173 荒野の香り、だけど希望を持って ※ナナミ視点
カウントダウンの終わりと同時にまばゆい光に包まれた私は、堪らず目を閉じた。
地面が抜けたかのような浮遊感にアッとなった、次の瞬間。
私はいくつもの岩山が地面から突き出る荒野に立っていた。
乾いた風が吹き抜ける、岩山とわずかな植物だけの荒野。
自分以外の人間は見当たらない。
私は状況を理解し息を飲んだ。
「……ミスった」
ダーツはそれほど悪くない場所に飛んだ。
ほぼ狙い通りの場所に突き刺さったのだから、たぶんダーツ転移を選択した人の中でも、かなり良い方……のはず。
とにかく、この場所はリングピル大陸であることは確かだ。
確かだけど――
「いちおう、ある程度は地理的な知識も入れて来たけど、リングピルにもこんな場所あったんだ……」
とりあえず、近くに人間の気配はない。
地図で確認してなければわからないが、少なからずサバイバルが必要だろう。
『ピンポンパーン! 異世界へようこそ、転移者ナンバー1001番、ソウマ・ナナミ。簡単にステータスボードの説明をします! まずは、ステータスを呼び出してください。口に出しても、心の中で呼びかけてもOKです』
突然、頭の中に響き渡る声。
なるほどこれが「天使の声」か。
「ステータス」
半透明な画面が空中に出現する。
『そのステータスボードから、各種の情報の取得、アイテムやスキル、ギフトの交換、人気番付やリアルタイム視聴者数、残ポイント数、クリスタル所持数を確認することができます』
今更の情報だが、ステータスボードは転移者のチートの源泉である。
「残りポイントは残機の数」という言葉が一時期ネットを中心に流行ったが、まさにその通りなのだ。ポイントを残した転移者ほど生存率が高い。
私も、11ポイント残している。……まあ、すぐいくらかは使うことになるわけだが。
一通りの説明が終わった後、私は「高性能世界地図」を3ポイントで交換した。
街の近くに転移できなかった場合は取ると決めてあった。どうせ必要になるし。
ステータスボードからタブを切り替え、現在地を確認する。
ダーツが刺さった位置からすると、メルティアの北西方向のはずだが――
「おっと……厳しいぞ、これは」
チュートリアルが終わったら、視聴者たちは私達の様子を見られるようになる。
セリカちゃんもカレンちゃんも悲鳴を上げるだろうな……。
私のいる場所は「リングピル大陸・奈落の髑髏原野」
周囲の人口密度は10段階中0。
危険度は6段階評価中5。
一番近くの人間がいる場所は「リコタ村」で、直線距離で85キロ。
――私は、人っ子一人住んでいない危険な荒野のド真ん中に転移してしまっていた。
◇◆◆◆◇
さて、これからどうするか。
残りポイントは8。
とりあえず結界石と交換して、残りは7。
目玉商品だという「身代わりの指輪」は今は必要ない。危険度5の場所で残機が増えたところで、詰んだ状況になった時点で終わりだ。意味がない。
それなら、結界石を駆使するほうが確実だろう。
地図上にはいくつもの青い点がある。この点の数はすべて転移者だ。
そして、私の現在地を示す赤い点のずっと南東。メルティアにある点の一つがヒーちゃんだろう。私はこの点と合流しなければならないのだ。
ちなみに、すぐ合流できるような距離に青い点はない。誰か他の転移者を捕まえての協力プレイも無理か。
今はまだチュートリアル時間中。アイテム関係はもうここで交換完了しておいた方がいい。始まったらすぐダッシュだ。
村まで85キロということは、危険地帯はそれほど大きい範囲ではないはず。多めに見積もっても60キロ程度走れば、ほどほど安全なところまで辿り着ける……と思う。
私は15クリスタルをスニーカーと交換した。
森じゃないし走れる装備が優先だ。荒野だし、マウンテンバイクなんかと交換できれば最高だったが、残念ながら自転車はないらしい。
