100 共闘、そして魔術

「距離を稼げるだけ稼ぐぞ!」

「はいっ!」


 三層は庭園だ。

 何度も来ているし、俺は比較的方向感覚が良いから階段から階段までのルートを覚えているが、そうでなければ迷う構造だ。

 つまり、階段から階段までは決して一直線ではないのだ。

 何度も道を曲がる必要がある。

 空から一直線に来られたら、あっという間に追いつかれてしまう。


「って、これもあったか……!」


 一気に二層への階段まで走り抜けたかったが、アレックス達が魔物と戦っている。


「私も応援入ります!」

「頼む!」


 リフレイアが入り、巨樹の化け物トレントは比較的すぐ殲滅されたが、この数十秒のタイムロスが痛い。


「リフレイア! アレックス! もう追いつかれるぞ! 空に注意しろ!」


 霧惑い大庭園は、常時深い霧に包まれた階層で、空を飛ぶ魔物がいても、目視するのは難しい。しかも、この階層の霧は空のほうが深いのだ。

 魔王もすぐ近くまで来ているはずだが――


「ダークセンス!」


 知覚の波が、霧の中を走り魔王の位置を看破する。

 やはり俺を狙っている。距離は50メートル。


「ダークネスフォグ! シェードシフト!」


 闇を最大範囲で身に纏い、さらにシェードシフトで分身を作りわずかにでも回避率を上昇させる。

 魔王の攻撃を一度でも食らえば終わりだ。


 俺達は現在5人。1パーティーとして見た場合、それほど悪くない戦力のはず。

 だが、空を飛ぶ魔物を相手にどう戦えばいいのかわからない。

 空中への攻撃手段が、ナイトバグしかないのだ。


 空中から姿を現したマルコシアスは、翼をバサバサと動かしながら唸り声をあげ、降りてくる気配がない。

 次の瞬間――

 

『ディスペル』


 魔王が発した脳に直接響く音声。

 その効果によるものか、俺のダークネスフォグとシェードシフトがキラキラとした精霊力に還元され、消え去った。


「くそっ! これが魔術か!」

「ヒカル! 私の後ろに隠れて!」


 リフレイアが巨大な剣を構えて、俺を護るように立つ。

 マルコシアスは上空20メートルあたりをバサバサと飛び回り、こちらの様子を窺っているようだ。こちらにはあの距離への有効な攻撃手段がない。


「サモン・ナイトバグ!」


 嫌がらせ程度にはなるだろうと、闇の甲虫を召喚する。

 ブンブンと殺到する虫たちなど、ほとんど意に介さない魔王。やはり、極小のダメージを与えるだけの術は、魔王クラスには効果がないようだ。


 俺たちは、魔王の動きを見ながら、少しずつ後退し出口を目指している。


「アレックスたちは、あいつを撃ち落とすような攻撃手段持ってないか? 精霊術でもなんでも」

「あの距離じゃ厳しいな……。俺はまだ第3の術までしか使えないし、カニベールは土だから空中は無理だ。あいつはあんまり術が得意でもないし。それに、ジャルダンは水だ」

「そうか。ありがとう、こっちは俺が闇でリフレイアが光だ。どっちも有効な遠距離攻撃手段はない」


 となると、降りてくるまではどうにもならないということだ。

 シャドウバインドも空中には出現させられない。


 バサバサと不快な音を響かせ空を飛び回るマルコシアス。

 時々、グルルと唸り声を発し、攻撃のタイミングを計っているのは間違いない。


 魔王の動向に注意を向けながらの後退は遅々として進まず、かといって他の探索者たちと運良く合流することも叶わない。

 角笛を落としたのは痛恨事だった。あの時、すぐに無理にでも拾いに行けば、もっと違う展開もあっただろうが――それも今更か。


「ヒカルッ! 気をつけて!」


 リフレイアが切迫した声を発する。

 見ると、空を飛ぶ魔王のデカい口が開かれ、口腔内に赤白い炎が生成されていく。


「火を噴くぞ!」


 そう注意を発するのが精一杯だった。

 ゴウッと、真っ赤な炎が眼前を埋め尽くす。到底見てから避けられる速度ではない。

 死をも覚悟した次の瞬間――


「ウォータースクリーン!」


 ジャジャルダンの発した術か、突然現れた水の壁で炎が遮断された。

 ジュワジュワと炎が水を蒸発させる音が響くが、魔王のブレスをほぼ完璧に防いでいる。気弱そうな見た目とは裏腹に、ジャジャルダンはかなり腕の良い精霊術師らしい。


「助かった!」

「まだッ! 来ます!」


 バサッと大きく一度翼を羽ばたかせたマルコシアスが、空を滑空し、こちらへ突進を開始する。


「リフレイア!」

「はいっ!」


 空から突進してくる相手にダークネスフォグを「攻撃的に」使うのは難しい。

 だが、リフレイアの術なら。


「ライト!」


 一直線に突進してくる相手にぶつかるように眩い光球が発生し、魔王の目を焼く。

 前後不覚に陥った魔王は、ドシャアと庭園の花壇を派手に破壊しながら墜落し、地面を滑っていった。

 いずれにせよ、千載一遇のチャンスだ。


「今だ! 畳み掛けろ!」

「おおっ!」


 リフレイア、アレックス、カニベールの三人が魔王へ殺到する。


「おおおおお! 食らえっ!」


 アレックスが繰り出した槍が魔王に見舞われる、その刹那――

 またしても、脳に直接声が響き渡った。


『フィアー』


 魔王から、不可視の波が照射され、前のめりになっていた俺達はそれを無防備に食らってしまった。

 全身を何かが突き抜けていく。


「……クッ! な、なんだ」


 突然、目の前の魔王が猛烈に恐ろしく感じ、膝が笑い、恐怖で全身の力が抜ける。

 リフレイア、アレックス、カニベール、ジャジャルダンの全員が膝を折り、攻撃などとてもできる状態ではない。

 フィアー。

 つまり、恐怖の魔術ということか。


「くそっ! くそっ! 動けッ! 動けよォ!」

「せっかくのチャンスなのに……!」


 リフレイアたちも、動くことができないようだ。

 全周囲に効力を発揮する「恐怖」の術。伊達に魔王なんて呼ばれてないということか。


 非常にまずい。全滅の二文字が脳裏をよぎる。


「ダークネスフォグ……! シャドウバインド……!」


 俺は力を振り絞り、魔王を含む全員を闇で包み込んだ。

 シャドウバインドで魔王の動きを制する。

 少しでも時間を稼がなければならない。


「みんな……! 一度、後退しろ……!」


 俺はダークネスフォグを操作し、全員の退路を確保していく。

 幸い、マルコシアスは暗視能力は持っていないようで、ぐるぐるとその場を回り、周囲を警戒しているだけだ。

 少し時間が経って術の効力も抜けてきたのか、脚に力が入るようになってきた。

 

「アレックス! 聞こえるな!」

「おう……。聞こえてるぜ……! なんだったんだ今のは」

「恐怖で心を縛る魔術だろう。とにかく、ここは俺が足止めする! お前らは助けを呼んできてくれ! 俺達だけじゃ全滅するぞ」

「ヒカルは大丈夫なのか……!? お前らだけだなんて」

「なんとかする! 頼んだぞ!」

「わかった! 死ぬなよ!」


 アレックスたちが連れだって走って行く。

 もう一緒に逃げるのは無理だ。誰かが足止めをしなければ、後ろから襲われたらひとたまりもない。

 ここまで助けを連れてきてもらうしかない。


(魔王からは、逃げられない――か)

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