シキの教室

水まんじゅう

第1話 『待ってた』

「おはよー!」

「おはよう」

それは、高校でも変わらない。いつも通り。不自由の中にとらわれた自由を求め、必死に楽しむ高校生。出会いの季節もなくなってしまった今、彼らはどうして出会うのだろう。

「ねえ、この学校にある空き教室に『出る』って噂、知ってる?」

桜楽さくらは元気よく、青葉あおばに声をかけた。

「出るって、何が?」

青葉はあくびをしながら返事をした。

「…幽霊だよ。知らないの!?」

「あー……聞いたことはある気が」

「よし!じゃあ今日の放課後行ってみよ!」

「は!?めんどっ!」

「強制連行だYO!」

「めんどいよぅ…」

青葉の情けない声を気にすることもなく、桜楽は意気揚々と教室に入った。

「おっはよー!」

「桜楽。おはよぅ」

「おはよ、紅葉もみじ!」

「ねーぇ、今日の放課後、ほんとにあの空き教室行くのー?」

「うん!青葉誘った!」

「ん、いいね。あたしさ、福寿ふくじゅ誘ったんだけどダイジョブ?」

「えぇー!?福寿来んのー!?」

「話してみたら行くって言ってた」

「まじかぁ…まさか来るとは!よし、4人で行こ!」

「おっけーい」

紅葉はそう言ってへらっと笑うと、自分の席に静かに着いた。桜楽は周りの友達と笑いながら教室を出ていった。

「…あ、福寿。おはよ」

桜楽に置いていかれて、ゆっくりと階段を上る青葉は、たまたま会った福寿に声をかけた。

「はよ」

福寿は相変わらず無愛想だった。

「…」

「……お前、空き教室行く?」

「え、なんで知ってんの」

「悪い…さっき桜楽としてた話聞いてた」

「あー!…え、福寿も来んの?」

「紅葉に言われて」

「へー。意外だなぁ」

「『出る』なんて言われたら見に行きたくなるし」

「…お前ってちょっと変わってるよな」

「え、なんで」

「いや…見たくならないだろ!」

「…じゃあなんでお前は行くの?」

「桜楽が強制連行するんだって!逃げられねえんだよ、あいつからは」

「そんな化け物みたいな言い方しないでやれ」

「バケモノだろあんなの!」

「へーぇ?」

たまたま通りすがった桜楽がぬっと顔を出した。青葉は何も言わずに土下座した。青葉が顔を上げる頃には、桜楽はすでに友達と遠くに行っていた。

「…今日で人生終わるかと思った」

「青葉はなんだかんだ言って運いいから大丈夫だろ」

「え?んなわけなくね?」

「今年に入ってから1回も先生に指されてないの、俺知ってるからね」

「…え、そなの?」

「え?」

そうして今日も一日が始まるのだ。季節が巡らない、そんな世界で。毎日毎日、変わらないようで違う。同じ時間が流れていても、同じ授業をやっていても、違うものがある。季節が変わらなくても、もうそれは誰も気がつかない。

「帰りのHRも終わったァーっ!」

青葉がぐんと手を伸ばした。

「じゃあ…行こうか!」

桜楽は紅葉と福寿を連れて、青葉に向かって言った。

「なんか楽しみだね」

紅葉は少し楽しそうに笑う。それにつられて青葉も笑った。

「まぁ…なんだかんだこの4人で遊ぶのも久しぶりだしな」

「久しぶりに遊ぶのに心スポって、馬鹿かよ」

福寿は少し面倒そうな声をあげた。でも、ちゃんとしっかりついてくるのだ。

「よーぅし…ここの渡り廊下を行って、右奥にある教室ね!そこまで競走だ!いくぞ!よーいどん!」

桜楽は急に走り出した。紅葉も笑って走っていった。

「おいお前ら廊下走んじゃねえ!…おい福寿、置いてくぞ」

青葉もそう言って走り出した。

「…おう」

福寿も早歩きで向かった。

「はい!福寿ビリー!」

桜楽は元気に指を指した。隣で深く呼吸する紅葉のことも青葉のことも気にせず、浅く呼吸をして、ずっと。

「ごめんて。行くならさっさと行こうぜ。どーせ出ないんだし」

そう言って福寿はその空き教室のドアを雑に開けた。

「あ!待ってたんだヨ!」

その教室の教卓に座る、小さな少女がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る