134 敗北、そして思わぬ贈り物


「……結局……これが俺の運命ってやつだったんだな」


 ――なんだか、何もかもがバカバカしくなってしまった。

 

 幼馴染み殺しの汚名を着せられ。

 家族にすら心配されることもなく。

 同じ地球から来た転移者には、視聴者に代わって裁かれようとしている。


(リフレイア。やっぱり俺、生きられなかったよ)


 彼女はそれを知ったら悲しむだろう。

 そもそも、俺が死んだと知る手段がないか。俺は、この世界になんの寄る辺も無い異邦人で、死んだらそれで終わりなのだから。

 誰に知られることもないまま、ただ死んでいくのだ。


 ……いや、胸に掛けた認識票をギルドに誰かが届ければ別か。


「……俺を殺したら、認識証だけ探索者ギルドに持って行ってくれ」

「ふん……。ずいぶん諦めがいいじゃないか」

「もう……疲れたんだ。お前が引導を渡してくれるなら、それでもいい」


 なにも考えたくなかった。

 なにも考えられなかった。


 虚無感だけが全身を支配していた。

 俺が死んで、視聴者達は喜び上がり、祝杯すら挙げるのだろう。

 俺は薄汚れた街角で、ゴミクズのように死んでいくのだ。

 それが、俺の一連の異世界転移のすべてで。

 この正義ヅラしたゴリラ女にとっては、正義に酔うためだけの通過点でしかない。


 誰も、俺のことなど気にしない。


「やれよ」


 俺は瞳を閉じた。

 せめて苦痛は少なく頼みたいところだ。

 死後の世界は、こっちの世界になるのだろうか。

 ならば、ナナミと再会できる可能性は低そうだ。


「……諦めが良い男は正直好みじゃないが、まあいいだろう。勝負は私が勝ちということでいいな?」

「勝ちもなにも……俺はもうなにもできない」

「よし」


 気付くと身体に感じていた重みが消失していた。

 目を開けると、ジャンヌが立ち上がり俺を見下ろしている。


「クロセ・ヒカル。お前、メッセージを開かないらしいな。なぜだ?」

「なぜって……俺が視聴者たちから憎まれているからだ。メッセージなんて開けると思うか?」

「わからん。人それぞれだからな。正しい答えなどない」


 そう言って、ただ突っ立って俺を見ているだけのジャンヌ。

 剣呑な雰囲気は、綺麗さっぱりと消失している。


「……殺さないのか?」

「一言も殺すなんて言っていない。試すとは言ったが」

「試すって……なんなんだよ、それは」

コレ・・だよ。欲しかったんだろう? ほら」


 ジャンヌは雑嚢から何かを取り出すと、それを無造作に放ってよこした。

 それは握りこぶし大の宝玉で、神獣の宝珠と違い、複雑な光彩を内側にたたえていた。

 見るからに高価そうな品だ。


「宝石か……? なんでこんなものを?」

「お前の妹から頼まれた」

「妹……? どういうことだ?」


 意味がわからない。

 こいつは何を言っているんだ?


「セリカというのはお前の妹なのだろう? お前にそれを譲って欲しいと頼まれてね。じゃあ、私の願いを叶えてくれたらとダメ元で言ってみたら、見事に叶えてみせたってわけだ。どうやったのかはわからんが、お前の妹……セリカは熱いやつだな」

「セリカが……?」


 あいつが俺に譲ってほしいと頼んだだと……?

 それを、こいつはわざわざ俺のところまで持って来た。そういうことなのだろうか。

 しかし、試すといって殺し合いまでしておいて、イマイチ話が繋がらない。


「さっきまで殺し合いをしていたんだぞ……? そんな話が信じられると思うか? 妹の名前まで出して……何を企んでる!?」

「別になにも。転移者同士の決闘なんて、そうそう経験できることじゃない。実際、面白かった」

「面白い!? 死んでたかもしれないんだぞ。ふざけてるのか!?」

「死んだなら、しょせん私もそれまでだった、ということだ。なにも特別なことじゃない。今日じゃなくても……こんな世界だ。いつ死ぬかなんてわからんし、すぐ隣に死を置いておくことができなきゃ、強くはなれないだろう」


 クスリとも笑わず言うこいつからは、冗談で言っている雰囲気は感じられない。

 本当に面白そうだから戦った。負けて死んでも別に良かった。

 言葉通りに取るならそういうことだ。


「試すってのはどういう意味だ」

「どう……といってもな。少し話せばわかるし、。戦闘になったのは……流れというやつだ。お前があんまり真剣だったから。それに、格好良かっただろ? 私」

「なんだよそれ……」


 変なやつだ。

 話が通じるようで、通じていないような違和感。

 タイプでいうとカレンに似ているだろうか。理解しようとするのは無駄かもしれない。


「それでこれはなんなんだよ……」


 手のひらで輝く宝石は、見るからに高価そうな品だ。


「死者蘇生の宝珠。こないだのなんとかレースの一位の景品だ。お前はこれを手に入れる為に命を懸けていたんだろう?」

「……え?」


 手のひらの上にある、輝く宝珠を見る。

 これが……死者蘇生の宝珠…………?


