109 魔王、そして勇者
「うぉおおおおおおおお!」
漆黒の霧の中で、俺はひときわ濃密な闇を持つ20面体の中を視た。
外に出ようと、いきりたち藻掻く魔王マルコシアス。
しかし、闇の棺はそう簡単には破壊されない。
ダークネスフォグの闇の中では、闇が闇を補強し、さらに強度を高めるのだ。
未だかつてないほど、継続的に精霊力が体から抜けていく。強力な拘束術だが、代償は大きいということだ。
一回ずつわずかな精霊力を消費するだけのバインドとは、使い方を変えていかなければ、あっという間に精霊力が枯渇してしまいそうだ。
俺は精霊の寵愛の効果で、自分の精霊力にプラスして精霊たちから力を分けて貰えるが、だからといって無限に術が使えるわけではない。
イメージとしては実使用量の9割を周囲の精霊達が肩代わりしてくれているような感じだ。逆に言うと、1割は自己の精霊力を必要とする。
発動のトリガーとして、1割消費すると言ったほうが適切かもしれない。
いずれにせよ、その1割は常に使われているから、常人の10倍の術を使うことができたとしても、強力な術を使い続ければ、すぐガス欠になる。
時間との勝負だった。
俺は、ダークコフィンの中へと飛び込んだ。
ダークネスフォグを身に纏った闇の精霊術士だけは、この暗黒の棺桶の中へ入ることができるのだ。
「ガルルァアッ!」
「決着を付けようぜ……! 術の拘束が解けるか、お前がそれまでに死ぬか……!」
リフレイアのフォトンレイで顔面の右側を削られ、ドクドクと血を流しながらも、残った左目は闇の中ですら怪しく真紅に輝き、魔王の無限の体力を感じさせた。
闇の拘束を逃れようと必死で藻掻く魔王の背に飛び乗る。
硬い毛に覆われたマルコシアスの獅子の背は熱く、魔王の生命力を感じさせる。
だが、どれほど強力で凶悪な人類の天敵であろうと、弱点は一つ――!
俺は全体重を掛けて、精霊力の命脈――首の付け根に短刀を振り下ろした。
「うぉおあああああああ!」
「ガゥルルルアアアア!」
臓腑の底から吐き出すような魔王の咆吼。
ほとんど身動きのかなわぬ状況で、それでも傷口からの出血を厭うことなく、全身を震わせる。
俺はマルコシアスの背に跨がったまま、何度も短刀を振り下ろした。
闇の棺を維持するために、精霊力が絶え間なく身体から抜けていく。
精霊力の枯渇で、深い深い闇の中にあってなお視界が赤く染まっていく。
「グォォォォォォアアアアアアアアアアアア!」
魔王も黙ってやられてはいない。
身体を震わせ全力を振り絞っている。
そのたびに、身体から精霊力が失われていく。
精霊の寵愛があるといっても、無限の精霊力があるというわけではない。
「くそっ! これでも届かないのかッ!?」
「ガルルルアアアアアア!」
魔王の首筋からは大量の血が噴き出し、しかし、その強靱な肉体は、弱点への攻撃を容易に通さない強さがあった。
短刀は十分な鋭さがある。問題は俺自身の力不足。
この決定的なチャンスに決定打を与えられることができない。
「くそっ! これならどうだっ!」
大きく短刀を振りかぶり、そして振り下ろす。
「グォオオオオアアアアアアア!」
しかし、その一撃は大きく身を捩らせた魔王により、急所を外し背中へと突き刺さった。
そして、同時に、闇の棺の拘束力がわずかに落ちる。
精霊力も尽きかけてきている。
このままではマズい――
そう脳裏に過った次の瞬間だった。
『――ディスペル』
魔王が放ったその言葉により、闇の棺が溶かされていく。
同時に、すぐさま背中から振り落とされ、無様に地面に強打された。
見上げると、そこには顔の半分を失っても、なお凶悪に右目を輝かせた魔王の姿があった。
