078 ガーデンパンサー、そして霧の中へ

「いやぁ、すみませんね、うちの子が。ほら、リフレイアも謝れって」

「嫌です。ヒカルのことをバカにして……許せませんもん」

「別にバカにしてるわけじゃないんだよ、こういうのは」


 絡んできた人間をいちいちやり込めていたらキリがない。まして、武器を使ってなんてとんでもない狂犬だ。

 そりゃあ、探索者なんてヤクザな世界だ。ナメられたら終わりみたいな価値観もあるのかもしれないし、リフレイアもその価値観に沿って行動してるのかもしれないが……。


「リフレイア、お前自身がバカにされてキレるのは別にいいよ。でも、俺のことでそんな真似はしないでくれ。俺はどうも思わないし、前も言ったけど、ブロンズなのも探索初心者なのも本当のことなんだから」

「ヒカルがそう言うのなら、いいですけどぉ」

「なんだ、お前ら付き合ってたのか!?」


 驚天動地の表情を見せる強面。

 俺達のやりとりを見て、強面の仲間達まで集まってくる。


「え、え~? やっぱそう見えますか? 見えますよね?」

「そりゃ、そんだけベタベタしてりゃ、そう見えるだろうがよ……。しかし、男には興味がねぇという噂まであったリフレイアちゃんがなぁ……。そんなヒョロガキがタイプだったとは」

「誤解誤解。全然、そんなんじゃないっスよ。リフレイアさんには探索を期間限定で手伝って貰っているだけです」

「誤解って……。ヒカルってけっこう酷いですよね」


 俺の腕に腕を絡ませてくるリフレイア。

 まあ、好きって言っていたし、一時の気の迷いにせよ、その想いは本物なのだろう。

 それを知って彼女を利用しているのだ。俺は。


「だがなぁ、リフレイアちゃん。カレシといっしょに探索してぇのはわかるが、だからって三層はあぶねぇんじゃねぇか? 一つ間違えば死ぬんだぞ」


 どうしても、リフレイアが俺を連れて来たという誤解から抜け出せないらしい。

 まあ、誤解されたままでもいいのだが、だんだんめんどくさくなってきたな。


「ですから、誤解ですよ。僕が彼女に頼んで連れてきてもらっているんです。もちろん、死ぬ可能性があるのは覚悟の上で」

「だとしてもだ。銀等級なら下のモンの手本にならなきゃならねぇ。事情があろうが、青銅級なんぞ、三層に連れて来ちゃダメだろうがよ」


 強面のくせに、めちゃくちゃ常識的なことを言うので驚く。

 確かに、俺みたいな駆け出しの小僧が、お姫様の後ろをヒョコヒョコくっ付いて来てたら一言云いたくもなる。


「もー、面倒ですよ。ヒカル、少し見せてあげたらどうです? このわからず屋に」

「あん、どういう意味だ?」

「彼が、私よりはるかに強いってことをですよ。彼がお荷物なら、三層に私だけで来れるわけないじゃないですか」

「それこそ冗談だろ。銀等級まで上れるのは、探索者の中でも一握り。それをたった1年で達成したリフレイアちゃんより、こんな小僧が強えなんて、冗談としてもタチが悪ぃぜ」


 そんなやりとりを聞きながらも、俺は別のことが気になっていた。

 ここはすでに迷宮三層内だ。別に安全地帯でもなんでもない。

 そんな場所でデカい声でやりあっているのに、全然魔物が近寄ってこない。

 迷宮内は魔物がひしめいているわけではないが、それでも1分も歩けば必ずエンカウントする程度には魔物がいる。

 まして、ここには2パーティー分も人間がいるのだ。


 ――来るよ

 ――あぶないよ


 ザワザワと精霊たちが騒いでいる。

 警戒を促す、か細い声が確かに聞こえた気がした。


「リフレイア! なんか変だ。周囲を警戒しろ。フルーは俺の横に来い! 早く!」


 霧惑い大庭園は、その名の通り階層全体を深い霧で包み込まれており、目視できるのは、せいぜい100メートル先程度まで。

 ちょっとうっかりしていると、かなり近くにまで魔物の接近を許すことがある。

 そして、今日はいつもより霧が濃い。

 目視で見える範囲がいつもより、少ない……いや、半分程度もないような――


 俺はグレープフルーを背中に隠し、なるべく壁の近くに寄って警戒した。


「おい! あんたたちも警戒を解くな! なにかが近付いてきているぞ!」

「ああ!? 駆け出しの小僧がいきなり何言ってやがる! こっちはベテランだぞ!? こんな入り口にゃグールくれぇしか出ねぇよ!」


 ……ならいいけどな。


「……ヒカル? どうしたんですか? あの男が言うように、このあたりには強い魔物は出ないはずですけど」

「精霊たちが騒いでる。一度、二層に戻ったほうがいいかもしれない」

「……ん? 待つにゃ待つにゃん。足音が聞こえるにゃ」


 俺の後ろにいるグレープフルーが耳をピクピクさせて、そう呟く。

 そして、眼を大きく見開いた。


「ガーデンパンサー! 近くまで来てるにゃん!」


 グレープフルーがそう叫んだ、次の瞬間だった。

 白い霧の中から唐突に純白の巨大な何かが飛び出してきて、ろくに警戒もせずにいた強面パーティーの一人に食らいついたのは。


「バッカ野郎が! リフレイア、行くぞ!」

「はっ、はい!」


 ガーデンパンサーは、巨大な猫科の猛獣で、かつて動物園で見たライオンやトラよりも大きい。全長で4メートルほどもあるだろう。

 色は斑点一つない純白で、うっすらと白い蒸気のようなものを背中から発している。

 あの蒸気で姿を隠しているのだろう。

 美しい身体とは対照的に顔は凶悪で、人間など丸呑みにしそうな口にはゾロリと牙がのぞく。


 奇襲を食らった強面のパーティーメンバーは、上半身に食いつかれたまま、あっという間に連れ去られてしまった。霧の中に消えたガーデンパンサーは、どこにいるのかも見当も付かない。


「ダークセンス! あっちだ!」


 ダークセンスは幸いこの霧の中でも効力を発揮した。

 すでにガーデンパンサーは、ダークセンスの有効範囲ギリギリにまで移動していたが、ギリギリ掠めていた。ダークセンスの有効範囲と、実際の霧の濃さから計算すると、今日の三層は視界が40メートル程度しかない。これがガーデンパンサーが出した霧なのか、それとも偶然、今日は霧が濃い日なのかはわからないが、逃がしてしまったら、もう見つけることはできないだろう。


 残念ながら最初に食いつかれた探索者は、たったの一撃で絶命したようだが、一度姿を見せた魔物を逃すつもりはない。

 俺はリフレイアを伴い走る。

 ガーデンパンサーもこちらに気付いたようだ。身を低くして飛びかかる為か力を溜めているのがわかる。


「ファントムウォリアー!」

「サモン・ナイトバグ!」


 幻影の戦士が、剣で盾をバンバンと叩きながらガーデンパンサーに近付く。

 闇夜の虫たちは、羽音を響かせつつ殺到した。

 いきなり敵が増えたことで、警戒心を強めるパンサー。

 俺から警戒を外したことを確認してから、闇に隠れ別の方向から近付く。

 そう。どんな強敵だろうと、やることは変わらない。


「リフレイア、いつも通りにいくぞ!」

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