147 神からの告知、そしてあの世界との距離
部屋を借りた俺たちはギルド職員と別れ、生活物資などを買いに市場へ向かった。
最低限の家具は部屋に備え付けられていたが、それ以外のものは自分で用意しなければならない。ただ寝るだけに使う家なら話は楽だが、自炊をするだけでも必要なものは多くなってくるのだ。
まあ金には多少の余裕があるし、どうにでもなる。
数時間かけて、ある程度の生活雑貨を揃え、家に戻る。
こういう時にシャドウストレージは便利だ。適当に放り込んでおけば良いし、まあまあ大きい物も入る。
ベッドは備え付けられているが、マットレスというか敷き布団がないから、実際に暮らし始めるのは明日か明後日からか。
このあたりは気候が温暖だから、掛けるものはタオルケットでもあれば十分かもしれないが、いずれにせよ暮らし始めるには、足りない物だらけだ。
一店舗で全部揃うような、大型の店があるわけでもないので、地味に時間が掛かる。
新しい住居は部屋数が多い。
その中で自室を決め、荷物を運び入れる。
俺は二階の階段を上がって右の部屋。ジャンヌは左側の部屋だ。
荷物を下ろし部屋を出ると、ちょうどジャンヌも出てくるところだった。
「クロ。ポイントはあるのか?」
藪から棒な質問だ。彼女らしいといえば彼女らしいが。
「えっ、なんで急に。ゼロだけど」
「ゼロ!? 危なっかしい奴だな、お前って……。ポイントは安全マージンになるから、なるべく残しておいたほうがいいぞ?」
「それはわかってるけど、事情があって」
リフレイアに万能薬を3ポイント使って渡したことで、俺のポイントはすっからかんだ。
クリスタルもわずかで、1ポイント分にも満たない。確かに安全マージンという点では危ないだろうが、今まで使ってきたポイントはどれも必要な出費だった。
これからまた貯めていけば問題あるまい。
「私は常に6ポイントは残すようにしている」
「6ポイントも!? すごいな」
ジャンヌは常にかなりの視聴者を抱えているらしいから、手に入る分も多いだろう。
それでも6ポイント常に残すのはなかなか凄い。
「だから6ポイントを上回る分は使ってもいいんだが、とりあえずマットレスを出そうと思っている」
「いいんじゃないか? 俺はこの世界のベッドでもあんまり気にならないけど、ポイントで出せるやつは高性能だし」
宿屋のマットレスは中に藁とかが入っていてチクチクするし、女性は気にするところかもしれない。
「うん。ところで、マットレスなんだが大きいサイズも同じポイント――1ポイントで交換できるんだが。クロ、私といっしょに寝るか?」
「え? は?」
「だってルームシェアするんだし。良いベッドを私だけ独り占めするのも悪いだろう? クィーンサイズがどれくらいのサイズかはよく知らないが、二人くらいなら寝れるだろうし、防犯上もすぐ連絡が取れて、良いと思う」
真顔で真っ直ぐに目を見ながら早口でそんなことを言うジャンヌ。
あれ? さっき、お互いの部屋を決めたばっかりですよね?
「い、いや、さすがに寝るときは一人で寝るよ」
「ん? そうか……そうだな。まあ、それならそれでもいい」
そう言ってプイッと自室に入っていくジャンヌ。
なんなんだ……?