熱い炎の吐息を吐き、魔王マルコシアスは笑っているかのようだった。
――死。
その、確かな感触が背中をソッと撫でるのを感じた。
魔王の巨大な口の奥にゾロリと生えた無数の牙。チロチロと覗く炎。
次の瞬間には、その牙で、爪で、あるいは炎で、命を奪われる。
そう覚悟せざるを得ない、濃密すぎる死の気配――
魔王のディスペルにより、闇が掻き消され、魔王が完全に俺に照準を合わせ喰らい付こうとした、その刹那――
「ライト!」
目の前に、強烈な閃光が奔った。
まるで眼球が焼けるかのようなその光に、目を開けていられない。
「イヤァアアアアア!!」
裂帛の気合いと共に、衝突音が断続的に響く。
軽やかなステップを踏む音、衝撃音、そしてヒュンヒュンと剣が風を切る音。
「グゥルルルアアア!」
「ハァアアアア!!!!」
ようやく目が慣れた俺が目にしたのは、リフレイアの巨剣が、魔王マルコシアスの首を切り落とさんばかりに大きく傷付けた場面だった。
半ばまで首を断たれたマルコシアスの四肢から力が抜けていく。
紅く輝いていた眼球から光が失われていく。
「グォォォォォォォ…………」
断末魔の咆吼を放ちながら、消滅していく魔王。
同時に、今までに見たことがないほど巨大な『混沌の精霊石』がゴトリと地面に落ちた。
俺は地面に這いつくばったまま、半ば呆然とそれを見ていた。
「倒した……? 倒したのか…………?」
ワーッという歓声が遠くから響いていた。
アレックスたちが駆けてくるのが遠くから見える。
――やった やったね
――こわいのやっつけたね
――きゃっきゃ
精霊達の声が風に乗って耳に届く。さっきまであたりを支配していた禍々しい気配は消滅していた。
魔王は――死んだ。
勝った。
俺達だけで魔王に勝ったのか。
『おめでとうございます! 異世界転移者であなたが一番初めに「魔王を討伐」を達成しました。初回ボーナスとして、3ポイントが付与されます』
『おめでとうございます! 魔王討伐者であるあなたに「勇者」の称号が付与されます。初回称号獲得ボーナスとして、1ポイントが付与されます』
『前借り分の3ポイントの返済が完了しました』
久々の神からのアナウンスだった。
おそらくアレックスのところにも同じアナウンスが入っているだろう。トドメを刺したのはリフレイアだが、俺が討伐者扱いになっているのだから、アレックスも対象だろう。
(ふふ……俺が勇者か。どっちかっていうと、勇者はリフレイアで、俺はそのパーティーメンバーってとこだろうに)
まあ、単純に全員に付与される称号なのだろう。
1ポイント貰えたのはラッキーだったが、称号そのものには意味はない。
「ヒカルッ! 無事ですかっ!?」
地面に座り込んでいた俺に、リフレイアが駆け寄る。
輝くような笑顔で勝利を喜ぶその姿が、俺には妙に眩しく映った。
魔王は想像していたよりも、ずっと、ずっと強かった。
唯一、魔術を連発してこなかったことだけが救いで、もし魔術をひっきりなしに使ってこられたら負けていただろう。
ディスペルはともかく、フィアーは防ぐ手段がない強力な術だからだ。
「無事だよ……。リフレイアも……大丈夫そうだな……」
「ヒカル? ちょ、大丈夫ですか……?」
「ああ、ちょっと無理しすぎたかな…………あとは……頼んだ…………」
「えっ、ヒカルッ!? ヒカルッ!!」
魔王を倒して安堵したからか、スーッと意識が遠のいていく。
ナナミを生き返らせることはできなかったけど、自分なりに精一杯やったという充足感があった。
俺は意識を手放した。
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