第208話 RPGのボスって素直に話してくれない
エルフの集落で一泊したユーリ達は、オペレーターを除く全員が、ウドゥル老の案内によりアララト山の麓まで辿り着いていた。ちょうど樹海が終わり、ゴツゴツとした岩肌が広がる場所だ。アララト山にいるというイルルヤンカシュに面会するために、ここまで来たのだが……
「まさか今から山登りとか言わねぇよな」
苦い顔で眼前の山を見上げるユーリの肩を、「心配するな」とアルリムが叩いた。
「準備はよろしいかな?」
振り返ったウドゥル老に、皆が良く分からないまま頷いた。もう一度全員を見回したウドゥル老が、懐から立派な笛を取り出して吹き鳴らす――高く澄んだ音が周囲に響き渡る事暫く……
「なんだあれ?」
山の中腹から無数の黒い影が降りてくる――近づいてきたそれが象るシルエットは、紛れもない竜のそれだ。
「イルルヤンカシュの下へは、彼の眷属が連れて行ってくれます」
ウドゥル老が微笑む背後に、大きな音を立てて数体の竜が降り立った。黒い鱗に覆われた強大な気配は、紛れもなく一匹一匹が
「
さすがのサイラスでさえ、頬を伝う冷や汗を隠せない状況に全員がこれから会う存在の大きさを再認識している。
「それぞれに四人ずつは乗れるはずです」
ウドゥル老の声に従い、各チームで巨大な竜の背に乗っていく……そこかしこから上がる歓喜や緊張の声に「呑気なもんだな」とユーリは呟きながらも、自分自身興奮を抑えられないでいる。
なんせ竜の背中だ。興奮するなという方が無理な話であろう。
それぞれのチーム毎に竜へ騎乗し、サイラスとクレアの乗る竜にウドゥル老が。ユーリとリリア、カノンの乗る竜にアルリムが同乗する事で、全員の割り振りが決定した。
全員がそのシートポジションを整えている最中、ユーリ達のチームは既に準備万端だ。カノン、アルリム、リリア、ユーリという席順で、早々にシートポジションを整えていた。……いや正確には整えてしまっていた。早々に準備を終えてしまえば、ユーリが要らぬ事を思いつくのは、必然のようなもので――「ポン」と手を打ったユーリが悪い顔で笑った。
「折角だし、こいつの名前を決めようぜ。短いフライトだけど、相棒みたいなもんだろ?」
めちゃくちゃ良い顔で、ユーリがドラゴンの背中を擦った。
「おお! いいですね!」
「いいのかしら?」
「いや、駄目だと思うが……」
アルリムの忠告などなんのその、ウンウンと唸ったユーリが「よし決めた」と大きく頷いた。
「お前の名前は、ミュラーだ」
「まさかの苗字ッ!」
「可愛くないわ!」
「いや、そんな問題じゃ……」
ワイワイと背中で騒ぐ四人を、鬱陶しそうにドラゴンもといミュラーが振り返った。そんなドラゴンの表情など、ユーリに分かるわけもなく――そもそも人の気持ちも分からないのに、ドラゴンの気持ちなど推して知るべしであるが――満足そうに頷いて再び背中を撫でた。
「俺が昔世話してた野良犬の名前が、山田だったんだよ」
「ヤマダ?」
「不思議な響きね」
「……東方の苗字じゃなかったか?」
「ま、た、苗、字ッ!」
騒がしい四人を尻目に、全員の準備が整ったようでウドゥル老が「では頼む――」と一言残し、彼を乗せた竜が大きく羽ばたいて空へと飛び立った。それを追うように、ミュラーを含めた五体も空へと飛び立つ――
「っひょー! サイコーじゃねぇか!」
魔力で覆われ、意外にも快適な竜の乗り心地にユーリが笑顔で眼下に広がる世界を見下ろした。振り返れば広大な樹海とその向こうに広がる荒野、眼前には反り立つ岩肌。世界の大きさを実感できる光景に、ユーリのテンションは最高潮だ。
「よし、ミュラー! ジジイ達のドラゴンにブレスかまそうぜ!」
「駄目でしょう!」
「駄目よ」
「駄目だ」
「何でだよ。マ◯オカートならOKだぞ」
口を尖らせるユーリを、全員が冷めた瞳で見つめている。非難のたっぷり籠もった瞳に、「へーへー」と肩をすくめたユーリが、不満顔のままミュラーの背を撫でること数回……再び思いついたとばかりに口を開いた。
「ミュラー、ジジイたちを追い越そうぜ! それなら良いだろ? レースしようぜ!」
「ミュラーさん、安全運転でお願いしますッ!」
「ユーリの言う事は聞いちゃ駄目よ、ミュラー」
「……ミュラーで固定されてるんだが」
アルリムの困惑を乗せたミュラー達は、飛び立って間もなくアララト山の山頂付近へと辿り着いた。
既に雪化粧に覆われているそこにいたのは――巨大な黒い竜であった。いや正確には龍と竜の間といった具合だ。