まあ、なんにせよ職人のところで注文するマットレスは、俺の分だけで良いみたいだ。
あとは、水回りで必要な道具類とか、家具ももう少し欲しい。個人的なことを言うなら、服もさすがにもう少し持っておきたいところだ。
椅子とテーブルはもう購入したが、ソファもあったほうがいいだろうか。
迷宮が開くまであと6日もあるが、家を整える期間だと思えばちょうど良かったのかもしれない。
買ったものの設置が一通り終わり、ジャンヌと夕食に出ようとした、その時。
ステータスボードが飛び出し、脳内に声が響き渡った。
『ピンポンパーン! 異世界転移者のみなさんにお知らせです! これより20日後、第2弾転移者を300名、そちらの世界に転移いたします! もし近くに転移する人がいたら、先輩としていろいろ教えてあげて下さいね!』
いつもの脳天気な声が、いきなりそんなことを言う。
ステータスボードに表示されている、異世界転移者の総人数は700人とある。補充人員ということなのだろうか。神の思惑はよくわからない。
ただ単に、ある程度転移者達の生活が安定してきたことで、冒険が足りず物足りないから新規メンバーを補充するだけなのかもしれない。
「む……。もう来たか。思っていたより早かったな」
「どういうことだ?」
「転移者は死者が多い。数がどんどん減っているとは、クロだって感じていたんじゃないか? 当然、どこかで落ち着くにせよ、1年ほどで半数を割るのはほぼ間違いないようなペースだ。ならば、きっと神はどこかで人員の補充をやると目星を付けていたんだ」
なるほど。確かに転移者数の減るペースは俺も早いとは感じていた。
さすがに、人員が補充されるとはあまり考えていなかったが。
「……なんにせよ、気を付けたほうが良いだろうな。新しく来る奴らは、ポイントの効率の良い運用を知っているし、なにより私達の情報を持っているわけだろう? 特に私とクロは視聴者も多い。戦闘スタイルから、持っているアイテム、何より『弱点』が丸裸にされていると思った方が良い。効率良くこの世界で生きるなら、最初に私達を殺してアイテムを奪い取れば後が楽だからな」
「なにを言って…………。いや、そうか……そうかもしれない」
人の悪意には、嫌というほど向き合った。
転移者を殺せば、ポイントでなければ手に入らないアイテムや装備が手に入るのだ。簡単に殺せる状況ならば、狙ってくる人間がいないとも限らない。
ジャンヌがどんな道具を持っているか厳密には知らないが、大癒のスクロール一つでも、十分にお釣りがくるのだ。
アナウンスは続く。
『第2弾転移に先立ちまして、一時的にメッセージ機能を凍結いたします。これは、悪意あるメッセージ、悪意ある利用があまりに多い為、一部機能を調整するためです。また、新規転移者たちに地球からのアドバイスなしで純粋に異世界での冒険を楽しんでいただく為でもあります。期間は本日より50日間となります』
メッセージ凍結……。
まったくメッセージを見ていない俺からすれば、関係の無い話ではある。だが、ジャンヌや、他の転移者たちには影響があるのだろう。
向こうの世界と完全に自身を切り離して生きている者ばかりではないのだろうし。
「ほう、なかなかわかっているじゃないか。神は」
「え?」
「せっかく別の世界に来ているのに、あちらの世界からの声に惑わされて自分から自由を捨てるようなのはバカげているからな。……メッセージを行動の基準にしていた私が言うのも変な話だが」
「基準にしていたのか?」
「完全に自由というのは、案外持て余すものでね。チュートリアルのつもりだったんだ。仲間も手に入れた今となっては、もう必要ない」
「そっか……」
ジャンヌは俺に出会うまでは、他の転移者と会ったことがないのだという。
それで、立ち寄った村で困りごとを聞き、それを片付けながら大きな街を目指していたのだとか。
迷宮を踏破すると決めた今となっては、そのチュートリアルクエストは必要ない。そういうことなのだろう。
