第二章 この暗がりに愛の花束を届けて
120 寂寥の目覚め、そしてパーティー名
私の完璧な人生設計がこんな形で壊れるとは思わなかった。
まず、ナナミ姉さんが異世界転移に選ばれてしまった時点で、計画は半壊。
ナナミ姉さんが殺されて、兄が転移に選ばれた時点で灰となった。
私は犯人を許しはしない。そんなことは当然だ。
私は神も許しはしない。
だが、しょせん私は人でしかない。神と戦うことなどできない。
しかし、神を利用することはできる。
どんな手を使ってでも――
灰になってしまった人生設計を必ず蘇らせてみせる。
◇◆◆◆◇
俺、黒瀬ヒカルは異世界転移者だ。
もし転移することなく日本にいたなら、今頃は高校1年の3学期。
どこの大学を受けるとか、それとも家を出て就職するとか、そんなことも少しずつ考えていたのかもしれない。
今となっては、まるで遠い幻かなにかだったかのように、遠い記憶だ。
朝、宿の粗末なベッドの上で目を覚ます。
怠惰にそのままゴロゴロしながら今日の予定を組み立てようとするが、視聴率レースも終わり、リフレイアも去り、そして迷宮も立ち入り禁止の今、俺には何の予定もありはしなかった。
(――寂しい)
一人でベッドに寝転がっていると、背中から胸を突き刺すような、味わったことのない
わけもなく胸がドキドキして、自分が全く寄る辺のない世界にたった一人でいるという実感が押し寄せてくるのだ。
この世界に来て、久しぶりに味わう感覚だった。
あるいは、初めてですらあるのかもしれない。
森を抜けるまでは必死だったし、その後はひたすら暗がりに潜み続けていた。
リフレイアと出会ってからは視聴率レースのことで頭がいっぱいだったし……。
「誰も知らない世界で、一人……か」
思わずそう呟いてから、恥ずかしくなって毛布を被る。
リフレイアがいたことで、俺はこの寂しさを忘れることができていたのだろう。
彼女と別れ、視聴率レースという目標も失った今。
たった一人でいることに、こんなにも寂しさを感じるなんて思ってもいなかった。
こんなに……心が弱かったなんて。
地球からの視線は、前よりも怖くはなくなったかもしれない。
リフレイアと出会ったことで、少しだけ前向きになれた結果なのだろう。
まだ、メッセージをすべて開くような勇気はないけれど、毎日少しずつ……例えば一日一件ずつなら開いていけるのではないか? そんな気がする。
メールボックスは、+999から沈黙している。もう実際の数はわからない。
順番に見ていくしかないから、どういう内容かもわからないし、誰から来ているものなのかもわからない。
「くっ……」
伸ばしかけた指が、どうしてもそれよりも先に進まない。
メールボックスを開く。ただそれだけのことが、まるで地獄の釜の蓋を開けることかのように重い。
寂寥感と|綯(な)い交ぜになった恐怖が背中を這い回る。
――恋人を殺して異世界満喫しているようで最悪ですね。さっさと死ねよ。なに生き延びてんだよ
――ナナミちゃんの未来を奪って得た力で生きる異世界の空気は美味いか?
――生きたまま喰われちまえば良かったのに
メッセージ画面を見ると、どうしてもあの時のことを思い出してしまう。
命からがら森を抜けて、俺がナナミ殺しの犯人として、全世界から憎まれていると知った、あの瞬間のことを。
「くそっ……」
我ながら、弱い。
視聴率レースが終わった今となっては、もう見られる数を意識する必要はない。
リフレイアとも別れた今、俺は、誰とも深く付き合うことなく生きていくしかない。
この見知らぬ世界で、ただの現地の人として、世捨て人のように生きていくしかない。
ただ、そうやって、地球との距離を明確にすればメッセージなんて、もう気にならない思い出と化して、開くことができるのではないか?
