089 討伐隊、そして再会
次の日、リフレイアを迎えに行くと彼女は赤い目をしていて、誤魔化すように「えへへ」と笑った。
口数少なく言葉を交わして、ギルドまでの道を歩く。
ギルドには、すでに魔王探索のために何十人もの猛者たちが押し寄せていて、人口密度が高い。
聖堂騎士は来ていないようで、それらしき装備の者は見当たらない。
俺はあくまでポーターだから、少なくとも途中まではリフレイアにくっついていくだけだが、魔王の討伐は一日で終わることは稀なのだという。
なぜなら、迷宮は深く広いから。
人海戦術で捜しても、なぜか見つからないことが多い上に、魔王がどこにいるかわからない為、最終目撃階層の二つ上の階層から山狩りならぬ迷宮狩りをして洗っていくのだとか。
そういう関係で初日は参加人数が少ないのが常で、聖堂騎士も2日目や3日目からの参加。
とすると、今日一日はほとんど普通に三層で魔物の相手をするだけとなってしまうだろうか。せめて、他の探索者の姿がどこかにあるはずのカメラに映るようにして、魔王討伐の雰囲気だけでも視聴者に伝わるようにするべきかもしれない。
「リフレイア、実際の戦闘はどうなるんだ? 誰かが指揮をとるのか?」
「指揮ですか……? いえ、出会ったパーティーから順に戦うだけですね」
「そんな雑な感じで? 相手、魔王っていうくらいだし、強いんだろ?」
「もちろん、協力し合うんですよ? でも指揮をとれるほど個々の能力の違いに精通した人間がいるわけではありませんから、結局は普段のパーティー単位で戦って、危なそうだったら次のパーティーと入れ替えて……そういう感じです」
「だとすると、俺たちにも出番がある可能性がある……か」
今日はグレープフルーは参加していない。
上級探索者にも斥候あがりのリンクスが何人かいるため、彼女たちが斥候をやってくれるらしい。
まあ、この人数で潜るとなれば斥候なんて必要ないのかもしれないが。
「あっ、出発するみたいですよ」
「ああ」
リフレイアにくっついて迷宮まで歩いたが、入り口でポーターと探索者とで分けられてしまった。まあ、ポーターは後ろをくっついていくということなのだろう。
ちなみに殿は金等級の実績のある探索者パーティーが受け持つらしい。
ポーターたちはリュックを背負っている者がほとんどだが、中にはしっかりとした装備の者も混じっている。俺と同じように戦闘に参加するつもりなのかもしれない。
第一陣探索隊は総勢で40名くらいだろうか。
ポーターの数は少ない。まあ、元々6人パーティーで一人という割合がポーターなのだから当然だろうが。
ぞろぞろと歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
振り向くと、そこには前に風呂で会ったイケメンの姿。
「よう! 久しぶりじゃん。あれから銭湯に来ないから死んだのかと思って心配してたよ」
「お、おお。アレックスだっけ?」
「あ、覚えててくれた?」
俺と同じく地球からの異世界転移者であるアレックスは、長槍を持った重装スタイル。
ここにいるということは、ポーター枠での参加ということか。
「あんたも青銅級なのか?」
「うんにゃ、やっと
そう言って、チラリと認識証を見せてくれる。
どうやら彼も仲間が銀等級ということらしい。
「それにしても、魔王なんて燃えるよな! 転移者で魔王倒したのまだいないらしいから、これ倒したらボーナスポイントあるかもよ」
「ポイントかぁ」
アレックスは不思議な男だった。
異世界転移者で、もしかすると俺のことを聞いているはずなのに、態度に裏がなく気さくだ。
「あ、そういえば、ヒカルに会ったらなんか伝えて欲しいってメッセージ来てたぞ。なんだっけ。確かいくつも来てたはず――」
メッセージという単語に反応するかのように、ビクリと身体が震えた。
冷たい刃物を押しつけられたかのように、臓腑の底の底から言い知れぬものが湧き上がってくる。
俺への伝言。
