第一曲 第七楽章 銀河 とある山場にて

 目が覚めると真っ黒な雲に覆われている空が目に映った。どうやら頭を打ったらしく、痛みがヒリヒリとしていてその部分をさすりながらゆっくりと上半身を起こした。

 「…ってー。俺は一体……!そうだ!!」

 先程まで記憶が曖昧あいまいだったがようやく全てを思い出した。

 「確か俺は月夜つきやを助けようとしたらフィーネントとかって奴に身体の自由を奪われて、宇宙そら達も俺と同じ目に遭って学校から吹き飛ばされたんだったな。…って肝心の宇宙達が!!」

 周りを見渡すと四人があちこちに散らばって横たわっていた。

 「おい!!起きろ彼方かなた!!ひかり!!さっさと起きろ!!宇宙!!お前もしっかりしろ!!セイちゃんも!!」

 四人の元へ寄っては身体を揺さぶったり顔を叩いたりと必死に叩き起こした。

 「うぅ…、あれ、銀河ぎんがさん…僕は一体…」

 一番最初に気が付いたのはセイちゃんだった。

 「良かった~…一先ひとまず無事で…」

 彼に続いて彼方、宇宙、輝の三人も起き上って俺等の元へ駆け付けた。

 「その様子ですと僕達全員無事の様ですね」

 「てゆーか、あたし達一体どうなっちゃったの?」

 「そもそも此処ここは何なんだよ!?周りが岩、崖、木々、何もねえただの空き地じゃねーかよ!!」

 スマートフォンを取り出して現在地を確認した宇宙だったが、電波が届かず圏外だったのか難色を表していた。

 「宇宙、学校からどんくらい離れてるかわかるか?」

 「…残念ながら正確な位置は把握出来ませんが、僕の推理が正しければ恐らく約80キロメートルは飛ばされたと考えられます」

 「俺等そんな遠くまで飛ばされたのかよ!?よく無傷でいられたよなー」

 「問題はそこです。僕達はフィーネントによって学校から飛ばされたにも関わらず、何故なぜこうして生きていられるのか…」






 「それは私のせいです」






 唐突の台詞に一同が静まり返った。

 「輝、お前何か言ったか?」

 「あたしじゃないよ!セイちゃんこそ『私のせいです』って言わなかった!?」

 「僕ではありません!!そもそも裏声でもそんな声出しませんし!」

 「んじゃ一体誰が…」

 俺等は他に誰かいると周囲を警戒しながら見回した。

 あの美声は紛れも無く女性だった。考えれば輝は幼稚な上に声真似でもあの人に近付ける事は出来ないし、セイちゃんも声が高めとは言え裏声でも似せる事は不可能、残りの俺等三人に至っては論外だ。

 「おい!あそこに誰かいるぞ!!」

 彼方が木陰にいる人影を指して叫んだ。

 人影は徐々に俺等の元へと近寄って来る。俺等はまた何者かが襲って来るのではないかと思い身を構えた。

 だがその人影は近づけば近づく程、俺等が思っていた敵襲とは程遠い物だった。しかも一番驚きだったのは俺等が良く知ってる人の一人だった。






 「ほたる…なのか…?」






 突然姿を現したのは月夜の妹、蛍だった。学校にいるはずの彼女に対し彼方の表情は滞ってしまった。

 「いいえ、蛍は先程の様な美声は一切出せません。しかし何故此処にいるのですか?」

 宇宙が即座に否定し新たな疑問に首を傾げた。

 「確かに!80キロ離れてるのにどうやって此処まで来たんだろう?あっ!もしかして空を飛んで此処まで来たとか?」

 「バーカ!んな魔法みたいな事出来るかっつーの!!」

 「もう!冗談で言ったのにギン兄ちゃんって本当につまんない!!」

 「ああ、兄貴ってつまんねえ奴だな」

 「はいはい、つまんねえ奴で悪かったな!!」

 俺等がくだらない言い争いをしてる中、俺等に呆れていた宇宙はセイちゃんがじっと蛍を見つめていたので気になって尋ねた。

 「せい、どうかなさいましたか?」

 「少々気になる事がありまして…、蛍さんが蛍さんじゃない様な気がして…」

 セイちゃんの台詞に耳を疑った俺等は早急に蛍の元に寄った。

 「どういう事だセイちゃん」

 「はい、今の状況でしたら蛍さんは見ず知らずの場所で何が起こっているのかが理解出来ず情緒不安定になり泣きわめくか、怒りが入り混じって八つ当たりするかのどちらかになってもおかしくは無いのですが、何故か今は無表情で精神が安定している様です」