「は? ドッキリか? 冗談はよせ…………そんなわけが……そんなわけがない……」


 突然、そのアイテムの名前を出されて胸が締め付けられる。

 一度は諦めたものを、記憶ごと引きずり出されたような気分になる。


「死者蘇生の宝珠は、世界に一つしかないんだぞ……。こんな簡単に渡すようなものじゃない――。誰かに吹き込まれたのか? 俺をからかって笑おうと――」


 死者蘇生の宝珠は視聴率レース一位の景品だ。

 俺は取り逃がした。

 一位は……誰だったか。

 いや……仮にここにいるジャンヌが一位を取ったのだとしても、掛け替えのない品だ。地球でなら……いや、この世界でだって『世界一の高値』で取引されてもおかしくないような宝物だ。こんな簡単に他人に譲るような品じゃない。

 だが、ジャンヌは心外だとでも言うかのように、肩をすくめた。


「嘘でこんなことを言うほど悪趣味じゃないさ。私には使い道のないものだったし、お前がナナミを生き返らせるというのなら、それで私としても問題はない」

「ナナミを……知っているのか?」

「ああ、一度だけ転移者同士で集まったことがあって、その時に話したよ。ナナミは英語ができたからな。その時、少しだけだったけど、ゲームの話ができて楽しかった。残念ながら、私ではナナミを『大切な人間』とまで思えなかったようで、生き返らせることはできなかったが……お前ならできるんだろう?」


 嘘や冗談で言っているような気配はなかった。

 そこには、真摯な響きと、わずかばかりの親愛の情すら混じっているように聞こえた。


 ナナミを……生き返らせることができる……?

 俺はこの降って湧いた事態を、正しく理解することができずにいた。

 だが、手のひらで輝く宝珠は、精霊石とも神獣の贈り物とも違う輝きで、そしてなにより、ジャンヌの真摯な声音から、これが本物であるということは疑いようもなかった。


「つ……使っていいのか……? これを…………俺が……。ナナミを生き返らせる為に……ぐすっ」

「何度も言わせるな」


 全身から力が抜けて、俺は地面にへたり込んだ。

 目から涙が零れ、俺はそれを必死に服の袖で拭った。


 地球側の人間のほとんどは敵だと思っていた。

 だが、少なくともセリカは……妹は俺を見ていてくれたのだ。

 転移者の中にだってわかってくれる人がいた。

 初めて出会う俺に、金に換えることができないような品を譲ってくれるような人が。


「お、お前…………な、泣いているのか?」


 ジャンヌは頬を赤らめて、初めて戸惑うような表情を見せた。

 同い年くらいの女の子の前でみっともないけれど、心の奥底で黒く塗り固めていた何かが決壊したかのように、俺の涙は止まってはくれなかった。


「だ、大丈夫だぞ……。よし、よし」

「う……うわあああああ」


 ジャンヌがどうしてそんな行動に出たのかはわからない。

 だが、戸惑いがちにそっと抱きしめられ、俺は彼女の胸で泣いた。

 ずっと……ずっと我慢していた何かが心の奥底から奔流となって溢れ出し、制御できなかった。

 あらゆる感情が止めどなく押し寄せ、それが涙となり外に出たがっているかのようだった。


 どれくらいそうしていただろう。

 初めて出会った、さっきまで殺し合いをしていた相手に、よしよしと戸惑いがちに頭を撫でられて、俺は涙が涸れ果てるまで泣いた。

 野次馬たちが見ていることすら忘れて泣いた。

 自分でもどうして泣いているのかわからなくなるほど、泣いてしまった。


「……落ち着いたか?」

「あ、ああ……悪い。ちょっと……いろいろあったから。取り乱しちゃって……」

「こんな世界にいきなり連れて来られたんだ。いろいろないはずがない。……がんばったな」


 そんな男前な言葉を掛けられて、また目頭が熱くなってしまう。


「メッセージって……俺の妹からけっこう届いているのか?」

「いや、そこまでは届いていない。数通程度だ」

「セリカが……俺のことを何か言っていたのか……? メッセージで」

「本当に人殺しなのか、自分の目で見極めろ……だとさ。まあ、私の見たところ、お前は童貞だな」

「どっ……。お前なにを……」

「人を殺したことがないという意味さ。それより……落ち着いたなら、それ使わないのか?」


 ジャンヌが俺の手の中にある宝珠を指さす。


「使い方……割るのかな」

「それを手に持って、神に祈りを捧げるだけで発動するぞ」


 そんなフワッとした使い方あるだろうか。

 だが、今はどんな使い方でもいい。大事なのは効果だ。


「よし……じゃあ使うぞ」

「む…………待て」


 俺がまさに神に祈りを捧げようとしたところ、ジャンヌに阻止された。


「タイミングがあるから、明日の朝まで待ってくれだとさ」

「明日?」

「ああ、なにか準備があるんだろう」

「そうか」


 明日の朝か。

 どうせやることもないし、多少待つくらい問題ない。


「よし。それでは飯でも食いに行こう」


 ジャンヌは荷物をまとめ、そんなことを言った。

 そういえば、俺もさっきの店で結局食えず仕舞いだ。

 泣いたからだろうか、腹が脳天気にグーと鳴った。


「奢るよ」

「さっきの店でいいぞ。美味そうな匂いがした」


 さっきまで、重い心を抱えて酒に逃げていたのに、今はこんなに心が軽くなっていた。

 明日になれば、ナナミが生き返るのだ。


 なにもかもが上手くいくんじゃないか。

 そんな予感すらしていた。

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