第248話 夜明けは直ぐそこに
「今日は一段と冷えるな……」
暗い空へ向けて、リンファが白い息を吐き出した。宵闇に紛れるように、白い吐息が霧散した向こうには――無数の人々の姿と、その何倍もいるだろう夥しい数のモンスターの姿があった。
そう。ここはダンジョン前の拓けた荒野――リリアがユーリのためだけに唄った翌朝、日も昇らぬうちから、人類の総戦力がダンジョン前へと集結しつつあるのだ。
こんな短時間で最大戦力をダンジョン前に投入できたのは、偏にサイラスが所有している転送装置のお陰だろう。
これが最後の戦いになる以上、隠し続ける必要もない。加えてゲンゾウの技術によってかなり大きな物まで転送できるように改造まで施している。
最大百人程度を一度に送れるように、改造された転送装置。使うエネルギー量も指数関数的に上がってはいるが、これが終われば役にも立たない魔石など使い切ってしまえと、出し惜しみなく人とエネルギーを投入した結果……人類の総戦力を、こうしてダンジョン前の決戦場へと送りつける事が出来たのだ。
集まった人類の総戦力は、二万から三万程度。対するモンスターはその十倍は下らないだろうという大軍である。
大軍の端ともなれば、人類が布陣を敷いた場所からそう遠くはない。モンスター側も人類に気がついているのは間違いないが、やはりダンジョン前から動くことはない。歯を見せ威嚇するような行動こそすれど、その場を動かないモンスターというのは、人類側からすると不気味に映ってしまう。
モンスターが知性を宿した。
そう思える状況に、決戦場にあつまった人々は、わずかに尻込みしている。それでも彼らが尻尾を巻いて逃げ出さないのは、総指揮官としてサイラスも出張っているからだろう。
人類連合軍のド真ん中に作戦本部を立てたサイラスは、今も黙ったまま目の前に広がる夥しい数のモンスターを睨みつけていた。
「これ……ダンジョンの中に直接飛びゃよかったんじゃね?」
振り返るユーリにサイラスが首を振った。
「残念ながら、地中への転移は無理だった」
モンスターを見据えたままのサイラスに、「ンだよそりゃ」とユーリが顔をしかめてモンスターの群を見た。
「地中からの帰還は問題なかったがね」
ニヤリと笑うサイラスに、「嬉しくて涙が出そうだぜ」とユーリも悪い顔で笑みを返した。
今回の作戦は、リリアを伴ってこのモンスターで出来た壁を強行突破。
大軍を突き破った後、リリアを護衛する数名でダンジョンへ突入。
残った全員は、ダンジョンへモンスターが流れ込まないように、今度は人類側がダンジョン入口防衛に回るというものだ。
直接ダンジョンへ侵入するメンバー……特にリリアは星の核を目覚めさせた後、即座に転送装置で帰還する事となっている。
星の核が目覚めても、現象が消えるまでは数分のタイムラグがあるというのが、竜神とウドゥル老の見解だ。それだけモンスターという現象が、世界の奥深くまで根付いているとも言える。
地中に突っ込む以上、帰り道の保証があるというのは心強い。もちろんそれは、ユーリ以外のメンバーは……であるが。
「君は帰りの心配はいらないだろう?」
「その予定だったが……帰ってテメェのツラをぶん殴るまでは、死なねぇ事にしようかと思ってな」
サイラスらしい煽りに、ユーリもらしさを失わない返しをした。この二人はおそらく最後まで仲良し小好しとはいかないようだ。いや、このやりとりこそが、二人にとっての親しみの表れかもしれない。
この大軍を、そして人類の命運をかけた戦いを前に、いつもと変わらぬ二人の様子に、緊張しっぱなしであった作戦本部の空気がわずかに弛緩した。
ガチガチだった空気から固さが取れ、各々の顔にいつものような余裕と笑顔が少しずつ増え始めた。ユーリとサイラス。タイプは違えど、二人とも仲間達の精神的支柱であることに変わりはない。
二人が緩めた空気が少しずつ周囲の人々へと伝播していく――怖気づいていた人々も、これが最後だ、と気持ちを切り替えるように少しずつ活気づいてきた。
活気づいて体温が上がったせいか、それとも明け方が一番冷えるせいか、リンファが再び虚空へ吐き出した息は、先程よりさらに白くなっていた。
真っ白な息を見送ったリンファがデバイスに目を落とした。
「もうこんな時間か……」
時刻はすでに朝と言って差し支えのない時間である。
訪れた冬のせいで、太陽こそまだその姿を見せないが、明かりがなくとも見通せる視界は、確実に夜が明けたことを知らせてくれている。
「夜明けか……人類の夜明けは、私達にかかっているのだな」
少しずつ明るくなってきた視界に、クロエが自身の両頬を「パンパン」と叩いた。小気味のいい音と、わずかに赤くなったクロエの頬に誰もが「生」を実感している。
痛みがある。
血が通っている
息をしている。
朝日が昇る。
――生きている。
そんな当たり前が、今はなぜか輝いて見えるのだ。
「人類の夜明け……か。燃えるじゃねぇか。」
ニヤリと笑ったユーリが立ち上がり、隣のリリアの手を取った。