長い胴体は東洋の龍を彷彿とさせるが、頭部とからだから生えた四対の羽は正しく西洋の竜だろう。長い胴体から突き出た大きな脚も、西洋の竜と同じに見えるが、とぐろを巻くように横たわる姿は東洋の龍のようでもある。
「こいつもハーフじゃねぇか」
ユーリのブラックジョークに全員が苦笑いを浮かべている。近づくユーリ達を意識したのだろうか、巨大な竜がその首をもたげて全員を
『小さき者よ。なにゆえ真実を求める?』
空間全体に響くような声は、その威圧感だけでこれ以上先へと進む気を削いでくる。それでも後ろに控えるリリアやクレア、そしてウドゥル老とアルリム以外の全員が威圧に負けずに一歩を踏み出した。
「偉大なる竜神よ。我々は世界を混沌へと突き落としたモンスターの、元凶を取り除く答えを知りたく、この地へと参った」
代表して声を張り上げたサイラスに『ほう?』と竜神が鼻を鳴らした。
『世界を混沌へと落とした……それは、そなたら小さき者のことではないのか?』
鋭い視線に、流石のサイラスも直ぐに言葉を返せない。
『大地を、空気を、水を汚し、それだけでは飽き足らず、愚かにも同族で殺し合い星を破壊した貴様らを、混沌の化身と言わず何と言う?』
大きく身体を起こした竜神が、その四本脚で立ち上がった。長い首は天まで届きそうなほどだ。
『ここまで来た褒美に教えてやろう。貴様らがモンスターと呼ぶ存在を生み出しているのは、この星だ』
天から降り注ぐ竜神の声に、全員が「星……」と呆けた顔でそれを繰り返した。
『左様。この星は、貴様ら小さき者を排除すると決めた……いわばモンスターは星の意思……星の持つ貴様らへの憎悪と殺意……いわば星の黒き意思によるものだ』
天啓のように降り注ぐ竜神の声に、誰も彼もが動けない。モンスターを作り出している「何か」がいるらしい、と思っていたが、それが星全体だとは思いもよらなかったのだ。
『分かったならば、早々に立ち去るといい。貴様らはただゆっくりと滅びを待つだけなのだから』
最早降り注ぐ雷である。言葉に込められた威圧が絶望となって皆の肩にのしかかり、誰も彼もがそれに膝をつきそうになった時、ユーリがいつもの嘲笑を浮かべて一歩前へ進み出た。
「ジジイエルフにしろ、お前にしろ、与太話が好きだな」
遥か高くを見上げるユーリに、『与太だと?』と竜神がその顔を近づけた。ユーリ眼前まで迫った顔は、その鼻腔一つでユーリの全身と殆ど変わらない。
「与太だ、与太。星のなんちゃらは分かんねぇが、人が滅びを待つだけってのは与太だろうが」
巨大な鼻先から、その上に見える眼に視線を移したユーリに、竜神がその瞳を細めた。
「方法があるんだろ? その黒い意思を打ち消す方法がよ」
したり顔のユーリが、目の前の竜神にしか分からない程度に視線を後ろへと向けた。その先にいるのは……リリアだ。
『フフフ……フハハハハハハ!』
急に笑い出した竜神の吐息が、ユーリの全身に強風となって襲いかかった。
『夜を纏いし者が、明けの明星を連れてきたと思えば……なるほど。勘づいておったか』
少しだけ顔を上げた竜神に、「勘の良さだけでやってきてるからな」とユーリが鼻を鳴らして肩をすくめた。
「にしても……
笑顔を浮かべたユーリがもう一歩前に進み出た。
「お前らにとっちゃ、悪魔の親玉みたいなもんで、人にとっちゃ、この悪夢の夜を終わらせる兆しみたいなもんだもんな」
笑顔のまま腰を落とすユーリに、全員が目を剥いた。何せそれは戦闘態勢にしか見えないのだ。まだ対話の途中だと言うのに、早くも戦闘態勢に入るユーリに全員が慌ててその重い体を持ち上げた。
『ならば我に聞きたいことは、自ずと限られてくるな』
同様に四つの巨大な脚で地面を捉えた竜神が、その身体を再び持ち上げた。相手も戦闘態勢を思わす状態に、仲間達は顔をしかめて散開して距離を取った。
気温のせいだけでない、空気がピンと張り詰めていく――
「正直に話すんなら、軽く小突くくらいにしてやるよ」
――その空気を燃え上がらせるような闘志を、ユーリが包みこんだ。
『傲慢な者よ……。ならば話させてみよ』
「吠え面かかせてやるよ……『お願いします、話させて下さい』――」
ユーリの姿が消え、地面が弾けた。
一瞬で上空まで飛び上がったユーリが、「――ってな!」巨大な竜神の頭へ拳を叩きつけた。
※話が遅々として進まず申し訳ないです。大事なところ故、ご容赦下さい。
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