……でも、まだ無理だ。
それを開こうとすると指が震え、声が聞こえてくるのだ。
『幼馴染みを殺して、結局は異世界無双か』
『今となっては世界中がお前のことを見ているよ。幼なじみを殺して魔王まで倒しちゃうとは恐れ入ったよ。よっぽど異世界で俺TUEEEしたかったんだねぇ』
『人殺しのくせになにが勇者だ!』
俺はステータス画面を閉じ、薄い毛布をかぶりなおして目をつぶった。
俺はやってない。
だが、森を抜けた時点で一週間だったか10日ほど経過していたはず。
ナナミが殺されたのは転移した当日。すぐにわかったはずだ。
家にはセリカとカレンがいたし、二人はナナミの家の合い鍵だって持っている。そうでなくても、ナナミが転移していない時点で――そして、俺が転移者に選ばれていた時点で、なにかがあったとすぐにわかったはず。
なのに、それから10日が経過していたにも関わらず、俺が犯人だと思われていたのだ。
つまり、真犯人は見つかっていないし、冤罪も晴らせなかったということ。
正真正銘、俺は冤罪だ。
だが、セリカとカレンが、あの飛び抜けて賢い二人の妹がいて、その冤罪が晴らせないのなら、もうそれは無理だということに違いない。俺は二人にとって良い兄だったとは言えないが、それでも二人は味方になってくれたと思うし、文字通りあらゆる手段を駆使して、兄の冤罪を晴らそうと動いているはず。そういう意味で二人は信頼できる。
二人にとっても、身内が犯罪者だと思われるのは不利益だろう。
犯人がどれだけうまくやったのかはわからないが……。
(あれから事態が好転……そんなわけないよな……)
もう、今までだって何度も考えたことだった。
俺がメッセージを開かないでいる間に事態が好転する可能性。もちろん、ゼロではないだろう。真犯人が捕まって、ヒカルは冤罪だと判明するというような可能性が。
だが、そうではないということもまた、わかっていた。
俺の視聴者数の推移で。
冤罪が証明されたのなら、俺が惨めに死ぬことを願いながら見ていた人たちは、もう俺を見る理由を失うはずだ。
視聴率レース期間中、俺が瞬間的にでも全体で一位になれたのは、間違いなく俺が未だにナナミ殺しの犯人として注目されていたからに他ならないだろう。
リフレイアの魅力や、迷宮探索の目新しさが視聴者を集めた部分もゼロではないだろうが、そんな程度で全体で一位になれるはずがない。
転移者は700名以上いるのだ。
彼らがどんな異世界生活を送っているのかは知らないが、俺に特別な事情がなかったなら、その700人をゴボウ抜きにすることなど、できるはずがないのだ。
あのパーティーの帰り際、アレックスにそれとなく聞いてみたところ、あいつでも視聴率レースは28位だったという。
パーティーを組み、迷宮の攻略も順調、女の子に声を掛けることにも積極的で、性格の良いイケメンのアレックスでもだ。
(ナナミを殺した殺人者だと思われているからこそ、瞬間的に一位になれていたんだよな。皮肉なもんだ)
なんの事情もない俺は、注目されるような人間じゃない。
セリカやカレンのように、特別な「注目される人間」では、決して。
◇◆◆◆◇
ベッドの上でひとしきり丸くなり、少しだけ眠ってから、俺はもそもそと起き出した。
メッセージのこと。地球のこと。無理に考えることはやめよう。
いつか、向き合わなければならない時が、来るのかもしれないし、このまま永遠に来ないのかもしれない。だが、今の俺にとって、それはただ心を痛めつけるだけのもので、生きることで精一杯なのに、無理に触れるだけの余裕がない。
ブーツをはき、最低限の身だしなみを整え、宿を出る。
途中、屋台で簡単なものを腹に入れ、ギルドに訪れた。
(すいてるな)
ギルドの中はいつもより閑散としていた。
迷宮が立ち入り禁止になっているから、探索者たちも今は全員オフだ。
あるいは、迷宮の外の仕事――護衛や薬草採取、あとは魔物退治なんかの仕事をしているのかもしれない。