 「つまり星の推測を踏まえますと、蛍の中には別の人格が存在していると捉えても良いとおかしくは無いと…」

 青原あおばら兄弟の推測を聞いた俺等は思わず笑いを耐える事が出来ず吹き出してしまった。

 「おまっ、いくら何でも冗談はせよ!」

 「そうだよ!こんなの二人らしくないよ!」

 「お前等頭撃った衝撃でとうとう脳味噌がイカれちまったんじゃねーのか!?」






 「そのお二方の言う通りです」






 再びまた美声で俺等に語り掛けた。

 まさかと思い俺等は疑心暗鬼で蛍に顔を向けた。

 「おい…、今俺等に話しかけたのって…お前か?」

 恐る恐る蛍に話しかけると、彼女は無表情で答えた。






 「はい、貴方方を助けたのも私です」






 当然のごとく俺等一同は思わぬ展開に唖然とした。

 「おい!蛍が美声でしゃべってんぞ!!」

 「てかこの口調蛍じゃねえ!!一体誰だ!?」

 「助けたってどうやって!?」

 「取り敢えず一旦落ち着いて整理しましょう!…失礼ですが貴方はどちら様ですか?」

 宇宙がこの状況を収めて彼女に尋ねた。宇宙が怪しげに蛍を見ると、謎の美声は再び蛍の力を借りて話し始めた。

 「私は今から約三千年前の宇宙に存在していた惑星、ハルモニアン星の女神です。私がこの場に駆け付けていなければ貴方達はこの場で絶命するはずでした」

 「女神って…という事は何らかの事情で蛍さんに憑依ひょういしていると言う事ですか?」

 セイちゃんが頬杖をついて推測した。

 「ご名答であります。私は音楽そのものを消し去ろうと企む宇宙侵略組織・アルマイナに究極の力を狙われ、この惑星に避難して来ました。このままでは有名な方々が残した楽曲や楽器、音楽の歴史等あらゆる物全てが存在しない無の世界に作り変えられてしまうでしょう」

 ハルモニアン星の女神と名乗る人の台詞を聞いて俺は思い当たる事を思い出した。

 「おい、それって俺が有名な音楽家のバッハが何の曲を残したのか思い出せないのと何か関係あるのか!?」

 「もしかして楽譜や教科書に書かれている一部の内容が消えちゃったりしてるのもそうなの!?」

 「クラスメイトに拝借して頂いたこのCDジャケットが塗り潰された様に白紙化されているのも同様ですか!?」

 俺を筆頭に輝とセイちゃんも質問攻めに入った。

 「ええ。この現象は全てアルマイナの強力な力によって音楽を無に作り変えているのです」

 「ですが、その組織が音楽を無に作り変える事と女神様の言う『究極の力』と何の関係があるのですか?自らの手で音楽を無に出来るのなら『究極の力』は必要無いと思いますが…」

 と、宇宙が首を傾げた。

 「私の『究極の力』とは、『運命を創りかえる力』。この力は惑星を破壊するのみならず、かつて滅亡した惑星を復活させる事が出来る壮大な力なのです」

 「んだよそれ、意外と万能な能力じゃねーか!」

 「だったら何でその力使わねーんだよ。『アルマイナが存在しない世界にしたい』って願えばこんな大惨事にならなくて済むのによ」

 「この力は決して良い事ばかりではございません。この力を使えば私と関わった全ての方の記憶から私の存在が無くなる事、歴史の改革、そして私自身でも想像もつかない出来事が起こりうる事を意味します」

 それを聞いて俺は青めた。

 「まじかよ…。それってこれまで伝えられてきた音楽の歴史にも影響が出るって事かよ!?」

 「確証は持てませんがその可能性は大いにあると思います」

 「うわああああああああ!どうすりゃ良いんだよ!?」

 「これじゃただ黙って地獄の光景を見てろって事かよ!?」

 「一体これからどうすれば良いのですか!?」

 俺等は何も出来ず無力である事を改めて知りとうとう頭を抱えてしまった。

 「ねえ女神様!あたし達これからどうやって生きて行けば良いの!?」

 輝ががしっと蛍の肩を掴んでいた。

 「僕達はこのまま音楽の無い世界を黙って生きて行く訳にはいきません!それに月夜も救出しなければなりませんし…」

 「そうだ!俺等には音楽に関しちゃ誰にも負けねえ愛があるんだ!頼む!何とかしてくれ!!」

 俺等の必死さが伝わったのか女神様は固く閉じた口をゆっくり開いて言った。

 「方法はただ一つ、貴方達が戦うのです」

 その台詞を聞いて俺の思考が停止した。

 「戦う?あたし達が?」

 「そうです。貴方達五人は其々それぞれ有名な音楽家と共闘を要求した夢を見ましたね?」

 ふと振り返れば俺は確かにバッハと音楽を護る為に戦ってくれと頼まれた夢を見たのを思い出した。と言う事はこの四人も俺と同じ様な夢を…?