『またポイントやクリスタルの交換で得られるアイテムや、能力にも変更がありますので、ご確認ください! それでは良い異世界ライフを!』
その声を最後に、アナウンスは止んだ。
ジャンヌは早速、ステータスボードを操作している。
「既存のメッセージは読めるが、新しいメッセージは届かない仕様のようだな。あとは他に変更点だが……なるほどなるほど……これはマズいな」
操作しながら、ジャンヌの顔がわずかに歪む。
俺もステータスボードを操作するが、何かよほどマズい変更点があったのだろう。
「どこだ? なにが変わった?」
「地図だよ。高性能地図は取ってるだろう?」
「だろう……って。まあ、確かに取ってるけど。世界地図のほうだけな」
「見てみろ。見ればわかる」
高性能世界地図は3ポイントで交換できる、ステータスボード拡張機能だ。
タブを選択することで、世界地図がいつでも閲覧でき、さらに自分の居場所には赤いドットが表示される親切仕様。方角も表示されるから、どこか遠くへ行きたい時は、これがあれば迷うことはない。
さらに、自分の居場所の危険度。この世界での名称。人口密度。近くの街までの距離まで表示されるのだ。この世界で生きていくならば、取っておいて損は無いと言える。
おそらくなにか機能が追加されたのだろう。俺はそんなことを思いながらタブを選択した。
「ん? なんだ、これ。青いドットが増えてる」
地図に無数の青い点が追加で表示されていた。今まではこんなものはなかったはずだ。
俺がいる位置には当然赤い点。……いや、重なるように青い点が一つある。
少し離れた場所に青い点が一つ。
「わかるだろう? 神のご親切かつお節介な新機能だよ。つまり、連絡を取り合うことなく合流できるよう他の転移者の位置を分かるようにしてくださったってわけだ」
「な、何でわざわざそんなことを……?」
「さあな。神の考えることなど人知が及ぶわけがない……と言いたいところだが、メッセージの代わりだろうな。地球から他の転移者の居場所をわざわざ知らせる運用がよほど多かったんだろう。実際、私だってメッセージでお前のことを知ったんだし」
アレックスと初めて出会った時にも、あいつはメッセージを見て、俺が転移者だと判断していた。つまり、転移者同士を引き合わせようとメッセージを使うことが多かったということか。
「アップデートの趣旨はわかるが、私達にとっては不利に働きそうだ。この辺りには他の転移者もほとんどいないし、他の場所に移動しても良いが、そこまでするのも癪だしな」
「向こうから来るのもわかるから、まだマシでは?」
「確かにマシだが、異世界転移者はどんな武器でも持ち込めるんだぞ? いくら私でも、銃には太刀打ちできない。クロだってそうだろう?」
「確かに……。特に、俺は憎まれているからな……」
転移者が俺を殺しに来る……のだろうか。
来るのかも知れない。少なくとも俺はそのつもりで行動しておいたほうがいいだろう。そう考えると、むしろ地図に転移者の居場所がわかるようになったのは、俺にとっても有利なのか。
「クロが憎まれているなら、私だって憎まれているさ」
「そんなわけないだろ」
「なぜ、そんなことが言い切れる? メッセージも開いていないお前に、何が分かるんだ?」
「俺は……人殺しだと……俺がナナミを……ナナミの両親を殺したと思われてたんだぞ? ナナミが生き返って、その汚名を晴らしてくれると良いけど、ナナミだって不意打ちで殺されて犯人の顔を見てないかもしれないし、だとしたら、結局犯人が誰か分からないままだ」
ナナミは、たとえ犯人の顔を見ていなかったとしても、俺は犯人ではないと証言してくれるだろう。だが、世間がそれを信じるだろうか? 顔は見てないけど違うという証言に、どれだけの意味があるのか。
もちろん、ナナミが犯人の顔も名前も知っていて、ちゃんと証言してくれる可能性もある。
結局、向こうの世界のことは分からないのだ。
メッセージが凍結されたことで、新しい情報を得られる可能性も閉ざされた。
まあ、俺が無実だとわかったのなら、視聴者が減るはず……いや、ジャンヌといることで、俺の注目度も上がってしまうのか。
