086 思わぬ贈り物、そして光を振り切って
「あはっ、強引に連れ出したから嫌われるかもって思ってたんですよ、ホントに。今の今までだって、ずっと不安だったんですから。……良かったぁ」
「リフレイアのことを嫌いになる奴なんていないよ」
「じゃあ好きですか?」
「う~ん、ノーコメント」
「あははっ。私は好きですよっ」
ふざけたフリで答えて、じゃれ合う。
今こうしている間にも、視聴者レースは続いていて、一位になれるチャンスをフイにするかもしれない。
そんな思いが常に頭の中で駆け回っているけれど、視野が狭くなっていたのもまた事実だった。
魔王と単独で戦えば、視聴率が上がって一位になれるかもしれないとか、死んだら元も子もないのに、なんとかなると……根拠もなく考えていたのだ。
1人ではガーデンパンサーにだって勝てないし、もしかしたら逃げることだって無理なのに。
(なんで、そんな風に考えてたんだろうな)
……もうずっと、この世界で生きることに疲れていた。
俺は、1位を目指す為に無理をしなければならないと、自分に言い訳をして、結局は死ぬ理由を探していただけなのかもしれない。
ナナミを生き返らせたいのは紛れもない本心なのに。俺自身が、そのことに真摯に向き合えるほど強くなかったということだ。
1位になることなんて、到底無理だから。それこそ、自分が死ぬほどの無茶でもしなければ無理だからと、それを口実にしていたのではないか。
俺がやっていたことは、緩慢な自殺だったのではないか……。
無理をしてないはずなんてない。俺は、この世界に来るまで、誰にも注目されないただの高校生だったのだから。
――本当は……とっくに限界を超えていたのだ。
「……リフレイアはいつも俺を見つけてくれるんだな」
もし、彼女と出会えていなかったなら、俺は視聴率レースの為にもっと無理をしていただろう。4層どころか1人で5層に潜っていた可能性まである。
人と人との出会いとは不思議なものだ。
明るく笑う彼女が俺を見つけてくれなかったら、俺はとっくにこの世界で生きることを諦めていたのかもしれない。
「えっ? なんか言いました?」
「なんでもないよ」
「え~? 気になりますよ。やだな、ヒカルったら、そんな優しそうな顔しちゃって……」
「変なこと言うなよ。普通だよ」
ただ、久しぶりに心安らいだ気分だったから。
それが顔に出ていたのかもしれない。
◇◆◆◆◇
土の大精霊の支配圏の野菜が美味しい食堂ということで、リフレイアが一度だけ入ったことがあるという店で、夕食を摂った。
なんだか、久々に野菜をちゃんと食べた気がする。肉とかエビとか、そういうものが多かったから。
食後、店を出て別れる前。
リフレイアは念を押すように訊いてきた。
「ヒカル、私は明日から魔王討伐に参加するけど……もう無理はしない? 一人で迷宮に潜ったりとか」
それは、もしかしたら今日一日ずっと俺に訊きたかったことだったのかもしれなかった。
魔王が討伐されるまで、俺のような最下級の探索者は迷宮にもぐることができない。
一方、銀等級のリフレイアは討伐に参加するのだ。
今日のように一緒にいれば、ずっと俺を監視していられるが、当然そんなわけにはいかない。
彼女は俺のことを心配してくれているのだ。
その優しさに応えたい。そういう気持ちもあった。
だが――
「……ゴメン。それは約束できない。魔王討伐はどさくさに紛れて俺も参加する」
「どうしても?」
「ああ、ダメだってわかってるけど……行かなきゃならないんだ」
一人で行くつもりはもうなかった。
だが、討伐隊なら。何人もの銀等級以上の探索者や、もしかしたら聖堂騎士まで参加する討伐隊ならば危険は最小限に抑えられるはず。
自分だけで戦って勝利すれば、視聴者数も増えて一位になれるのかもしれないが、自分にできることを冷静に考えて行動することも同じくらい大切だった。
ナナミを生き返らせる為なら、死んだってかまわない。その気持ちに嘘はない。
