073 ダークセンス、そしてジャイアントクラブ

「水の音がしてきましたね。心なしか湿度も上がったような気がします」


 階段は三層へのものと同じくらい長かった。

 三層を見た時にも思ったが、地中にこんな空間があるとは、ちょっと信じられない。

 しばらくして階段が途切れた。

 ドドドドドと、爆音が木霊している。

 地面は水しぶきで濡れ、空気には水が混ざり、そこにいるだけで服が湿っていく。


「……ものすごい景観です。これを見れるのが探索者だけというのが、残念なくらいです」


 階段から降りた先は、まさしく龍がうねり昇っているかの如き、巨大な滝だった。

 俺がいる場所は、おそらく滝の中程くらいの高さ。

 水はかなり高い場所から来ているようだが、地下水脈なのだろうか。

 いちおう四層の地図は確認してきたが、立体的な階層であり、地図ではよくわからなかったのだが、なるほどこれは実際に歩いてみなければわかるまい。


「高さ100メートルほどもありそうです。滝壺に落ちたら助かりませんね」


 こうして喋っていても、視聴者に聞こえるのか不安になるほど、滝の音が凄い。

 俺のいる位置からは滝壺は見えないが、安全柵があるわけでもなければ、滑り止めがあるわけでも、ロープが張られているわけでもないのだ。

 ツルッとすべってそのままドボン、そうなってもおかしくない危険地帯だ。


「四層は危険度が高くて、探索が推奨されていないという理由がわかる気がします。轟音で、魔物の気配に気付かないということもありそうです」


 実際、静謐な空間では、足音や吐息なんかの音で多くの情報を得られたりするものだ。

 それが滝の音で掻き消されるとなると、不意打ちの可能性がグッと上がると考えるべきだ。


「それでは探索を開始していこうと思います。……あ、その前に新しい術を試してみます」


 闇ノ見が位階三になり、新しい術になっていたのだ。


「暗闇でも見えるようになる『ナイトヴィジョン』が『ダークセンス』というものに変化しました。試してみましょう」


 現在の熟練度はこう。


【 闇の精霊術 】

 第二位階術式

・闇ノ虚 【シェードシフト】 熟練度4

・闇ノ棺 【シャドウバインド】 熟練度74

・闇ノ喚 【サモン・ナイトバグ】 熟練度69

 第三位階術式

・闇ノ見 【ダークセンス】 熟練度0

・闇ノ化 【ファントムウォリアー】 熟練度6

・闇ノ納 【シャドウストレージ】 熟練度5

 第四位階術式

・闇ノ顕 【ダークネスフォグ】  熟練度88

 特殊術式

・闇ノ還 【クリエイト・アンデッド】 熟練度1


 ついに、第一位階がなくなった。順調に伸びてきていると言っていいだろう。

 個人的には、ナイトバグが次の段階に進むのが楽しみだ。唯一の攻撃術だから。

 とはいえ、使っている数からするとナイトバグは上がりにくい部類だと言える。このままだと、バインドのほうが先に第三にあがるだろう。


「ではいきます。ダークセンス!」


 術を行使した瞬間、まるで闇を走査するレーダーのように、知覚の波が広がっていくのを感じた。

 第四層は、三層と比べると格段に暗い。一層と二層の中間くらいだろうか。


 不思議な感覚だった。

 目視範囲の闇に対して「知覚」が広がり、地形と、そこに魔物が潜んでいるかどうかまで、知ることができた。

 ナイトヴィジョンが、闇の中でも見える術だとしたら、ダークセンスは、闇の中のものを見つける術なのだろう。その二つは、似ているようでかなり違うものだ。


 能動的に発見できるというのは、大きい。

 しかも、効果範囲が広く、半径100メートル程度も走査可能だ。

 自分を中心に球状に知覚が広がるから、立体的に探査できるのも大きい。これなら水の中に潜むモノさえも見つけることができるだろう。


 俺は、それを口頭で説明しながら、ダークセンスで見つけた魔物のほうへと歩いた。

