。


「もっと食べるのかな。取ってくるね」


 私は残り2体の鳥からも石を取り出し、目玉の子の前に置いた。

 周りには生物の気配はない。

 あのトカゲからも石を抜きたいところだが、刃渡り10センチの解体用ナイフでは、硬い外皮に包まれたあのトカゲの背中を割るのは難しそうだ。


 私は目玉の子がゆっくりと精霊石を舐めるのを横に座って見ていた。

 なんだか変な生き物だ。どうしてあんな強いトカゲや鳥がこの子を虐めていたのかはわからない。

 弱っていたから、食べられそうになっていたんだろうけど……。


(この子がいっしょに来てくれないかな)


 私が意思疎通を取ったのは、いくつかの理由がある。

 強い生き物と仲良くなって戦闘できるようになれば、ヒーちゃんと合流した後でも役に立てるかなという打算もあった。

 でも、この子のことを見ていて思う。

 動物好きの私が、その生き物に戦わせる? そんなことできなくない? と。

 ゲームでテイマーがペットに戦わせるのとはわけが違うのだ。これは現実なんだから。


 草食動物相手に、いっしょに「狩り」をするのならいい。危険は少ないだろうし、食べるためだ。

 でも、迷宮での狩りは違う。いや、間接的には食べるための狩りに違いはないのだろうが、やはり使役するという要素を含むだろう。

 セリカちゃんが私に「体力アップ」を取らせようとしたのは、そのことを見抜いていたからなのだろうか。

 ……そうかもしれない。

 あの子は、結論が出ていることについて、いちいち説明しないようなところがあるから。


 ――どこにいくの?


 気付くと、目玉の子は綺麗な瞳でこちらをジッと見つめていた。

 意思疎通は心の声が伝わる能力だ。私が、いっしょに来てほしいと考えたのが伝わってしまったのだろう。


「ここを抜けられたら、大事な人が待っているところまで行くんだよ。ずっと離れた場所だから、何十日もかかっちゃうと思うけど」


 目玉の子は、すでに3つめの精霊石に取り掛かっていた。

 精霊石が食べられるという話はすでに周知だが、動物もこんな風に食べるんだなと不思議な感慨があった。


 ――あいつもたべていい?


 目玉の子は私の答えには反応せず、触手をクイッと動かしトカゲのほうを差した。


「いいけど、あれの精霊石は私の装備で取り出せないんだ」


 ――すこしちからがもどったから

 ――そのままたべる

 ――はこんで?

 ――まだとべない


「運ぶ? 触って良いの?」


 ――いい

 ――あなたはてきじゃないとおもう


 その声を聞いて、私はどきどきしながら、フワフワの毛で包まれた目玉の子を抱えた。

 けっこうずっしり重く、30キロくらいありそうだけど、運ぶくらいならギリギリ問題ない。

 さりげなく少しモフる。もさもさした体毛が良い触り心地だ。

 毛の下の表皮は見た目のかわいらしさとは裏腹にけっこう硬い。肉食動物らしい逞しさを感じるムチムチ具合。体温も高めだろう。かなりポカポカだ。


 ヨタヨタとトカゲの死体のところまで運ぶと、目玉の子は、触手を器用に使いながら、グチャグチャバリバリと死体を貪り始めた。

 なかなかグロいが、すごい歯の強さに感心してしまう。

 私は動物系の番組が好きでよく見ていたから、わりとこういうのは平気である。

 というか、小さい身体でどこにそんなに入るんだという気もするが、エネルギー変換効率が段違いに良いのだろう。この世界では人間でもものすごい量が食べられるので、そういうものだという風に割り切ったほうがいい。


 それより、他の危険な動物が寄ってこないかに、気を配る必要があった。

 結界石を使うという手もあるが、まだまだ危険地帯のド真ん中だ。無駄にポイントを使うわけにはいかない。


「おいしい?」


 グロさはあるが、美味しそうに食べている姿は可愛くもある。

 私はなんとなく訊いたのだが、目玉の子は律儀に答えてくれた。


 ――おいしい

 ――こいつはすばしっこくてつよい

 ――こいつをたおしたあなたはもっとつよい?

 ――そうはみえないけど


 ガツガツと白い肉を食べていく目玉の子。

 ん? なんか君浮いてない?

 食べる部位を移動するときに、フワフワと浮かんで移動してる!


