145 スキル割り振り上の注意、あるいはPMSC ※セリカ視点

 一度家に戻った私たちは、カレンとナナミ姉さんの感動の再会のあと、すぐに支度をして予約してあった民間軍事会社PMSCへと向かった。

 私達のSPをやってくれているリンダの知り合いがやっている会社で、とりあえず家からも近く姉さんの訓練をやってもらうには適任だ。

 優先順位で言えば、まずは最低限の体力、腕力、持久力を付けること。持参予定武器である銃の知識と射撃訓練。簡単な格闘術や対魔物の戦闘訓練。

 もちろん、異世界に関する知識も詰め込む必要があるが、それは私とカレンが担当する。

 転移前のポイント交換で体力自体は上げられるとはいえ、厳しい訓練を通じて精神を鍛えることも重要になってくる。ハッキリいってナナミ姉さんは運動音痴だ。小さい頃は私達とゲームばっかやって遊んでたし。今でも、まあまあゲームは続けてたはず。

 正直いって、20日は準備期間としては少なすぎて、どれもこれも付け焼き刃にしかならないだろうが、かといって何もしないという選択肢はない。


「姉さん。今日から20日間、かなりハードなスケジュールになると思うから覚悟しておいて。人間ってね、筋肉はすぐには付かないけど、休眠している筋肉を目覚めさせるのは、20日もあれば間に合う……いえ、間に合わせる。とりあえず、全部の筋肉を目覚めさせるから」

「なんだかわからないけど、任せるよ。拒否権はないんでしょ?」

「さすが姉さん。よくわかってるじゃない。20日間、完全に私が決めたスケジュールで動いてもらうからね」

「はいはい。ぜーんぶ、セリカちゃんに任せますよ~」


 多少投げやりな感じだが、生き返っていきなりこんな感じでは、姉さんだってわけがわからないのだろう。

 私だってわけがわかっているわけではない。

 ただ、できる範囲で最善を尽くすだけだ。


「資料はあとで送るけど、転移時のスキルの割り振りの注意点だけは把握しておいて。最初に選べるスキルは第1回の時とは多少変更するって神は言ってたけど、多分、基本的な部分は変わらないと思うから」


 基本的な部分とは、身体能力や耐性の部分のことだ。

 変更するなら、それ以外になるはず。

 第二陣転移者は、ハッキリ言って有利だ。このアドバンテージは最大限に生かしてポイントを割り振るべきである。


 難しいのは、高ポイント系のギフトと、プラスポイント系の選択肢だ。上手くハマれば生存確率をグッと上げることになるだろう。


 ただ、私は姉さんには高ポイントは一つも取って欲しくない。

 絶対に基礎能力系だけにするべきだ。


 これは予想だが、初日から多くの転移者が死んだ『完全ランダム転移』は無くなると踏んでいる。

 兄が生き残れたのは、単にポイントを大量に残していたからに過ぎない。あれが無ければ結界石と交換することもできず、初日で死んでいたはずだ。

 神も、わざわざ300人も補充するくらいだ。無駄な人死にを是としているわけではないだろう。


(転移前の死者が24名。ということは、ここが変更の最低ラインかな)


 ランダム転移で死んだ転移者は多い。

 運良く比較的安全な場所に転移し、後になって「ランダム転移」だったと申告した転移者もいるにはいるが、そんなのは少数も少数。

 ほとんどのランダム転移者は死んだ。


 転移者のポイント割り振りは未だに公開されていない。

 だから、初期に亡くなった転移者のポイントの割り振りは不明だが、ランダム転移よりも先に「高ポイントへの割り振り」が来るのは自明である。初期に割り振られたポイントでは、高ポイント能力を取るにはあまりに心許ないからだ。

 神がそこをどう判断するのかは難しい。

 つまり『高ポイントを取ったから死んだ』のか『ランダム転移を取ったから死んだ』のかだ。

 因果としては、ランダム転移だから死んだ一択だが、神の判断としてはどうだろう。


 最初の転移者1000人中、ランダム転移を選択したのは兄を含めて75名。

 そのうち生き残ったのは、たった7名だ。


 50ポイントの魅了を取ったのは34名。

 これは初日で死んだものも多かったが、相手に「魅了!」と叫ぶ転移者が多かったので、比較的取得人数がハッキリしているギフトだ。

 使い方は難しく、中途半端に使うことで魔女裁判よろしく、怪しい術を使うと告発されたりする。人間関係のトラブルになることも多く、かなり扱いが難しい。

 生き残りはたった4人。

 そのうち3人は、ほとんど『魅了』を使わず地味な生活を送っていて、ある意味では賢い。切り札は見せないから切り札たり得るのだ。


 同じく50ポイントの回復魔法をとったのは、39名。

 なぜかランダム転移と同時に取る転移者が多く、初日で21人も死んでいる。これもケガをした際に「回復!」と叫ぶ転移者が多かった。

 残り18名も、告発され2人死に、回復頼りの無理な冒険で12人が死んだ。

 現在の生き残りはこちらも4名。

 この「魔法」はエルフが求める禁術らしく、回復効果は強いが消費精霊力がかなり大きい。故に、使える回数も少なく、これもまた扱いの難しい能力である。


 30ポイントの精霊の寵愛をとったのは、37名。

 そのうち22名はランダム転移を選び、死んだ。

 ランダム転移と精霊の寵愛の両方を取って生き残ったのは、兄だけである。

 残りの15名のうち、8名は「愛され者」として神殿の管理下に置かれている。6名は大精霊に捕食された。

 自由行動で生きている「愛され者」は、兄だけだ。

 

(あとは、超集中と意思疎通だけど……、この二つはあんまり死者が出てないから、そのまま据え置きかな)


