144 オザワ再び、あるいは到着 ※セリカ視点

「なになに、どうしたの?」

「ナナミ姉さん……こいつも選ばれたみたい」

「え?」


 ナナミ姉さんがタブレットに顔を近づける。


 オザワ・ユウイチ15歳。

 頬が痩け、光の無い切れ長な目が特徴的な不健康そうな少年。

 自分で染めているのか、いまいち汚い茶髪が若干プリン気味になっている。

 おそらくこの写真は、神が用意した『現在の姿』なのだろう。


「これ……私を殺した奴……」

「そう。今は留置場に入っているはず。いや、まだ病院だったかな。裁判はまだだけど、まあ死刑になるでしょ。姉さんは生き返ったけど3人殺した罪は本物なんだし……。でも――」

「でも?」

「あと20日で死刑執行は無理。当然仮釈放を出して暗殺ってのも現実的ではないでしょうね。世論を味方に付けたとしても限度があるし……こいつの異世界行きは阻止できないと思う」

『セリカン……。下のほうに新しい注意事項。異世界転移者は地球で死亡した場合でも、転移の権利を消失せず、肉体と記憶を復元し転移する……だって』


 電話越しにカレンが話に入ってくる。

 なるほど。前回が酷かったから、先手を打ってきたってわけか。


 初回の転移予定者は、ナナミ姉さんも含めて1000人中、24人も殺されている。

 つまり、24人は兄も含めて再抽選で選ばれた転移者だ。

 本当は最初に選んだ1000人を送るつもりだったのだろう。今回もまた同じことの繰り返しになるのを恐れたということか。


 一つだけわかることは、神は別にこの異世界転移を動乱の種にしたいわけではないらしいということ。本当にエンターテイメントのつもりでいるらしいということだけだ。


 どちらにせよ、20日の間に、オザワを亡き者にするのは不可能なわけだし、これであの男は死刑になることもなく、のうのうと異世界に逃れることが決定したというわけだ。

 となると問題は、こいつが兄やナナミ姉さんに絡んでくるのかどうかという点である。


「……いちおう聞いておくけど、姉さんはこいつに直接復讐したかったりする?」

「もし出会うことがあったならケジメは付けるけど。でも、世界は広いんでしょ? 私も、わざわざ探しに行くことはないわ。ヒーちゃんと合流するほうが先決だし」

「ケジメ? 殺すの?」

「わかんない。でも親の仇だから。私は悪い娘だったけど、それくらいはしてあげなきゃ浮かばれないでしょ」

「……姉さんは強いわね」


 普通なら、自分を殺した相手は怖いと感じるものだろう。

 だが、ナナミ姉さんからはそういう雰囲気は感じられない。

 この人が、やると言ったからには、やるだろう。

 案外、心配はいらないかもしれない。


「じゃあ、問題はお兄ちゃんの方か……。逆恨みしてお兄ちゃんを殺しに行ったりとか……そんなの考えすぎかしら。情報がなさすぎるのよね」


 監禁している間、奴から情報を引き出すために、多少は異世界の映像などを見せたりもした。自分が弾かれ、自分が殺した相手――兄が異世界に行ったことも知っているだろう。

 留置場では、本も読めるだろうし、異世界関係のこともそれなりに調べることができるはずだ。弁護士との面会もできるし、そこでも話を聞く機会くらいはあるはず。


(逆恨み……するだろうな……)


 結果だけを言えば、兄は日本人で一番人気がある転移者となった。

 昏い迷宮、死と隣り合わせの冒険。リフレイアさんのような美女とのラブロマンス。

 剣を振り、精霊術を繰る戦いの日々。

 あの男からすれば「それは自分がいたかもしれない位置」なのだ。

 なれば、奪い取ろうとするか、それが無理ならせめて壊そうとするのではないか。


 ……正直、わからない。

 合理的判断ができない人間の気持ちは、私にはよくわからないのだ。


 どちらにせよ、第二陣は有利。

「正解」は人によるが、キャラメイクの「不正解」はある程度明確になっているし、ランダム転移の危険さも知れ渡っている。

 

 オザワが、あの広い世界で、兄に嫌がらせをするために、わざわざ近付いてくる可能性は低いだろう。

 それに、オザワからすれば、兄は殺した相手で、兄からすれば殺された相手、そして、なにより『幼馴染みを殺した相手』なのだ。

 復讐される可能性を考えたら、むしろ遠ざかろうとする――それが合理的な判断のはず。

 せっかく異世界転移に選ばれたのだから、心を入れ替えて生きる。

 それが、マトモな人間の考え方というものだ。


(――マトモな人間は、一日で4人も殺したりしない……か)