そんなものは、悪い知らせか、そうでなければ罵詈雑言をメッセージを開かない俺に変わってアレックスから伝えさせようというのか、そうでなければアレックスを使って俺を殺させようとしているか。
……いずれにせよ、ろくなものではないだろう。
アレックスは俺を殺そうとはしていないと思うし(もちろん、油断させておいて後ろからグサリといかれる可能性はある。迷宮内でなら死んでも石になるだけだし、魔物にやられたとシラを切れば済む)、もしかしたら応援のメッセージという可能性も……それはないか。
俺がなんだかんだ言って視聴率を取れているのは、根本に『俺がナナミ殺しの犯人で、法で裁かれずに異世界生活を満喫しているよう』というのがあるのは明白。
真犯人がなぜ捕まっていないのか、警察の無能に腹が立たないといえば嘘になるが、俺が転移した状況を考えれば、誰だって俺が犯人だと考える。俺だって、ニュースで見ていたならそう断定していたに違いない。
もちろん、すでに真犯人は捕まっていて、現在の視聴者は純粋に俺を応援してくれているなんて可能性もあるのかもしれない。
夜、一人でベッドに寝そべりながら、そんなことは何度だって考えた。でも、そんなはずはないのだ。
まず、この視聴者数の増え方に理由がなさすぎる。俺は、現状……今、この瞬間すら全転移者でトップの視聴者数を持っている。瞬間視聴者数7億人だ。とてつもない人数である。
俺なんてたいしたことをやっていないのにだ。
迷宮に潜っているくらいのこと、それこそこの目の前のアレックスだって同じことをしている。だが、俺がトップなら彼は最高でも2位。おそらく、もっとずっと下だろう。俺よりずっとイケメンで友達だって多そうなアレックスがだ。
となれば、俺には『特別なストーリー』があるから視聴者が何かを期待して見ているとしか考えられない。別に俺はナナミを生き返らせたいとも、一言たりとも視聴者に告げてすらいないのだから。
なんにせよ、俺はメッセージを聞きたくはなかった。
もうすぐ視聴率レースは終わるのだ。
少なくともその時までは、心を乱されたくない。
「ちょ、待ってくれ。メッセージはいい。聞きたくないんだ」
「おっ、そうか? なんか、どうしても伝えて欲しいって切実な感じだったけど」
「向こうのことは思い出したくなくてさ。……頼む」
「でもな」
「頼む……。ホントに聞きたくないから……。何も、何も言わないでくれ」
懇願だった。
これから魔王討伐に行って、視聴率1位を取ろうという気持ちに水を差されたくなかった。それを聞いてしまったが最後、俺は満足に動けなくなってしまう確信があった。
「本当にいいのか……? 家族だから、絶対に伝えて欲しいって」
「やめろ……やめてくれ……」
家族という言葉を聞いて、俺は耳を塞いだ。
両親だとしても、妹たちだったとしても、そのことに触れて欲しくなかった。
俺が悪いとは思わない。
だけど、彼らが家を焼かれ、日本にいることすらできなかったことは事実なのだ。
例え、そのメッセージが優しい励ましであったとしても。
当然ありえるであろう、罵詈雑言であったとしても。
俺の心は、どちらでも千々に引き裂かれてしまうだろう。
俺はアレックスの首元にすがりつき、何度も頼んだ。
心の準備ができていなかった。
とても、冷静ではいられなかった。
「わかったよ。俺も悪かった。向こうの世界のこと言い出して」
アレックスは両手で降参のポーズをとった。
「……まあ、そういうのなんとなくわかるぜ。俺もあっちのこと思うと今でも寂しくなるから」
郷愁に駆られているのか、遠い目をするアレックス。
俺の場合は違うのだが、まあそれを説明しても仕方あるまい。
「ま、聞きたくないってんなら、メッセージのことは俺の胸にしまっておくよ」
「あ、ありがとう……」
アレックスは操作しかけたステータスボードを閉じ、俺は心の底から安堵した。
やはり良い奴なのかもしれない。
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