走るのは得意じゃないが、ここは死ぬ気で走り抜けるしかない。
残りポイントは6。クリスタルが15だ。
「後は……ヒントを聞いておかなきゃね」
私は1クリスタルを使い、「生きるヒント」のボタンを押した。
この「生きるヒント」は地味にかなり有効であることがすでに証明されていて、神によるサイコロの操作、あるいは未来予測に基づくものだと予想されているらしい。
第二陣転移者向けに公開されている情報にも、『困ったらヒントを聞け』と赤い字で表記されているくらいなのである。
<『西へ向かえ』>
「え……? 西?」
その答えは想定外のものだった。
なぜなら、一番近い村の位置は現在地の東。
ヒーちゃんのいるメルティアの位置もここよりも
当然、私は東へと向かうつもりだった。
だが、この「生きるヒント」の有用性は折り紙付きなのである。
西に何があるかはわからないが、とりあえず西へ向かうしかないだろう。
最後に、ステータスボードから、持ち込みアイテムを取り出す。
装弾数35発のショットガン。
軽く出来るパーツは極限まで軽く作ってある一点物である。
最初の一発はすでに装填済みで転移したから、セーフティを解除すればすぐ撃てる。
威力はかなり高く、至近距離から撃てば地球上のどの生物でも殺せるらしいが、反動も比例して強く、しっかりとした姿勢で撃たないと骨を折ると散々脅された。
「よし……いくか」
私は装備を点検し、気を引き締めた。
西に何があるかはわからないが、とにかく行くしかない。
『アイテム交換は終了でよろしいですか?』
天使の声が最後の確認をしてくる。
「はい。大丈夫です」
『それでは、これにてステータスボードの説明を終了いたします。そして最後に、我々から一つだけ初回転移の特典として、身体能力強化系、または耐性系からランダムで一つ能力を付与させていただきました』
「あっ、それがあったか!」
すっかり忘れていたが、特典があったのだ。
私はステータスボードを開きすぐに確認した。
「やった……!」
特典は「生命力アップレベル1」だった。
これは5ポイントだから、大当たりだ。しかも、2番目に欲しかったもの。
生きてここを抜けられる可能性が大幅に上がったはず。
ちなみに、一番欲しかったのは体力アップだが、今みたいに精神力が削られる状況では、生命力で良かったかもだ。……いや、こっちのほうが良い。
『この世界でどのように生きるか、それは自由です。視聴者たちは常にあなたと共にあります。彼らの協力が得られれば、よりこの世界での充実が得られるでしょう。グッドラック』
そう告げて、天使の声は消えた。
同時に、世界の解像度が増す。
どこからか響いてくる鳥の鳴き声。
強い風が岩山の間を抜ける音がヒューヒューと不気味に鳴り響いている。
危険度の高さも相まって、膝から力が抜けてしまいそうになる。
(怖い……。でも行かなきゃ)
ここは人間の生きていける場所じゃないと、魂が叫んでいるみたいだった。
あまりの心細さに立っているだけで、泣きそうになるけれど、私はここで新しい人生を生きるのだ。
彼が私を待っているという、ただそれだけを心の支えにして私は走り出した。
泣き言は、生き残ってからだ。
◇◆◆◆◇
走り出して二時間。
私はまだ生き残っていた。
「くっ! またなの!? 私なんか食べても美味しくないっての!」
よほど私は弱く食べ頃な獲物に見えるのだろう。
元の世界ではいなかったような超大型の鷲が、空から私を狙ってくるのだ。
――えもの、えもの
心の声が聞こえる「意思疎通」だが、すでに私はこれで何度も命を救われていた。
目論んでいた効果とは少し使い方が違うかもしれないが、本来ならば静かに行うべき肉食獣たちのハンティングの声が、すべて筒抜けに聞こえてくるのだ。