 「その夢は音楽を愛する心から生まれる特有のエネルギー、『音楽魂ソウル・ムジーク』の異常な高さと共鳴した事により、貴方達五人が音楽を護る戦士の適合者として選ばれたという訳です」

 「成程!それで戦ってくれって事なのか!」

 彼方がポンと手を叩きながら納得した。

 「それで、戦うってどうすれば良いのですか?」

 「貴方達の手元に二枚のソウルレコードとソウルタクトをお持ちでしょう」

 「これか!レコードに『Ⅰ-Ⅰ』とか『Ⅰ-Ⅱ』って書いてあるやつ!」

 「二つのそれぞれの番号にⅠ-Ⅰ、Ⅱ-Ⅰ、Ⅲ-Ⅰ、Ⅳ-Ⅰ、Ⅴ-Ⅰと記されているソウルレコードを使ってソウルタクトにセットして下さい。そして四拍子で振って『ムジーク・チェンジ』と叫ぶのです」

 「何だか知らねーが、とりあえずやってみるか!」

 とにかく音楽と月夜をフィーネントから助け護ることしか考えていなかった。俺はポケットからⅠ-Ⅰと記されている赤のソウルレコードを取り出し、ソウルタクトの持ち手の上にある透明なふたがあったので、一旦開けてそこにソウルレコードをセットし蓋を閉めた。すると赤い光が徐々に先端へと上って行き、謎の声が聞こえた。

 『Bach・on stage!』

 その効果音(?)に少々驚いたが、構わず行為を続けた。次の瞬間、

 「セット!」

 無意識にそんな言葉を発してしまった。何が始まるのか。と思った矢先、持っているソウルタクトを勝手に振り始めた。






 『1《ワン》、2《ツー》、3《スリー》!』

 「ムジーク・チェンジ!」

 その時、俺の体は赤い光の旋律で包まれた。気がつくと視覚の範囲は少々狭くなっており、きっちりとしたスタイルなのか体と顔の違和感を感じた。

 「あ…兄貴が変身した!?」

 俺を見ていた彼方の言葉に疑問を感じた俺は、身体を確認し始めた。






 「何だこれ!?俺どうなってんだ!?」

 見ると体全体は赤いスーツで纏っており、顔も赤のヘルメットで覆われている。

 「何だか知らねーが、この感じ、燃えるぜ!おい!お前らも変身しろよ!」

 変身した俺を見て、彼方達も躊躇しながら同じようにソウルタクトを構え始めた。

 彼方はⅡ-Ⅰと記されている黄色のソウルレコードを、輝はⅢ-Ⅰと記されているピンクのソウルレコードを、宇宙はⅣ-Ⅰと記されている青のソウルレコードを、そしてセイちゃんはⅤ-Ⅰと記されている緑のソウルレコードをソウルタクトにセットした。

 『Mozart・on stage!』

 『Chopin・on stage!』

 『Beethoven・on stage!』

 『Schubert・on stage!』

 「「「「セット!」」」」

 ソウルベルをセットした後、彼らはソウルタクトを四拍子で振り始める。

 『1、2、3!』

 「「「「ムジーク・チェンジ!」」」」

 叫んだ途端、彼方は黄色の光の旋律に、輝はピンクの光の旋律に、宇宙は青の光の旋律に、セイちゃんは緑の光の旋律に包まれ、やがて俺と同じスーツをまとった戦士へと変身した。






 「嘘…!本当に変身出来ちゃった!」

 「おい見ろよ!この格好イカすだろ?」

 「はいはいそういうのは良いですから」

 変身後の姿にはしゃぐピンク(輝)とイエロー(彼方)はすそをバサバサと仰いだ。

 「とにかく早急に戻って学校を、月夜を取り戻しましょう!」

 「ああ!」

 音楽と宇宙の平和を護る戦士として覚醒した俺等は再び学校へ向かった。

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