第226話 計画を潰すのは、いつも脳筋
時はしばし戻り……クロエ達がリクと激闘を始めた頃――ユーリとカノンは要塞の中央に位置する巨大な建物の中で、無数のホムンクルスに囲まれていた。
広いフロアを埋めるホムンクルスを率いているのは――
「待っていた! この時を待っていたぞ!」
歓喜の雄叫びを上げているジョゼフ・チャーチである。ロイドについてダンジョンへ行くと言っておきながら、カノンに執心の老人はこうしてお供を引き連れてユーリ達の前に現れたわけだが……
「ンだ? あのジジイは?」
……眉を寄せるユーリは、ジョゼフの事情など知る由もない。それどころかジョゼフという人物すら知らないのである。
「ユーリさんに恨みを持ってるとかじゃないですか?」
小首を傾げたカノンが、「ほら、『待ってた』って言ってますし」とこちらもジョゼフの事など全く知らない。
完全に一方通行のジョゼフの思いを受けた二人は、
「いや、知らねぇ」
「私も知りません」
と顔を見合わせ、彼の熱意を受け流すだけである。だが熱意の通じていない状況でも、ジョゼフの歓喜は止まらない。
「私がこの時をどれほど待ちわびたか……帰ってこい一号」
カノンを真っ直ぐ見るジョゼフの視線に、ユーリとカノンは何となくジョゼフの正体に気がついた。
カノンを見て「一号」と呼ぶ老人。しかも帰ってこいだなどと、どう考えても彼の目的がカノン本人であることは明白だ。その程度のことならばいくらカノンとて察しがつく。
面倒な事にユーリを巻き込んだ、そう考えているのだろうか、戦斧を握りしめるカノンの顔がわずかに歪んでいる。
カノンの握りしめる手から、「ギュゥゥゥ」と言う音が聞こえてきた時、ユーリはカノンの頭に手を置いた。「落ちつけ」、とでも言わんばかりのユーリの行動に、カノンがユーリを見上げた。
「おい、ジジイ。一つだけ聞く」
カノンが見上げた先、ユーリの顔はどことなく嬉しそうだ。
「お前は、医療ナンタラの親玉か?」
「医療なんたら? 親玉?」
眉を寄せたジョゼフが、「フン」と鼻を鳴らしてユーリを睨みつけた。
「元医療保険局の局長を指しているのならば、私の事だな」
ジョゼフが尊大な態度で嘲笑を浮かべた。
「そうか……やっぱテメェが……そう、か」
呟いたユーリが「ククク」と顔を覆って笑い始めた。その笑いは少しずつ大きくなり、今や「ハハハハハハ」と高笑いと言っていい程の声で笑い声を上げているのだ。
緊迫したフロアに響く、場違いなユーリの高笑い。その異様な光景に、ジョゼフですらポカンと呆けた顔を見せている。
ようやく「ヒーヒー」と笑い声を押さえたユーリが「あーあ」とその眦を拭った……その時、ユーリから尋常じゃない殺気が漏れ出した。
「ユーリさん?」
カノンですら、思わず呆けてしまうほどのユーリの気配――次の瞬間、ユーリの姿はそこになかった。
「会いたかったぜ」
ジョゼフの眼の前に現れたのは、獰猛な笑みをしたユーリだ。
ジョゼフとユーリの間には、数え切れないほどのホムンクルス……壁のようだったそこには、いつのまにか一本の道が通っていた。目にも止まらぬ速さでホムンクルスをなぎ倒し、壁を突っ切って一瞬で間合いを詰めたユーリをようやくジョゼフの視界が捉えた形だ。
ジョゼフは眼前に迫ったユーリに「は――」と一瞬間の抜けた声を上げた。
それとほぼ同時、ユーリの下段回し蹴りが、ジョゼフの足へと吸い込まれた。
――ペタン
そんな間抜けな音と共に、ジョゼフが尻もちをつき「へ?」と再び間の抜けた声を上げた。