「皆……遅れんなよ」
真っ直ぐ前を見るユーリに、各チームのリーダーが頷いた。ユーリとリリアを補佐してダンジョンの奥へと乗り込むのは、ユーリ達と共にダンジョン入口へとたどり着いたチームの仕事だ。
誰がたどり着けるか分からない。大混戦が予想される以上、ある程度作戦に幅をもたせた形である。
「カノン、体調はバッチリか?」
振り返った先には、いつもと変わらぬカノンの姿。
「問題ありません! いつでもブチかませますよ!」
元気いっぱい敬礼をするカノンは、やはりどこをどう見てもいつもと同じだ。だが、既にモンスターの遺伝子は取り除かれ、完全な人として、いや能力者として生まれ変わっている。
本来ならばただの人に戻るだろうカノンだったが、本人たっての希望により、ユーリの細胞とホムンクルス時の細胞を利用したナノマシンを宿している。
要は今までと何ら変わらない、爆弾娘は健在というわけである。最終決戦前にこの戦力は有り難い限りだ、とユーリはそのアホ毛を軽く指で弾いた。
「……んじゃ、いっちょやるか」
敬礼姿のカノン、その頭に手を乗せたユーリが前に進み出る。人々を通り過ぎ、リリアを抱えたユーリがついに最前線へ。その視線の先では、ゆっくりと東の空が明るくなってきている。
ユーリの隣に、いつもの皆が二人を護るように並んだ。
「剣を取れ、
「駆け抜けるぞ
「我ら
「ヒャッハー! 草原の
※風鳥の別名は極楽鳥
それぞれが武器を手に、真剣な表情でモンスターを睨みつけた。それはエレナ達だけでなく、他のハンターチームや、モグリと言った犯罪者たちまで……そして――
「全員抜剣! 我ら【軍】の底力を見せる時だ!」
――クロエの号令で、少なくない数の軍人上がりが同時に剣や槍を鞘から引き抜いた。金属の擦れる音が、ピンと張り詰めた冬空に響き渡る。
「俺達も――」
「そういえば、私達のチーム名だけありませんね?」
首を傾げたカノンに、「今更良いだろ?」とユーリが眉を寄せるが、カノンは首を振ってそれを拒否した。
「折角なんです。格好いいチーム名で、エレナさん達みたいに気合を入れましょう!」
両拳を握りしめるカノンに、ユーリが「面倒くせー」と小さく溜息をついた。それでも、気合を入れる事は悪いことではない、とユーリがリリアを下ろしてしばし考え込む。
ユーリを覗き込むカノンが、「スーパー魔法戦隊とかどうでしょう?」とヤジにも似た、何の参考にもならない提案をぶっこんでくる。完全に邪魔しに来ているが、ユーリはそれを振り払うように、カノンの顔を軽く押しやった。
「クァ――」
もれたカノンの声と同時に、ユーリが思いついたように顔を上げた。
「
ユーリの提案に、「夜明けに烏ですか?」とカノンもリリアも首を傾げている。
「陽烏※っつってな。旧くから太陽の中には、烏がいるって言われてたんだよ。夜明けを告げる俺達にはピッタリだろ」
※金烏、赤烏とも。
笑うユーリにカノンもその顔を明るくして頷いた。もちろんユーリの中にある【八咫烏】という古巣を捩った意図も理解している。その上で自分達らしいとカノンは頷いたのだ。
「それでは、ユーリさん。ビシッと決めちゃって下さい!」
真っ直ぐモンスターの群を指すカノンに、ユーリが「しゃーねぇな」と笑いながら頭を掻いた。
「武器は……俺が持ってねぇな……。駆ける、もダンテ達と被ってんな」
ブツブツと呟くユーリに、カノン以外の全員がユーリに呆れた視線を向けた。まるで「締まらないから早くしろ」とでも言いたげな視線を受けながら、ユーリは「ちょっと待てって」と慌てて掌を差し向けている。
「結構難しんだぞ?」
眉を寄せるユーリが「夜明け……は名前に入ってるし」とまたブツブツ呟いた。
「グダグダですね!」
「お前のせいでな!」
カノンがチーム名だ何だ言い出したせいだ、とユーリがその頭を鷲掴みに。
「ぎぇえええええええ! 突入前に死ぬぅ!!」
叫び声を上げるカノンに、トアがビックリしたようにリンファを振り返った。
「いっつもこうなの?」
「まあな」
肩をすくめるリンファにトアが苦笑いを返した時、エレナが盛大な溜息をついて口を開いた。
「羽ばたけ、
ビシッと決めたエレナの前で
「了解です」
「お前……実は夜な夜なそんな事ばっか考えてんだろ」
頭を掴まれ、掴む二人がそれぞれの反応を返した。
「全く君というやつは最後の最後まで……」
そう言いながらも緊張が取れたように笑ったエレナが再び前を向いた。
「皆恐れるな! 我らには日輪の加護がついている!」
刀を突き上げたエレナに、全方位から鬨の声が上がる――
「行くぞ! 我らの未来のために!」
「続け! 今こそ誇りを見せる時だ!」
駆け出すエレナとクロエに全員が続く……冬の朝、寒空を切り裂く鬨の声とともに人類対モンスターの最期の戦いの幕が開いた。
夜明けは直ぐそこに来ている――
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