俺はギルド内を歩き、目的のものを探した。
(立ち入り禁止期間は、あと7日ね)
大きめに張り出されたそれに、でかでかと「あと7日!」と書き込まれている。分厚い羊皮紙で、何度も使われている形跡があり、おそらく魔王討伐のたびに使い回しているのだろう。
迷宮内の混沌というのがなんなのか、いまいちよくわからないが、とにかく放っておけば混沌とやらの具合がちょうどよくなって、魔物を倒して精霊石を採掘しやすくなるらしい。
それまでは入場禁止だ。
「あっ、あなた! ヒカルさんですよね。ちょっといいですか?」
声を掛けられ振り向くと、パーティーの時の職員さんだった。
何の用か……といえば、魔王討伐戦の功績の件だろう。
俺が第一功に選ばれたという話は、アレックスから聞いて知っていた。
本当にポーターで参加していた者を一位にするのかと、かなり驚いたが、決まってしまったものはもう仕方がない。
「魔王討伐の報奨金、まだ受け取ってないですよね? ギルドに預けることも可能ですが、どうしますか?」
「あー、いくらなんですか?」
「第一功は金貨10枚ですね」
「じゅ、十ですか!? 金貨で!?」
「そうですよ。持ち歩くのは、少しばかり危険かもしれません」
金貨10枚はそれこそ丸々1年は暮らしていけそうな金額だ。
日本円に換算するのは難しいが、感覚的には800万円とかそれくらいに相当するだろう。
一夜にして大金持ちになってしまった。
「でも……本当に俺が第一功でよかったんですか? ブロンズが魔王討伐の第一功なんて過去にないんじゃ?」
「いえ、記録では3回目ですね。探索者に成り立てだったり、いちおう登録だけしていた実力のある方であったりとか、いろいろですから。あなたも、メルティアに来る前はどこかで戦闘の経験を積んでいらっしゃったのでしょう?」
経験などはないわけだが、ブロンズで魔王討伐第一功となったのが俺で3人目だったというのは驚きだ。意外と魔王に対する先入観がない人間のほうが、活躍しやすいとかあるのかもしれない。
「ただ、最近では魔王討伐は銀等級以上となっていましたから、低ランクの方が活躍するのは本当にひさしぶりではあるんです。今でも、等級で区切るのはどうかって、話題は定期的に上がりますし」
「実力のない人が無駄に死ぬ可能性を考えれば、当然の措置なのでは?」
「もちろん。その為に設けられた制度ですから。でも、今回のあなたのように実力があるのに弾かれてしまう人も出てくる。それはギルドにとっても損失なんです」
「それは無視してもいい程度にはイレギュラーだと思いますよ。俺が言うのもなんですが」
最初から強いなんてのは幻想だ。
俺だって、別に強いわけじゃない。リフレイアとのパーティが合っていただけで、3層に俺1人で30回潜れば一回はミスって死ぬような気がする。4層はもっと無理だ。
魔王戦だって、今回はたまたまギリギリうまくいったにすぎない。
実際、リフレイアだって死にかけたし、俺の攻撃はほぼ通らなかった。
「それはそうと、ラブラブツインバードはまだ解散となっておりませんが、どうなさるんです? リフレイアさん、街から離れたと聞きましたが」
「ラブ……? え……?」
今、なんて言ったんだ、この人。
「ラブラブツインバードですよ。あなたとリフレイアさんのパーティーの」
「な……なんですか、それは……?」
「ですから、あなたのパーティーの名前です」
「え、えええ……?」
失神するかと思った。
パーティー名なんてどうでもよかったし、リフレイアも何も言ってなかったから気にもしてなかったが、ラブラブツインバードだと……?
アレックスのパーティー名「雷鳴の牙」を心の中で揶揄していた俺が、ラブラブツインバードだったなんて……。
「か、解散で……」
俺はそう告げるのが精一杯だった。
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