ジョゼフが見上げた先には、獰猛な笑みを浮かべたままのユーリ。そして、なんとなく前方に向けた視界に映ったのは――
「あ、足が……私の足がーーー!」
――膝から下が千切れてしまった自分の右足だった。
「はっ……はっ――」
あまりの光景に、思わずと言った具合にジョゼフがユーリに背を向け、這うように逃げ――「ぎやあああああ」――るその左足を、ユーリが躊躇う事なく踏み抜いた。
「お、お前ら! 見ていないで私を助けろ!」
ジョゼフの叫び声に、ようやく状況を理解したのだろうホムンクルス達がユーリを取り囲むように体勢を整えた。
「悪い悪い……俺ぁ行儀が悪くてよ。メインディッシュにはまだ早いってか?」
そう笑いながらも、後退りするジョゼフの右腕を蹴り飛ばした。
肘から千切れた腕がホムンクルスの一体にクリーンヒット……それが合図だったかのように、ユーリがホムンクルスへ肉薄。
「前菜とスープはすっこんでろ」
笑顔を浮かべたユーリが眼の前の一体へ飛び膝蹴り。
肉と骨が潰れる音がフロアに響き、顔面を陥没させた一体が大きく吹き飛んだ。
後続を巻き込み吹き飛ぶホムンクルス。
それが作った道をユーリが続く。
自ら敵陣へと飛び込むユーリへ、周囲のホムンクルスが一斉に襲いかかった。
左から突き出された刃を躱し、その腕を掴んで右へ薙ぐ。
前方から右までの数体を巻き込み、刃の腕を残してホムンクルスが吹き飛んだ。
手に持った刃の腕をくるりと回したユーリに、真後ろから別の一体。
刃に変えた腕をユーリの背中へ突き刺した。
背中に迫る刃を、ユーリは腰を捻って躱す。
脇を通り抜ける刃の腕を、ユーリが左の小脇に抱え込んだ。
がっしりとホールドした刃の腕へ、ユーリは右腕を叩きつけた。
肘から千切れた腕に、ホムンクルスが驚いた顔を見せ……その顔面をユーリが右後ろ回し蹴りで吹き飛ばした。
吹き飛んでいくホムンクルスを尻目に、「まあ、使えるかな?」と両手に持ったホムンクルスの腕……刃をユーリが握りしめた。
「ぎぃぃぃええええ! 完全にアウトな絵面!」
ホムンクルスの向こうで、爆風に混じってカノンが叫ぶ。
「うるせぇな。大体いつもこんな感じだろ」
溜息をついたユーリが、向かってきた別の一体の脇をすり抜けざまに腱を斬った。意思と関係なく、力なく垂れ下がった腕を、ホムンクルスが見た瞬間、その首が宙を舞う。
「いつもは全身じゃないですか。部位だけは余計スプラッターです!」
口を尖らせながらも、ボカボカ爆発させるカノンの回りではそこかしこに内蔵が散らばっている。
「スプラッターはどっちだよ」
苦笑いのユーリが、両手の刃を逆手に持ち替え一気に駆け出した。
すり抜けざまに、動脈を、腱を、的確に斬り裂いていくユーリ。
彼が通った後には、バタバタと倒れるホムンクルスの山が出来ている。
方や爆発で吹き飛ばされ肉片に。
方や刃で斬り裂かれて崩れ落ちていく。
圧倒的物量で挑んだはずだというのに、気がつけばフロアに立っていたのは、血まみれのユーリと綺麗なままのカノン、そしてその回りに散乱する臓物だけだ。
「さてジジイ……メインディッシュの時間だぜ」
返り血を浴びたユーリが、ゆっくりとジョゼフに近づく。残った片腕だけで這うように逃げるジョゼフが、壁にぶつかった。
「どうした? 鬼ごっこは終わりか?」
嘲笑を浮かべるユーリを前に、今度はジョゼフがニヤリと口角を上げた。
「馬鹿め……切り札は最後まで取っておくものだ」