 ――ちからがもどってきたから

 ――あなたのおかげ

 ――わたしついていく


「ついてきてくれるの?」


 ――いく

 ――おなかがへらないなら


 どうやら、食べさせることが条件らしい。

 すでにトカゲは半分くらいがなくなっている。凄まじい食欲だ。

 肉食だとかなり厳しいかもだが、なんでも食べるならどうにかなるだろうか。


 ――なんでもたべれる

 ――いしでもいい


「じゃあ、いっしょに行こう!」


 この子が戦えるかどうかはわからないし、私はこの危険な場所を越えなければならない。可愛い旅の仲間ができたからって、けっして余裕ができたわけでもないのだが、一つの命を助けられたというだけで、この世界に来たことにわずかでも足跡を残せたかなという気もする。

 私が死んだとしても、この子が食べるだろうし。


 ――しなせない

 ――わたしはつよい


 そんな言葉が聞こえた。目玉の子は長いまつげを揺らしながら、一心不乱に食べ続けている。

 強いったって、そんな小さな身体で――


「――あ」


 私はこの世界の動物の生態のことを突然に思い出し、ステータスボードを開いた。

 最後のクリスタルを使い「モンスター鑑定」をタップする。

 モンスター鑑定は、最後に見た魔物や動物の情報が表示される。


『イビルアイボール:怪物体  精霊力により浮遊する一つ目の生物で、複数属性の精霊術を生まれながらに操る。瞳には特殊な力があり、ただ見るだけで擬似的な魔術的効果を発揮するため「魔眼」と称される。生まれながらの頂点捕食者トッププレデターだが、燃費が悪く移動力も低いためガス欠になりやすく、最終的には必ず餓死する。雑食性だが精霊石をそのまま食べることを特に好む。該当個体は「殲滅捕食者」「准魔王」。精霊石出現確率は、混沌100%』


「そっか……」


 なんで、この子が死にかけていたのか。これを見て私は納得した。

 この世界の肉食動物は、強い個体が周囲の生物を食い、怪物へと変貌することですべてを食い尽くしてしまい、最後には餓死を迎える。

 言わば、タンク容量は増えないのにエンジンの排気量だけがひたすら大きくなっていくようなものだ。つまり強くなりすぎてエネルギー消費が供給を追い越してしまうのだろう。

 怪物が食料を求めて他の地域に行けない理由もここにあり、必ずどこかで生命としてのバランスが崩壊して動けなくなってしまうのだという。

 この子もまた、周囲の生物を食べ尽くしてしまうことで、餓死しかけていたのだろう。

 あの鳥やトカゲは、この子の石を食べようと死ぬのを待っていたに違いない。


「まだ足りなかったら、あの鳥も食べていいからね」


 ――ありがとう

 ――たべる


 この子は餓死しかけていたわけで、つまり怪物としてかなり凶悪な燃費の悪さとなっているはず。

 どれくらい食べるのかは知らないが、すでに体重の数倍分くらい食べている気がする。


「名前あるの?」


 ふと、気になって私は訊いた。


 ――なまえ?

 ――ない


 それは予想通りの答えだった。一匹で暮らしていると思われる野生動物に名前があるわけがない。


「じゃあ、私が付けてもいい? あなたはアイ。イビルアイボールのアイ」


 私はかつてほんの少しの期間家にいたイヌと同じ名前を付けた。


 ――あい?


「そう。アイちゃんって呼ぶね? あ、私はナナミ」


 ――ななみ


「うん。アイちゃんのことは私が護るから、仲良くしてね」


 ――いのちをたすけてくれたから

 ――ななみとは、なかま

 ――こんごとも、よろしく


 アイちゃんが返事をした次の瞬間。

 脳内に天使の声が響きわたった。


『おめでとうございます! 初テイムボーナスとして、10クリスタルが付与されます』


『おめでとうございます! 異世界転移者であなたが一番初めに怪物のテイムに成功しました。初回ボーナスとして、3ポイントが付与されます』


『おめでとうございます! 異世界転移者であなたが一番初めに准魔王のテイムに成功しました。初回ボーナスとして、5ポイントが付与されます』


『おめでとうございます! 准魔王のテイムに成功したあなたに「デーモンテイマー」の称号が付与されます。初回称号獲得ボーナスとして、1ポイントが付与されます』


 どええええええ!

 なんか一気に来た!


 完全に偶然の出会いとはいえ、アイちゃんはかなり強い生き物なのだろう。

 それが仲間になるということ自体、レアな出来事だったようだ。


 それにしても、テイムか。これがテイムなんだろうか。

 ゲームだと倒して屈服させて仲間になるみたいなイメージで、私とアイちゃんはどちらかというと運命共同体みたいな感じだろう。

 まあ、なんにせよポイントは助かる。

 一気に9ポイントも増えた。クリスタルも嬉しい。

 これで残りポイントは14。上手く使っていけば、この荒野も抜けられるのではないだろうか。


 とにかく、こうして私の異世界転移は幕を開けた。

 

 初日に、仲間が出来たのはとても幸先が良かったと思う。

 なによりアイちゃんは可愛いし。


 アイという名前にしてしまったのは、かつて私が飼おうとしたイヌのことを思い出したからというわけではないが、脳裏にあの子の姿が浮かんだのは否定できない。


 今度こそは絶対に死なせたりはしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る