101 無謀な攻め、そして反撃

 とはいえ、悪いことばかりではない。

 こいつは強大な魔物だが一体きりだし、なにより闇の精霊術が有効だ。A


「リフレイア! こいつには闇が通用する! いつもと同じ戦法が通用するんだ! 頼むぞ!」

「はいっ!」


 魔王の耳がピクピクと動く。声の出所を探っているのだろう。

 闇さえ見通しそうな赤い瞳がギラギラと輝き、闇に隠れていても本能的な恐怖を拭い去ることができない。

 それでも、こうなったらやるしかないのだが。


「こいつがディスペルで俺の術を掻き消した瞬間を狙ってくれ!」


 できる限り最大限に時間を稼ぎたいのだから、無理にダークネスフォグを解除して、こちらから攻撃をする必要はない。


「グルルルゥ」


 魔王が唸り声を発し炎を噴くが、こちらは最大限にダークネスフォグを展開しているのだ。この距離の当てずっぽう攻撃が当たることはない。

 それに、炎が発する光程度では、ダークネスフォグの闇は祓われたりはしない。


 魔王が、闇から出ようと当てずっぽうに走り出す。

 闇から出してしまうと、単独でいるリフレイアが狙われる可能性がある。


「シャドウバインド!」

「ファントムウォリアー!」

「サモン・ナイトバグ!」


 連続して術を唱える。

 闇の中ではナイトバグ程度の攻撃でも攪乱という意味で非常に有効だ。

 そしてガンガンと音を出すファントムウォリアーがいてくれれば、こちらの位置を音で悟られる危険性がさらに下がる。


 闇の中で攻撃したい魔王と、闇から出さず時間を稼ぎたい俺との一進一退の攻防が続く。


『ディスペル』


 魔王がついにその術を唱えた。

 すぐに使わなかったところをみると、魔王はあまり術が得意なわけではないのかもしれない。

 闇が、幻影の戦士が、闇の触手が精霊力に還元され消されていく。

 そして、これは想定通りの流れだ。


 次の瞬間――


「ライト!」


 眩い光球が魔王の眼前に生み出され、ほぼ同時に走り込んでいたリフレイアの大剣が首を落とさんばかりの勢いで振り下ろされた。

 ズバンという凄まじい音と共に、赤黒い血しぶきが舞う。


「クッ! 硬いッ!」

「グゥルアアア!」


 体重を乗せた渾身の一撃だったが、剛毛と硬い皮膚に阻まれ、魔王の身体を両断するには至らなかった。

 それでも攻撃が命中したのは事実。

 やはり闇と光のコンボはシンプルに強力で、魔王にも十分に通用するのだ。


「シャドウバインド!」


 闇の触手が魔王の四肢を縛り、行動を阻害。

 そこにリフレイアが待ってましたとばかりに苛烈な連撃を打ち込む。


「ハァアアアアア!」


 踊るように、舞うように連続で撃ち込まれる白刃が、確実に魔王を傷付けていく。

 しかし、見えない壁のようなものに遮られているのか、上手く致命の一撃を避けているのか、並の魔物ならとうに死んでいるであろう攻撃だが、そう簡単にはいかないらしい。


(素の防御力が高いのか……!? リフレイアの攻撃をもろに食らってるのに……!)


 俺はリフレイアが作ってくれた貴重な時間を使い、30クリスタルを1ポイントに交換し、その1ポイントを使って結界石と交換した。

 どうにもならない場合の避難措置が必要な状況と判断したのだ。

 今は魔王もライトとそれに続く連撃で怯んでいるが、そのうち体勢を整えるだろう。


「リフレイア! 突っ込みすぎだ、一度下がれ! 正面からの攻撃は効果が薄い!」

「いえっ! まだやれます!」


 指示を無視して、攻撃を続けるリフレイア。

 彼女がどれほど卓越した剣技を持っていても、正面からの攻撃はどうしても単調にならざるをえない。

 魔王は力も速度も判断速度も俺達より上だろう。

 いずれ、必ず反撃される。

 ヒットアンドアウェイで戦わなければ、相手はリザードマン・アンデッドを数十秒で倒してみせた相手なのだ。

 そして、おそらくリザードマンとリフレイアは同じくらいの強さ。


「リフレイア! 離れろ!」

「まだッ! これで!」

「無茶だ! クソッ!」


 渾身の力を込めた裂帛の剣。

 それは確かに背中に命中したが、それでも、魔王の硬い体毛で覆われた体表をわずかに傷付ける程度だ。やはり精霊力の命脈を狙わなければダメだ。例の「真紅の小瓶クリムゾン・バイアル」の隊長の戦斧ならば、一撃で致命傷を与えられそうだが、リフレイアはまだそこまでの位階には到達していない。