勝ち誇ったように笑うジョゼフが、懐から小さなボタンを取り出して押す――ジョゼフの後ろの壁がゆっくりと開いていく。
「……ふふふ。こいつは私でも制御が難しい個体だ。キサマが悪いのだぞ」
そう笑うジョゼフの後ろから、ゲオルグよりも大きなホムンクルスが顔を出した。開いた壁にかけられた指が、メキメキとめり込んでいく。
「紹介しよう。一号ほどではないが、私の傑作の一つ、五−三三号だ」
勝ち誇った笑いのジョゼフを跨ぐように、ホムンクルス五−三三号がゆっくりとユーリの前に立ちはだかった。
「はかせ……こいつ、だれ?」
「それはお前の敵だ。殺せ! 五−三三号」
声を張り上げたジョゼフに従うように、「てきぃ?」と巨大ホムンクルスが首を傾げた瞬間、ユーリの眼の前に巨大な拳が迫った。
後ろに飛び退き躱したユーリに、「てき、ころす」と巨大ホムンクルスがニィと笑う。
「冗談が上手ぇな……五−……五…ゴンベエ」
ユーリは名前が覚えられなかった。というか聞いていなかった。
「ごんべえ?」
首を傾げるゴンベエに「テメェの名前だ。名無しのゴンベエ。いいだろ」
笑ったユーリが構えを取る。
「おまえ、おもしろい!」
再び接近するゴンベエ。振り下ろされるハンマーパンチ。
ユーリが体を右に開く。
ゴンベエのハンマーパンチが床を穿つとほぼ同時、体を開いた勢いで回転したユーリの左裏拳がゴンベエの左側頭部を叩く。
ゴンベエの頭が弾けるように横を向き、それに倣って巨体が吹き飛んだ。
吹き飛んだ巨体は壁に減り込み、建物が大きな音を立てて揺れる。
舞い上がる埃を破って、巨体が突進。
「おまえ、つよい!」
笑顔のゴンベエが、その拳をユーリ目掛けて振り抜いた。
ゴンベエの大ぶりの一撃を、ユーリの拳が迎え撃つ。
ファイティングポーズから繰り出されたコンパクトな一撃。
だが、ぶつかりあった拳は空気を震わせ、ゴンベエの腕が跳ね上がった。
それでもお構いなしに、ゴンベエは左右の拳をユーリへと繰り出す。
それら全てをユーリの拳が弾き飛ばす度、空気が震え、建物が揺れる程の音が響いている。
「おまえ――!」
隙だらけの大ぶり。
思い切り振りかぶった渾身の一撃を、ユーリの左が弾き飛ばした。
今日一番の音と衝撃は、ゴンベエの巨体すらも傾かせ――
「満足したか?」
体勢を低くしたユーリの右足が、ゴンベエの両脚を刈る。
グラリと傾いたゴンベエに、ユーリの左後ろ回し蹴り。
倒れ始めていたゴンベエの首を捉え、その身体を無理やり引き起こした。
勢い余って、逆側に倒れそうになるゴンベエ。
先程とは逆の首に、戻ってきたユーリの左前回し蹴りが打ち付けられた。
揺り戻しの勢いがついたゴンベエの身体が、床の上に強く叩きつけられる。
――ズシン
という大きな音と、床の上で跳ねるゴンベエの身体。
床と巨体の隙間に滑り込ませられたのは、ユーリの右足だ。
振り抜かれた右足が、ゴンベエの身体を吹き飛ばし、地面の上を滑らせた。
「な、何をしている五−三三号! 遊んでいないで、さっさと殺せ!」
あまりにも一方的な展開に、ジョゼフが顔を引きつらせて声を張り上げた。のそりと起き上がったゴンベエが、「うー」と頭を振ってユーリを見つめる。
「おれより、つよい。はじめて……」
「当たり前だろ。俺は最強だからな」
笑ったユーリが再び構えを取った。右手右足前、いつもの構えのまま、右掌を上に向け――「かかってこい」――クイクイっとユーリが手招き。
「格の違いを教えてやる」