視聴者数はあまり参考にならないかもしれない。
「……クロ。そんなことをいつまでも考え続けるのは、もうやめろ」
「えっ?」
「メッセージが凍結されたのは良い機会だ。お前はもう向こうの世界のことは忘れろ」
「そんなこと言ったって……」
俺だって忘れたい。
何度も忘れようと思った。
何度も何度も何度も何度も、忘れようとしたのだ。
「……なあ、クロ。朝、ナナミを生き返らせたが、メッセージが凍結されたということは、ナナミが本当に五体満足で生き返ったのかも、元気に暮らしているのどうかだって確認する術はないということだ。そうだろう? そうでなくても、メッセージに書かれた内容は、どこかの誰かが書いたものに過ぎない。つまり、嘘か本当かわからんということだ。そんな脆弱な情報に振り回されるのは、バカバカしいじゃないか」
「それは……そうかもしれないが」
「私からすると、お前は向こうの世界のことを気にし過ぎだ。どのみち、もう私達は正真正銘の異世界人になったんだぞ。向こうのことなんて、どこに関係がある? ポイントほしさに神や視聴者の傀儡にでもなるのか? 無視できないというのなら…………私が忘れさせてやろうか?」
触れそうなほど距離を詰めて、そんなことを言うジャンヌ。
ウジウジと情けない俺に苛立ち怒っているのだろう。少し顔を赤くしている。
……確かに彼女の言う通りなのだ。
俺は気にし過ぎている。心を蝕まれてしまっていると言い換えても良い。
これが、視聴者の少ない転移者に言われたのならば、響かなかったかもしれないが、ジャンヌは、俺よりも遥かに多くの視聴者に見られ続けてきたのだ。もしかすると、俺よりも唯一、総視聴者が多い転移者なのかもしれない。
ならば、当然心ないメッセージだって受け取ったことがあるだろう。
それを、鋼鉄のような意思で撥ね除けてきたのだ。
「……ジャンヌはかっこいいな」
ジャンヌの紺碧の瞳は、まるで俺の弱さを見抜いているかのように深く透き通っていた。
人形のように白く整った相貌からは、およそ弱さというものが表に出てくることがない。
だが、俺はまだ、そこまで割り切ることが出来ないでいる。
「俺はお前みたいに強くなれない。……まだ、子どもなんだな。きっと」
「……ちょっとずつでいいさ。それに、第二陣も来る。嫌でも強くなっておくべきなんだ。……もし、本当に命を狙ってくる奴がいるのだとしたら、躊躇は命取りだからな」
第二陣が本当に俺やジャンヌを狙ってくるかは、その時になってみなければわからない。可能性はある……それだけの話かもしれない。
だが、本当に狙われたのなら、殺す覚悟を持っていなければ危険だろう。
向こうの世界のことは、まだ、自分の中でちゃんと整理できていないけれど。
ジャンヌといっしょにいれば、本当にみんな忘れて前に進めるのかもしれない。
「……さて、もう寝ようと思うのだが、どうする? ベッドなら、もう出したからあるけど」
「え? 夕飯は?」
「夕飯……? だと……?」
荷物を置いて飯を食いに行こうなんて言っていたところだったはずだが。
「いや、疲れてるんだな。俺もそんなに腹減ってないし、今日はもう宿に戻るよ。荷物も少し置いてあるし」
「……い、いや。そうだな。そうか、夕飯だったな。夕飯は食べに行こう。急に神のアナウンスが始まってうっかりしたよ。腹は減っているんだ」
「そうか? じゃあ食べに行くか。オススメの店があるんだ。エビは食える?」
「好物だ」
飯を食べた後は、俺は宿屋に戻った。
ジャンヌはなんだか名残惜しそうにしていたけれど、ずっとこの世界で一人だったというから、寂しいのかもしれない。
まあ、明日からは俺もあの家で暮らすことになる。共同生活に不安がないわけでもないけど、どうにでもなるだろう。いざとなったら、ジャンヌが言っていたようにメイドを雇ってもいいだろう。
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