 戦争以外で一日で4人も人殺しをしたことがある人間など、古今東西、全人類でも極少数だ。現代だけに限定するならば、稀代の殺人者と言ってもいい。

 つまり、マトモであるはずがない。それが、普通の顔して学生生活を送っていたというのだから、サイコパスとは恐ろしいものだ。


「やっぱり殺しておくべきだったわね……。どうして、こう裏目裏目に出るの……。やっぱり神が介入しているの……?」


 確率だけで考えたら、介入しているとしか言い様がない。

 姉が選ばれた時点までは偶然だっただろうが、その姉が殺され、兄がなぜか選ばれ、そして今度は殺人者が選ばれた。

 偶然というにはできすぎていた。


「大丈夫よ、セリカちゃん。そんなに深刻そうな顔しないで。お姉ちゃんが、あなたたちの代わりにぶっ殺してあげるから」

「ナナミ姉さん……ふふっ、よわっちいくせに」

「妹がそんな顔してたら、安心させてあげなきゃって思うでしょ~?」


 不安はある。だが、考えすぎかもしれない。

 世界は広い。そのうえ、移動手段も限られている。

 転移場所が選べない以上、オザワの思惑がどこにあろうと、兄の近くに転移する可能性は限りなく低いと見ていいはずだ。もちろん、今回の転移で転移場所が選択できるようになる可能性もあるだろうが。


 最悪襲われたとしても、兄は強い。

 ジャンヌさんもしばらくは近くにいてくれるはず。


 おじさんとおばさんを殺した罪を償うことなく異世界へと逃れるオザワに、引導を渡さなかったことに心残りがないわけでもないが、もうどうしようもない。

 これから先のことを考えていくしかないのだ。


 ◇◆◆◆◇


 長いフライトを終え、私達はようやく空港へと到着した。

 家までは車で1時間ほど。

 カレンが首を長くして待っているだろう。

 ただ、その前に少しイベントがある。


「これから、姉さんには政府関係者に会ってもらいます」

「えっえっえっ、なんで!?」

「姉さん、戸籍もないし密入国でしょ。こっちで特例として『国籍』が貰えることになってるけど、担当官との面談はあるから。まあ、どうせ姉さんは異世界行きが確定しちゃったし、いまさら国籍がどうのってこともないんだけどね」


 極端な話、20日くらいならビザすら不要。なんなら、無理にこっちに来なくても日本で過ごしてもよかったくらいだ。まあ、姉さんはそもそも国籍を抹消されていたから、そんなこと言っても仕方が無いんだが……。

 本当に神というやつは、こちらの予定をいちいち引っかき回さずにはいられないのか。

 それとも、単に私のリアルラックが低すぎるのか。

 神という超常の存在の出現によって、本来ならただ「運が悪かった」で済むことでも、いちいち神の嫌がらせでは? と考えてしまう自分が嫌だった。

 常識的に考えれば、地球人口70億の中から私の周辺を選んで小細工をする意味も必要もあるはずがないのに。


 荷物をまとめて、タラップを降りると、スーツを着た担当官が待ち受けていた。

 軽く挨拶をしてから、私たちは特別室に通された。


 ◇◆◆◆◇


 特別室に通された私たちは、無事にナナミ姉さんの国籍も貰い、短い会談を終えて政府関係者が用意してくれた車で帰路についていた。

 ナナミ姉さんは、となりの席でグッタリしている。


「いやぁ、それにしても驚いたわね。まさか、プレジデント自らお出ましとは」

「セリカちゃん、よくあんな普通にしてられたね……。私、緊張しすぎて死ぬかと思ったんですけど……」

「そりゃ気合いも入るわよ。手に入れられるコネクションの中じゃ、最高のカードだからね。名刺も貰えたし、なんかの時には役立ちそう。こういうとき、子どもは有利ね。大人だったらこうはいかなかったんじゃない?」

「セリカちゃんのそういうとこ、ホント意味わかんない。中学生っての嘘でしょ?」

「そうです! 実は私は転生者だったのです! って? んなわけないじゃない。転生者だったら、とっくにお兄ちゃん襲ってるわ」

「うわ、エグ……」


 大統領プレジデントが現れたのは、報道も引き連れてきていたし、人気取りか何かだろう。姉さんは転移者に選ばれてしまったが、地球史上唯一の『神の手による復活者』なのだ。こっちにいられる期間が20日間しかないとはいえ、利用価値はあるということだ。

 大統領の「頼み」で、20日のうちの1/3くらいはイベントなんかに引っ張り出されるようだが、その程度ならば支障ない。どうせ24時間訓練できるわけではないのだから、休み時間にイベントを放り込むようにスケジューリングすればいいだろう。


 向こうは、リップサービスかもしれないが、異世界転移までの準備も手伝ってくれると約束してくれた。

 神によれば、今回の転移者は準備期間中に死んだ場合でも、問題なく転移されるらしいから、国や宗教がどう介在したとしても『殺すことができない』という点では安心だ。

 利用できるものは、なんでも利用する。

 そのうえで、私はコネまでゲット。いずれ役立つ時が来るだろう。

 

 国籍を付与する条件として、20日間のスケジュールを伝えるように求められたので、すでに簡単に作ってあったそれを渡したが、なんのことはない、姉さんは20日間ひたすらに訓練の予定だったのだ。訓練、食べる、休む、訓練、食べる、休む。その繰り返し。

 多少無理をするくらいでいい。どうせ転移時に肉体はリフレッシュされるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る