 リフレイアと魔王は高速でお互いの位置を移動しながら攻防を続けている。これでは、ダークネスフォグを使うのは難しい。

 リフレイアとしては、一方的に攻撃できている状況をチャンスと捉えたのだろうが、すでに魔王は視力も回復し、リフレイアを当面の敵と認識した……そんな風に見える。

 あの魔王が相手では、俺もリフレイアも大差ない。一対一で普通に戦って勝てる相手じゃないことは、見ればすぐわかることだ。

 

 本来ならば、一撃与えるごとにダークネスフォグを使い、時間を稼ぎながら着実にダメージを与えていくつもりだったのだ。

 というより、いつもそうやって戦ってきた。これまでリフレイアと何度もタイミングを合わせて、何十体もの魔物を倒してきたのに。

 なぜ突然、リフレイアがこんな無茶をするのかわからない。

 魔王が相手だから気負ってしまっているのだろうか。

 それとも、魔王と正面から対峙して何か思うところがあるのかもしれない。

 ならば、せめてフォローしなければ。


「ファントムウォリアー!」


 幻影の戦士が反対側から向かうことで、多少は魔王の気を逸らすことができたが、あまり効果が無いようにも見える。

 シャドウバインドを使いたいが、まだ前のバインドの効果が完全に切れていない。効果が消滅するまで重ねて術を行使することはできないのだ。


「私がこいつを倒すんです! 私が倒さなきゃダメだからッ――!」


 途切れることのない剣戟のなか、リフレイアが叫ぶ。

 俺にはなぜリフレイアがそんなことを言うのかがわからなかった。

 応援が来るまでの時間を稼げればいい。

 そう、しっかり伝えてあったはず――


「グォアオオウ!」


 リフレイアの剣を見切ったマルコシアスが、バックステップで攻撃を外した。

 そのまま後ろ足に掛かった荷重を瞬発力に変え、その巨大な体からは想像もできないような速度でリフレイアへと襲いかかる。

 体当たりにも似た突進。

 猫科の猛獣を思わせる長く鋭い爪を斬り付けるように振り、リフレイアと高速で交差した。


「キャッ――!」

「リフレイアッ!」


 身体を回転させ、すんでのところで直撃は免れたようだったが、それでも衝撃を殺しきれず吹き飛ばされて生け垣にぶつかる。


「へ、平気! それより、魔王は――」

「まかせろ! ダークネスフォグ!」


 一度、リフレイアごとダークネスフォグを展開し、魔王の目を塞ぐ。

 漆黒の闇があたりを支配し、これでまたわずかに時間が稼げる。


「ファントムウォリアー!」

「シャドウバインド!」

「サモン・ナイトバグ!」


 魔王の動きをなんとか封じ、俺はリフレイアの下に駆け寄った。


「大丈夫か!? ケガは!? どうして、あんな無茶をするんだ」

「平気です、かすり傷ですから! それより攻撃を続けないと――。せっかく、良い感じだったのに。私が……私があいつを倒すんだから……」


 リフレイアの瞳は爛々と輝き、闇の中でさえ真っ直ぐに魔王がいた場所を見詰め続けている。

 それが自分の使命であるかのように。

 それが自分の存在意義であるかのように。


「立ちますね。また、すぐディスペルを使ってくるでしょうから、そしたら――」


 闇の中立ち上がろうとするリフレイアだったが、そのまま――ズシャッと、まるで支えを失ったかのように地面に倒れてしまう。

 リフレイア自身も、何が起きたかわからないかのように、キョトンとした顔で――


「おっ、おい――」


 その時、俺はようやく気が付いた。

 ザックリと切り裂かれたリフレイアの太ももから赤い赤い血が噴き出し、左足が半分以上切り裂かれているのを。

 彼女は……、魔王の攻撃を躱せてはいなかったのだ。

 音もなく血が地面を赤黒く染めていく。

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