糸杉と花蘇芳と最後に桑と

花園眠莉

糸杉と花蘇芳と最後に桑と

 これは彼女と僕の最期の二週間の話だ。


 二週間前、僕は彼女と海に行った。まだ少し肌寒くて翼は鼻を赤くして首をすくめていた。翼の明るい笑顔が印象的だった。翼がどうしようもなく可愛くて僕は笑った。お互いに顔を見合わせて浜辺を歩いたのは幸せ以外の言葉で言い表せなかった。翼が海に行きたいって言ったから寒い中行ったけどその理由は今ならわかる。最後に僕とやりたかったことの一つだったこと。暗くなるまで海にいたのは翼が初めてだったよ。


 一週間と四日前、僕は彼女とカフェに行った。学校が終わった後だったからあまり長くは一緒にいられなかったけれど。翼は温かいコーヒーを頼んでいた。

「ねえ、優弥君。私、死ぬなら優弥君より先に死にたいな。」コーヒーを冷ましながら淡々と話していた。それが今も鮮明に覚えている。僕は急に言われて驚きはしたけれど案外冷静だった気がする。実はそんなことなかったかもしれない。

「僕は翼と一緒に年をとって一緒に死にたいな。置いていくのも置いていかれるのも嫌だから。」翼は一口コーヒーを飲んでから「そうだね。」とふわりと笑って言っていた。本心で言ってなかったのに気が付かなかった僕は馬鹿だな。


 一週間前、カラオケに行った。翼はいつもならテンポの速い曲を歌っているけどその時はテンポの遅い曲ばかり歌っていた。単純にそういう気分だったのかなと思って翼に聞いた。案の定翼は「今日はそういう気分なんだ。」と言っていた。その答えを聞いてあまり気にしなかった。僕が歌っているときは少しだけ口角を上げて控えめに笑っていた。前よりも落ち着いた雰囲気を感じて少しだけ疑問を抱いた。


 四日前夕方頃、急に一本の電話がかかってきた。翼からだった。いつもなら何か連絡があってから電話が掛かってくるのにと違和感を覚えてすぐに電話に出た。

「もしもし、優弥君。」風の音が強くて名前が呼ばれたのはかろうじて聞き取れた。

「翼、どうしたの。」

「…そく…ってごめん。…や君…好きだよ。……ね。」ほとんど聞き取れなかったけど深刻な状況なのはわかった。

「ごめん、風が強くてほとんど聞こえない。もう一度言ってもらえるかな?」電話の切れた音がした。僕の声は届かなかったみたい。通知が入った。翼からのメッセージだった。


 優弥君へ

こんな私と付き合ってくれてありがとう。学校帰りに話したり、どこか寄ったりするの楽しかった。寒いのに海に行ってくれてありがとう。優弥君としたかったことだからすごく嬉しかった。でも、ごめんね。もう生きるのが辛くなっちゃった。最後に優弥君の声が聞けて良かった。バイバイ。元気でね。


 何故か死を連想するような文章だった。ただ、僕にはどうすることも出来なかった。否、何をすれば良いのかわからなかった。少女漫画の王子様ならヒロインの場所まで走っていっただろう。僕にはそんな行動力と判断力はなかった。


 数日後、家に訃報が届いた。勿論、翼のものだ。僕らは家族公認の仲だったから届いたのだろう。翼が死んだことが未だに信じられない。


 死んだことが信じられないと言ったけれど心のどこかで理解していたんだと思う。葬式に出ても学校に行っても翼が居なくなったことを実感させられるだけで酷く辛いよ。心が空っぽになってしまって生きている意味がわからない。君と未来の話をしたはずなのに裏切られてしまった。…ごめん。君に未来の話をしたのは僕で、僕の一方的な会話だった。でもね、君が笑って相槌を打つから僕の言った未来が実現すると信じてやまなかったんだ。


 君との未来を勝手に想像した僕も悪いのかもしれないけど、僕に未来を見せた君も悪いよ。だから翼に裏切られた。


 だからね、翼。僕も死ぬことにするよ。君の死んだ方法と同じように、同じ場所で。大好きだよ、翼。


 きっと僕らはすぐに会えるよ。僕は夕方に空を飛んだ。僕に翼が生えた。

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糸杉と花蘇芳と最後に桑と 花園眠莉 @0726

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