だけどそれは、生き返らせることもできずに死んでもいいという意味じゃない。
「ヒカル。どうしても……どうしても行くんですね? そんなに魔王と戦うことが大事なの?」
「ああ。そうしなければ、俺は多分一生後悔すると思う。良くないことだってのはわかっているけど……。それに、自分で言うのもなんだけど、足手まといにはならないと思う」
能力を出し惜しみしなければ、闇の精霊術は戦闘補助にかなり有用なはず。
闇の精霊術士はこの街にはいないらしいから、なおさらだ。
「じゃ、今日一日付き合ってもらったから、お礼!」
道の途中で立ち止まり、ずっと離さなかった手を離し、正面に立ったリフレイアは、俺に何かを渡してきた。
黒い板のようなものだ。
「これは?」
「魔王討伐隊ポーター認定証。無理矢理もぎとってきてやりました!」
「って……どういうことだ?」
「これがあれば、ヒカルもポーターとして大手を振って討伐隊といっしょに迷宮に入れるってこと。どうせヒカルは一人でも入るって言うんだろうなって思って。ホントは、私一人だけだとポーターなんて付けられないんですけどね、最近の実績はポーターのおかげとか適当言って発行させてやりましたよ。……ありがた迷惑でした?」
驚いた。
まさか、リフレイアがそんなことをしてくれるなんて思っていなかったからだ。
彼女には、俺が迷宮に潜る理由……どうしても潜らなければならないその理由を話していないのだから。
ただ、彼女は俺が魔王と戦いたがっているのを察して、迷宮に入れるように取り計らってくれたのだ。
「マジで……これがあれば入れるのか? ポーターってことは戦うのはダメ?」
「戦闘が始まってしまえば関係ありませんよ、バーンと報奨金貰っちゃいましょう!」
こっそり付いていくパターンだったら、見つかり次第つまみ出されたり、いっしょにパーティーを組んでいたリフレイアの立場が悪くなる可能性だってあった。
だけど、この認定証があれば、すべてクリアできる。
「あ、ありがとう……! ありがとう、リフレイア。ホントに嬉しいよ……!」
「うふふ、ヒカルも……私を手放したくなくなったんじゃないですか?」
「そりゃあ――」
言いかけて、俺はその続きを口に出すことができなかった。
リフレイアの期待に溢れた視線。
笑いを堪えるような、泣くのを堪えるような、そんな顔をされて、俺はどうしたらいいのかわからなくなる。
あと5日……いや、あと4日で視聴者レースは終わる。
それから先は、俺はまた一人になるつもりでいるのだ。
リフレイアが、まだ俺と探索を続けたいと思っていることは、どんな鈍感な人間だって気付くことができるほど明白だ。
聖堂騎士試験がいつあるのかとか、精霊術の練習をしなくていいのかとか、向こうの事情は詳しく知らないが、とにかく彼女は俺との時間を優先したがっている。
それはわざわざ説明されなくても、態度や表情を見ていればわかることだった。
俺だって、リフレイアとグレープフルーと、三人で迷宮に潜るのは楽しい。
一人で心を無にして潜っていた時には、感じることのなかった充実感がある。
もし、これがただの異世界転移だったのなら、俺はそれを選択することだってできただろう。
でも……どうにもならないことだ。
彼女が清廉で美しければ美しいほど、俺は彼女といっしょにはいられない。
「……じゃ。明日、朝迎えにいくよ」
「ヒカル……?」
俺は一歩、二歩と後ずさり、彼女に別れを告げた。
――彼女には彼女の夢があり、
――俺には俺のどうしようもない事情がある。
リフレイアの不安そうな顔を見ないよう目を閉じる。
心を鋼鉄のように堅く冷たくして、彼女に背を向けた。
「おやすみ!」
全力で走り出す。
未練も情も、なにもかも追いつくことがないように。
鉛のように重い心を抱えながら。
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