090 転移者同士、そして軽率を諫めて

「話は変わるがヒカルはもう精霊術の契約した?」


 しばらく無言で歩いた後、アレックスはまた口を開いた。

 どうやら俺が落ち着くまで待っていてくれたらしい。

 やはり転移者同士。いろいろ話がしたかったようだ。


「俺、やっと金が貯まって契約してきたぜ。最初のポイント割り振りで精霊力アップとか意味もわかんねーのに取っちゃって死にスキル化してたからさ」

「俺は転移する時にとったんだ。闇の精霊術」

「最初にとったの? そりゃもったいなかったな、銀貨10枚程度で契約できるから、最初に10ポイントも使って契約するの損だろ。まあ、最初じゃそんなのわからないから、罠だよな、あれ。あ、ちなみに俺は火にした」

「火か。火の精霊術ってそういえばあんまり見たことないな。どうなの?」

「それがさぁ。思ってたより地味だし、弱くて実戦じゃ全然使えねーの。仲間の精霊術師……ジャルってやつなんだけど、そいつが意外とスゲーやつなのがわかったりしてさ。まあ、練習するしかないんだけど。精霊力アップがあるからか、威力だけは契約したてにしては強いらしいし」


 アレックスが、メッセージのことは触れずにいてくれるのが、素直にありがたかった。

 精霊術の契約は、大精霊の神殿で金を払えばできるらしいが、初期からこの街にいるらしいわりには契約するのが遅いように感じる。

 もしかすると、生活費や装備代なんかに掛かる金もバカにならないし、精霊術は余裕ができるまで待つようにと仲間がアドバイスでもしたのかもしれない。

 なにせ、本人も言っているように、毎日数回しか使えないわりに初期の術は効果も微妙なのだから。


「それにしても異世界転移に選ばれるなんてビビったよなぁ。最初はどうなるんだって、すげー心配だったけど、仲間ができたのがデカくて。あいつらがいなかったら、もっと今も困ってたって思うもん。ヒカルも、ポーターとして参加してるってことは、けっこう強い仲間が出来たんだろ?」

「……そうだな。強くて、とてもかなわないよ」

「俺も仲間のカニベールって奴と戦闘訓練してるんだけど、全然かなわないんだよ! そりゃ、向こうは銀等級なんだから当然なんだけど、こっちは地球代表だから、負けてらんねぇってなるだろ?」


 はははと軽く笑うアレックスは、本当に同世代の友達のように気楽な調子で、いろんな話をしたがった。

 最初、警戒していたのがバカバカしくなるほど、アレックスは普通の同世代の青年で、こっちでまだガールフレンドが作れていない話や、ジャンクフードが恋しい話なんかをした。


 魔王に警戒しながら進んでいるからか、進軍のペースは遅い。

 今は二層だが、暗闇のステージだからか遅々として進まず、ほとんど足止め状態だ。

 立ち止まっている間にもオークやゴブリンと遭遇したりするのだが、そこは後ろにいる探索者たちが出張ってきて、殲滅してくれた。


 アレックスに俺も興味があったことを訊いてみることにした。


「アレックスは今何層に潜ってるんだ?」

「まだ三層。四層も何度かチャレンジしてるんだけどさぁ、おっかねえのなんのって。水の中からいきなりサハギン飛び出してくるんだぜ? 心臓止まるっての」

「ヤバいな」


 飛び出しサハギンは俺も体験したが、ダークセンスなしだったら、かなり驚いただろう。

 そうでなくても、四層は暗い上に閉鎖空間だ。突然の魔物の襲来はパニックを起こしたりしやすい。


「ヒカルは?」

「俺はまだ三層までだな」

「その装備じゃ、三層もキツいんじゃないか? 武器屋紹介するぞ?」


 アレックスの立派な装備と比べると、俺のソレは護身用にしか見えないだろう。


「いや、俺はこれでいいんだ。力がないからな」

「じゃあ、精霊術がメインってことか。闇ってどういうのがあるんだ?」

「補助的なのばっかだよ。迷宮ではけっこう役に立つけど、ソロだとキツいかもな」


 闇の精霊術のことはともかく、精霊の寵愛のことは話していいのか判断がつかなかった。

 もしかしたら、メッセージで俺のことをバラす視聴者がいるかもしれないが、その時はその時だろう。自分からペラペラ喋る必要はあるまい。


「精霊術がこんなに役立つって思ってなかったもんなぁ。ジャルは水の精霊術を普通のやつより回数使えるらしいんだけど、そのおかげでもう何度も命拾いしてるもん」

「回数は重要だよな。それに、俺達は精霊力ポーションもクリスタル交換できるから、現地の人より相当恵まれてるよ」

「ああ、俺もパーティーメンバーからズリィって言われるよ」

「ん? ……アレックスは、パーティーメンバーにクリスタル交換のことまで話してるのか?」

「ん? なんかマズかった?」

「いや……」


『軽率』という単語が脳裏を過ったが、どうなのだろう。

 まあ、そこまでバカじゃないだろうし、パーティーメンバーも信用できる人間なのだろう。だが、もしそうじゃなかったら、権力者なんかに存在を知られたら芋づる式に、捕らえられてしまう可能性もあるのではないだろうか。

 俺は、周りの人間に聞こえないよう、声を落とす。


「アレックス。あんたのパーティーメンバーを疑うわけじゃないが、クリスタルやポイントのことは安易に話さないほうがいい。ポイントで身体の欠損すら修復する『大癒のスクロール』なんかも手に入るんだぞ。そんなこと権力者の耳に入ってみろ……分かるだろ」

「売ってくれって来るってことか?」


 意外とポワポワしたタイプなのか?

 アレックスはキョトンとした表情で、本当に分かってなさそうだ。


「違うよ。ポイントのことを知られれば、最悪、スクロールを出すまで監禁される――なんてこともあるかもしれない。この世界には1000人の転移者が来てるんだぞ。ってことは、この世界の人間にクリスタルやポイントのシステムを教える者だって必ず出てくる。……いや、すでにそうなっていると考えたほうがいい。その情報が権力者の間で回れば、転移者を指名手配にするかもしれない。そこまで考えて行動したほうがいいってこと。もし、この町で転移者に懸賞金かけられたらどうなるよ」


 俺の話を聞いても、アレックスは完全にポカンとしていた。

 

「じゃ、じゃあ異世界から来たって話も……?」

「当然、極力秘密にしたほうがいいだろうな。信頼している相手に話すのはいいと思うけど、安易に話して回るのは自殺行為だろ」

「そ、そうなのか……。気にしたことなかった。確かに向こうからのメッセージでも、気をつけろって忠告何度か届いてたんだよな」

「マジかよ」


 イケメンだけど、かなりお気楽なタイプなのか。

 もちろん、そんなすぐに情報が回るってことはないだろうが、俺達は異邦人なのだ。

 慎重さは常に持っていなければ、どこで足下をすくわれるかわかったもんじゃない。


「ヒカル、ありがとう。俺、全然わかってなかったわ。仲間にも口止めしとく」

「そのほうがいい」

「でも……自分のルーツを話せないのって、辛くないか? ヒカルはどうしてるんだ?」

「俺は……まだ誰にも話してないよ」

「すげーな。ヒカルは強いんだな……」


 別に強いわけじゃない。弱いから話せないだけだ。

 人を信用するってのは、勇気がいることだから。

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