 濡れた岩肌そのものといった洞窟で、デコボコした壁や天井など、魔物が潜みやすい場所が多い。

 そして、ソレはいるとわかっていても見つけにくい形状をした魔物だった。


「いました、スライムです。一匹で壁に張り付いています」


 距離は20メートルほど離れている。

 こちらに気付いているかどうかは不明だが、半透明で岩と半分同化したような姿は、ともすれば見逃してしまいそうだ。


「サモン・ナイトバグ」


 ナイトバグは射程距離が長い攻撃術だ。

 虫なのだから当然といえば当然なのだが。


 召喚された闇の虫たちがブンブンと羽音を響かせ、一斉にスライムへと殺到する。

 スライムの攻撃手段は、身体にまとわりついての溶解、あるいは窒息させるらしいのだが、闇の虫のように実体があるんだかないんだかわからない相手には効果が薄い。

 虫に命脈の中枢を囓られて、スライムは十数秒で精霊石に姿を変えた。

 知らなければ厄介だろうが、先に見つけさえすれば問題なさそうだ。


「無事に倒せました。やはり先制攻撃するのが重要ですね。四層ではダークセンスが活躍しそうです。有効範囲は100メートル程度もありますから」


 同じように暗い二層は、視界が悪くても全体が人工物のような階層で、地面も壁も天井も石造り。だから、通路なんかでは前と後ろだけを気をつけていれば問題なかったのだが、四層はそうはいかないだろう。

 リフレイアが四層を嫌がる気持ちもわかる。


「それでは、少し探索してみたいと思います。いちおう四層の地図は確認してきましたが、立体的な階層で、ほとんど役に立ちませんでしたから、手探りでいきます」


 意味があるのかイマイチわからない下手な実況をしながら、階段から少し離れ地形を確認しては戻ることを繰り返す。

 魔物がどういう風に出てくるかとか、どういう風な知覚を持つかとか、どんな速度で襲ってくるかとか、文字で読んだ情報ではイマイチわからないのだ。

 結局は、実地で学ぶしかない。


 前回は、「三層はそれほど難しくない」という事前情報があったから、多少の無茶もできたが、四層でそれをやれば、本当に死ぬだろう。視聴者としては、さほど面白くないかもしれないが、これで精一杯だ。


「ダークセンス」


 しばらく歩いて、ダークセンスで目視外にいる魔物を発見する。

 いちおうダークネスフォグも併用しているから、いきなり襲われる可能性は低いと思うが、油断は禁物。斥候もいないのだし、初めての階層で術の出し惜しみはしない。


「奥にジャイアントクラブが2体いますね。思っていたより大きいです」


 ダークセンスで知覚した魔物は、見ていないのに姿まで感覚でわかるので便利だ。

 ジャイアントクラブは大きめのカニで、人間を両断できそうなハサミを備えている上に、堅い殻で覆われていて、こいつも俺が戦うには相性が悪そうな魔物だ。

 なにより、サイズがでかい。軽自動車ほどのサイズ――は、さすがに言い過ぎにしろ、体感的にはそれに近い。

 リフレイアのような巨大武器を持てば戦えるだろうが、普通の武器で相手をするのは骨が折れそうだ。


 ちなみに、ギルドで命脈の中心――弱点の位置を調べてきてあるのだが、こいつの弱点は、目と目の間だ。


「正直、自分の戦闘力でジャイアントクラブ二体との戦闘は苦しいですが……ここで引くわけにもいきません。やります」


 腰の短刀を抜き、どう戦うか脳内で組み立てる。

 闇の精霊術に頼った戦いは、一つのイレギュラーで破滅的な状況へと追い込まれる。まして、自分一人。誰にも助けてなど貰えない。

 それでも――いや、だからこそやるのだ。

 今以上の視聴者を得るには、見ている人間が「こいつ死ぬわ」と期待できそうな状況を自ら生み出すしかない。

 俺には……それしか方法が思いつかない。

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