 上記の死者を多く出した高ポイントを必要とするギフトは、軒並み無くなるかもしれない。

 もちろん、全く関係なくすべて残る可能性もあるし、逆に人気があるものは残り、不人気なギフト(超集中とか)は消えるという線もある。


(……ま、結局は神の手のひらの上か。蓋を開けてみなきゃわかんないもんね)


 ジャンヌさんの活躍により「結局レベルを上げて物理で殴るのが一番強い」ことが知れ渡っているので、第二陣は無理して高ポイントを取るという賭けには出る人は減るだろうから、ランダム転移など尚更取るはずがない。

 誰だって死ぬために異世界に行くわけじゃ無いのだから。


「セリカちゃんのオススメは、なんだっけ?」

「体力アップと生命力アップは必須だけど、その二つは転移後も取れるから、すぐに取らなくてもいいかもね」


 ただ、その二つが最も安定したギフトなのも確かだった。

 姉さんは腕力もないし、できれば両方ともレベル3まで取りたい。

 それだけで20ポイントも必要だが、それだけの価値はある。


 精霊力アップは、現地で大精霊と契約し、実際に使える回数を見てからのほうが良い。いきなり2回使えて平凡。3回使えるなら優秀。4回以上使えたら天才だ。

 

「大事なのは、ポイントをしっかり残しておくこと。状況を見て使えるからね。高性能世界地図なんか凄く便利だけど、これも後から取れるし。新しい特殊能力が来てたら、ものによっては取るべきかもしれないけど、これは見てみなきゃわかんないからね。まあ、よほどのイレギュラーがない限りは、体力と生命力を上げるだけにして」

「ふ~ん。難しいね」

「答えがあるものでもないからね……。生活のスタイルとか、性格とかでも優先順位変わってくるし」


 ギフトには、最初にしか選べないものと、後からでも選べるものがある。

 アイテム類は当然後からでも選べる。


 年齢、特殊能力、転移ポイント、不利な要素。

 この4つは最初だけしか触れない。だから、この4つをどう処理するかがキモとなるのだ。

 ……だが、それこそが大いなる罠。

 特殊能力は上手くハマれば強いが、結局は一芸特化になりがちだ。

 ジャンヌさんを見ていればわかるように、単純に体力生命力に極振りするほうが、確実に安定する。さらに精霊術は、本当に「向いている人」向けの『魔法』。憧れる気持ちはわかるけど、基本的にはオマケ程度に考えていたほうがいい。

 アレックスさんのように、結局ほとんど使わないということになるのは、ポイントの無駄だ。


「とにかく、基本的には身体能力アップを軸に考えるべきと思う。あとはアイテムとかも取らなきゃだし、最初に選ぶのは最低限にするべきかな。もちろん、実際に始まってみないとわからないとこもあるけどね。ポイントは全部使い切らなきゃダメな仕様に変更されてる可能性だってあるし……そもそも姉さんが何ポイント貰えるかだってわかんないしね」


 ポイントは年齢でほぼ均一だ。15歳は若さの分、多めに貰えたはず。

 20ポイントまでの特殊能力なら一つくらい取れるかもしれない。


 ……まあ、こんな風にいろいろ言ってみたところで、姉さんは私の言うことを必ず聞いてくれるわけじゃない。

 今、訓練することに大人しく同意しているのは、あくまで本人もその必要があると感じているからにすぎないのだ。


 ポイントの割り振りも、私が口を酸っぱくして言い続ければ、体力と生命力に5ポイントずつくらいは振ってくれるかもしれないという程度のものだ。もちろん、他に魅力的なものがなければ、大人しくポイントを振ってくれるかもしれないが、こればかりは本人が決めること。

 私ができるのは、アドバイスとか提案だけなのである。

 悔しいけど。


「姉さん。本当にポイントの割り振りは重要だからね? 適当に選ぶと――」

「わかってるって。私だって死にたくないからね。ちゃんと選ぶよ」

「そうして。あっ、そろそろ着くかな」


 私達を乗せた車は、郊外にある比較的新しく綺麗な建物の敷地内へと入った。

 民間軍事会社は、まだまだ新しい分野で、リンダの知り合いの会社はまあまあ儲かっているようで、一見ちゃんとした会社に見えた。


「じゃあ、リンダ。姉さんのこと頼むわね」

「えっ?」

「イエス、ボス。オーダー通りに仕上げてみせます」

「スケジュールは分かり次第メールするから。何かあったら連絡して」

「えっ? えっ?」


 リンダは元々このPMSCに在籍していた傭兵だ。

 新兵の教育や試験もやっていたそうだし、任せても大丈夫だろう。

 もちろん、かなり厳しく苦しい日々になると思うが……頑張ってもらうしかない。

 まあ、教官がムクツケキ大男じゃないだけ良しとしてもらおう。


「ちょ、ちょっとセリカちゃん。どういうこと?」

「どうもこうも、訓練してもらうって言ってあったでしょ? 大丈夫、宿泊施設もあるし、食事も栄養満点なものが出るわよ」

「セリカちゃんは……?」

「私は仕事が山ほどあるから別行動。ちゃんと、国の広報と仕事のときは私も同行するから心配しないで」

「で、でも……」

「はいはい。時間がないから、訓練訓練! 少なくとも身を守れる程度には強くなってもらわなきゃなんないんだからね!」


 リンダに首根っこを掴まれ引き摺られていくナナミ姉さん。

 姉さんは、気が強いタイプだが、しょせんは日本生まれ日本育ちの内弁慶。こんな、殺伐の本場みたいな場所での訓練はかなり堪えるだろうが、だからこそ良いのだ。


 全くの別世界に飛ばされるということ。甘く考えないほうがいいのだから。

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