心の声には指向性ともいうべきものがあり、どの方向から発せられた声なのかすら判別ができた。そのことが簡易的な気配察知の効果を生んでいる。
もちろん、心の中で喋っていない相手には無効だろうが。
その上で、こちらにはショットガンがある。
弾は大型の魔物でも倒せるように、小さい弾が飛び散る散弾ではなく、大きな弾を飛ばすスラッグ弾だ。
あんな立派な生き物を殺したくはない。だが、殺さなきゃ生き残れない。
(ごめんね)
私は空へ銃を構えて引き金を引いた。
サプレッサーを装着した銃口からボスッと低い発射音がして、弾は巨大な鷲の胴体に命中。胸に大きな穴を開けた鳥は、絶叫ともいえる声を響かせて地面に落下した。
相手が絶命したことで、精霊力が身体に入ってくる感覚がある。なんとも言えない違和感だが、さすがにもう慣れた。話によると、迷宮と違って肉体が維持される「外」では、得られる精霊力も何割か少ないらしい。
「これで6匹目か。サプレッサー外したほうがいいのかな」
大きな音が魔物を引き寄せるのか、それとも遠ざけるのかわからなくて、
巨大な鷲は普通に戦ったら、かなり厄介な相手のはずだ。
弓なんかではかなりの数を命中させないと死なないだろうし、剣で戦うとなったら、かなり巨大なもの――それこそあの女が持っているようなものでなければ、そもそもダメージを与えられないだろう。
鋭く尖った大きなクチバシは、人間の首くらいなら軽くもぎ取りそうな力を秘めているように見える。地球の鳥だってクチバシの力はかなりのものなのだ。
これだけ大きい怪鳥ともなれば、人間の何十倍も力があるだろう。
「セリカちゃん、ありがとう。銃、役に立ってるよ」
ここまでに使った弾丸は8発。残弾は27発。
正直このペースでは荒野を抜ける前に弾が無くなりそうだが、出し惜しみをできる状況ではない。
なにより、「鳥ならなんとかなる」というのが大きい。
銃と相性がいいからだ。
これが、照準を合わせられないような素早く小さい魔物だったら即詰みだ。
私は3本目のスタミナポーションを飲み干し、走った。
鳥の精霊石は抜かない。そんなことをしている時間はない。
こんな荒野だ。走っていれば目立つ。
だがこの辺りは、巨大な鷲のテリトリーのようで、他の肉食生物は今のところ見かけず、そこはラッキーだった。
それに、生き物……それも巨大な生物の命を奪うことも精神を削る行為だった。私が生き物が好きだからとか、そんな生半可なことじゃなく、多分誰だってこんなこと平気でいられるはずがない。
貰えたのが生命力アップで良かった。そうでなければ、とっくに泣いていた。
わずかな植物しか生えていないような不毛の荒野だ。
トカゲやヘビなどの小さい爬虫類。ネズミなどの小型哺乳類。昆虫。走りながらだから、チラッと見かけた程度でしかないが、そんなものくらいしかいないようだ。
ただ、たまに大きな一つ目の頭蓋骨みたいなものが、落ちているのを見かける。
あれが髑髏原野の由来なのだろうが、サイクロプスでもいるのだろうか?
あの頭蓋骨サイズの巨人だと、身長は4メートルくらい? 捕まって生きたまま囓られるのは嫌だ。
だが巨人なら、意思疎通ができる可能性はある。鳥はこちらの言葉なんて完全に無視しているのか、あるいは理解できていないようだったが、知的な生物ならコミュニケーションがとれるはず。
巨人だろうと、いざとなったら、胴体を撃ち抜けば一撃で倒せる……と思う。
大きくて素早くない生物なら、そこまで致命的ではないはず。希望的観測だが。
そんなことを考えながら、岩山の隙間を抜けると、少し先に動物がたくさん集まっているのが見えた。
グキャキャキャという鷲の独特の鳴き声が複数聞こえてくる。
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