077 残り6日、そして強面再び

 一人で潜った次の日、朝から待ち合わせて今日も迷宮探索である。


「リフレイア、四層はどう思う? 俺達で行けると思うか?」


 道中訊ねてみる。

 俺一人でも四層の入り口付近ならなんとかなった。

 三層でもほとんど危なげなく狩りができている。


「え、四層ですか? そりゃあ、行けなくはないでしょうけど……。そんな焦る必要あります? ヒカル、事情があるとは言ってましたし、精霊術が強いのは確かですが、迷宮で過信は禁物ですよ?」

「私も四層は行ったことがにゃいですから、あんまり役に立てないにゃん」


 二人は四層に降りることに否定的だが、こればかりは仕方が無い。

 より下層に降りたいというのは、俺の事情だ。

 視聴者は同じ階層でのマンネリになった狩りを見続けたりはしないだろうと、だから、少しでも新鮮なものを――


 もちろん、それが危険なことだというのはわかっているつもりだ。

 だが、このままでは視聴率総合1位になどなれるわけがない。

 俺は前半に出遅れている分も取り戻さなければならないのだから。

 残り6日。もう半分を切っている。


 現時点での順位は4位。

 元々視聴者を遠ざけていたことを思えば、かなり健闘しているといっていい数字だが、目標である1位を取るにはもっと圧倒的ななにかが必要だと思ったほうがいい。

 楽観的に考えて「残念2位でした」では意味がないのだ。余裕を持って、終わる3日前くらいまでには1位になっておきたい。


「まあ、ヒカルが四層行きたいっていうなら付き合いますけどね」

「私も四層に連れて行ってくれるにゃら、大歓迎にゃ。……役には立てないけど、地形を覚えれば斥候もできるようににゃれますし」


 二人共、消極的な賛成ってとこか。ただ、四層に降りるのが危険なのは確かだ。

 ダークセンスがあればスライムにやられることはないにせよ、カニもリザードマンも強敵には違いない。奥へ進めば、さらなる強敵とも戦う必要がある。

 せめて、リフレイアと同じくらいの戦士がもう一人いれば、かなり安全に戦うことができるだろうが、このメンツではやはり無謀だろうか。

 俺が1人で降りるより単純戦闘力は高くなるだろうが、リスクという面では、また違った危険があるだろう。

 そして、その危険とは「ケガをした」などというレベルではなく、永遠に失われるという形で支払うものであるかもしれないのだ。

 俺1人がリスクを負うならまだしも、このメンバーで無理などできるはずがない。


「……いや、そうだな。四層は今度にしよう。まだ三層も探索しきったわけでもないもんな」


 まだガーデンパンサーとも出会っていない。

 1位は欲しいが、まさか二人の命を賭けるわけにもいくまい。

 ……いや、三層の時点で命は賭けているのだ、すでに。

 探索が上手くいっているから、その自覚が薄いというだけで。一つ間違えばズルズルと全滅することだってあるはず。

 本当は、俺自身ももっと上手く戦えるようになるべきなのだ。例え、修行では視聴者が増えないのだとしても。


「じゃあ、今日も三層で。リフレイアは精霊術の訓練もしながらな」

「えっ」

「ん? どうした? 四層はやめとくって、さっき言ったけど」


 聞いてなかったのかな。


「あー、いえ、その……もうしばらく精霊術の練習はいいかな~……なんて」


 頬を掻きながらそんなことを言うリフレイア。

 まだ、練習始めて数日しか経っていない。


「……なんか事情があるのか?」

「そういうわけじゃないんですけど。えっと、その……そう! 疲れちゃったんです! 術を何回も使うのすごく大変なんですよ! ですから今日は私の練習はいいから、探索に集中しましょう! ね!」


 そう言って、グイグイと俺の腕を引っ張っていくリフレイア。

 下手な嘘だ。

 一昨日は、大精霊のところに新しい術が生えたか訊きに行くと言っていた。位階が上がったかどうかも確認するのだと。

 とすると、全然効果がなかったのだろう。

 かといって、それを俺にストレートに伝えると俺が傷つくかもしれないと思った……そんなところだろうか。


 とはいえ、まだ数日。効果が出るのはこれから……とも思ったが、本人が嘘をついてまでやめたいというのを、無理に続けることもない。

 俺の提案はありがた迷惑だったのかという思いもないではないが、仕方がない。


「なら、精霊術の練習はなしで。そろそろ、一度くらいはガーデンパンサーと戦っておきたいな。シャドウバインドが効けばいいんだが」

「そこまで力が強い魔物ではないらしいですし、大丈夫じゃないですか? トロールの動きも封じられるんですし」

「かなぁ」


 そんな話をしながら三層『霧惑い大庭園』に到着。

 この階層は、噴水から飲用可能な水が出ていて、そこで休憩している探索者がいたりして、二層よりもまったりしたムードがある階層だ。

 初心者にとってはここでも厳しいのだろうけど、四層と比べればかなり楽なのは確か。

 この難易度落差の大きさが、ゲームとの違いなのだろう。

 一層はほぼ単体のスケルトンしか出ないから楽だが、二層三層は普通に難しい。

 そして四層になるといきなり殺しに掛かってくる。そういうバランスだ。

 特に二層は暗いことで探索向きでなく、中堅の探索者はみんな三層を目指すということになる。

 そうなると――こういうことが起こる。


「おお、リフレイアちゃんじゃねぇか! 最近、パーティー解散したって聞いてたけど、迷宮には潜ってたんだな!」

「ええ。新しいパーティメンバーを得ましたので」


 気さくに話しかけてきたのは、前にギルドで絡んできた強面こわもての探索者だった。どうやら、6人パーティーで三層の探索中らしい。

 等級はよくわからないが、しっかりと装備を固めており、無難な印象のパーティー。強面はバトルアックスを装備していて、木こりよろしくトレントと相性が良さそうだ。


 俺は正直めんどうなことになったと思ったが、今更ダークネスフォグを使って隠れてもバレバレなだけだろう。


「って、おい! 弟もいっしょじゃねーか! 三層なんて無茶だろ!? ポーターとして使ってんのか!?」


 やはり絡まれてしまった。

 しかし、これはチャンスだ。視聴者数が伸び悩んでいる今、こういったトラブルはいくらあってもいい。命に関わることもないだろうし、1発ブン殴られるくらいでも――


 俺はそんな皮算用をしていたのだが、リフレイアは予想外の行動に出た。

 目にも止まらぬ速度で大剣を抜き、強面探索者の首元にピタリと添えたのだ。


「うおっ、おい。リフレイアちゃん、何の冗談だ?」

「無礼は許しません。前にそう忠告しましたね?」

「無礼ったって、あいつは弟なんだろうが。それにまだ青銅級だ。三層はまだ早いだろ。俺に間違っているところがあるか?」

「彼は弟ではありませんよ。それに、私たちはもう三層の魔物はパンサー以外すべて倒しています」

「そりゃ、リフレイアちゃんの力だろうがよ」

「いえ、ほとんどは彼の――」

「ちょ、やめやめ。リフレイアも剣を下ろせって」


 真っ白い顔で淡々と強面探索者に反論するリフレイアだが、どう見ても冷静ではない。

 意外と頭に血が上りやすいタチなんだろうか。

 今まで付き合ってきた中では、そういう風には見えなかったけれど。

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