嘲笑を浮かべたユーリを前に、ゴンベエがニヤリと口角を上げた。
ゴンベエの姿が消え、遅れて「ダンっ」と床を踏み切った音が聞こえた時には、ユーリの眼の前にゴンベエの姿があった。
繰り出された巨大な拳。
それをユーリの右手がわずかに逸らせる。
ユーリの真横を「ブオン」と大きな風切り音と共に拳が通過――した瞬間、ユーリが踏み込みとともに右肘をゴンベエの腹へ突き刺した。
「ごっ――」
口から血と胃液を吐き出し、くの字になったゴンベエの膝がゆっくりと崩れ落ちる。
「お前もまあまあだったぞ」
笑顔を浮かべるユーリ同様、腹を抑えてうずくまるゴンベエも笑顔を浮かべた。
「じゃあな、ゴンベエ。お前のことは覚えておいてやる」
ユーリの左前回し蹴りが、ゴンベエの首をもぎ取り吹き飛ばした。反対の壁まで飛び、めり込んだ首が、少ししてドサリと音を立てて床に落ちた。
その音でようやく状況を理解できたのだろう。
「ば、ばかな……アレは……私の――」
呆けたジョゼフがカタカタと震えている。
「さあ、メインディッシュだ」
ゆっくりと近づくユーリから逃れるように、ジョゼフが再び片手だけで床を這う……が、直ぐにユーリに追いつかれた。
「そう逃げるなよ。仲良くしようぜ?」
ユーリは笑いながらジョゼフの胸に足を乗せた。
「やめろ! 足をどけろ! 私を誰だと思っている!」
胸に乗せられたユーリの足に、ジョゼフが残った腕を何度も打ち付けるが、ユーリの足はビクともしない。
「深淵をのぞいたバカなジジイだろ」
嘲笑を浮かべたユーリが、ゆっくりと足に力を込めていく――。
「――がッ、はっ……しん、えん? 何を?」
――身体にめり込んでいくユーリの足に、ジョゼフが押しつぶされたような声をひねり出した。
「【深淵】もまた、お前を見てたんだよ……ずっとな」
獰猛な笑みのユーリが、悲鳴をあげるジョゼフをゆっくりと踏み抜いていく。フロア全体に骨と肉がゆっくりと潰れる音が響き渡った。
完全に潰れたジョゼフを、それでもグリグリと潰すように足を捻るユーリ。しばらくそうしていたユーリだが、「フゥ」と溜息をもらして血まみれの足を持ち上げた。
「ユーリさん?」
怖ず怖ずと声をかけてくるカノンに、「よし、行くか」とユーリが呟いた。
「は、はい」
あまりの切り替えに、カノンが困惑した表情でユーリとジョゼフを見比べている
「別に復讐だなんだに興味はねぇよ。単に俺らを舐めた報いを受けさせただけだ」
溜息をついたユーリが、転がるジョゼフの死体を見下ろした。今は何の感慨も浮かばない。ただの老いぼれた死体だ。
この行為に「復讐」などと理由を持たせるつもりも、執着もない。それでも相手がこちらを舐めた以上、報いを受けさせねば気がすまない。ユーリもヒョウも、そういった点では、行動原理は単純なのかもしれない。
「とりあえず、クロエん所に行くぞ」
「了解です!」
血と臓物が溢れるフロアを、地下の階段目掛けて二人は駆け出した。
「それにしても、よくニーチェの言葉とかご存知でしたね」
「ニーチェ? 誰それ?」
「え? 『深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ』って」
「ああ、それか。意味はよく分かんねぇけどな。使い方合ってた?」
「台無し! それっぽい雰囲気が台無し!」
いつもの二人の賑やかな声が、地下へと消えていった。
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